プロローグ
目の前に手に取りたいものがあるのに掴めない。
本当ならいつものように利き手の右手で触れているのにだ。
誰かに頼もうにも、見知った人はもういない。
(ダメだ、起きる力さえない。)
小さく震えたため息を吐いた。
地面を揺るがすその足音は一歩一歩と、こちらに近づいてくるのが伝わる。
その長く大きく、それもチェーンソーの様な鋭い牙を
剥き出しに今にも飢えそうな目をした獣が。
漫画やアニメだとこんな時、死ぬ覚悟してるのが定番だが
そんなもの実際に出来るわけもなかった。
困惑する気力すら残っていない中、僅かに聴こえる
獣とは別の足音だ。それも沢山の。
その沢山の足音からは、一つだけ物凄い勢いで
こちらに駆けて来るのが分かった。
かすれた視界でも理解できるくらいに近づいて来たのは…
人間だった。1人の男性だ。
その人は、僕の側までくると焦っているのか荷物の様に抱き抱え
全速力で走り出した。
余裕が無いはずなのに、たった一言だけ語りかけてくれた。
「死ぬなよ、聞きたいことがある」
聞きたいこととはなんなのだろう。
薄れゆく意識の中、何とか意識を保とうとしたが
彼の中世的な剣が走っている勢いで、僕の頭を打ちつけ
気絶した。