第4話 反省会
活性化した魔物を倒してから数刻過ぎた頃、三人はというと依頼の報酬を受け取り、適当な酒場にやってきていた。戦果を報告すると通常の報酬に加えて特別報酬を貰うことができたのでその山分けをするため……というのは建前で、実際は少女のお腹が鳴ってしまったために夕食をいただくためであった。
三人ともこの街は初めてであり、お勧めできる飲食店など知るよしもない。そのため冒険者組合の人に聞いたところ、冒険者には安くしてくれる酒場を紹介されたのだ。実際、店員を除くと店内にいる者は皆冒険者っぽい服装をしている。彼らは夜景が見られるテラス席に座って、各々の飲み物を飲みながら何の肉かはわからないがとりあえずおいしい肉をつついていた。ちなみにこの謎肉の正体は店員に聞けばわかるのだが、彼らにはそれより他に話したいことがあったようだ。
「なるほどね。ふたりも今日出会ったばかりと」
ふたりの馴れ初めを聞いた女の子は楽しそうに笑っている。彼にとってありえない行動をしでかす少女だが、見ていて面白いという印象は彼女も変わらないようだ。それに、魔物の止めに関しても横取りされたではなく、単純に助かったと感謝していた。彼と同等かそれ以上の戦闘力を持ち、自信にも満ちあふれている彼女だが、決して一匹狼のような孤高さではなく人並みの人間性を持ち合わせているらしい。
「そういえば、どうしてあれと戦おうとしたんだ?」
と、そこで彼が質問を投げかける。彼らにとっては加勢に来てくれてありがたいのだが、普通なら自分の身のことを考えて見捨てるものだろう。それぐらい相手は強大な雰囲気をまとっており、間違っても初心者が対峙するものではなかった。
「そういう依頼だったから」
彼女は、彼らとは異なる依頼を受けていたらしい。小さなグラスゼリーではなく、活性化したものを倒すというもの。大量発生した連中を一気に倒すなら、活性化させてひとつにまとめた方がいいと判断されたようだ。夕暮れ時になると冒険者組合の依頼書も貼り変わっていた。腕に覚えがある冒険者が街から飛び出し、そのうちのひとりが彼女だった。止めを刺したのは少女だったが、貢献者としては彼女の方が上だろう。
腕に覚えがあるのに初心者冒険者というのは、不思議に思えるかもしれないが、これにはちゃんと理由がある。実は冒険者制度というものが始まったのがつい先日のことであり、それまでフリーの傭兵として働いていた者もこぞって冒険者という役職についたからだ。冒険者として日の浅いことは当然で、経験や腕前に関わらず一緒くたにされてしまっている。しかし、その腕前も依頼をこなしていればわかるというもの。暫くすれば正当に評価されるはずである。
「さて、私は帰るかな」
「えー。もう行っちゃうの?」
コップに入った飲み物の残りを一気に飲み干して席を立つ女の子に少女が子供っぽく言う。まだまだ話し足りないのだろう。しかし、他人には他人の用事があるもの。若干項垂れているが、しばらくすれば復活するだろう。
「もし次に会うことがあったら、そのときはまた話を聞かせて」
彼女はテーブルに自分の分の金額を置いて、振り返らずに去って行った。そうしてまた最初のふたりに戻る。喪失感で突っ伏せている少女を見ながら、彼は出会ったその時を思い出していた。行動のほとんどが意味不明で、冒険者の素質もほとんど無いに等しいという印象だったのに、なんだかんだで飲み込みが早くて、あの短剣投げのように意外とできるところもある。それら全てが演技で、彼を騙しているのかもしれないのだが、だとするならばボロが出たときが楽しそうだと思えてしまう。
つまるところ、どちらに転んでも面白いのだ。なら、可能な限り傍で見ていた方がいいだろう。
「なぁ、明日からもパーティを組まないか?」
そう言って彼は左手にはめた腕時計を少女の前に差し出した。が、少女はなにを言っているのかわからないといった顔をしている。彼は、ああそうだ、何にも知らないんだったと理解し、少女の右手の腕輪を出させるとふたつをトントンと重ね合った。
「冒険者流の挨拶みたいなものだ」
仲間との信頼を意味する行為であるのだが、少々小っ恥ずかしい。そんな気持ちを悟られないように、コップで表情を隠した。丁度飲み物が切れていたのだが、それっぽい動きをしたためにきっと彼女は気づかないだろう。
彼は新しい飲み物と共に幾つかの料理を注文する。
「パーティって、今日みたいに一緒に冒険することだよね?」
少女の問いに「そうだ」と答える。今日のことは彼が少女に冒険者とはなんたるかを教えるためにやったことでもあるのだが、することに何も違いは無い。ただ、パーティを組むきっかけが偶然から必然へと変化するだけ。しかし、背中を預ける仲間は誰でも良いわけではない。信用できる腕前だけでなく、信頼できる性格も必要なのだ。その点少女の腕前は微妙であるが成長の見込みはあるし、性格はとりあえず表裏は無さそうだ。
「じゃあ、ひとつ条件があります」
少女は指を一本、彼の前に立てる。彼はゴクリとつばを飲んで次の言葉を待つ。彼も何も無しに仲間にできるとは思っていない。場合によってはお金を出すことも考えていた。もちろん、条件があまりにも厳しすぎたら諦めるつもりだったが。
しかし、少女の条件は思いの外簡単なものだった。身構えてしまった自分を後悔してしまうほどに。
「名前を教えて」
そこで彼は思い出した。そういえば名乗るのを忘れていたと。ほとんどふたりだけで行動していたために不便ではなく、まったく気にしてはいなかった。しかし、こうして言われるとなると、少女は随分と気にしていたようだ。彼は笑って「すまんすまん」と言いつつ、ちゃんと少女と向き合って自己紹介を始める。
「俺はセン。新米冒険者だ。仲間になってくれないか?」
「うん、いいよ。よろしくね!」
彼の名前がわかって満足した少女はあっさりと承諾した。それからひとりで「どう呼ぼうか」と考えている。さん付けか、くん付けか……それとも変な感じのにしようかなどと。いやいや変なのってどんなのだと気になるが、センはそれを許さなかった。結果として普通に呼び捨てに決まる。
そして、センはここで気づく。自分は名前を明かしたが、この少女の名前を知らない。それはおかしいだろうと、問いかけた。
「ああ、エリスだよ」
再度あっさりと答える少女。彼女に呼び捨てで呼ばれるように言った手前、彼もまた彼女を呼び捨てで呼ぶことにした。
「よろしく、エリス」
気兼ねなくお互いに名前で呼び合える関係というものは良いものである。出会ってから過ぎた時間はまだ長くはないが、そういうものはこれから増やしていけばいいだろう。
先ほど注文していたものが届いて、適当に話を続ける。
「あっ、あの子の名前聞くの忘れてた」
エリスはそんなことを言い出して心底残念そうな顔をしているが、センは特に気にしていない。冒険者として依頼をこなしていればそのうち再会することもあるだろうからそのときにまた申し出ればいい。それにあれだけ腕っ節が強いのだから、噂は嫌でも入ってきそうなものだ。
そのことはあえてエリスには言わないでおいた。その方が反応が面白いからである。もっとも、「ヤケ酒してやるー」などと言い出した時はさすがに止めに入ったのだが。
それからふたりは街を歩いた。折れてしまったセンの武器の代わりを探すためもあるが、これから仲間としてやっていく相手ともう少し交流を図るためだ。ちなみにエリスの杖もまた最後の一撃で砕け散ってしまったため使い物にならないのだが、そもそも杖を上手に使えない彼女には不要だということで買うことはなかった。
買う物もそろったところで行く当てもなくさまよっているといつの間にかふたりが出会ったあの公園へとやってきていた。なんとなく、導かれてしまったのだろうか。
街灯が点き、誰もいない公園のベンチに腰掛け、ふとセンが口を開く。
「エリス……どうしてその名を?」
本来であれば名前は親に与えてもらうもの。しかし、冒険者としての名前は違う。自分で自分のあり方を示す名前をつけるのだ。そこには必ず理由があるものである。もちろん、響きが良いとか、昨日見たアニメのキャラの名前だとか、そういうどうでもいい理由かもしれないが。
「ヒ・ミ・ツ!」
が、彼女は教えてくれない。それについて彼は深く追求することはなかった。彼もまた自分の名前の由来を話すつもりはなかったからだ。それでもいつか教えて貰えたら、いつか話せる気になれたら……そんなことを思って、できたばかりの友人にとの関係を築き上げていこうと決める。
「それじゃあ、俺はここで」
そう言ってセンは軽く手を振る。明日の待ち合わせの場所も時間ももう話した。あとは帰るだけだが、そこでエリスは彼にもう一言。
「また明日」
そい言われて彼も「また明日」と返して手を振った。深く目をつむって再度開くと、見えていた少女も夜景も消え去り、見慣れた部屋の天井の染みが目に入る。現実ではまったく動いていないはずだというのに、心身共に疲弊した感じだ。
腕時計を見るとすっかり夜も更けている時間帯だ。しかし、すぐには寝付けそうにない。先ほどまで寝ているようなものだったからだろうか。
セン……彼の現実の名はナナシ。『学園』に通うわりと普通な部類の者である。ゲームの中での姿とは似つかないが、それは誰でもそうだろう。明日の約束をしたエリスという少女も、現実では男性の可能性もある。そう考えると性別を偽っていないだけまだマシであると正当化することができた。まぁ、彼女の行動や性格を考えると、その線は薄いように思えるが。
二段式のベッドから降りると、ルームメイトであるクラインも丁度ログアウトしてきたようだ。お互いに感想を言い合うために、それから小腹がすいたためそれを満たすためにも学食にでも行こうということになった。この時間であるため、食券を買ったところで料理が出てくることはないが、大体の場合料理好きの誰かが作った何かを冷蔵庫に入れておいてくれる。ナナシはゲームをやりすぎて夕食を忘れた時によくお世話になっているため、今夜もその恩恵に肖りたいと思っていたのだ。
しんと静まりかえった学食は非常灯ぐらいしか点いておらず、やはり誰もいないようだ。キッチンスペースに入り込んで大型の冷蔵庫を開けて、目当てのものがあるか探してみる。
「これは……」
「おお! うまそうだな」
冷蔵庫の最上段には瓶詰めにされたゼリーが幾つか置かれていた。ゼリーの色はつい先ほどまで対峙していたアレを彷彿とさせる半透明な緑色。ご丁寧に皿の上に瓶をひっくり返して鎮座している。今まで食べてきたものの傾向から考えて味は保証されているはずなのだが、どうにも気分がのらない。結果センは食指を伸ばすのをためらったが、クラインはというと食べるのを楽しみだとでも言うように三つほど拝借していった。
適当な席について今日の冒険についてお互いに話し合う。ナナシにとってはゲームはよくやることだが、クラインにとっては初めてであり、わからない所があったら教えるつもりだったのだが、彼はわからないことを気にしていないらしい。それよりもどういう仲間がいて、どんな世界で、どんなものを食べたのか……そんなたわいもない話をいつまでも楽しそうに語っていた。
それに相づちをうちながら、センは思う。あんまり熱中的にやる必要はなくて、適当に時間を過ごすだけでもいいのではないかと。最初は他のゲームと同じように効率を重視してプレイして、上位勢の中でもさらに上のトップを目指そうとしていた。だが、このクラインを見ていてわかるように『学園』の者にそんなガチ勢気質な者はそうそういない。張り合う相手がいない中で一番になったところで面白くもない。
それに、ゲームの中で出会ったエリスという少女も、戦えないこともないぐらいにはなったが、変に根詰めて効率を言い出すようになったら嫌だ。
自由に、伸び伸びと、こことは異なる世界で暮らしてみる。そういう生活。多くの者たちの初めてを共有する日々はここから始まろうとしていた。
「で、味はどうなんだ?」
「う~ん……うまい」