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第2話 特訓

 彼がひとり物思いにふけっている間も、少女はひとりで敵に突撃していた。大体予想できるが、何度やっても転がされてばかり。進歩といえるものは、転がる時に身体を痛めずすぐに起き上がれるようになったことだろうか。少なくとも少女の杖は一度として敵に当たることもなく、空を切るか、はたまた地面を抉るかのみ。

 少女もまた現状をよく思っていないようで、一旦草原に寝転がってどうするべきかを考えることにしたらしい。


「まずは武器」


 少女の武器は杖だ。木製であるために軽く、彼女のような細い腕でも振り回すのは容易い。しかし、彼女の思っているほどリーチが長いわけでもなく、いつも少し距離が足らずに当てることができない。かといって近づくとそれはそれで振りづらいのだ。その距離感をまずはつかむ必要がある。

 のだが、それが難しい。自分で考えてわかるようだったら、すでに当てられているだろう。考えるよりも先に動いていればそのうちどうにかなるだろうと、そんな楽観的な考えでやっていた結果があの連敗記録なのである。

 ちなみに彼女はリーチが短いせいだという結論を出し、その解消方法は『後でもっと長い杖を買ってくる』だ。杖を長くするだけでどうにかなる問題ではないと気づくのは新調した後のことである。


「次に避けること」


 転がる原因の大体は敵の攻撃を受けてしまうことだ。このゼリー状の生き物は魔法のような遠距離攻撃を持っておらず、ただただ突進することしか能が無い。それはつまりこの突進を避けるか、何らかの方法で防ぐかすればいいということだ。彼女が何度も食らってもすぐに立ち上がれたことからもわかるように、当たっても大して痛くはない。少女が転がってしまうのも、身体が小さくて耐えきれないことと、鎧のように重いものを着込んでいないのが理由だ。結果として避けることを選んだのは正解と言える。

 しかし、避けるのもそう簡単ではないのだ。と、いうのも、この敵、半透明なゼリーのような魔物なのだが、目や口といったものがなく、前後がないのだ。そのためどちらを向いているのか、攻撃しようとしているかといったものが非常にわかりにくい。彼女の反射神経では、動き出してから回避行動をとったのでは遅く、避けるためにはずっと動き続ける必要があるのだ。


「そういえば……」


 思い出したかのように少女は起き上がり、ある人物の姿を探す。その人物は数時間前に知り合い、彼女をここに連れてきた彼のことだ。そもそも、この空間にいる彼女の知り合いは彼と、その辺の魔物しかいない。周りで戦っている人々ははなから眼中にないのだ。

 しばらく見回るとわりとすぐに見つかった。これは彼がかなりの美青年な顔をしているからなのか、それとも武器や服装で見分けていたのか、それは彼女にしかわからない。だがしかし、長身のわりに細身な身体に不釣り合いとも言える大剣を手にしているが、構えたその姿はかなり様になっているだろう。

 彼女が彼を探したのは、その戦い方を参考にするためだ。武器は違えど両手で持つという部分は似ているし、避け方や身のこなしも見て覚えられるかは別として成功例を見られれば習得しやすくなると考えたのである。

 そして当の彼の戦い方はというと。

 まずは適当な相手を見つけ、近づく。これは武器を扱う者であれば誰でもそうだろう。

 次に剣を抜き、構える。これもほとんど同じ。たまにオリジナリティのあるポーズを決める者もいるが。

 そして、敵の上から突き落とす。振り回すのではなく、刺すのでもなく、ただ敵の上に剣を置いてその重みだけで突くのである。ただそれだけで敵はバラバラになって動かなくなる。


「ずるい!」


 そんな戦闘風景を見た彼女がこういう感想を述べてしまうのも仕方の無いことだろう。彼女は彼に近づきビシッと効果音がつきそうな勢いで人差し指を向けると不満を大にして語る。


「剣を使うなんてずるい!」


 彼女は素手で戦えとでもいうのだろうか。

 この発言自体にはさして意味は無い。だが、急に指を差されてこんなことを言われた彼はというと、正直な話、どう反応すればいいのかがわからなかった。そして、図ったのかはわからないが、結果として気が緩んだ彼の手から大剣をぶんどった彼女は適当な相手の前へ行く。そして彼と同じことをやる……やるのだが……やりたいのだが。


(足りない……)


 高さが足りない。腕を限界まで上げても、剣を立たせることができない。それはふたりの身長差から見て当たり前でもあることだったのだが、そこまで考えられなかったようだ。そもそもこの行動自体、「あれぐらいなら自分でもできる」などという浅はかな考えから生まれたものだったのだが、悲しいことに体格の差に阻まれてしまったのである。

 ならばと今度は大剣を振り回す体制に入るのだが、自分の身長ほどもある金属を振り回すのはそう容易くできることではない。実はここまで運ぶ時も、剣先を地面に引きずって来たのだ。力が足りているわけがない。

 それでも無理に振り回そうとして、足が振れて剣の下敷きになりそうになる。だが、そこはすぐ後ろで見守っていたこの剣の持ち主が受け止めてくれて事なきを得た。


「良かったら教えるか?」


 彼がかねてから言いたかった発言に対し、彼女はすぐに「お願いします」と答えた。



 さて、集団を離れたところにやってきたふたりは、まずなにをするかを話し始める。彼は彼で戦いながらも彼女のことを観察していたのだ。指導するならどこから教えればいいかはある程度考えてある。しかし、彼女のモチベーションのことも考え、まずはその意志を確認しようと思ったのである。

 今回受けた依頼はあのゼリー状の敵……「グラスゼリー」を減らしてほしいというもの。この依頼を達成できれば冒険者免許の申請ができるということで、他に集まっている者たちも彼らと同じ目的でやってきているのだろう。付き添いの仲間がいてもいいため、彼女が倒せなくとも彼の討伐数で事足りるのだが、彼女はそれでは嫌らしい。なんでも、「達成感がない」とか。実際、彼女がやったことといえば攻撃を外すか、転がるか、寝てるか、後は見てるかだけだ。人助けをしたいと豪語したのにやっていることがこれでは不服なのも無理はないだろう。


「あんなゼリーに負けたくないし」


 いや、もっと単純な理由だったようだ。散々腹部に強打をもらい続けた腹いせに反撃をしたいだけらしい。杖を強く握りしめ、不適な笑いを浮かべている。もはや彼女の瞳には人助けをするという優しい心は見受けられなかった。


「ああ、それと」


 思い出したように彼女は彼に杖を向ける。その後声高々に宣言する。


「キミも見返してやりたい!」


 鋭い瞳で見つめてきたかと思えば、今度はニッと笑っている。彼は面白いくらい表情が変わる奴だと思いながら、ただの負けず嫌いなのかもしれないと分析できていた。もしかしたら、どこかで会ったことがあるのかもしれない。ただ、覚えていないだけで、ずっと前から知り合いだったのが当然のように感じていた。


(そんなこと、あるわけがないが)


 否定をしながらも、心地よいのには変わりない。だから彼はわざわざ口に出すでもなく、ひとり心の中にしまいこんだ。もしいつか話す時がきて、その時でも同じ気持ちであったのなら話してもいい、と未来のことを考えていた。


「そもそも武器を変えた方がいいんじゃないのか?」

「どういうこと?」


 先ほど彼女に言われた「剣を使うのがずるい」ということ。それを思い出してみて、そもそも戦闘経験がない者が、武器を簡単に扱えるのだろうかと考えた。たとえ、それが鈍器であったとしても。たとえば、魔法を使う者がいたり、武器を持たずに素手で殴り合う戦闘スタイルの者もいたりする。それぞれの者の主義や好み、体格など様々な要因があるが、うまく合致する戦い方というものはあるのだ。


「武器が使えないなら素手はどうだ?」


「えっ、やだ」


 武器に振り回されてしまう少女のことを思って考えた戦闘プランは数秒もしないうちに却下された。

 まぁ、その意見に関しては彼も概ね賛成である。なにせ、今回戦っている相手はゼリーである。拳で戦うということは、グローブをはめるにしてもその感触に直に触れることになってしまう。実際に触ったわけではないが、その感触は想像に難くない。彼は平気ではあるのだが、女の子である彼女にとってはそれが嫌なのだろう。既に何度も体当たりを食らっているために慣れているはずだが、向こうから触られるのと自分から触るのとでは話が別らしい。


「あと、噂だけど服が溶けるとか……」


 服が溶ける……それはゼリー族のモンスターが持っている溶解液の効果だ。実際には服だけでなく武器や身体すらも溶かしてしまう恐ろしいものだが、彼女はあくまで服のことを気にしているらしい。土がついてしまって汚れている服を気に入っているということではなく、服がなくなって肌が出てしまうことを気にしている。恥じらう姿はさすが女の子と言うべきか。

 しかし、彼女は忘れていた。溶解液を持っているのはゼリー族の中でも上位個体であり、こんな街に近い草原に現れることはないということを。この噂に関してを彼は知らず、彼女の話で初めて知ったのだが、自分の身体を抱えて怯えている姿を見て重大なことなのだと感じた。

 しかし、彼はそれよりも。


(ゼリー……食べられなくなりそうだよなぁ)


 名前にゼリーとついていて、見た目もそのままであるため、食欲をそそる存在であるこのモンスター。その散り際は細かくなって地面に溶けていくというものであり、見ていて少々不気味である。だから、あの倒し方も可能な限り直視しないでいいようにするためであったりするのだ。まだ彼女には気づかれていないが。素手で戦うとなると破片が身体に付着する可能性もあり、それを想像すると身の毛がよだつ。だとすれば、彼女に勧められるような武器は。


「魔法はどうなんだ?」


「魔法……ね」


 例えば前方に炎の玉を飛ばす魔法であれば、距離を見誤る心配はない。彼女は攻撃を避けられる以前に外れているだけであるため、それができるだけでかなりの進歩である。

 少し考え込んだ彼女は「ちょっと待ってね」と言うと指先を舌で濡らし、草原を走る風を感じる。そしてゆっくりと息を吸うと、瞳を閉じ、胸に手を当ててこう唱えた。


「我が在りしは緑風満つる草の大地

 なびかす汝は世界を運ぶ風の精

 ここに集いし汝らへ仮初めの名を与えよう

 おいでませ『アウラル』!」


 それは祝詞と言われるもの。魔法の分類のひとつである精霊魔法は、精霊達を集めて名を与えて行使する魔法である。精霊は普段は目に見えず、祝詞を唱えて名を与えることで実体化させるのだ。それでようやく会話をすることができ、魔法を使ってもらう代わりに魔力を報酬として渡す。人と精霊との信頼関係で成り立っている魔法である。

 今回彼女が呼び出そうとしたのは風の精霊。祝詞が終わりに近づくほどに強い風が吹き、名を唱える際に瞳を開いた彼女の姿は、それなりに様になっていた。雰囲気が出ていたために彼も本物であると思っていたぐらいだ。

 しかし、どうしたことだろうか。そこに彼女が思い描いた精霊の姿はなく、集まっていたはずの風は霧散していったのだ。何かを間違えたのだろうかと祝詞を少し変えたり、ゆっくり唱えたりと試行錯誤をしてみるのだが、結果は変わらない。


「やっぱり魔法、使えないんだね……」


 少女は目に見えて落ち込んでいた。魔法について書かれた文献を読むことで祝詞や使い方はわかっても、実際に行使できるかは生まれついての才能である。才能が無ければ魔法を使うことができない。それはこの世界のルールと言ってもいいだろう。

 彼女はそれを知った上で魔法について学び、こうして使おうとした。発言からして、既に試した後だったようだが、彼の言葉を聞いて再度試そうとしたんだろう。


「気にする必要はない。俺だってそうだ」


 魔法の才能が無いのは彼も同じであった。それについて悩んだ時期があったものだが、それも乗り越え、こうして剣を携えて戦っている。彼らのように魔法が使えない人間は決して少なくなく、代替もあるために普通に共存している。魔法が使えるかどうかだけがその者の価値を決めるわけではないのだ。


「そこまで気にしてるわけでもないから大丈夫だよ。ほら、杖だって使えるし」


 杖を振り回して「私だってできるもん」とアピールをする少女。しかし、先ほどの泣き出してしまいそうな表情を見ているため、それは空元気だとわかる。それに、杖だって上手に使えていないだろう。それでも少女は精一杯にこの世界を楽しもうとしている。その一生懸命な姿に彼はどうして彼女をここまで連れてこようと思ったのか、その理由がわかりそうな気がしていた。


「なぁ、杖以外はダメなのか?」


「ダメって?」


「こだわりがあって杖を使ってるわけでもなければ、これでも使ったらどうかと思ってな」


 彼は短剣を取り出して少女に見せた。片刃で銀色の刀身と、同色の柄。持ち手に巻き付けられたテーピングが滑り止めの役割も成している。装飾というものはされておらず、どこにでもありそうな代物である。

 だが、木でできた杖にさえ振り回されている少女にとってはこれぐらい短いものの方が扱いやすいだろう。試しに手にとって素振りしてみたところ、さっきと比べて重心が覚束ないことはなさそうだ。彼女も気に入ったようで、ステップを刻んだり、回転切りを試したりしている。もっとも、あまり身体能力が高いわけでもないらしく、足が絡まって転んだり、目が回ったりしているのだが。それももうすでに何度も転んでいる分、慣れたものである。まったく気にしていない。


 なにはともあれ、これで鈍器杖の女の子から笑ってナイフを振り回す女の子へクラスチェンジだ。どちらがより強そうかよりも精神状態が大丈夫かどうかを気にしてしまいそうだが、彼の想像の中での呼び名であるためあまり意味はない。

 武器を変えるついでに簡単な立ち回りなどを教わり、それからようやく実際に戦うことになる。杖を持っていた頃と同様、たいあたりをもらうことや、転ぶこともあったが、それでも常に足を動かすことを頭に入れたために敵と向き合っていられる時間はかなり長くなった。そして、ついに……。


「えいっ」


 かけ声と共に突き出した短剣はゼリーの身体に刺さり、もう片方の手で柄を横へと押し出すことで切り裂くことに成功する。ゼリーらしく血は出ないものの、えぐり取られた体積は広く、グラスゼリーの身体を小さくした。それが致命傷となり、先ほどまで立って動いていたそれは骨を失ったようにドロドロになり、地面に溶けていった。ついに、彼女は自分の力でモンスターを倒すことができたのである。


「やった……」


 倒した後、彼女はその場でへたり込んでしまった。実際のところ、あれぐらいなら子供でも戦うことのできるぐらい危険の低い相手だろう。彼も少々大げさだと思いつつ、彼女の元へと向かい、ささやかな祝福の言葉と共に手を差し出す。彼女はその手を取り、嬉しそうに笑いかけた。

 倒すことで得る物は何もなかった。しかし、形として手に取ることのできない大事なものを、彼女は……いや、ふたりは手にしたのだ。

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