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第4話 ロードバイクという誘惑

 俺が学校に行く準備を始めると、号泣していたはずのスクルドはすぐに涙を止めていた。どうやら演技だったらしい。ある程度雰囲気で分かっていたし、さっきまでの態度と違うからなんとなくは気付いていた。彼女は朝ご飯を用意し、理想的なメニューを並べる。


「味噌汁にご飯、おひたしに漬物と納豆。後は、牛乳ですかね? さら君の食べられない物はありますか? 頑張ってメニューを考えてきたのですが、さすがに好き嫌いな物がありますかね?」


「納豆が……」


「あっ、匂いがですか? 栄養価も豊富なので食べて欲しいのですが……」


「じゃあ、食べます」


 納豆は、好きではないが嫌いでもない。食べられない程度ではないが、味が苦手だった。だが、美少女が用意してくれた物を食べたいと言う気持ちの方が強くなる。勧められた料理を食べ終えて、食後のコーヒーを用意してくれていた。2人で一緒に飲む。


「ふー、コーヒーは大丈夫ですか? 実際、体調から飲めない人も多いので無理に飲まなくて、他のものでも代用できますが……。私は、コーヒーが好きなので、毎朝飲んでますが……」


「あっ、砂糖とミルクを入れてもらえれば……」


 彼女は、髪の毛をかき上げて、砂糖とミルクを俺のカップに入れる。自分の使っていたティースプーンを使い、俺の好みの味に調節しようと親切に接してくれた。女の子特有の心地よい香りと、コーヒーの香ばしい香りが部屋の中を漂う。


「じゃあ、飲んだら出かけましょう。私の事は、スクルドではなく『白浜しらはま未来望みらの』とお呼びください。これが私の人間としての呼び名です。スクルドは、女神としての私の名前なので、そこは分けても欲しいです」


「はあ、じゃあ、『未来望みらのちゃん』って呼ぶね……」


「私は、『さら君』と呼びますよ。ぶっちゃけ、よく分からない点も多いので、いろいろ教えてくださいね」


 俺は、コーヒーを飲みながら、テーブル越しに彼女を見る。テレビや二次元でしか見たことのないようなロングヘアーで黒髪の美少女が目の前に座っている。俺は、ふーっと息を吹きながらこんなに落ち着いていて良いのかと思うほど落ち着いていた。


「なあ、俺が起きてからもう2時間くらい経ってる気がするが、学校の時間は大丈夫なのか? もう、10時くらいになってないか?」


「ああ、その辺は問題ありません。私、夜10時に寝て、朝の5時に起きますんで。今の時間は、朝7時過ぎくらいですよ。学校の時間の8時には十分間に合いますよ」


「なんだって!?」


「いや、そこまで驚く事ですか? 良いですよ、早寝早起きは……。時間を有効に使えます。疲れて昼寝なんて危険もありません。さら君も同じ時間に寝て起きた方がいいですよ。勉強も分からないところは教えますんで、全然何も問題ありませんよ」


「くっ、分かってるよ……。今まで俺が努力しなかったから、太って仕事も失い、人間関係も悪くなった事は……。でも、もう一度同じ事をやる機会が得られても、成功させられる自信はないよ。たとえ、君のサポートがあったとしても……」



「なるほど、努力してないということは認めますか。でも、その答えは半分正解と言った所ですよ。もちろんさら君にも努力してもらいたいですが、それだけで将来まで上手くいくとは限りません。実は、昔のあなたも敏感に感じ取っていたのではありませんか?


 努力しても、そこまで上手くいかないという事を……。感覚というか、直感で……。確かに、昔はそこそこの成績を収めれば、そののち入る会社も良い物であった。努力をしたら、努力をした分だけ見返りも期待できたはずです。


 でも、世界は変わっている。努力して良い会社に入っても、必ずしも幸せとは限らない。現に、良い大学を出て、良い職場に入っても自殺者は出てますからね……。それに、そこそこの成績の方が職場から切られても納得できますから……」


「何が言いたい?」


「つまり社会状況と学校教育が上手く噛み合ってないんですよ。学校教育が努力した分だけ将来も幸せになれば、自ずと努力しようとする気にもなります。しかし、努力をしても無駄に終わるのが分かっているのなら、努力なんてしないという事です」


「じゃあ、どうすんだよ!? 結局前と同じじゃあないか!」


「前と同じではありません。さら君には、私がいます。こう見えても、サポートと情報分析には自信があるんですよ。物事には、何事にも流れがあり、流れに沿った行動をするなら労力を半分にして結果を出すことができます。それをあなた実感してもらおうかと」


「どういう事だ?」


「うーん、口で説明するのは難しいです。まずは、前と同じように学校に行ってください。そこであなたの事を調査します。まずは、酷ですが、昔の地獄を体感していただく事になるかと……」


「くっ、結局対策無しって事かよ……」


「現段階では、そうなります……」


 未来望みらのは、事務的な顔をして、俺を見つめる。本当に、昔の地獄を再び味わせるしかない状況のようだ。覚悟を決めろというような厳しい目をしていた。見た目は可愛い同い年の女の子でも、中身は25歳以上の天使のままだったようだ。


「やっぱり、やめる……」


「自転車は用意していますよ。ほら、ロードバイクにも興味あるでしょう? アニメを見ていた過去くらいは調査済みです。私、さら君とサイクリングデートしたいなぁ♡」


 未来望みらのは、さっきまでの真面目な顔からちょっと色気を出した誘惑モードになり、俺をデートへ誘う。このカッコいいロードバイクの自転車を使って、学校へ行こうという誘いのようだ。自転車は2台用意されており、色違いだった。


「くっ、行くだけだぞ……」


「はい♡」


 彼女は未来を見透かしているかのように満面の笑みで俺の回答に答えていた。ロードバイクに、可愛い女の子、学校へ行く夢のようなシュチュエーション。これらを断って休んでいる勇気は、俺にはなかった。たとえ地獄が待っていようとも、一瞬でも幸福感を感じたい。

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