すてーじ いちのいち
町の町長に挨拶を済まして町の近隣に作った簡易宿泊所に向かう途中、同行していた見張り番が目的地方向のはるか上空に光る赤い光を指差した。
「隊長! あれは何でしょうか? 隕石の様な落下物には思えませんし、空を飛んでいる様には思えませんが……」
目を細めてピントを合わせるが、彼とは異なりその才が無いばかりに赤い光にしか見えない。
他人の才をうらやむよりも、あれは何かとそのものの事象について考察した。
「些か面倒な事になりそうだ。出立は一日遅らせる。見張り番の君はもう一人と交代交代で村の監視を継続でよろしく」
王国に伝達兵を一人帰させる為、足を早めた。
*
落雷の直撃を思わせる轟音が辺りに響く。
近くにいる人は足を止め、手に持つものは落とし、口が半開きの状態でこちらを見る表情は啞然としていた。
周辺の木造の建物からは人が飛び出し、やはりこちらを見て止まる。
この場に建っていたであろうと思われる瓦礫が自らの周囲に散乱し、自らが立っている半径五メーター程が地表の色が濃く変わり浅く窪んでいる。
あれだけの高さから落下したのに被害は少なく、不思議な何らかの力が働いているのは違いなさそうである。これが彼の言っていた転生というものなのだろう。
最後に駆け付けたであろう二人組の内、長身でやせ型だが露出している腕は筋肉質の男。年は自分より少し上に思える青年は現場を見るなり叫んだ。
「俺っちの家がああああ―――!!!!!!」
『さあ、始まりだよ。ゲームスタートだ』
その始まりの合図に僕は瓦礫の中から適度な大きさの木片を拾い上げ、鋭い方を逆手にもう一方の手を添えて
喉に向かって、刺す。
木炭色混じりの木片は粉々になり手からこぼれ落ちた。
「脆いな」
『脆いな。じゃなーい! どうしてそんなに嫌がるの? っていうか、自害は無しだから。プレイヤー権限です。何度繰り返しても特殊イベントもありませんよ。分かりましたか?』
「ちっ」
先刻の別空間で出会ったばかりの青年の声がイヤホンと同様に耳に声が入り込む。
「近づくな!! リーヤ」
リーダー格の農村民らしき日焼けと筋肉のついたがたいの良い男が、こちらに向かって襲い掛かりそうなリーヤと呼ばれた男を制止した。
「何でですか?」
血眼にしてこちらを睨む男に半分、この場に突っ立っている僕に半分の割合で見物人たちは見ていた。
それらに対して、僕は思春期に起きる他人を軽蔑する感覚に似た感情が湧いた。
「やばい魔力を持ってやがる」と大男はリーヤを押しのけ前に出ると、こちらに槍を向け「お、おい。お前は敵か?」と震え声で問う。
「そ……。『いや、違う』」
僕は喉仏に手を当てる。僕の口と喉を使いそう言わされた。
『初回の質問はループって相場が決まってるんだから、相手の都合に合わせないと。イエスオアノーの精神ですよ。曖昧回答で良く聞こえなかったもう一度は君が思う所ではないって事。おーけー? ほらほら、話しなよ』
「その刃で俺を殺せるか?」
『ええー……。覇者系統のルートになりそうな予感なのですが。もっと和気あいあいでもよろしいのですよ?』
「……いや、無理だ。こんな鈍らで勝てっこねえ。お前の望みは何だ? 俺にできることはなんでもする。だから命だけは……」
強者に絶望し屈した言葉を放った男は、その目線を合わせず首を垂れた姿は体格も相まってまるで似合わなかった。槍を下げ地に刃先を付けた。
「なんで、こんな奴に、こんなひょろっちい年下に頭ァ下げなきゃならないんだよ!」
リーヤという男は怒りだすのはもっともであった。
自分よりも明らかに弱そうである裸の少年であったからだ。
周りも好戦的なその意見に乗りざわついた。
成長期真っただ中の青年よりも全てにおいて平均値を下回る僕の体格は、大人と比較すれば貧弱であり軽視されるのは当然である。しかし、降伏している男を見るに体の能力主義ではない点からも、頭に血が上っているのは明白であり、観衆のまくし立てる声の終息は見えない。
「おい」と隣の男の引き留める冷静な口調でも彼の興奮の妨げにはならず。
「見損なったね。これだけの人数がいるんだぜ? この村は王国だって簡単に手出しが出来ない戦力を持っているのによう。俺たちが腰抜けになっちまったら、乗っ取られるのも時間の問題だぜ!」
「やめろ」
「かかってこいよ!」
「やめろ!」
数度の制止にも聞く耳を持たなかったのに、声を上げた所で彼の先行した興奮の憤怒が収まることは無く、むしろそれが起爆剤になった気さえする。
「来ないなら、俺から行くぜ! 全開。炎激いいいい!!!!」
その叫び声を引き金に両手から炎が放たれた。彼の姿はすぐに見えなくなるほどの大きさの炎は、こちらに向かって地表を削りつつ一直線に進み来る。速さは自動車ぐらいであろうか? 目の前にある炎はどんどん大きくなり、聞いたこと無い空気と地を燃やす音が迫る。
そして、向かってきた火柱は二メートル程手前で半球状に衝撃も無く止まった。
やはり、熱さは感じられない。
人が不快なく過ごせる気温に室温と同等。
僕の体はこの透明な膜によって守られていた。
『そう。これが、僕の考えた能力』
火柱は跳ね返る。
『反射だ』
放った人めがけて火柱が飲み込み焼き尽くす。
悲鳴や叫び声が止んでも止まることなく焼き尽くす。
僕の目にはそう映った。
ずっと、ずっと。ずっと。
火柱が無くなると兄貴と呼ばれていた人が叫ぶ。
血気盛んな野次が少なくなく飛び交っていただけに、静まったこの空間にリーダー格の「救護! 回復を!」の声が通る。
黒焦げになった人であったものはもう助からないようで、光る左右の手をかざしている女性は首を横に振った。
僕の方を向く。
それは今まで生きてきた中で、その異常なまでの鋭い眼光は見た事の無く。
それも一つじゃなく、多数。
敵意に満ち満ちた光景。
それに対して何も感じない。
「おい、お前。お前がどんなに強かろうと俺はそれに劣っているとは思えない。いや、思わない。お前がやった事で俺はこの村の長としてお前と戦わなくてはならなくなったんだ。確かに、最初に手出した俺たちが悪いのは俺たちかもしれねえけどな、仲間を殺されて黙っている男にはなりたくないんだよ! 覚悟しろ!」
手を前に出したまま、「はああ」と力み唸る。
滑稽いにも思えるそれは、何かを僕に向けて飛ばしている佇まい。先程の炎を放つ技と同様に見えない超人的能力を放っているのだろうが、変化は感じ取れなかった。
周りはガヤガヤと盛り上がりは、時間の経過と共に徐々に不穏感に声が小さくなっていく。
僕に向けられた敵意を含めたポーズは、何も起こらないという現状である。
『……ああー、なるほど能力を奪うスティール系かー。よっぽど自信あったみたいだけど、通用しなかったねー。うーん、残念。ん? 待てよ……。おお! 見て見て、って見えないか。スティール習得! スティールをスティールしたのか。弾いた能力が相手に発動するってヤバい。あー、破棄はもったいないな―、リフレクションを魅せつつ攻略したいしー。ああ、でも一回は使用感を。どうしよっかなー』
人並みにゲームはやったのでニュアンス的にふわっと理解できる範囲にはあった。
興奮により大きくなる声量と口数が多さは、気持ちの不愉快を増加させた。
一歩進む。
また、一歩。
一歩。一歩。一歩一歩砂音をワザと立てる。
それは、小動物を驚かすが如く。
陰で覆われるほどの距離に立ち、一呼吸置く。
それは、死んだ野良鼠を見るが如く。
そんな頭の中の風景が、僕の目から入る他愛もない情報に重なった。
怯えた目で見上げ震える。その回答に僕は上から見下す。
膝、腰、背中、首の順に軽く曲げて、耳元までゆっくりと顔を寄せ、「ダメ、だったね」と一言静かに呟いた。
その一言に多くの意味を込めたがどのように受け取ったのだろうか?
人の心が壊れるのはいとも簡単だ。
その音が聞こえたのだった。
『道中会話1』
「リフレクションって何処まで弾くの?」
「なになにー。興味持っちゃった? やる気になっちゃった?」
「ウゼェ。もういい」
「ごめんてー。ゆるしてーな」
「……」
「なあなあ。きになるんやろ? 教えて欲しいんやろ?」
「……」
「なあってばー」