狼女との遭遇
中央歴1835年 アンガス5才
「アンガスっ!! 起きな!!」
耳がキーンとなるような大声とともに、僕を守る最後の砦である布団がめくられ、小さな身体が極寒の空気にさらされる。
(うるせぇぇぇ。そして寒いぃぃぃ)
そう、まだ寒い朝っぱらから5才の子どもの布団をめくる。
この非情な女こそが僕のママである。
ここで文句を言っても布団が返ってこないのは、今までの経験でわかっているのでしぶしぶ寝室を出る。
「今日は家庭教師が来ない日だから寝てたっていいだろ」
そう言いながらテーブルにつく。
今日の朝ごはんはトーストと香辛料で味付けした豚肉。
(この香辛料の辛さがたまらない)
スパイシーな香りが僕の胃袋を刺激する。
僕は辛い料理が大好きだった。
ママは、小さいころから辛いものが好きだなんて変わっていると言うが、好きなのだから仕方がない。
あっという間に食べ終わると、
「今日は家庭教師来ないけど、自分でしっかり勉強するんだよ!!」
ママの声が聞こえるが勉強なんて自分からする子なんているのだろうか、いやいない。
ママが皿を洗っている間にこっそり外へ飛びだす。
「よっしゃぁぁ、遊びまくるぞぉぉ」
一日中遊べる楽しさに思わず大声を出してしまう。
そのまま町にとびだしていった。
「だ、誰も遊べる奴がいない・・・」
遊び仲間たちはみんな、家の手伝いだ、勉強だ、などと言って誘えなかったのだ。
(みんな真面目だよなぁ。まぁ、よく考えれば今日は平日だし当たり前か)
僕がガックリしながらあまり人がいない町の中央にある広場を歩いていると、広場に繋がる道の1つから奴がやって来るのが見えた。
銀色の長い髪、ギラリと光る目は俺をにらみつけていた。
(お、お狼女だぁぁぁ)
僕は一目散に家に逃げ帰った。
狼女とは、この町の子どもたちみんなに恐れられている奴だ。
あの髪の色と光る目は、ママが子どもの頃に聞かせてくれた悪い子どもを食べてしまう狼男とおんなじだ。
あの恐ろしい目に睨み付けられると、おしっこがこぼれそうになる。
家に帰るとママが怒っているが、走り抜けて自分の部屋に入る。
勉強しない悪い子は狼女に食べられてしまうので、必死に勉強する。
けれども、ちっとも頭に入ってこない。
(はぁ、今日は一日中遊べるはずだったのに、狼女のせいで台無しだ。いつか、騎士になったら退治してやる)
騎士とは立派な剣をもって国のために戦うカッコいい人たちであり、アンガスも近所の男の子たちと木の棒を使って、よく騎士ごっこをしたりする。
(なんで礼儀作法なんておぼえなきゃいけないんだ。僕は騎士になるんだから、剣の練習をしたいのに)
心のなかで文句を言いながら、食事のマナーを覚えようとする。
(フォークの背にのせるなんて、なんでそんなめんどくさいことするんだよ。腹にのせた方がずっと楽じゃないか。それに、フォークを右手に持ち変えちゃダメなんて、わけがわからないし・・・)
結局、ほとんど頭に残らないまま勉強をしていると、日がくれてしまった。
(明日からはいつも通り家庭教師が来るのか。面倒だなぁ)
僕は家庭教師が嫌いではないが、苦手だった。
(ずっと今日が終わらなきゃいいのに)
そんなことを考えながら一日が終わるのだった。