第46話 袋のネズミ
目を通して頂き有難うございます。
(9/19 尻切れトンボを直しました。)
「よー、ブラザー。俺たち射殺されるんじゃ無いのか?」
「冗談言うなよ。防弾チョッキまで着込んでいるんだ。金を貰うまで死んでたまるか。良いか捕まっても回収したBBXのデータさえ引き渡せれば保釈金を出してくれるんだ、アニヒレイターがBBXを奪取したら他のをそいつに纏めてサーバーから出力しちまうからこの極小USBをこうやってカモフラージュ用プラスチックで丸く包んで飲み込んで置けば見つかる心配も無いって事だ。」
ワールドハピネス社本社ビル3Fのサーバールームに立てこもった二人組、ジャックとヨーゼフは刻々と減るバッテリーのメモリを見ながらモニター内の進捗を緊張の面持ちで監視していた。
「ヨーゼフ、アニヒレイターから要請だ。又デカいの作ってくれないか?」
「はいよっ!この改造チートアイテム、巨獣召喚札を使えばちょちょいのちょいっと、今度は何ベースにするかな?牛の群れにでもするか...」
「何でも良いが強そうな奴にしてくれ。どうやら敵の中にもチート改造らしき装備のが混じっているらしい。」
「そんなバカな?サーバーに直接手を加えずにそんな事無理だ。それが出来るとすればそう言う仕様が隠されていたって事だと思うんだけど…」
ブツブツ言いながらヨーゼフは2枚目の召喚札を取り出し設定を始める。
レベル:最大300→300
ベース:→サソリ
大きさ:哺乳類は最大20m,他最大50m→50m
色:→茶色
特殊攻撃:弱・中・強→中
特殊防御:弱・中・強→強
画面内ではローブ姿の小男が設定を終えた札を地面に貼ると召喚の祝詞を唱え巨大サソリを呼び出しすと命令する。
『東へ向かいアニヒレイターを主として戦え。』
◇
『拙い、第4パーティーに牛の群れが突入した様だ。』
超大型ダンプ程も有る牛が時速1マイルもの速度で次々と義援PTの人々を跳ね飛ばして行く。頭部にある2本の大型S字ホーンは硬く剣で叩いても跳ね返してしまう。
中には飛ばされる寸前で角を避けて剣を突き刺す命知らずも居たが、一撃の代償は高く吹き飛ばされた先でその積み上げて来たデータを散らす結果となった。
猛牛の群れは左側面の第4・第5PTを蹂躙すると円を描いて離脱し、今度は先頭の第1PTに狙いを定めた。
『離れた。未だルビー、レーザーだ。』
『■我赤の扉より下界に降り立つ天使なり、その名を刻め紅玉天!!』
空を覆った黒雲から白赤光のレーザー雨が降り注ぐ。
猛牛達は目の前の仲間がレーザーで串刺しになるのを見るとその大きな角を天に翳しレーザーを弾き飛ばし始めた。その甲斐あって半分程の猛牛が生き残り、怪我は負っているがそれでも又走り出したのだった。
『ドラゴンレイン!ドラゴンサンダー!!』
俺はサファエルを使って龍魔法を唱える。雷に打たれてHPを減らす猛牛達、速度が緩んだが尚をその足は止まらない。
『聖断!!』
神速の翼で先回りしたセイファが聖なる白い光を帯びた剣筋で硬い角毎猛牛を一刀両断する。元のカオスさんが強いからなのかセイファ装備が強いのか、あるいは両方かも知れないがサファエルと比べてセイファの強さは一皮剥けた違いがある様に感じる。
猛牛達を始末した頃、また左翼が騒がしくなって来た。
サソリだ!それもデカい。今度は昼夜の街を襲った巨大ヒュドラ程もある巨大サソリが相手だった。
『■我赤の扉より下界に降り立つ天使なり、その名を刻め紅玉天!!』
ルビエルのレーザーが巨大サソリに降り注ぐがその殻が奇妙な紋章を浮かび上がらせるとレーザーが表面で相殺されている様に消えていく。
『ドラゴン・サンダー!!』
天高くつき出された尾目がけて落雷を叩き込む。しかし雷は殻の表面を流れて霧散する。
『特殊防御タイプか?レイドボスの中でも尤も攻略が厄介なタイプだ。やつら一体幾つ手駒を持っているんだ...』
珍しくセイファが泣き言を言った。
『聖断!』
セイファの白光がサソリの脚に走る。
レーザーを跳ね返した甲殻だったが、セイファの斬撃は通った。しかし巨大な猛牛を両断したセイファの必殺剣は今度は甲殻を1m程の深さで切り裂いた物の、その傷は流れ出てくる体液が固まり直ぐに塞がってしまった。
『■後ろからもう一体!』
ルビエルの指さす先はPOJOの遺体がある馬車の方、其処には目の前のサソリと瓜二つのサソリがもう1体迫っていた。
混戦になるとルビエルとサファエルはガクンと戦力を落とす。範囲攻撃が主なので巻き込みが怖ろしくて攻撃が打てないのだ。
『二人共後ろを足止めしてくれ、その間にこいつを何とか倒して見る!』
『『はい!■うん!』』
サファエルは蒼龍剣を出すと後方のサソリに向かって突き刺した。
やはり従来の広範囲な切断に至らず、剣の刺さった所だけ体液が噴き出して来た。これではダメージらしいダメージには成らない。
ルビエルは赤い両刀の長刀を出して切りかかる。
斬撃は通るのだが、特殊効果に支えられた爆発的な破壊力が発動せず、しかも切り傷は溢れ出す体液で直ぐに埋まってしまう。
『ルビエル!目を狙え!!』
兎に角馬車から引き離す事を考え目つぶしに出た。
巨大なサソリの目に剣戟を与えるとサソリは鋏を振り回して大暴れする。
『効いて居るぞ!鋏に飛ばされるな!』
『■アンタこそ気を付けなさい!』
そう言われた瞬間、尾っぽの攻撃を食らってサファエルは地面にめり込んだ。
『ぐふっ』
口から血を吹くサファエル、鎧の耐久は殆ど減って居ないがHPは3割も持って行かれた。サソリは見えなくなった右目ではなく未だ辛うじて見える左目でサファエルに狙いをつけると巨大な鋏を振り下ろした。
『大丈夫?今回復してあげる。‥‥デラックスヒール!』
いつの間にかサファエルに寄り添う魔術師は金髪碧眼の美女だった。
サファエルは命がけで回復してくれた美女を抱いて遥か頭上から物凄い勢いで振り下ろされる鋏を掻い潜り飛び立つ。
『俺の名前はサファエル、回復恩に着る。向こうに降ろすから距離を取って離れていてくれ。』
『私の名前はPKガール。又負傷したら私の所まで戻って来て、治してあげるから。』
サソリの所に戻るとルビエルがサソリの残った右目を潰し終えた所だった。
『すまん!』
『■あら、デートはもう良いの?』
『回復して貰っただけだ!』
『■あらそう...目を潰したけど、こいつ回復力が並みじゃないから10分もしない内に又見える様になるかもよ?』
滅茶苦茶に暴れるサソリから少し距離を取って上空から観察する。
確かに目の傷が徐々に修復されているようにも見て取れた。
『■ちょっと...』
ルビエルが絶句した。
つられて俺も顔を上げる。
其処には土煙を上げて此方に向かってくる巨大な魔物達の群れが居た。
◇
『左後方から巨大モンスターの群れ、その数7頭!!』
望遠鏡を持った剣士の報告に守護PTに緊張が走る。
『義援PTと天使達を盾に北へ離脱する。』
自然とリーダーに収まったミスターアフリカ、オモンディー氏は苦渋の決断をした。
『■馬車を全速力で走らせます!』
『馬車の前を守れ!義援PTには道を開けさせろ!』
『はっ!行けっ!』
馬を駆る守護PT達。
馬の扱いに慣れない魔導師達が数名遅れるが構わず全速力で駆け出した。
馬車の一行はセイファが足止めする巨大サソリの脇を走り抜けて義援PTの先頭である第1軍からも抜け出した。
『皆すまん!』
オモンディは後に残す人々にそう一言残すとドンドン北東へ離脱して行った。
◇
『当然待ち受けされている事くらい想定内だ。』
10km程進んだ所で守護PTは再びアニヒレイター率いる零化軍に行く手を阻まれる。
拙い事に後ろを走っていた魔導師の一人が伏兵に取り囲まれた様だが救いに行く余裕が無かった。
『■時間が無い、今度こそ遺産を貰って行く。死ねい!』
冥府王の黒羽虫攻撃を見るや剣士たちは馬を捨て散開する。
『『重力魔法、メガトン縛り!!』』
ダブルの重力魔法に冥府王の歩みが止まった。
『シバの仇ー!』
安息角がストレージから取り出した長槍を天に向かって投擲する。
その槍は弧を描いて頭上から冥府王へと襲い掛かる。
『槍は沢山ある、皆これを投げてくれ!!』
安息角から槍を渡された守護PTは一斉に槍を投げ始めた。
一部には水平に投げる者も居たが、重力魔法の範囲に入った瞬間地面に落ちてしまう槍を見て次からは空高く放り投げる方式に代えて行った。
『デビル様を守れっ!!』
死を恐れぬ零化教徒達が体ごとデビルの上に乗りかかり盾になって槍に貫かれる。いや、彼らはデビルの黒羽虫に分解されながらも盾になる事を辞めようとはしない。
数に勝る零化軍が重力魔法を唱える魔導師達に迫ろうとすると守護PTの剣士達がその前に立ちはざかり戦場は乱戦に突入した。
『きゃあっ!』
ファオラニが負傷した。ハムナプティアが走り寄り回復すると絶対防御の魔法を掛ける。
『今の内に下がって、この魔法が効いている内は敵の攻撃は効かないわ、その代わり外へ魔法も出せないけどね。』
『駄目よ、ハムナプティア。重力魔法が切れたらあの悪魔が動いちゃう。魔法を解除して!』
『分かった、じゃあ解除するね。代わりに私が盾になるわ。』
ハムナプティアは自らに絶対防御の魔法を掛けるとファオラニの魔法効果が消えた。
彼女はファオラニに抱き付く様に自らを盾にして守る。
『重力魔法、メガトン縛り!!』
ファオラニの必死の叫びは戦場の喧噪にかき消されて行った。
◇
「ミスジャネット之を見て下さい。巧妙に隠され暗号化されていますが何かの手がかりだと思われます。」
「暗号を解ける?普通は無理だろうけど...」
「やって見ます。」
ジェネットは部屋の内線からF.B.Iの捜査官に電話を掛ける。
「はい、それで怪しいファイルを見つけたのですが当然暗号化されて居まして、パスワードに関して何か情報をお持ちかと思いまして。はい、はい、それでは。」
受話器を置いたジェネットは大きくため息を付くと作業中のスタッフに声を掛けた。
「F.B.Iも尋問したけどパスワード情報は効き出せて居ないって。ちょっとジェニーに会って来るから引き続きお願いね。」
◇
「ジェニー、貴方確か通信傍受とか暗号を解くのとか得意だったわよね?」
「何か見つけたの?」
「まだそうと決まった訳では無いけど、一応怪しいファイルは見つけたわ。」
「私の力が必要なのね?」
それを聞いたジャネットは一瞬目を吊り上げて怒った。
「偉そうなこと言わないでこの犯罪者が!!」
ジェニーは悲しそうな顔で俯きながら言った。
「その疑いも晴らして見せるわ。私にデータのコピーを頂戴。」
◇
「ミス・ジャネット困ります!犯罪者に機密データーを渡すなんて!!」
「機密データーの疑いがある暗号ファイルのコピーです。消されようが改鋳されようがオリジナルを何重にも保護して於けば問題の無い話です。パソコンはわが社の物を運び込みますが勿論ネットワーク接続は危険なのでさせませんし、ハードディスクにデータを隠して持ち出されない様に搬入前後でベリファイを掛けます、良いですよね?」
「良いでは無いか私が許可しよう」
「ぶっ部長!何故こんな所へ!?」
「あら、話の分かるご上司で良かったわ」
ジャネットは微笑みながらその場を後にする。すぐにパソコンがジェニーの軟禁されている部屋に運び込まれて来た。
一方、ワールドハピネス本社3Fのサーバールームに立てこもっている賊二人はというと可成り慌てふためいてた。
「おいっ!バッテリーの減りが早くなったぞ。どうなってるんだ!!」
「へい、デカいのを7つも召喚したもんで消費電力が上がった様です。そうでなくてもエアコンが切れて温度が上昇中でヤバいって言うのに...」
「ヤバいって何がだ?」
「熱暴走ですよ...知ってるでしょうそれくらい?」
(つづく)




