第38話 魔人
目を通して頂き有難うございます。
『おい、聞いたか?アメリカ大陸に現れた魔人の噂?』
朝からギルドはその話題で大賑わいである。
地方予選の始まった世界大会、開幕はワールドハピネス社お膝元のアメリカ大陸からだった。
その大陸予選で昨年度予選準優勝者のサウザンドキラー氏(lv287)が高々地区大会で敗北を喫したと言うのだった。
その男は漆黒の装備に身を包み強力な破壊力を持って敵の防具をも破壊する魔槍の使い手だったという。キャラクターネームはアイテムで隠され、ニックネームは只一言、魔人。
『馬之助ですね。』
『残念だがそういう事の様だな。しかしサウザンドキラー氏を倒すとは恐れ入る。君の言っていた様に凄まじいステータスの様だ。』
『Lvが189と噂されています。短期間に如何やったのでしょう?』
『生贄を使ったのだろう。大量の生贄を使ってAという強者を作る。そいつとガチで戦わせてレベルを上げる。知って居たか?ガチでやった方が経験値が倍近く入るんだ。』
それを聞いた七五三の様なお子様姿の新キャラ、”サリーの虜”君は口を突き出して不満そうに言う。
『その代わり負けた方は9割ダウンですよね?』
『そう、生贄だからな。』
彼らは本気で優勝を目指している様だ。アメリカ大会に出て来たという事はPOJO氏をも倒しにかかってきているという事だ。あれからFジャネットともPOJO氏とも連絡が付かない。いったい如何したんだ...ラインにくらい応答いてくれても良いじゃ無いか?
もしかして本当に殺人犯だったのか?
なぜ俺に接触して来た?
悶々としながら日々を過ごした。
魔人の噂は日に日に大きくなっていた。
カオス氏はレンタル期限切れで帰って来た黒刀で地区予選で快勝を続けた。
俺とサリーはカオス氏の試合があると一緒に応援に出かけた。
カオス氏は盤石で新兵器のお披露目は本戦まで待たねばならないだろう。
しかし、本戦でバトゥとカオス氏が戦う所は正直見たくなかった。俺は狂ったバトゥなど見たく無かったのだ。
◇
「ピロリん!」
ラインだ!Fジャネット、いやジェニーだ!
『…バトさん、ゴールドマンの居場所を特定できました。』
『…J、お前は今何処に居る?』
『…F.B.Iから隠れています。バトさん私を信じて。』
『…ジェニーと言う名に覚えは?』
『…私の本名です。ジャネットに会ったのですね?私はPOJOを殺したりして居ません。私はPOJOからIDを託され日本に来ました。』
『…バトゥはアニヒレイターに捕まって傀儡となった。操り人形だ。奴ら本気で世界大会を制覇する気だ。』
『…させません。POJOが居ます。』
『…頼む。バトゥを止めてくれ。』
『…レディーJを其方のギルドへ行かせます。カオスさんに匿って貰えるよう頼んでください。携帯はまた暫く切ります。では。』
『…J?』
◇
『こんな美しい人と知り合いとは、虜君も隅に置けないね。』
寡黙なカオス氏がそう言うほどローブを脱ぎ去ったレディーJは美しかった。
『本人も負けず劣らず美人だけどね。』
『サリー!余計な事いうなよ。』
『おー、バトさん。OKでーす。所で、POJOさんからの伝言をお伝えしまーす。』
POJOは居ない、死亡したのだ。いや誰かに殺害された。JがPOJOのIDを操っている事を知るのは俺と本物のジャネットだけ。あれ?そう言えば本物のジャネットはワールドハピネス社の重鎮でPOJOのIDを奪回しようとしているがなぜゲーム内で捕まえようとしないんだ?
『突然ですが今回から前回優勝者は本戦の準決勝からシードで参加という形に変わりましたでーす。なので大人バトさんが勝ち上がって来たら本戦で叩くそうでーす。』
そうなんだ…
その後雑談が続いたが突然秘話モードでJから会話が飛び込んで来た。
「ゴールドマンは都内のホテルに潜伏しています。彼が直接POJOを殺害する事は不可能ですが、POJOが入院する羽目になった交通事故は彼の仕業だという可能が非常に高いです。」
ん?でーす、まーす。口調が無いと別人みたいだ。
「それで、これから如何する積りだ?」
「ゴールドマンの隣部屋を押さえました。F.B.Iにこの情報をリークします。」
「???」
「私はゴールドマンと共犯の様に装い彼と共にF.B.Iに拘束される道を選びます。最終的に当局が彼のPCを調べれば絶対真実に繋がると信じています。」
「おい、大会はどうするんだ?」
「IDとパスワードを託します。今度はコントロールを奪われないで下さいね。」
「ちょっと待った。それはダメだって!」
「お願いします。POJOの無念を晴らすために、お願いします。」
「…」
「ID:200709#Power of the One
PASS:My Lady J 8453」
「なあ、このJって婚約者のジャネットさんだよな?」
何とは無しに聞いた。
「POJOはジェニーのJだと言ってくれました。だから私は願いを聞いたのです。
少し私達の話をしましょうか?
POJOと私は幼い頃家が近くで友達でした。お互い好意を持っていたと思います。
ロースクールの途中で私は引っ越し彼はそのまま地元のハイスクールに進みます。3年の時に大きくなった私そっくりの美女と出会いますがそれが日本から戻ったばかりの従妹のジャネットでした。彼はその事に気が付かずジャネットに猛アタックをします。そうして二人は付き合い出しました。大学在学中にワールドハピネス社の元になるベンチャー企業を起こした彼と社主催のクリスマスパーティーに来ないかと従妹のジャネットから誘われた私は、パーティーの席でジャネットの婚約者として紹介される事で再会しました。」
「それでPOJOとは?」
「既にジャネットと婚約して居ましたから。POJOが最初間違ってジャネットに接近した事は内緒にしておこうと、今は愛し合っているのだからと。」
「実はそれが嫉妬に変わって殺したとか無いよな?」
「お願いです信じて下さい。ジャネットから紹介された後二人で彼と話をしてお互い会わない様にはしていたのですが、交通事故で大けがをしたと噂を聞いて病院に行ってみると下半身不随の彼がそれでも諦めていない強い眼差しのままベットに座っていました。彼は動けない自分に代わって黒幕を白日の目の元へ引きづり出して欲しいと私に頼んだのです。最後にIDを渡すとレディーJのJは君の名だと言ったのです。」
「愛していたのか?お互い。」
「彼は溢していました。ジャネットは婚約してから生活が派手になり、会社でも昇進し態度が変わったと。すこしギクシャクしていたのかも知れません。そこへあの大事故。ジャネットはPOJOの看護には余り興味が無かったみたいでイケメン達と夜な夜な繰り出す姿を目撃されています。」
「ん?お前もしかしてリアル・ジャネットも疑っているのか?」
「そうではありませんが、彼女があのままPOJOと結婚していたとしても二人が幸せになれたか疑問には思っています。」
しかし、自分を囮に使ってまでPOJOの遺言となった依頼を遂行しようとするなんて、ジェニーは絶対POJO氏を殺害などしていない。そう確信できた俺は呪いが溶けたかの様に気持ちが軽くなった。
◇
◇
ジェニーから託されたPOJOのIDだが、本来なら会社運営継続の為探し回っているジャネットへ返却するべきであった。
しかし馬之助を止めれるのはカオス氏かこのパワーオブ・ジャスティス・ワンしか居ない。
裏の奴らがどうやって大金をゲットするつもりなのかは知らないがどう考えても真っ当な金では無いだろう。ハッキングによる強奪、もしくはPOJOの持つ会社資産がターゲットかも知れない。彼らにゲームルールを一つだけ変えれる権利を行使させては成らない。狂人となった馬之助に優勝させては成らなかった。
POJOのIDを使いゲームにログインすると其処は豪華なお屋敷でメイドが恭しく出迎えてくれた。メイド達の長はアリッサと言ったがNPCにも拘わらず彼女はとても有能だった、知りたいことを聞くとほぼ全て分かりやすく教えてくれたのだ。
『アリッサ、聖剣シノマロムナがストレージに無いが何処に?』
『■はい、Mr.One。腰ベルトに仕組まれたシークレットBOXの中に御座います。』
『アリッサ、鎧が2種類ある。防御力が強いのはどっちだ?』
『■はい、Mr.One。2つの鎧の内一つは聖剣と対になる聖鎧ハレイロムナ、防御力だけを見ればもう一つのオリハルコン製堅鎧ゴルドボウグの方が高いですが、通常聖剣と聖鎧をセットで使います。』
『少し練習をしたい。何処が良いか?』
『■はい、Mr.One。闘技場へご案内します。お相手は何時もの様に魔物で宜しいでしょうか?』
魔物?フィールドモンスターを捕まえて来るのか?気になるので聞いてみた。
『今日の魔物は何か?』
『デザートドラゴン lv299です。』
POJO氏のレベルを見ると公に知られているのと同じlv335である。その相手としては相応しいモンスターであろう。
但し納得が行かない点がある。
一つにフィールドモンスターは最大でlv250だったと記憶している。なのでlv250以降はギルド戦でGMが貰える経験値以外だと微々たる物しか稼げない。例外は2つ有り一つはガチ系の大会で同等か格上に勝つことだがこのレベルの者はレベルが9割まで下がる危険を冒してまでガチ系の大会に出る事は無い。もう一つが練習場でこういったモンスターやギルドメンバー等と戦い勝利する事であるが、ここでもlv250以上が集まる事は無いと思っていた。しかし今目の前にいるドラゴンは確かにlv299と表示されている。チートで作ったのか?
『このレベルの魔物を何処で捉えた?というか誰が捕まえたのだ?』
この質問にアリッサは目をぱちくりとさせた後、手を口元に宛て可愛らしくホホホと笑った。
『■Mr.One、勿論全て貴方様です。貴方様が捉えられた多くのlv250近いモンスターを競わせこのレベルに育て上げました。余り近いレベルですと経験値削除が掛かりますし、飼育檻に空きも目立ち始めましたので又捕獲して来て欲しいのですが?』
流石は大金持ちだ。屋敷の前に広がる広大な庭園の地下に大きな飼育場を持っていた。
俺は闘技場で戦う前に飼育場を見せて貰った。
炎龍、クイーンベナトリア、大地神龍、その他魔族の様な個体など何れもレイドボス級の魔物がオリハルコン製の檻に飼われていた。この檻だけで都市が一個丸ごと買えてしまうのでは無いだろうか?などと詰まらない事を考えながら闘技場へ移動する。
『■Mr.Oneデザートドラゴンを放ちますよ?』
『ちょっちょっと待った。よく考えたらlv差が36もあったら経験値入らないのでは?』
『■彼らはレイドボスですからlv差50までは経験値が入ります。まあ流石に50も離れたら少ないでしょうが...この子はここまで育てるのに2年も掛かっていますが、まだ育てますか?』
うげっ気の長い話だ。餌代も馬鹿に成らないだろうに。
『いい、解き放ってくれ。但しガチは困る。練習モードでお願いする。』
聖剣を構えるPOJO。ステータスは狂気状態の馬之助を遥かに凌ぐ。嫌、あれから馬之助も急激にレベルを上げた。もしかすると…
『ごぐるりゅry…』
放たれたドラゴンは喉を一つ鳴らすとその瞳がない赤い玉の様な目でPOJOを睨みつけた。
次の瞬間彼は闘技場の壁に激突していた。
『早い...』
ダメージは5%にも満たないが俺は焦っていた。一番恐れていた事が具現化したからである。つまり俺のPSの無さ、技量不足である。
今の攻撃本物のPOJOならば避けると同時に一撃入れていただろう。
俺は反応できなかった。片や勝敗に取ってプラス側、片やマイナスでは差が大きい。
「くっもう一度!」
◇
負けた。lv差が36も有ったのに…聖剣を使ったのに負けた。
『如何されたのでしょうか?お体の具合が悪いのですか?』
メイド長が気遣ってくれた。
『実は利き腕を怪我して上手く操作できない。今はリハビリが必要だ。明日またお願いできるかな?』
それから毎日サンドドラゴンと戦ったが1勝も出来ない。レベル上げだけを考えればドラゴンを回復させずに倒し切った方が良いのだろうが、戦いが終わるたびにポーションでフル回復させては相手になって貰った。
そうこうする内に予選会は進み、今年の本戦出場者が決まった所で本大会の開会式に勢ぞろいした。
(つづく)
プロローグを合わせると40回目の投降と成りました。
これと言うのも目を通して頂いた結果です。どうも有難うございます。




