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ゼロ化世界  作者: ゴスマ
39/50

第37話 狂気

目を通して頂き有難うございます。

手りゅう弾を使い相手を吹き飛ばした馬之助は裏武闘会の覇者となった。

表では絶対使えない勝ち方だ。

だが裏の観客達には痛く好評だった様で、試合前の”ミンチ”コールと打って変わって”運転手”の名を叫ぶコールが会場を支配していた。


 主催者の”アニヒレイター”は玉座から立ち上がると聴衆を右手で制し高らかに言った。


『勝者、前へ』


 アニヒレイターの右手にはいつの間にか黒いハルバートが握られている。

 ストレージから出されたそれは禍々しい邪気を放ち、赤黒く脈打つ不気味な武器だった。

 次に彼の左右に現れた男達が同じく邪気を放つ兜と鎧を運んで来た。

 馬之助はアニヒレイターの前に跪き魔具の授与を待って居る。


 『まずはこの滅侵哭槍を与える。この槍は持ち主の力を2倍に上げる効果を持つ』


 『おおー、』会場がどよめく。


 『有難き幸せ。』


 手を伸ばす馬之助が魔槍をアニヒレイターから受け取った瞬間、突如画面にゲージが表示され0%から100%に向かってカウントを始めた。

 これがJの仕掛けたウイルスソフトか!?


 だがアニヒレイターが槍から手を離した瞬間、カウントは56%のまま止まってしまった。

 『続いて、生者の血肉を食らうという魔鎧。その名も魔怒魔楠を与える。』


 こんどは副官から魔鎧を渡された。まずいっ!このままではウイルスの送り込みに失敗する!アニヒレーターの居場所を特定するこいつを注入する為だけに潜り込んだと言うのに。


 『魔怒魔楠は怒りをエネルギーに変え、体力を3倍に、力と素早さを2倍にする力を持つ。次は狂気を司る魔のヘルメット、全笛椅子だ。』


 副官の一人が馬之助にフルフェイスの兜を差しだした。漆黒のそれはやはり赤黒く脈打っている。


 『さあ、身に着けて見よ!』


 俺は装備をストレージにしまうと受け取った鎧を纏い魔槍を握り締めた。

 ステータスゲージが大きく変化した。力が2倍、体力が微増した。

 

 副官が馬之助の前に進みとその頭に兜を重ねる。


 『これで我らが最強の戦士が完成した!お前は之からデビル×××、ニックネームを”悪魔の種馬”と名乗るが良い。』


 『デビル×××!!デビル×××!!デビル×××!!』


 卑猥な叫びが木霊する。


 『アニヒレイター様、どうか勝利の褒美をもう一つだけ。貴方様と握手をさせて下さい。』


 ヤケクソになりそう申し出た。駄目なら襲い掛かって羽交い締めにするしかない。


 「ザーザザー」

 画面に赤い砂ぼこりが舞う。何だ?


 伸ばした馬之助の手をアニヒレイターが握った瞬間、止まっていたカウントが高速で再開する。60,70%‥‥

 

 「ザーザザー」  また赤い砂ぼこりが舞う。明らかに異常である。


 『気分は如何だ?デビル×××よ。力が漲って来たのでは無いか?』


 ふとステータスバーを見ると力、素早さ、体力全てが上昇して行く。何故?赤い砂嵐との関係は?


 80%,90%…もう少しだ!


 『お前には初任務を与える、あそこにいる裏切り者を痛めつけて私の前に引っ張って来るのだ。』


 100%!奴が馬之助から手を放す直前にカウントは100%に達し、”complete!”と表示された。やった、罠に嵌めてやった。もうこんな所に用は無い、裏切り者の始末だ?知った事か!


 「あれっ何だこれ?おい!ちょっ何だよこれーー!」


 俺はパソコンを前にいら立ちを隠せず叫び声を上げる。どうゆう訳か馬之助の操作が利かないのだ。馬之助はアニヒレイターに命ぜられるままに跳躍すると一人のローブ姿の人物の傍に着地するや否や魔槍で胴を突き刺した。


 『ぎゃっ!!』


 その声は女性だった。ローブを剥ぐと長い髪の美しい女性キャラクターが瀕死となっていた。俺は馬之助を止めようと彼方此方クリックしたりESCを連打したが全くもって何もキーを受け付けない状況に変化は無かった。


 アニヒレイターの前に連れて来られた女性はそれでも必死に口を動かし啖呵を切る。


『も‥戻ったら貴方達を緊急手配するわ。表の大会に何て出れないから…』


『ふはははは!』 哄笑するアニヒレイターの隣で副官が女性の首に首枷を取り付けた。


『それは死に戻り防止の枷だ。自動蘇生機能付きで我々が捕虜を嬲る時に使う違法アイテムだよ。さあ、どうだ?これでお前はここで見聞きした情報を持ち帰る事は出来ない。ふはははは!一生地下牢で可愛がってくれる。』


 ひでえ、こいつらやっぱカスの集団だ。


『くっ!このIDが駄目でも緊急手配は出来る!私は運営よ?私にこんな事をして只で済むと?』


 しかし彼女の口がそれ以上動くことは無かった。アニヒレイターが腰から取り出した短刀で喉を一突きにしたからだった。

 白目を剥き死亡フラグをポップさせる女。首の枷が光り彼女を不思議な光が包み込む。


『蘇生には1時間の半分程かかる。いいか諸君!現在我が優秀なハッカー部隊がこの女の身元を洗っている。蘇生までに身元を判明させ通知するのでこのまま待機せよ。この女の本体を拉致した者にはビットコインで10万ドルを与える!!』


『どっ』


 会場が沸いた。何故か馬之助までガッツポーズをしている。どうしたんだ?お前はそんなキャラじゃ無いだろう?まるで別人、怒れる狂人...狂人のヘルム?ヘルメットの所為か?!


 ◇


 「あっ?もしもしサリー?ごめん、急に電話して。いや、そうじゃなくて、大丈夫。…でも馬之助が大変なことになって。ちょっとゲーム内で誰とも連絡取れなくて至急GMと連絡を取りたいから中継してくれないかな?」


 俺の画面は赤い砂嵐が渦巻き、馬之助のステータスは当初の3倍程に跳ね上がっていた。

 馬之助は咆哮し、身近の荒くれどもを蹴散らす。しかし、アニヒレイターの命令には逆らえない様だ。糞っ!完全に操り人形じゃないか?


 さっきの女性の事が気になるが...まて!まてまてまて!!

 俺はアニヒレイターにウイルスを送り込んで安心していたが、さっきの女性同様こっちの身元まで洗われていたらどうする?まずい!!


 おれは咄嗟にPCの電源を長押しする。

 

 居場所を特定されただろうか?いや奴らのホームは北アメリカかユーロだろう。極東の一端末の情報までおいそれと到達できない筈だ。念のため今夜から暫くは今は使って居ない下の改装中用予備部屋へ泊る事にしよう。


 寝具とパソコンの引っ越しを終え、冷蔵庫の品を取りに戻っていると呼び鈴が鳴った。


 「ピンポーン」


 「サリーか?早すぎないか?」


 「馬ちゃん、割と近くに居たから急いで来たけどノートPCは持って居ないの。パソコンは使えるの?」


 「大丈夫だ。ただ、逆探知されていた可能性もあるから部屋はしばらく下を使おうと思っている。」


 「ジャネットは?」


 「ジェ、ジャネットは暫く戻ってきていない。とにかく、カオスさんに連絡を。」


 ◇


 『という訳で、恐らくその狂気のヘルムというアイテムの所為だと思うのですが、コントロールを完全に奪われました。今や敵の言いなりです。』


 『そうか、それで奴らは表の大会に攻めてくると?』


 『はい、優勝者に与えられる一つの権利、それでリアルマネーが手に入ると...』


 『運営には私から通報して於こう。しかし、ここの運営は画像記録が無いと100%動かないと断言して良いだろう。』


 『どうしましょう?』


 『POJO氏に相談する。それと、大会では私が馬之助君を倒そう。』


 『しかし、装備の特殊効果でステータスが3倍にまで膨れ上がっていました。あれはチート装備です。』


 『心配するな、今度の私の装備も可成りチートだから。』


 そう言って笑うカオス氏は落ち着いていた。この人なら大丈夫かも知れない。

 しかし俺はカオス氏にレディーJがPOJOを操っている可能性が高い事、レディーJがPOJO氏を殺害したかも知れないという事を伝えきれなかった。自分自身がまだFジャネットを信じたかったからかも知れない。


 『彼らは強力なハッカー集団を抱えていて、捕まった運営の人も逆探知を掛けられた見たいです。俺は暫く馬之助ではIN出来そうにありません。別IDを作ったらまたギルドに入れて頂けますか?』


 『ふむ、そう言う意味ではバトゥは一旦ギルドから追放しておいた方が良さそうだな?次は何という名前で来る?いつでも歓迎する。』


 「私が決めてあげる。」


そう言ってサリーは俺を脇へ押し寄せるとキーボードを叩いた。


 『”サリーの虜”にします!』


 ◇

 

 新キャラ”サリーの虜”はアンダー12の子供キャラで製作された。


 サリーが勝手にどんどん進めてしまうのだ。


 目はこんなんでー、キャー可愛い。背はちょっと小っちゃくして、いやん可愛い。…


 俺はヤカンでお湯を沸かしていた。


 ガスの炎が噴き出す音、グツグツと中で湯が気泡を立てる音、サリーの喜声。

 

 ぼんやりとヤカンから立ち上る湯気を見つめながら俺は偽物のジャネット、ジェニーの事を考えていた。


 ◇


 (つづく)

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