第35話 ジャネットの秘密
目を通して頂き有難うございます。
ジャネットの会社に忍び込んだ。
しかし偶然ジャネットに会ってしまったので潔く話しかけたのだが会議室に連れ込まれ、挙句の果てに「貴方、誰?」というセリフをぶつけられた。おっ怒っているのか?お冠なのか?…
「おい、ジャネット!確かに相談も無しに来たのは俺が悪かったが、あなた誰?は無いだろう?地味な仕返しか?」
「ごめんなさい。あなたの口ぶりからすると私の事をよく知って居るみたいだけど、私には...昔から居るのよね、俺俺って言い寄って来る人...」
「はあーー?!俺に近づいて来たのはお前の方からだろうに!それに何だその標準語は?何時もみたいに『でぇーす。』て付けないのか?」
嫌味の心算で言ったのだが、その台詞を吐いた直後に美しい彼女の顔が明らかに変わった。憎しみ?いや、苦痛だろうか?絞り出すように言った台詞に今度は俺の方が腰を抜かした。
「貴方...あの女に会ったのね?どこなの?ジェニーは今何処に居るのっ!!」
◇
ワールドハピナス社に居たジャネットが本物で俺の知るジャネットは偽物だった。
「ジェニーは私の従妹なの。でも不思議と二人はそっくりで何時も皆から不思議がられていたわ。」
オフィスビルを出た大通りの小さな喫茶店で紅茶を飲みながらジャネットはジェニーについて教えてくれた。
「でもあの女が殺したのよ!私の彼氏を!そして偽の遺言書で彼の資産を全部持ち逃げしたわ。許せない!」
どうやら本物のジャネットには死んだ彼氏がいて彼は資産家だった様だ。
「そうですか、それはお気の毒にです。警察には行かれたんですよね?俺は彼女の住まいを知って居ますが今から警察に連絡しますか?」
俺にはジェニーと呼ばれるもう一人のレディーJが悪人には思えなかった。しかし人殺しをしたなら償う必要があると思ったのだ。
「いいえ、彼女には他にも返して貰わなくては行けない物があるの。警察に引き出す前にそれを返して貰わなくては行けないわ。そうしないとわが社は大変なことになる。」
「一体何です?」
ややこしいので目の前に居る本物のワールドハピネス社エグゼクティブであるジャネットをリアル・ジャネット、略してRジャネット俺がずっとジャネットだと思っていた女性をフェイク・ジャネット、略してFジャネット若しくはジェニーと呼ぶことにする。
Rジャネットは本当に瓜二つな美しい眉を顰めると小さな声で俺に囁いた。
「POJOのIDよ。」
◇
IDというのは識別記号である。更にパスワードと組み合わされ、複雑なパスワードとの組み合わせでは中々解読することなど難しい。
ワールドハピネス社CEOであったMr.カーネル(愛称:POJO=ゲームキャラクター名)の設定するIDやパスワードがセキュリティーレベルの高い難解な物であった事は容易に推測され、それが流出したというのは俄かには信じがたい事であった。
「でもサーバーの管理者ならIDやパスワードが分かるのでは?」
「だめなのよ。フィンテックの関係で暗号化された部分はまるで買い得不可能になっているの。」
フィンテック。ファイナンシャル・テクノロジー。ITと金融の融合技術の事である。
インターネットから銀行振り込み…なんてのが一番身近な例である。
POJO氏はフィンテックを研究していた。ゲーム内通過と仮想通貨の連動。ゲームで稼ぎそのまま通販で現実物質を買う。そんな夢のような事を実現させるために開発したのがカードボックスシステム。そのβ版インターフェイスがブラックカードボックスだったのだ。現実の仮想通貨と連動する訳であるから実在するクレジットカード類となんら変わりはない。そんな物に関する情報がサーバー管理者から丸見えで良いわけないので管理者
ですら判読出来ないようにIDから全て2重・3重に暗号化されているという訳だった。
「それじゃあ奪った本人に聞きだすしかないですね。でも警察に捕まえて貰ってからでも良いのでは?」
「ブラックカードボックスの中にはPOJOの財産全てか入っていたわ。でもそれだけでなく会社の運営資金もすべて入っていたの。決算までに取り返さないと会社は御終い。でも警察に先を越されるとPOJOの相続税関係で少なくとも半年は凍結される。それだともう致命的なの。」
ふむ。言って居る事に矛盾はなさそうである。
後はFジャネット事ジェニー嬢が俺の隣人であると事を打ち明けるべきかどうか。
「俺は戻ってゲーム内からジェニーに接触してみます。うまくすれば又会えるかもしれない。その時は連絡しますので電話番号を教えて貰えますか?」
「いいわ。はい、これ。貴方のもここに書いて頂戴。それから、何時でも私に会いに来れるように臨時職員でも最上階に上がれるIDを作るから人を呼ぶわ。ちょっとだけ付き合って頂戴。」
言われるがまま、入って来た職員に写真を取られ住所氏名年齢etc情報を書かされ、免許証のコピーも取られると15分程で新しいIDを持ってきてくれた。それは淵に金色の帯が印刷された立派な物だった。
◇
”ピンポーン”
家に戻ると隠し扉のベルを押す。
Fジャネット事ジェニーに会ったら何を話そう。いきなり”本物のジャネットに会った”では逃げられてしまうかもしれない。しかしジェニーが本当の悪人と決まった訳でもない。
方針を決めかねたまま呼び鈴を連呼する俺だったが、ジェニーは居ない様だった。
仕方がないのでゲームにログインして無線機で呼びかけて見るがやはり応答がない。
カオス氏に連絡を取りPOJO氏とコンタクトして貰えるようにお願いする。
『コンコン』
誰か来た!馬之助は通信機を手早くストレージに仕舞うとドアのカギを開ける。
『戻って来ていたのか?大会中はログオフせずにオートにしていてくれないか?万が一試合に間に合わないと大変な事になるからな。』
『明日からそうします。試合は明日からで合っていますよね?』
『うむ、期待しているからな』
支部長は苦い顔つきでそう言った。
『何かあったんですか?浮かない様子ですが?』
『ハデスが潰された。ゲームの中では酒に毒を盛られ、現実では歩いている所を車で後ろから轢かれた。奴は現実で周りに吹聴しすぎたのだ。いいか、これはリアルマネーが絡んでいる。他大陸のやつら本気になって潰しにきているから十分注意しろ?ハデスのIDは私が操作するから棄権は無いが、運転手貴様のIDも念のために聞いておこうか?』
俺はそれを丁寧に辞退すると安全な食料を部屋に運ぶ様依頼した。
さて、これで馬之助は裏舞踏会が終わるまで身動きが取れなくなった。
Fジャネットの事が気になるが本人が戻って来たときにそれとなく探りを入れる他ないだろう。
馬之助は窓一つない薄明りの部屋でどっかとベットに腰掛けた。
◇
『勝者”運転手”!』
『死にやがれー!』
負けた方の大陸のヤジが凄いが凄いがスルーして倒れた対戦相手をシミジミと見下ろす。
ユーロエリアの準優勝者という事だったがマッチョでニヒルな外見からは想像できないほど行動がヒャッハー君と似通っていた。
まず両刃直刀を抜いて構えたまではよかったのだが、レフリーが『は』と言った時には左手で紐を引き、『じめ!』と言い終わった頃には腰に仕掛けられた小型ミサイルが4発すべて馬之助に到達した後だった。
さすがに死んだかと思ったが何故かHPは2割ほど残っており、横一閃敵の防具が覆っていない首元へ剣を叩きこむとグロテスクな具合に上部は吹っ飛んで行った。
しかし、何でこんな奴ばっかなんだ?これじゃあ絶対表の大会でPOJOになんて勝てるはずもない。勝利者の名乗りを受けながらも俯きため息を付く馬之助。
まあ、敵の首領に接触する為だと割り切って行こう。
仕込み鉄砲、手りゅう弾、流石にマシンガンやグレネードは実装されていないので出てこなかったが、ありとあらゆる卑怯な武器のオンパレードであった。
だが、その中に会ってネイビーブルーと チャンチョンソンだけは正統派だった。
少なくとも格下との対戦では正統派スタイルで快勝していた。
手りゅう弾を浴びても倒れなかったし、かなり上級と見える魔法攻撃でも膝を付かなかった。彼らは防御も高い。
「しかし、彼らを倒さない事にはアニヒレイターとお近づきには成れないわけだ…」
俺は観戦しながらモニターの前でそうつぶやいた。
敵の動きを再現し頭の中で馬之助と戦わせてみる。借りた装備のお蔭でネイビーブルーとは何とか互角に戦えそうだ。しかしどうやってもチャンを捉える事が難しいのである。
打開策を見つけられないまま試合は準決勝へと駒が進められた。
(つづく)




