第32話 接触
目を通して頂き有難うございます。
今回は少し長くなっております。
指示された通りRMT業者と接触していると、隣部屋でパケット監視をしてたジャネットから感染したからPCを切る様にラインで連絡が入った。
俺は咄嗟に電源を長押しすると、PCは強制的にシャットダウンされる。HDDのランプが点滅している途中だったからハードディスクにダメージを与えてしまったに違いない。
ため息を付きながらラインに回答するとジャネットが部屋に入って来た。
「感染したサンプルをこっちに凍結保管後、まずは感染前の状態に戻しまーす。」
「おい、5千万ギールまで元に戻って消えないだろうな?」
「はははは、バトさん頭悪いでーす。」
ぐうっ
ジャネットの説明では取引直後に何かがパッチ当てが為され、急に位置情報に繋がる情報が流れだしたの事、怖い物だ。
「所持金の情報はサーバー側で管理しているので消えたりしないでーす。」
「じゃあさっさとやってくれ。夕方には集会に参加しなくちゃいけないんだ。」
◇
『お集まりの卿達、諸君たちは運が良い。本日のこの集まりに参加したという事は、これからの活動に於いて大きなターニングポイントとなるからだ。』
薄暗い灯りが揺らめく地下講堂。
光が揺らめくたびに低い声を張り上げて喋るローブ男の頭上に蠢く黒い賞罰の文字たちが気になって仕方が無かった。
この男は今までどれ程の罪を犯したのだろうか?
そんなことを考えながら頭上の黒い靄を見つめていると、男は大きく腕を動かし叫んだ。
『貴卿らに問う!この世界に不満があるか!?』
『おおー!』
不満ならこんな所で集まって居ないで違うゲームをすればいいのに。
『我々はこの呪われた世界を終わりにすべく最終計画に突入した。我こそはと腕に自信のある者は手を挙げよ!』
えっ?まさか襲撃とかテロとか? 絶対手なんて挙げないし...。
一人の男が手を挙げた。その男の頭上にも黒い靄が掛かっていて、真っ当なキャラクター人生を歩んでこなかったのが一目瞭然だった。
腰には細長い曲刀を差し防具は何かの素材革を使ったと見られる丈夫で軽そうな物だが肩から先は無く、腹もとも短かった。要は胸当てを少し広くしたような作りであった。
余程攻撃を食らわない自信が有るのだろうか?しなやかな筋肉質だが割合ほっそりとしたその男の目はしかし常人とは一線を画する物であった。
『今手を挙げた者には私の側近となる事を許す、そして今度行われる裏武闘会に参加して貰う事になる。諸君!裏武闘会とはなにか説明しよう!ご存知の様に表社会には町のトーナメントから始まる武術大会が有り、その世界大会優勝者には莫大な賞金と共にレジェンド級の武器か防具が与えられる。しかし、もう一つ重大な報酬がある事をここで説明しよう。それは一つだけシステムを変更できるという特権だ!詳細は極秘だが我々はこの権利を利用する事により、このゼロと一の世界だけに留まらず現実世界に於いてでもさえ我等の立場を劇的に向上する方法を見出した!』
我々からマスターと呼ばれるローブ姿のアーマゲドン団リーダーは一呼吸おいて我々を見回した後高らかに宣言した。
『そう、私は卿らに約束しよう!巨万の富をだ!はした金ではない、一生遊んで暮らせるほどの金だ。金が欲しければトーナメントに出場するのだ、但し最初は表のではない。裏のトーナメントに出場して優勝した者には我らが総領主アニヒレイター様直々に鍛えられた魔刀・魔鎧他の魔装備が貸し出される。その装備を持ってすれば聖剣・聖鎧など恐れる事は無いのだ!!』
ビンゴだっ!
俺は右腕に鳥肌が立つのを感じた。もしかしたら左腕にも立っていたかも知れない。
「アニヒレイター」俺は唯一名称のハッキリしている手がかりの名前を小さく呟いた。
次の瞬間、画面内で馬之助が右手を高々と上げたのであった。
『おおー、其処にも勇敢な挑戦者が!説明を聞いて我こそはと思ったら他の者も挙手願う。
もし負けても比率は少なくなるが分け前を準備しよう、さあ!私はこの支部から是が人も優勝者を出したいのだ!』
熱の籠った演説と巨額の金に釣られてあちらこちらで手が上がった。
最終的に5人手を挙げたのだが、馬之助を含めて彼らは部屋の奥へと案内された。
俺はこっそりと巻物を使い、名前の表示を”運転手”に変えいた。しかしよく考えて見るとカバ氏が俺の事を話せば本名など一発でバレてしまう訳で、名前を変えたのは危ない掛けでもあった。だが、俺は馬之助の情報が敵に渡る事を少しでも先延ばしにしようとしたのだった。
5人が通された部屋は地下に有って中々住み心地の良さそうな部屋で俺たちはソファーにどっかと座ると誰からともなしに話始めた。多分皆不安だったのだろう、皆の口は意外と軽く思い思いの事を喋った。その中に有って最初に手を挙げた曲刀の男はじっと静かに目を瞑って座って居た。近くで男の頭上をみると本物かどうかは知らないがニックネーム表示が”ブラック・チャレンジャー”と有った。俺は裏武闘会にぴったりの名前も有った物だと妙な所で感心してしまった。
『さて、諸君らにはレベルを公開して貰いたい。』
ローブを被ったままのマスターと一緒に入って来たここの副首領だという細目の男は俺たちそう言った。
『93だ』 曲刀の男
『76...』 ローブを被っているがその上からでも鍛えられた筋肉が分かるマッチョな男が言った。思ったほどレベルは高く無かった。
『55... なあ、レベルが関係するのか?』
『104....』 男達が一斉に馬之助を見た。
最後に残った鎧姿の男は自分の出番は無くなったと思ったのか、肩を竦めながら
『レベルは77だ。』と言った。
◇
『素晴らしい!皆合格だ。特に100越えとは中々有望だ。
さて、諸君らにはレベルに有った装備を我が支部から貸し出すことが出来る。
もし、支部同士で対戦する事になったらその場合は今言ったレベルの高い方を勝たせる というルールにしたい。但し、一方的に降参などしたら支部内で調整している事がばれてしまうので、そこは接戦の末と見える様に努力して貰いたい。
何か質問は?』
俺が躊躇しているとLv77の剣士、”三精門”が言った。
『その時は負けたのではなく遠慮する訳だから分け前は負けた時より多いんですかね?』
『勿論だとも、約束しよう。』
その時、Lv93の男 ”Deep Hades”が何処からともなく左手にナイフを取り出しそれを自分の頬に当てながら言った。
『死合はレベルだけで決まるもんじゃない。装備が有ってもまだ不十分だ。やるか殺られるか、ビビっちまうような奴ならLvが高くても役立たずの可能性がありませんか?』
マスターは曲刀持ち”Deep Hades”の言葉に頷くと部下の者に合図を送り、左手のドアを開けさせた。
『ならば、一度この5人で勝ち抜き戦を行い裏武闘会で当たった時に譲る順位を決めておくと言うのはどうかな?私も皆の実力を把握しておきたいからな、この先はギルドの訓練エリアと同じになっていて試合形式なら死んでもレベルダウンは発生しない。1日2戦しか出来ないが寧ろ勝てばレベルアップもする。”運転手”君が一番レベルが高いのでシード扱いとするが之は了承して貰いたい。』
結局Lv55lとLv76の勝者が馬之助と当たり順当に馬之助が勝ては、”Deep Hades”と”三精門”との試合の勝者と決勝戦を行う事になった。
『武器は一通り準備してあるのを使ってくれ。自分の獲物でも構わないがそこそこ良いのを準備しているの見てから決めてくれればいい。』
lv76の男はローブの上からもマッチョに鍛えている事が見て取れたが、ローブを脱ぐと分厚い胸板に丸太の様腕が出て来た。短い黒髪に口ひげを生やした彼は現実世界で言うとトルコ系の人種に近いように見えた。表示されているニックネームは”運び屋”で馬之助の”運転手”と微妙に被っていた。
”運び屋”は腰鎧にクロスになった両肩当て付き肩掛けベルト、革の腰摺は付けているがレスラーパンツにブーツだけと言った防御性に劣る出で立ちだったが、準備されている鋼鉄製のフルプレートアーマーには見向きもせず、立てかけてあった武器の中から短い手斧と1m弱位の鋼鉄製の斧を持った。
鋼鉄製の斧の方は刀身になにか靄の様な物が掛かっていて危険な香りがする物であった。
『おおー、その斧は自慢の一品でな、そいつはかなり深く呪われている。』
マスターが嬉しそうに言った。所謂魔斧という事だろうか?どういう追加攻撃効果があるのかは分からなかった。
Lv55の男は”ブランダリー・ローダン”と表示されていたが、ニックネーム表示でこの名前はちょっと考えづらかった。恐らく馬之助と同じくアイテムで偽装しているのであろう。すると正確的には用心深い方か?彼は鋼鉄製の軽鎧を選ぶと武器にはボウガンと直剣を装備した。
近・超近接武器 vs 遠・近距離武器と言った構図であろうか?
Lv55の方は体格も普通でまともに打ち合ったのでは力負け必須であるから出来るだけ離れて戦いたい所であろう。
『それでは良いかな?向き合って、開始!』
マスターの側近の一人がレフリーとして試合開始を告げた。
意外な事にローダンはボウガンを背中に背負うと直剣を抜き運び屋の心臓目がけて突きを放って来た。
一旦距離を置くと予想していたのか運び屋の反応が一瞬遅れたがリーチの短い手斧で直刀を弾き返す。
弾かれた方向に逆らわずに飛んだローダンは2-3回ゴロゴロと回転すると起き上がった時には剣を仕舞いボウガンを構えていた。なんて器用な奴だ。
3連式のボウガンから立て続けに矢が3本放たれた。
初弾と2発目は右と左の斧に弾かれ3発目が運び屋の太ももに命中する。
そこへボウガンを投げ捨てたローダンが低い姿勢のまま滑り込む様に足元へ侵入し被弾したのと反対側の左足を切りつけた。
『ぐうぅっ』
やはり軽装が災いした。
運び屋は周囲をグルグル回りながらヒットアンドアウェイを繰り返すローダンに防戦一方となった。ローダンは慎重に慎重を重ねて攻撃を積み重ねる。驚くべきはその精度とスタミナである。こいつLv55と言っていたが...本当か?
とうとう運び屋が根を上げて降参したところで試合は終わった。馬之助の相手はローダンか。ヒットアンドアウェイは重くは無いので全身ミスリル装備の馬之助にはそれほど大きなダメージを与えられないかも知れない。しかしあの速さは厄介だった。
治療のため肩を貸されながら練習場を出て行く運び屋の背中と対照的にローダンは息一つ切らしていなかった。
『始め!』
曲刀の”Deep Hades”と腰には直刀、手には短槍を持った”三精門”の試合が始まった。
曲刀はLv93、短槍はLv77なので普通に考えれば前者が有利なのだが、対人では特に武器・防具の得手不得手が影響しやすく先ほどの様に高レベルが食われる事が多々発生する。曲刀は決してリーチが長くない、すこしリーチの長い短槍は有利だが懐に入られると対応に苦慮するだろう。俺は画面内で繰り広げられる戦いを固唾をのんで見つめていた。
人間の操作というのは目を見張るものがある、まるで踊っているかのように攻め・受け・攻める事を繰り返す二人の動きを見て俺は自分では敵に剣を当てる事が出来ないだろうと思ってしまった。試合は順当に”Deep Hades”が勝ったがもし馬之助がローダンを倒しても恐らくハデスには勝てないだろう、もしかすると三精門とでも難しいのでは?と予感させるのに十分な試合内容だった。
『では、次は2回戦の第一試合だ。運転手とローダン、前へでて。それでは構えて、始め!』
今度はローダンは距離を取った。馬之助は全身ミスリルで覆われているからそれはそうであろう。
そして補充したボウガンを構えると何と顔面目掛けて1発撃って来た。
思わずビビッて大きく避けてしまう俺。その隙に急接近したローダンの直刀が奇麗に馬之助の脇腹を強打する。
”キィーン”
澄んだ音を立てローダン放った鋼鉄製の剣が先端1/3程の所で折れ飛んだ。馬之助のダメージが微々たる物だ。これが装備差である。
ローダンは肩を竦めると「参りました」と言って練習場の隅に戻った。
3位決定戦は明日行われるそうだ。
1位と2位はこれから行われる運転手=馬之助とハデスとの試合で決まる。
しかし前のハデスの試合を見た結果、馬之助が奴を捉える策が見当たらなかった。
そして何も見いだせないまま試合が始まった。
『いくぞチキン野郎!』 ハデスが全身を高防御鎧で覆い尽くした馬之助をあざ笑った。
馬之助を突進させるが借り物の鋼鉄剣は風音だけを派手に発生させ空を切り続ける。
馬之助はスタミナタイプではない。何方かというと体力には大目にステータスを振っているが、スタミナは其れでだけでは増えない仕組みとなっている。
息が切れた馬之助にハデスが凄まじい勢いで曲刀を叩き込んで来る。
ミスリルアーマーが曲刀を弾く音が早回しの鍛冶屋の様である。
『突破!』
スキルを発動させて強引に距離を取ると近くに刺さっていた短槍を引き抜き2刀流になった馬之助に俺はスーパーさんに教えて貰った技を発動させる。
『スピン・ザ・トップ!』
馬之助の体は光りながら高速回転すると竜巻の如くハデスに襲い掛かる。
右に避けたハデスに一か八かで槍を投擲する。高速回転中の投擲なので、高さだけ合わせて後は完全に運任せである。
『勝者、運転手!』
...まぐれで勝ちを拾った。
何百分の一の確率かは分からないが馬之助の放った槍はハデスの左わき腹を抉った後、壁に突き刺さった。結構深い傷でこのまま回転を続けて居ればその内相手が倒れたであろう、ハデスも其れが分かったのかあっさりと降参した。
ここでも防具の軽さが仇になった。馬之助の防具は総ミスリル製で高防御を誇るがこれから武闘大会で勝ち上がるには俺の操作の向上と馬之助の防御の更なる向上が必須に思えた。勝っても負けた気がした一戦だった。
翌日3位決定戦をやる事、明後日から隣町で裏武闘会の地方予選が始まる事を告げられその日は解散となった。
◇
(つづく)
話のペースを上げようと頑張り中です。




