第31話 後ろ姿
目を通して頂きありがとうございます。
今電車に乗っている。
あの後直ぐにハメさんからラインが届いた。
以前何度か誘って貰った仕事の紹介に関してだった。
とにかく一度面接に来いと誘われ、職の候補は多い方が良いと思い直しリアルのハメさんに会うために電車に揺られている。
何度か乗り換え駅を出ると指定された喫茶店に入ろうとした、その時。
赤いスカートの女性が背の高い男性と向こうへ歩いて行くのが目に留まった。
目に留まったのは後ろ姿がサリーに似ていたからだ。
彼らはハメさんが指定したのとは違う喫茶店に入っていた。
まだ時間は少しある。どうしても気になったので喫茶店の窓からそっと中を覗き込んでみた。
まったく、悪い予感と言うのはよく当たる物だ。
そこではサリーがイケメン男性と向き合って座って居た。
何やら話をしている様だがサリーが興奮している様にも見える。
泣いて居るのか?
傍に行ってあげたいが俺とサリーは付き合っている訳では無い。だからそれはストーカー行為になるだろう。いや、今でも十分ストーカーかもしれない。
おっバックから取り出したのは茶封筒。
そしてそれを置くなりサリーは泣きながら出て行ってしまった。残った男は徐に茶封筒を手に取ると中からお札を出して数えていた。
俺は見ては行けない物を見てしまった。ハメさんとの面談中も気分は最悪だった。何故ならば向かいの喫茶店で面談したハメさんは先ほどの彼氏とよく似た雰囲気だったからだ。
あれがサリーの思い人でサリーをあんな風にした張本人。でもサリーはそんなハメさんのお兄さんに今でも貢いでいる。俺の出る幕では無かった、面談も集中力が途切れ途切れで評価は決して高く無かっただろう。
「おいバトゥ、サリーと何かあったのか?」
「心配ないですよ、ハメさん。俺はちゃんと約束を守ります。俺から彼女を傷つける事はしませんから。」
ハメさんは「厄介ごとを頼んでしまって申し訳ない。恩に着る。と言ってくれた。
◇
「チーフ!」
「あれ?しのぶちゃん[サリーの源氏名]如何したの?」
俺と別れたハメさんが戻ると、ハメさん家の前にサリーが立っていた。
外の自動販売機でコーヒーを2本買ってハメさんはサリーは立ち話をする。
「実はね、徹さんから連絡があって...お金を貸して欲しいって。」
「ぐっ糞兄貴、まだそんなことを!」
「あっ怒らないで?ずるずる引きづっている私も悪いんだから。でも今日は手切れ金って言ってお金を叩きつけてやったわ。すっきりした。」
「しのぶちゃん、まさか?」
「勘違いしないで、馬ちゃんとはお友達よ。でも馬ちゃん達のお陰で吹っ切れる事が出来たの。その事を伝えに来たの。あっそれから...仕事も辞めさせていただきます。今までお世話になりました。」
「そうか...じゃあ新しい人生を頑張る気になったって事だ?俺は嬉しいぜ、頑張ってくれ...応援してるから。」
「じゃ、またゲーム内でね。」
「おう、元気でな!」
◇
買わないけど本屋やらスーパーやら色々寄り道して部屋に戻ると意外な事にサリーが居た。
何やらももじもししている様は奇妙で、若しや後をつけて見ていた事を悟られたのでは?と思いびくびくしながら普段と様子が違う理由を聞いて見た。
「馬ちゃん、ごめん!」
なんだ?なんだ?
元カレと撚りを戻すからもう会えない?それにしては揉めてたぞ?お金まで渡してあれは普通じゃあない。
すると彼氏にお金を渡して無くなったからお金貸してくれ?かな?残念ながら俺も無い。
「折角書いて貰ったこの紙だけど...」
婚姻届けの破棄か?それは別段問題ない。
「偽名で書いてました!今度は本当の名前で書いて来たからもう一回だけお願いします!勿論勝手に出したりは絶対しないから!」
ん?ん?プロポーズなのか?提出しないって言っているから違うよね?
「済まんが話が見えない、説明してくれると有難いのだが。」
サリーは言いにくそうにしていたが、やがて意を決したのか堰を切った様に喋り始めた。
「この紙のお陰で私前向きに成れたの。本当に馬ちゃんとジャネットには感謝してるの。それでこの紙には凄く感謝してるんだけど、どうしても本名で書いたのが欲しくなったの、ダメ?」
俺が手を差し出すと恥ずかしそうに両手で用紙を手渡ししてくれた。
「朝田 梨衣奈。珍しい名前だな?」
サリーは名前から文字ったのか。案外小さい頃のニックネームだったりして。
「やん!本名で呼ばれると恥ずかしい。略してよ。今まで通りサリーで良いから。」
俺は 梨衣奈 と書かれた婚姻届けに自分の名前を書き込んだ。勿論前を同じ様に俺の本名で「佐藤 護」と書いた。
サリーはそれを大事そうに折りたたむと封筒に入れ、ゆっくりとバックにしまった。
「馬ちゃん本当に有難う。私ここ3年くらい後ろばかり見て歩いてた。でも今日から又前向きに歩ける気がするの。仕事も新しく探すことにした、チーフにはお小言食らったけど応援してくれたし。仕事が決まったらまた遊びに来るね?それまでは又ギルドで会いましょ。」
「ああ、どっちが早く新しい仕事を決めるか競争だな。」
「ふふふ、馬ちゃんが負ける方にワニ串一本ね。」
そう言って立ち上がったサリーは俺の方へ屈むと行き成りキスをしてきた。
軽いキスだった。しかし何だか元気が出るキスだった。
◇
「もー、部屋でチューしていないで任務遂行をお願いしまーす。」
翌日、派遣会社からの面接案内メールを読みながら残り少なくなって来た冷凍パスタを食べているといつの間にか壁のドアからこっちに入って来たジャネットが腰に両手を当てて踏ん反り帰りながら言った言葉が逸れである。
「いや、てか見んなよ。」
辛うじてそう反論すると鬼の首を取ったかのように哄笑しだした。こいつ黙ってたらギリシャ彫刻の女神が会釈しそうな程と美人なんだけどなあ~。
「ふははははでーす!バトさん、私の策に嵌りましたね?実は見て居ませーん。かまを掘ったという奴でーす。」
「それを言うなら”かまをかけた”だろう。全く世界的ゲーム運営会社のエグゼクティブ様あろうものがそんな語彙力では先が思いやられるな。」
「おー、確かに私日本語ちょっと弱いでーす。だからPOJOは原住民じゃ無かった、こちらのお国のバトさんに私のサポート協力を要請したのでーす。大家特権で電気代と家賃半分免除してあげるのでマジ頑張ってくださーい。」
むむっそう言えばこいつ俺のアパートを買い上げて会社の寮にしちまったんだった。家賃はコイツの胸三寸、生きる為に媚びを売るのは恥では無い!戦略である!!
「マジ頑張ります!」
俺は取り合えず頭を下げておいた。
「ジャネット様、実は怪しい奴に2-3目星が付いるんだけどゲーム内での活動資金に余裕が無くて行き詰っていて...。昨晩も講演会って奴に巨額を払って参加したんだけど、もっと会員レベルを上げないと近くに寄れないんだ。それには大量のギールが必要なんだよ。」
”バサッ”
無造作に放り出された紙幣の一束は暑さ1cmに満たないくらい。
俺とはご縁の薄い福沢諭吉 さんとバッチリ両目が合った。
「これで買ってくださーい。」
「おいぃぃいー! いいのかお前運営側だろう?!」
RMTは超重大違反の筈だ。
「但し、接触の際にパケットを監視させて頂きまーす。用が済んだら逆探知結果を警察に通報しまーす。」
怖っ!
サイバー犯罪取締官みたいで怖っ!
俺は渋々以前使ったRMT業者にコンタクトを取る。ここも疑わしい対象の一つでもある。
ジャネットは家のネットワークに何やら機械を挿入してネットワーク設定を弄った後は部屋に籠りっきりである。恐らくパケット監視とやらをしているのであろう。
取り合えず10億買いたいと申し込んだが、帰ってきたメールは玉不足で5,000万ギールなら4,000円相当のビットコインで購入可能ですと有った。
仕方が無いので其れでOKしてコンビニにビットコインを買いに行くと戻ってから指定された振込先へコインを振り込んだ。次に指定された取引人を探しに行くため馬之助を操作する。
倍々君を探し当て、何度目かの呼びかけでコンタクトが取れた。
こんどは取引をするという。馬之助が1ギールで購入するのはバンパイアの牙、勿論存在しないアイテムだ。
『このアイテムを土に植えて下さい。直ぐに芽が出て花が咲き実からは金色をした上級魔石が5個取れます。』
上級魔石だと?イベントボスでも無ければ滅多にドロップしないお宝である。1個1,000万ギールが相場だが、それがきっかり5個とはチートアイテムにも磨きがかかっている。
突然携帯のラインが鳴った。急いで除くとジャネットからであった。
”今ウイルスに感染したかも?パソコン内の情報がネットワークに流れ出している。早く電源を切って!!”
俺は怪しまれない様に「すまん!警察が来た!切る!」と短いメッセージを遺した後電源を長押しする。
”ヒューン”
(つづく)




