第29話 大家
目を通して頂きありがとうございます。
「がががががが、キュゥーーーーン」
今日から始まった工事は始め大量のビニールを運び込んで家中にビニールで囲ったスペースを作ったかと思うと盛大に壁を壊し始めた。
午後からイベント交通整理のバイトだが、場所が電車とバスを乗り継いで1時間の場所なので早めに10時に家を出た。
夜戻ってくると先ずは2Fの自部屋に入ると冷凍庫から冷凍ミートスパゲッティーを出してチンして食べる。
それにしてもビニール越しに養生された元壁側のスペースは、壁の中に有った柱がむき出しで隣の部屋とその隣の隣までが全て丸見えであった。
1Fに降りてシャワーを浴び、(セコイがこっちの光熱費水道代はアパート会社持ちだから)ゲームにログインするとオートモードの馬之助はもう早々とギルド支部に間借りしている部屋で寝ていたのので起さずにそのままそっとして於いてやった。
◇
翌日はイベント交通整理のバイト2日目であり、有給消化に入っていた派遣先の契約の正式な終了日でもあった。お払い箱になってしまった派遣先会社の事を考えていても前に進めないのが、このままだらだらしない様に一応自分に活を入れ、お弁当持参でバイトに勤しむ。弁当の中身は凍ったままのミートスパゲッティーだ。巾着に入れて持って行くと着いた頃には少し凍っている所も残っていたがまあ食べれるまでに解凍されてた。
まったく歯ごたえのないこの食事を俺は割り切って黙々と食べる。食べれるだけ幸せだと思おう、下がる所まで下がったら上がるだけだと思って目の前の事を頑張ろう。心が折れていない内は前に進もうと思いながらペットボトルに入れたレモン添加水道水を胃袋に流し込んだ。
バイト上がりの帰りの電車中、ラインでサリーから『アンタの部屋が壊されいる』と連絡が入ったので、『改装中らしい、バイトが遠くて後1時間掛かる』と返すと
『うちは今日仕事入れてないから待っててあげる。ノートパソコン持って来てるからゲームにログインして待ってるね。』と返って来た。
ノートパソコンであの奇麗な画面が動くのかと最近のノートの性能向上に驚きながら、実家を出て10数年以来誰かが待つ家に帰ると言う事も無かったが、偶にはそう言うのも嬉しい物だとほくそ笑みながら携帯を鞄にしまった。
◇
『あっ馬ちゃんが帰ってきたみたいだからちょっと離籍するね?』
『なっ?おい?!お前ら本当に付き合い始めたのか?こらサリー返事しろ?!明日からのシフト表メールで送ったからそっちの返事もしろ!』
『■私サリーちゃん。ハメちゃんやきもち焼いてるの?』
『ぐぅ、そんな訳ないだろう。オートになっても人をおちょくったバアアだ。』
『■サリーは永遠の魔法少女よ!そんな事いうお口にはお仕置きよ!ram!!』
”びっっしゃーーん”
落雷で一瞬辺りが真っ白になる。
ギルドメンバーは巻き沿いを食わない様すこし距離を置いて生暖かい目で幹部二人を眺めている。これがギルドカオスワールドの日常運転風景だった。
◇
「うわあ、如何したの?どこでショートケーキなんて買ってきたの?高かったでしょう?」確かに俺に取っては高いが、世間一般ではそうでもない気がする。
「バイトしてきたから。待たせたお詫びに1個ずつ食べよう。」
よく考える飲み物が水しか無いかも知れない、失敗したな。と考えながら箱を渡す。
それ程おしゃれでも高級でもない小さなショートケーキにそれでもサリーは大喜びで箱を出しチョコと白いやつを見比べて真剣に悩んでいたがそれぞれ半分に切るとお互いをドッキングさせ、ハーフ&ハーフチョコいちごショートケーキを完成させた。
「ケーキご馳走様」
「こっちこそ沢山おすそ分け貰って助かるよ。」
「ううん、実家から帰る時に沢山貰って来ちゃったからおすそ分け。じゃあ、又ね?」
「駅まで送って行こうか?」
「ん..そうだね?もう10時だし遅い時間だからお願いしちゃおうかな?」
駅まで並んで歩いく二人の話題はゲームの事、サリーのお母さんの容態の事、今日の俺のバイトの事。
駅の改札で手を振る自分が周囲の目からどの様に映っているのだろうと気恥ずかしさを感じながら、それでも何かほっこりした気持ちで駅からの帰り道は妙に視界がハッキリしていた事をよく覚えている。
◇
『トルルルーートルルルーートルルルーーガチャ。はいアパート・土地照会のアイランド、〇△支店です。』
翌日の夕方には壁の回収が終わったと連絡あり、部屋に戻って見るとなるほどビニールは片付けられ、隣の部屋との壁が復活し、壁紙は新調されていた。
しかし、その壁紙がどうもセンスが悪い。大きな四角い石垣を模したその模様は室内に貼るセンスを疑ってしまうし、石垣の隙間には深い溝が有って埃が堪りそうである。
一言文句を言おうと電話をしたのだが、(見えないが)担当者にペコペコと謝られた上で更に大家がその件も含めて後ほど挨拶に行くので部屋に上がらせて欲しいとまで言う。
事を荒立てて追い出されては困るので一度は断ったのだが、ただ住人の皆さんに挨拶周りをするだけだからと言われ11時から12時の間部屋で待つことになった。
「ピンポーン」
「きたか...」
気乗りはしないが開けて挨拶せねばなるまい。しかし念のために覗きレンズから外を見ると誰も居ない。
おかしいなと首を捻りつつ玄関から部屋に戻ると、こたつ台の上に折り菓子が一箱於かれており、せんべい座布団の上には女神が一人座っていた。
「ジャネット!どうやって此処に!」
「ふふふ、それは私がここのオ~ヤさんだかでーす。」
くすくす悪戯っ子の様に笑う生きた女神さながらの姿に思わず全てを許しそうになったが、グッとこらえる。
「それで部屋にあげて下さいって言質を取ったんだな?しかし問題はどうやってこの部屋に入ったかだ!」
「バトさん、これからお隣さん同士仲良くお願いしますです。これは詰まらない物ですが。」
そう言って菓子を渡されつい受け取る体勢になって今更ながら右手の壁がぽっかりと一部空いてボタンとノブの付いた扉が此方側に開いている事に気が付いた。
「こっ これは?」
「はい、F.B.Iに気づかれない様にお話する為に隠し扉を付けました。」
隠し扉の向こう側にあるボタンを押して見ると”ピンポーン”と俺の玄関のドアベルが鳴る。
まさか、此れだけの為に室内配線を改鋳したのか?
「なあジャネット、お前ってお金持ちなの?」
「ちがいまーす。元はPOJOの(ゲーム運営)会社から出たお金です。」
「おいおい、そういう用途不明のお金にまず目を付けるのが彼らF.B.I.、プロじゃ無いのか?」
「だいジョーブです。ここは我がワールドハピネス社の寮となりました。はい、これが私の社員証です。こちらは正真正銘本物です。そしてこちらがフェイク、つまり偽物のアルバイト専用臨時社員証でバトさんの写真で作ってあります。何か聞かれたらSOHOでバグとりバイトをしていると答えて下さい。はいではどーぞ。」
ぐぅ!こいつ勝ち組か?!
いいなあ正社員様。婿に貰ってくれない?
「ところで質問させてくれ、何でこの隠し扉には取っ手が無いんだ?」
「私の部屋には取手があります。つまり開け閉めは彼方からのみとなります。」
「俺のプライバシーを返せ!」
「1Fの部屋は多目的ホールという名分で残してあります。一人エッチしたくなったら使って下さい。」
「いやそうじゃ無くて、サリーが来た時とか...。」
それ以上は自分で言いだして於いて恥ずかしくなって来たので止めておいた。
「注目するのはここでーす。この線をなぞって押すと...ほら、インターホンの受話器が出てきます。線は2重3重のシールドを施した特別性、このインターフォンなら何時でも秘密の会話が出来るのでーす!」
いや、扉開けてヒソヒソ話せるだろ?
「どうやって鳴らすんだ?」
「こちらも一方通行となってまーす。」
「出ないで於こうか?」
「ジャネット、いつも寝る前に1時間は電話しないと寝れないの。」
うそつけ!そこだけ可愛く言っても...可愛いけど...。
「そうか、じゃあ明日以降22時過ぎからは電話の時間としよう。今日はその穴から自分の住処に帰りない。」
「ジャネットは猫や熊じゃありませーん。でも今日は戻って仕事があるので帰ります。バァイ!」
小さな扉から向こう側へ帰るジャネット。四つん這いのパンツスーツの後ろ姿がプルプル・ムチムチしていて「おー役得だ」とがん見していた俺は鼻から脳天に付き上げる何かに慌てて鼻を摘まんで上を向く。
やばっ、こんな事で鼻血だしてたら笑われてしまう。
(つづく)




