第1話 ゲームオーバー
作者と俺君は全くの別人物です。
35歳派遣社員の俺は夜更けの23時にオンラインゲームを操作する。
3か月間熱心に続けたこのゲームとも今日でオサラバする予定だった。
アパートの狭い部屋で扇風機に当たりながら、温くなった缶チューハイを飲み干すとマウスに手を掛ける。
おっと、ゲーム内のキャラクターである馬之助からカウンター越しに見えるテレビの画面は『モンスター・フィッシング』大好きな番組だ。最後にこれは見ておこう。
これ必要なの?と思える多彩なゲームの機能の一つに10分間の自撮り+配信機能という物がある。サーバーの容量制限だろうが撮った画像は配信ボタンで送信しない限り上書きされて撮り貯めはできないし送信すればしたでテレビで取り上げられない限りはそのまま闇に葬り去られてしまう。
しかし配信画像はカテゴライズされ101チャンネルあるゲーム内のテレビ番組で取り上げられたコンテンツは街中で放送される。釣りは人気のコンテンツで他にはダンジョン攻略、アイテム強化・合成中継、酷いのになるとゲームで行われたアダルト行為の配信なんてのもある。残念ながらアダルトチャンネルは有料かつ視聴に身分証明を求められるので俺は登録していない。
そもそも、オンラインゲームでリアルなキャラが闊歩するとは言え何故アダルト行為が出来る仕様になっているのか? 運営は頭の中に珍しい七色をしたワームでも飼っているのでは? そう思う時がある。
もっと酷い事を教えよう。
実はこのゲーム、リアルでは違法な行為が出来る。つまりは他キャラクターへの暴行、殺人etcである。良くも国の有害指定を受けない物だと思うが実際未だその様な指定は受けていないらしい。(但し、登録時の年齢が18歳未満のキャラに対してはその様な行為が出来ない保護が為されている。但しその代わりに保護対象のキャラクターは分かりやすく子供の身長になってしまう。)
噂では一部の悪いプレイヤー達が他プレイヤー殺しを楽しんでいると言う。時々そのようなえげつない動画がアップされる事もあると聞いた。
勿論その様なキャラクターには意図の有無を問わず『賞罰』が付く。例えば他キャラを拷問すれば『▲トーチャー』、殺せばもっと重い『▲キラー』等が常時キャラの頭部にポップし他人から一目瞭然となる。
顔つきまで段々険しい物に変化して、一説によると10人殺したキャラの外見が悪魔そっくりに皮膚は黒く鱗が生え頭部から角も生えたという。
そういう理由から賞罰持ちなキャラ達は基本地下に潜っている様だ。時折無垢な人を騙して地下へ誘おうとする一見無害そうなキャラがいるが、そういうのは大抵悪キャラが別アカウントで操作しているか悪キャラに金で雇われた子悪党どもだ。
◇
この辺りが又不思議なのだが、その様な賞罰が付いたキャラクターは即刻アカウント停止にすればゲーム内の秩序は保たれる筈なのに運営はそうしない。これまた『仕様です』の一点張りだ。キラーを放置する事が誰得なんだろうか?
賞罰の仕様をもう少しだけ説明する。
まず悪の賞罰が付いたキャラクターをその賞罰と同じレベル迄痛めつける事に関しては賞罰は付かない。それどころか悪の賞罰が付いたキャラクターを捕縛若しくはそいつかキラーレベルなら殺して体の一部を持ち帰り所定の機関に届け出れば賞金が、それも可成り破格の賞金が出る。
トーチャーならそいつを捕まえて拷問する画像を自撮りして専門のTV局へ送付すればそれだけで賞金が振り込まれるらしい。もしそれが番組に取り上げられて高視聴率を取れば一気に大金が転がり込む仕組みとなっていて一体どこチューバーだって話だ。
という訳で実は世知が無い話だがこの世界では人口の約1%が賞金稼ぎらしい。
一度街中でトーチャーを見かけたが、捕まって拷問→解放されすぐ隣の賞金稼ぎに捕まって拷問…賞金稼ぎがに混ざって生産系の鍛冶職人まで混ざり10人以上が列に並んでいた姿には失笑を禁じ得なかった。
因みにネットの噂だと拷問されている時はオートモードになり操作できないらしい。さらに拷問と無関係な非常に不快な金属音と何やら気持ちの悪い画像が延々と流れ、何と言うかもうどうにも成らないお手上げな状態だそうだ。
「さて、」
俺は缶チューハイをもう1本冷蔵庫から持ち出すと『モンスター・フィッシング』を楽しく視聴する。
時々川に引きずり込まれ食われてしまって画面中央に『死亡表示』が立つ奴がいるがこいつらは本物の強者だ。死を目前に脱出行為に優先して送信ボタンを押さないとあの画像は撮れない。高価な特殊釣り具を揃えるだけでひと財産掛かるのにボート、奥地までの移動、力を付ける為のレベル上げetcを犠牲にしてまで配信用のたった10分の短画像に全てを封入するとは...ある種尊敬の念が湧くという物である。
本日は5mの巨大サメの捕獲にクルーザー船の沈没、高価なカーボンロッドが2本へし折れた画像を楽しませて貰った。
次は...伝説の賞金首ハンター...か。
馬之助はお代わりを注文せず席を立つ、そして明るい店外へふらりと出て行く。
ここは夜に昼間が来る街、隣街へ行けば昼間に昼の街や何だか昼夜がずれている街など色々ある。
俺は仕事帰りが遅いので夜昼の街に住んでいるだけだ。
現実の時計を見るともうすぐ24時。
街では1時間毎、0分キッカリに催し物がある。
水曜日の24時は...画面でメニューを開き検索すると宝くじの発表だった。
この一風変わった宝くじは1枚100ギールと安いが売り上げの95%が当選者に再分配される事とキャリーオーバーがある事、そして何より当選確率が物凄く低い事で有名だった。
何せくじを買うときに任意の文字・数字の組み合わせを何桁でも入力できるのだが、当然毎回運営の設定する当たり記号が異なる事に加え、時には『0000』だったり(この時は当選者多数で配当が10万ギール程度だった。)又時には『as-uyjku98x765ak』だったりする。いやこんなの当たらないだろう?と思うが3か月前に一度当てた人が居て速報に依ればその人は400億ギール近くを得た筈だ。
400億ギール!トッププレイヤーの総資産からすればそれでも足下の金額なのかもしれないが馬之助に取っては夢の様な金だ。それだけ有れば屋敷(この世界ではお金を出せば土地を購入できる。建築家に頼めば家も建てられる。)にメイド、移動戦車に聖剣レベルの強化剣や魔法を30%無効にしてくれる虹色の鎧など々、手に入れれば一気に地方トーナメント上位入賞が狙える夢装備を買い揃える事が出来る。
地方トーナメント突破か...楽しいだろうな?
残りの200ギールは締切ギリギリの時間内で富くじに消えた。俺が入力した文字?
聞いても詰まらないよ?
それは『i will open the door to haven777』,『sadsadsoaidanuwa3524』(適当)だった。(注:haven:避難所,ex.タックスヘイブン,恐らく書きたかったのはheaven:天国,ヘブン。俺君は避難所と天国を間違えて入力しました。)
むろん当選など確かめもせず其のまま街を南に下る。
最後は冒険者として馬之助を散らせて遣りたい、目指すは迷宮である。死んだ後は乞食になるかもしれないがもう二度とログインする気が無いので如何でも良かった。
B1F,B2F,段々敵が強く成る。成るべく敵から逃げて強引にまだ見ぬ下階へと潜る。B5F,B6Fもうステータス的に圧倒的な程無力であった。
たった1匹のカマキリ亜人(Lv55)に良いように切り刻まれる馬之助。
HPが残り5%を切ると体力ゲージが真っ赤になり点滅を始めた。俺は起死回生の大技を残りMP全てをつぎ込んでカマキリへと叩き込む。
「ズガッーン」派手な青いエフェクトと効果音、ゲーム開始当初は興奮して何度も使った必殺技が決まった。しかし結果は分かっている、この装備で馬之助の腕力と魔力にスキルレベルでは同レベルのカマキリなら体力を半分も削れれば御の字である。想定通りカマキリのHPを半分に減らした所で馬之助のHPは遂にゼロになった。
俺はゲームからログオフもせずにモニターのスイッチを切る。そして布団に入って横になるとそのまま目を瞑って思考を停止した。
◇
次の日の午後、職場での昼休み。ネットニュースを読みながら菓子パンを齧りカップヌードルの出来上がりを待つ俺はネットニュース”世風”のトップメニューニュースを見て「またか!」と少しだけ驚いた。
『〇×共和国の▲▽◇銀行に何者かが侵入!ネットワークを掻い潜り電子送金で日本円にして500億相当以上を強奪。犯人の目星つかず!』
500億円!有るところには金はあると言うが俺の貯金はキャッシュカードの中に8万6千円だ!それも今日家賃を払うので4万1千円に減る予定だが。
分けてくれ~、幸せを分けてくれ~♪。金で買える幸せで良いから現金で分けてくれ~♪♪。
良く分からん造り歌を鼻歌に午後の仕事をしていたらポカミスを1件やらかして派遣先の係長にネチネチ…ネチネチ嫌味と叱責を受ける。
はいはい、悪うございました。
はあ~一生懸命働いても地がおっちょこちょいの俺は何時もこうだ。最近は大人のADSLって呼ぶのだろうか?(違いますADSLは通信の方式です。)まあ社会の役立たず底辺付近の人間ですよ、でもあの係長だって大した事しない癖に管理職だからと言って自分では何もせずに人にイチャモンつけては「あー君たちの尻拭いで仕事が追終わらない」とか嫌味を言う。
やだねえ~嫌味を言うなら本当に尻拭いしてくれよ「〇×君がミスしましたい」って部課長に報告する事だけが尻拭いなら俺が役を代わってやりたい。
家に帰ると風呂でシャワーを浴びて風呂上りに缶チューハイを1杯。
プハー!今日はミスしたからご褒美の2本目は無し。
さて今日から何をしよう、ネットで何か勉強でもしてみるか? 今年の契約期間は後1か月だが今日の時点で終了と言われて居ないので来年3年目に突入するのだろうけれどもその次更新は無いし正社員化はもっと無いので少しでも何か身につけないと。
そう思いながらPCを立ち上げるとデフォルトで起動設定していた例のオンラインゲームまで立ち上がる。
「でも、もうアカウントロックされている筈だからログインできない筈...」
そんな呟きを見事に裏切ってゲームは自動ログインの後にパスワードを求めてくる。
何時もの様にパスワードをパチパチっと入れて見ると。
「あれ?!まだログイン出来るなんておかしいな?」
気になったのでパスワードを入力してログインして見た。
「!」
(つづく)
読んで頂き有難うございます。