第26話 原住民の村
目を通して頂きありがとうございます。
今日で3日目になるがサリーから連絡が途絶えている。
物凄く気になり出した。しかたなく昼過ぎにゲームにログインするとギルド通信機を使って破滅さんとコンタクトを取った。
『あっ破滅さん?バトゥですけど、今日ターゲットの女性に会いに行ける事になりました。女性と言えばサリーは如何して居ますか?婚姻届けを持って来てからバッタリ連絡が途絶えたんですけど、元気そうですか?』
『バトゥ、任務が順調でよかった。サリーはお母さんが転んだとかで世話をしに実家に戻るって言っていた。3日程ギルドにも顔を出していないが2-3日で戻ると言っていたから直ぐに帰ってくるだろう。』
『そうですか。元気なら良かったです。てっきり婚姻届けにサインしたのが原因でどこか雲隠れしちゃったのかと心配してたんで。』
『サイン?サインって署名か?拒否さえしなければ受け入れなくても良いって言ったつもりだったんだが若しかして?』
『はい、サインしました。何だか嬉しそうでしたよ。これで吹っ切れてくれると良いんですけどね。』
破滅さんは盛大にため息をつくと自分がお願いしたのが悪いのだがと前置きをした上でお小言を言い出した。
『バトゥ、幾ら頼まれたからと言って法的な書類にホイホイとサインするもんじゃない。社会人になってから苦労するぞ?』
『破滅さん、僕社会人の10年選手ですよ?今は契約が切れて職探し中ですか。』
『おっおう、そうだったか昼間にいるからつい学生さんと勘違いした。しかし、サリーがもしそれを区役所に提出したらどうなるか分かっているんだろうな?』
俺はパソコンの前でカラカラと笑いながら答えを打つ。
『破滅さん、俺今無職ですよ?貯金も無いし。そんな奴と結婚しようって女の人聞いた事ないですよ。就職しても又派遣で安月給でしょうし、俺結婚とかマイホームに子供とか諦めているんで大丈夫です。』
その後破滅さんにやっぱり運転手の仕事の事真剣に考えて見ないかと誘われ、基本給20万に残業代無制限、深夜手当付きという条件に心を揺さぶられたが、オートマ限定でペーパードライバーなので如何しても困った時にまた相談させて頂きますと断らせて貰った。
◇
サリーが実家に帰っているだけと聞いて心配が取れて心の軽くなった俺は鼻歌交じりにギルド支部を出る。実は借家か間借りが決まるまで事務所の一室を月1万ギールで借りる事になったのだ。
馬之助は一応ここの職員扱いで雇って貰ったので月末には18万ギールの給与が支払われるらしい。その代わり畑の害獣退治は無料、但しドロップ品はギルドが正規金額で買い取ってくれる。水曜日と土日は休みで、今日8/2(水)は丁度休みである。
有給は無いが、休んでもその分給料が減るだけらしいので其処はどうってことは無かった。
村の役員さんはジョーンズさんというガッチリした老農夫でジーンズの青いオーバーオールにウエスタンハットを被って居た。奥さんのミセスジョーンズさんは小柄で品の良い白髪の女性で家に行くと喜んでお茶と饅頭の様なクッキーを出して持てなしてくれた。
『■さあ、バトゥさんお食べなさい。若いから遠慮しちゃだめよ。』
『有難うございますミセスジョーンズさん。』
『■おいお前、そろそろ出かける時間だ。俺の帽子を持って来てくれ。』
『■あらあら、あの人ったら何処に何が有るかなんてちっとも覚える気が無くて、私が居なと出かける事も出来ないのよ?』
なんだか幸せそうな家庭だと思った。息子さんと娘さんが居て息子さんは幾つかある大都市の一つに働きに出ているそうだ。娘さんは隣の開拓村に嫁いでもう直ぐ3人目の孫が生まれるとの事。元気な子供が生まれるようお祈りしますと伝えると喜んでくれた。
俺には無縁の幸せ。...
少しブルーに成りながらミスタージョーンズさんのぼろ馬車に二人並んで乗り込んで村をでる。出る時に門番に手を振る事は忘れない。
原住民の村というのはブッシュの奥に広がる原生林の中にあり、馬車1台分の細い獣道が唯一の連絡道だった。
馬車の荷台にはトウモロコシとチーズが積んで有り、代わりに帰りには森の中の薬になる樹皮や猿酒を積んで帰るらしい。
アメリアさんから言われた通り、昨日の夕方村の外で積んだ花束を持ち出し、レディーJに会いに行くというとミスタージョーンズさんはうんうんと頷いた。きっとまた恋人と間違えているのだろう。
『■おーい、俺だ。土産物を持って来た、族長は元気かね?レディーJにもお客さんだ、伝えてくれ。』
村の入口でジョーンズさんが叫ぶと槍を持った小柄なケットシーに交じって子供のケットシー達がワラワラと出て来てジョーンズさんに群がった。
ジョーンズさんは子供達を撫でながら鞄からクッキーを出して一人一人に配っている。
子供達はクッキーを貰うとお礼もそこそこにその場に座り食べ出していたが、すぐにこれまた小柄なケットシー族の若いお母さん達に連れられて村の中に姿を消して行った。
原住民という割には妙なイヤリングや入れ墨、装飾品はしておらず服も質素だが村人の様な服装だった。そもそもケットシーはアイルランドに伝わる猫の妖精だから見た目は土人というよりも小柄な獣人と言った方がしっくりくる。ジョーンズさん曰く40年前に開拓村が出来た頃は皆殆ど裸(但し全身毛で覆われている)で、開拓村と小競り合いも有ったそうだが、20年程前に第代わりして今の族長になってからは良いお付き合いをさせて貰っているらしい。
族長らしき立派な杖をついた老齢のケットシーとジョーンズさんが握手をしている。その後ろから水色のワンピース姿の美しい女性が現れた。
◇
ケットシーの女性と子供達に囲まれ微笑みながらあるく碧眼金髪女性に目を奪われた。
彫刻の様な彫りの深い顔。東欧の神話に出てくる女神が降臨した猫妖精達の前に舞い降りたかの如くそのシーンは俺の心を捉えて揺さぶった。
美しい...。
馬之助が口をポカンと開けて見つめている事に気が付いたその女性は馬之助に近寄ってきた。画面で迫って来る女神に心臓の鼓動が高鳴る。
『こんにちわ、私はレディーJと呼ばれているわ。貴方ジョーンズさんの息子さん?似てないのね?』
似てないも何も肌の色から髪の色までモンゴロイドの馬之助が典型的アーリア人種のジョーンズ夫妻から生まれる筈もない。なんだろう、見た目が美しいだけで中身はすっからかんの女性なのであろうか?おっと、この世界見た目が女性だろうが中身が女性とは限らなかった。
『俺は馬之助と言います。バトゥーと呼んで下さい。』
そこで声を落として秘話モードに切り替える。
「POJO氏の依頼で来ました。」
◇
レディーJの部屋は他のケットシーの物より二回り大きかったが大人の女性が一人暮らすには少し手狭だった。
本棚にはギッシリと本が詰まっていて学者というのも強ち間違いでは無いのかもしれない、などと考えながら見ているとレディーJは少しふくれっ面をしながら言った。
『この部屋に入って来て私でなく本棚を見つめる男性は貴方が初めてよ、バトゥ。まあ男性と言ってもジョーンズさん以外は全てケットシーで半分は子供達だけど。』
そう言われて隣にいる彼女を見るとその美しさにまた鼓動が上がって来た。
やばい、何を話せばいいのだ?褒める?でも之だけ美しいと褒められ慣れていて多少の誉め言葉は返って気を悪くすると何処かのネット情報で...はっ俺は何を言っているんだ。これはゲーム内の極秘プロジェクト、彼女の事は紙に書かれた美女だと思え!
『レディーJ、失礼だが私は任務にしか興味がない。POJO氏からは貴方にコンタクトする様言われたただけだ。この次何をすれば良いのか貴方が知って居るのか?』
女神は肩を竦めるとパソコンに向かって何か打ち込んだ手を差し伸べた。
握手?今更?
その滑らかでほっそりとした白い手を包み込むように優しく握ると彼女は少し顔を歪めながら言った。
『やっぱり感染してるわ。ワクチンを打つから腕を出して?』
(つづく)




