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美しき悪魔  作者: pegasus
第二章
9/19

じゃがいも

 #5。

クラウディスは歌を歌いながらシャワーを浴びていた。

この別房通路の先には、コンピュータプログラマーが開発した人工太陽光によるジャガイモ畑が地下のコンクリートに広がっている。

#1に入る元植物科学者が代表になって、この菜園所での別房者達の作業が行なわれている。ここでのジャガイモは、囚人達の食事にも使われるし、それに安い単価で刑務所外の市場でも売られていた。

他の部屋に入る受刑囚達にはクラウディスはそうは詳しく無いが、義務付けられている別房でのジャガイモ菜園の収獲は彼等と共に手伝わされていた。

別房に入る人間は、何かしらの才能があって世に貢献する事が出来るために、特別な監房でそれらの研究が許されている者達だった。

作業中、一切喋る事を許されていないので、彼等二十五名が何者なのかは不明だった。

そんな慣れない作業も終えてクラウディスは、シャワーから出ると黒のイージーパンツで出て来て叫んだ。

「うあああ!!」

#9の女がいて、クラウディスは真っ青になって真っ白のタオルを引き寄せた。

「あたしオバケじゃ無いんだからさあ。驚かないでくれるー?」

別房内は基本的に行き来が自由だ。

「ねえ遊ぼうよ。君、何歳? あたし十六」

白衣の胸部に真っ赤な薔薇を差した少女で、幅広のパンツはホワイトピンク、板チョコレートブラウンのチューブトップを着た子で、首に白の熊の縫いぐるみをぶら下げている。巨大な目とブルネットの髪の子だ。

人からは薬剤師とだけ呼ばれていて、十四の時に科学的時間差で毒殺事件を引き起こした少女だ。両親が化学者で娘の彼女も頭がいい子だが、多少狂っている。人を人として見れた事が無い。

天才的な頭脳を持っているので、新薬開発に医者と呼ばれる#9の男と共に世に貢献していた。その医者も犯罪者だ。

「丁度おなか空いちゃったんだよねー。なんか一緒に食べようよ。ジャガイモでお酒も造ってあるから。これ美味しいよ。純度も高いし」

「結構だ」

「ねえ肌真っ白だよね! 綺麗! どうやって白くしてるの? 毒素で色抜きしてんの? あたし地下にずっといるから白いんだよねー。ジャガイモ育ててる時会話できないからつまんなくてさー。でもずっと気になってたの。格好いいなって!」

「え? 格好いい? そう?」

「うん! 最高に格好いい! 素敵だよ! すごい好みだもん。どの男子よりも格好いいよ!」

クラウディスはニコニコして彼女の髪を撫でてから、ハッとした。

「いや出てってくれ」

「えー。いいじゃーん。遊ぼうよー。ジャガイモのエキスの色七色に変えるのも見せてあげるからー。ねえ何でここに入ったの? あたしのために入ったの?」

「いや……全然そうじゃ無いから」

「そうだって言ってよー楽しみにしてたんだから。#7の人等といるんだねー。ピアニストは優しいけど子供扱いばっかだし遊んでくれないし、コンピュータプログラマーといつも造ってもらったゲームやってんの。面白いけどー、あまりずっとやってると医者のおっさんうっさいしー」

ポケットからカラフルな飴玉を手の平にたくさん出して口に放りながらそう言い、ダークブラウンのグルンとしたまつげと、ピンクパールのグロスの唇でパチパチパチッとウインクしてきた。

「わあどこから見ても格好いいー!」

彼女は背を折って膝に手をつき下から覗き見て来たり、背後まで回ってきたりしてソファーに寝ころがってピンク色のキュービックと白とクリーム色のキュービックを出して遊び始めていた。ピンクの奴は黒で薔薇だとか、月が九つ並べられている。

クラウディスはうんざりしてきてベッドに転がり、背を上に寝始めた。

「あ。あたしラジオもってるよー。聴く?」

クラウディスは首を横に振り、構わず彼女が周波数の高いラジオをつけ始めた。曲番で乗り始めている。星型の大きなピアスを揺らしてウバウバ言っている。

クラウディスは放って置き、空腹に腹をさすった。

「ねえ!」

「うわ!」

いきなり身を乗り出してきた為に上を向き、その瞬間抱きつかれてぞっとした。

「縫いぐるみみたーい」

勝手にすやすや寝始めて、クラウディスは冗談じゃ無くて抜け出した。

彼女はベッドに丸まって眠り、クラウディスは同じ部屋でなんか眠りたくないから#5から出た。

通路で二十分ぐらいうろうろしていると、地下の階段を降り、前通路を進んできたタカロスがうろちょろするクラウディスを見た。

鍵を開け進んで行く。

「何をやっている」

クラウディスはタカロスを見上げ、今の自分の事に気付いて俯いた。イージーパンツだけだ。裸足だし下着つけてないし髪も湿ってるし廊下でうろついてるし、しかも女の子に部屋から押し出された自分がホテル客の間抜けな奴に思えた。

「部屋を奪われて……」

「え?」

タカロスは俯くクラウディスを見つめ、#5のドアを振り返りながら言っていた。

「部屋に来るか」

「………」

タカロスは口を閉ざして向き直り、訂正した。

「忘れろ」

「女が押し入ってきた部屋なんかに戻れない」

女と聴いて、まず浮かぶのは#2のあの美女だった。あの女には何度襲われかけた事か。自分には妻も子供もいて避けつづけていたのだが。

#5に入って行き、薬剤師がベッドで大の字でぐーすか眠っていた為に肩に担ぎ上げ、#9のベッドに放り戻してきた。いつでも飼い猫の様にあっちにいったりこっちにいったりしているから慣れた事だった。

クラウディスはようやく落ち着いてから、タカロスに礼を言った。

「食事が……」

「#6の料理研究家が一流のシェフだ。厨房になっているから行って来い」

「マジ!」

クラウディスは大喜びで横の部屋へ入って行った。

「おうあああ!!!!」

豚の頭を縦に寸断する場面でドアを開け放ったクラウディスは叫んだ。

「?」

白髭のシェフは振り返り、少年を見ると腰を抜かしていたので大ガマを持つ手で引き起こしてやった。

「新顔だね。何か食べていくかい」

「え、えっと、………」

両断された豚の頭の方をどうしても見れずに、首をふるふると横に振った。

「まあまあ。何か持っていきなさい。腹でも空かしているんだろう」

そう言うと、ビーフシチューの鍋を差した。

「や、野菜、とか、」

「ベジタリアンか。白味魚のハーブソテーなら残っているよ。パンも焼いてあるから持っておいき」

クラウディスはこくこく頷き、その皿を受け取ってそろそろと背を向ける事も出来ずに出て行き、即刻#5のドアを閉ざした。

落ち着いてみれば、有名高級レストランのグランシェフだったので、何をして捕まったのかは分からないが、ダイマ・ルジクもお墨付きの味だし、食べる事にした。

シェフは長年を人を料理し肉料理としていたのだが。しかもそれを、弟子達にも教育していた。

タカロスはいちいち騒がしいクラウディスが戻って来た為に、封筒から出していた書類を調えさせた。

「書類?」

「後から署名してもらう」

クラウディスは相槌を打ってから、魚料理ととパンをテーブルに置いた。

「タカロスは食べたのか?」

「ああ」

クラウディスは横に座り、タカロスを見上げにっこり微笑んでから、ナイフとフォークを手にした。タカロスは口をつぐんで耳を赤く、口許に手を当てあちらを見た。

クラウディスは食べ始め、スープやサラダは無かったが魚も美味しかったから良かった。

食べ終わると、食器を戻しに行くのが恐かった。まだ豚を両断していないがどうかが恐かった。

再び#6の部屋をあけると、普通だったから安心した。

「料理美味しくいただいた」

「やあ。それはありがとう。喜んでいただけて明利に尽きるよ。コーヒーでも持って行くかい。紅茶がいいかな。今は丁度コーヒーがある」

「ありがとう。コーヒーを頂いていくよ」

「ダイマ・ルジク氏のお孫さんだね。彼は元気かい」

「え? はい……」

「そうか。それは良かった。君も随分と成長したね。砂糖とミルクはどうする?」

「ミルクだけで」

シェフは微笑んで渡してきて、クラウディスははにかんで受け取った。

「ここは自由に出来ないね。まあ、仕方が無い事だが」

「何をしてここに居るんだ? 料理研究の為に?」

「まあ、そういった所さ。高級食材も無く一般に手軽に手に入る食材で限られているが、その中で再三様々な料理を編み出すこともまた原点に戻るように楽しいものだよ」

クラウディスは相槌を打ち、確かに素朴だったり単純な従来の食材でも繊細な味付けは見事だった。

「野暮なことは聞かないが、あまり無茶はしないようにな。ここに入ったという事は、終身刑かい」

「いいえ……。しばらくしたら戻ります」

「そうか」

シェフは微笑み、クラウディスの肩を優しく叩いてから、クラウディスもはにかんだ。

じゃあ、ピアニストもあの奇天烈な少女も他の人間も、これからここから出ることが出来ないんだな。

「じゃあ、俺はそろそろ。コーヒーありがとう」

「ああ。どういたしまして。おやすみ。またおいで」

クラウディスは小さく微笑んでから、部屋をあとにした。

部屋に戻り、タカロスはテーブルに書類を広げていた。ジャケットの内側から万年筆も取り出し、クラウディスはその静かな瞼を見つめて頬を染めた。ドアを背に、静かに締めると進んで行った。

「コンクール参加と外出するための書類か?」

「ああ」

タカロスが視線を上げ、クラウディスは歩いて横に座り、タカロスの綺麗な手を見つめた。万年筆をもち、クラウディスに手渡した。

内容を読み進めて行ってから、詳しい概要だとかが分かり、十枚に署名していく。

正式に団体で国を越えるために、パスポートを家族に持ってこさせる事を言われた。


 女子自由監房内。

副所長が歩いていき、一つの牢屋の前で立ち止まった。

ホワイトピンクの壁と、黒の樹脂家具と、白ファーインテリアの中に、そのベイビードールのような受刑囚が背を上に眠っていた。曲は樹脂製薔薇ホルンの金蓄音機から、甘く可愛いキャンディーのような煌く曲が流れている。

金髪のパーマを背に置き、ホワイトピンクのショーツのヒップが丸く、白のファーのベッドに眠っては、頭に黒の角をつけている横顔は、ホワイトピンクのチークに、分厚い睫がカールしている。

その牢屋に丁度来ては、牢屋を背に座って本を開いていた髪をアクアディープブルーショートにしている受刑囚の方が副所長を見上げ、黒革ブーティーで慌ててベッドを蹴った。

目的の受刑囚が起き上がり、トップレスのまま伸びと欠伸をした。

「衣服を着用なさい。さっそく、別房へ向かってもらいます」

「嫌よ。眠いの」

殆どの時間を眠っている彼女は、夜にならないと目覚めない。せっせと彼女は夕方九時になると、ピンクと白と黒の部屋を、ビロードバイオレットにし尽くす。そして照明はディープブルーになり妖しく艶を強烈に発するのだ。黄金のエロティックなトランペット曲を夜の蓄音機から流した。

「早くなさい」

受刑囚ラビは面倒臭そうに立ち上がると、男のように長身なので副所長を見下ろした。

「あたし、何もしてないわ」

横の牢屋に入る女が、牢屋から顔を覗かせた。逆方向の隣牢の女と顔を見合わせた。黒の牢屋の中のエファとネルだ。サダは今はネルの牢屋の中で黒革で出来た木馬に跨り、瞑想にふけって黒網タイツの足に爪を当てて目がうつろいでいた。

エファが言う。

「別房って、噂じゃあ偏屈もんの頭イカレちまってる終身刑受刑囚の砦らしいじゃないか。何でこの子が行く理由があるのさ」

「嫌よ終身刑なんて! あたし、キャンディーのお店爆破しただけなのに……」

「確かにキャンディーのお店爆破しただけですが、しかし、今回私がここへ赴いた理由は、あなたを終身刑に処す為ではもちろんございません。裁判官では無いのでね」

そう言うと、女警備員が首をしゃくり、渋々ラビは服を来た。

白のレースタイツをレッグバンドでつり、裏地が妖しげなピンクパープルシルクのレース張り黒革アームバンドを編み紐で嵌め、黒のビスチェをつけ、首に白レースのフリンジ襟をつけては黒の十字架を下げ、革のシャープなランジェリーショーツをはき、裸足にスワロフスキストラップが交差するヒールを通した。腰に紫の薔薇のエナメル連を下げて、唇に黒のルージュを引き、目じりに黒の星をペイントし、ぐるりとアイラインで囲った。

副所長はヒールを鳴らし待ち、七分して出てきた。

「今から何しにいくのおばさん」

「ついてらっしゃい」

手錠を嵌められ、腰を縄で拘束されると連れて行かれた。

「ねえ。帰ってくるまであんたのキャンディー、食べてていい?」

「しらないわよ」

ネルにそう返し、ネルはエファと顔を見合わせ、その横で見回りの女警備員がラビの牢屋に鍵をかけた。


 ラビはあの素敵な彼、タカロス・ラビルだというエファの話の警備員を見上げ、心が浮き足立って満面に微笑した。

セクシーな体つきの女受刑囚にタカロスは咳払いし、視線をそらした。

「あたしラビ。私服? すっごく素敵。あの時も素敵だって思ってたんだ」

ラビは嬉しくなって別房へついていき、背後の女警備員は彼女の背を押し、彼女は肩越しに歯を剥いてから前を向き直り鼻歌交じりに歩いて行った。

色目を使ってフェロモンも総動員し、長身の警備員の背を見つめていて、タカロスは視線が気になりながらも無視し、進んで行った。

地下廊下への鉄ドアの鍵を開け、階段を下っていく。突き当たりの鉄ドアの鍵を開け、中へ入ると警備員が敬礼し、その通路を進んだ。

そして突き当たりの格子扉につくと、鍵を開けて進んで行った。

通路の左右にドアが並び、その通路で、まただ。またクラウディスがうろちょろしている。

「受刑囚3062番」

クラウディスはタカロスを振り返り、その背後から自分と同じぐらいの背丈の女、女にしては長身だ。その女を見てから、横の女警備員を見た。

「部屋に女がいる。猫騙しで眠らせたが、どこから来た何者なのか分からない」

「後で戻す。#2の受刑囚だ。今は戻れ」

クラウディスは相槌を打ち、拘束された女まで続いたから驚いて肩越しに見て、瞬きした。

「同居人の受刑囚1116番だ。通称ラビと呼ばれている」

クラウディスはすごい顔をし、目元を見開き引きつらせ、ぶっ倒れそうになって首を横にふるふると振った。

背後の床で倒れている大柄な美女は気を失ったままで、作業には出ない。正式には、側近から出させてももらえないのだが。

古城のホールに、多くの使用人やメイド、執事、料理人達の遺体を硝子でコーティングさせ配置し、人肉の宴を催した某国の王女で、#6のシェフが人肉晩餐会の宴に料理長として呼ばれ、その場で共に検挙されたのだった。

誰からもやはり、女王と呼ばれている。だが、実際王女が本当に王女であるという事を知っているのはシェフと貴族出のピアニストぐらいなもので、雰囲気からして女王なので、女王と呼ばれていた。

勇ましい王女であり、堂々たる黒馬も乗り回すし、競技で剣も振り回すし、タカロスでさえ押し倒される。しかも、とんでもない美人だ。長い黒髪はだいたいは頭上でひっつめにされて揺れているが、時々降ろして側近の女にカールさせていた。

彼女はファッションリーダー的存在で、ロイヤルブランドのデザインも興していたので、その支持が貴族間で絶大であり、今も多くの富豪に衣服やドレス、小物を提供させていた。

タカロスは王女を抱き上げると、王女はうーんと唸って弱弱しくタカロスの肩に腕を回し、ぐったりしたまま運ばれて行った。

ラビは面白そうだからついていき、#2へ入って行く。

見回すと、まるで王宮の一室のようで驚いた。赤に金百合紋章の壁も、純金の輝かしいシャンデリアも、豪華な天蓋付き寝台も、金の調度品も、豪華な金縁で群青ビロードに金百合紋章ドットのカウチとオットマンも、そして振り返った側近の女も、何もかもがいきなり監房では無くなっていた。

銘木の象嵌円卓の上には、お高そうな紅茶が、既に冷めている。

タカロスはそっと王女を寝台に降ろしてやり、顔サイドがウェーブかかる髪を整えてやると、フッドに置かれたセッティにラビが足を組み座っては、顔を覗かせていた。

「その人、女王様っぽい」

「愛称でもそう呼ばれている」

「へえ……。あなたの恋人?」

タカロスは静かに豪華な布を引き上げさせてから首を横に振った。

「違う」

そう言うとすっと立ち上がり、ラビに戻るように言った。

「ねえ。さっきの男の子、すっごく可愛かったんだけど。三人でやろうよ」

タカロスは無視し、歩いて行った。

「なんだったら女王も起こして四人で」

#5へ入って行き、まさかの女が戻って来た為にクラウディスは顔を引きつらせタカロスを睨んだ。

「嫌だ。絶対に嫌だ。さっきの女の部屋にでもやってくれ」

「彼女の部屋は駄目だ。他にはここしか空いていない」

「ジャガイモ畑があるじゃねえか」

「我慢しろ。一生いさせるわけでも無いんだ」

クラウディスは泣きそうな顔になって、ラビが上目で微笑してモデルのように進んだ。

「あたし、思い出した。あんたって、トランペットの子の横でソプラノサックス吹いてた子でしょ?」

クラウディスは横目で彼女を見てから、首をふるふると横に振ってフイッと顔を反らした。

「可愛い! ねえあんた何歳? あたし二十四。よろしく。なんだか知らないけどさ、ここにいきなりあの厳しいおばさんに呼ばれて、こんなに可愛い男の子与えられただなんてすごくついてるよね」

最悪だ! とクラウディスは思い、タカロスが出て行こうとした為に自分は昏睡に陥るために自らの項に分厚い本をドスッと落とし、目を回し気絶した……。

「ふ、あっははははは!! この子受ける~~!! あははははは!!」

タカロスは駆けつけ、ただ単に、現実逃避の為に気絶しただけだったので呆れ返ってベッドに運んだ。ここに女さえいなければ、そのまま自分が何をクラウディスに対してしていたかなど、自分でも分かっていた。キスをして起こし、きっと思う存分可愛がっていた。

うきうきしてラビがクラウディスの横に猫の様に身体を摺り寄せて眠りに入り、その場所からタカロスに色っぽくウインクした。

彼は一切、彼女の甘い誘惑には請合わずに女警備員と共に#5の部屋を後にした。

ラビは縫いぐるみのようなクラウディスに抱きつき、いつものように眠りに落ちた。

「ふ。ちょっとそそられたんじゃ無いですか? 可愛い子ですからね」

女警備員がくすりと笑ってそう言い、タカロスは肩を竦めさせた。

「ああ。確かに」

女警備員は声に出して短く笑い、独房のアヌビスともあろう方の言葉に頷いた。

タカロスの横目で口端を上げ、鉄格子から出て行った。


 「あの子も加わるの? 受刑囚1116番の子」

珍しくメルザがタカロスの部屋にいて、アルデが天井を見た。

「あの3062番とよく連れ立っている爆破犯の共犯者の女か」

「ああ」

タカロスは海月に餌をやりながら頷いた。

その通りで、ラビは一人好きな変わり者の痩身ミーハー男の恋人だ。

キャンディーの店だとか、遊園地、デパートを爆破させた爆弾魔共犯者だった。

元々、遊園地で彼女ラビと共にバイトしていたアトラクションスタッフだったか、そこを彼女だけ解雇されて彼氏のミーハー男がブチ切れて遊園地と、彼女の再就職を断ったデパートと、彼女が好きなキャンディーの店も何故だかエントリーに加えて爆破させたのだった。彼女と共に。砕け散った色とりどりのキャンディーが綺麗だったのだが。飛んで来たメリーゴーランドの馬の首だとか、硝子の花だとか、金のジャコビアンポール、シェルパールホワイトの家具の一部、金の鍵、そういった物が降って来て……。

そして彼氏と手を繋ぎ、世を哀れんだ。綺麗な色とりどりの中、やはり世間からは受け入れられないのかと。

普段ラビは幽霊屋敷内の緑の蕾のなかで春の花の中、眠っている妖精役をやっているので、昼は眠っている癖が完全に染み込んでいた。愛らしフォルムで眠っているだけでバイト代がもらえていて、夜は彼氏と共にアングラな地下のライブハウスでミーハー的に騒いでいた。

共に、見かけに寄らず相当の大飯喰らいでもある。

「そういえば、合同でのコレクションの時には久し振りに会えたから、相当愛し合っていたものね」

ロイドが相槌を打ってはフライドポテトを鷲づかみにして口に放った。

「いつでもだいたいは菓子にまみれて曲聴いて一人でいたがるからな。3062番が構う以外は、音楽と菓子と女の事以外に頭にないんだろう。時々、CDを受刑囚5569番に渡している場面は見るがな」

「互いに興味無いことや他に煩わせたくない部分が似てるのさ」

アルデがそう言い、ロイドが返した。

「ああ。お前がその口だもんなあ」

アルデは横目でロイドを憮然と見て、フライドポテトを食べながらそれをホワイトソースチーズフォンデュにつけながら食べた。

ロイドは何かといつでも意地悪だ。幼い時代からそうだった。

メルザは腕を伸ばしてパンテェッタをフォークに差し、口に運んだ。

「その子は楽器? 3062番と同じくコーラス?」

「いや。3062番の鎮静剤役だ。ピアニストにまで手を出し始めたからな。オッドーが副所長に取り合って強制的にそうさせたらしい」

「本気かよ。あのガキ、同性好きなんだろう」

「え?」

メルザが瞬きしてソプラノサックスの少年の顔を思い浮かべた。

「へえ。そうなの……それは驚きね。それにしても、随分な粗治療ね」

「実際は、声のサンプルで第二候補にもなっていたんだが、群を抜いて3062に決まっていて、彼に決まったという話だ」

「じゃあ、コーラスが二人になる事もあるの?」

「まだ分からない」

「現地でいざという時に取り押さえる囚人が一人増えるぐらいならまだましだな」


 「アイヤイヤイヤイヤアアア!! ヤイヤイキャイキャイキャアア~~!! アアアアアアアアアアアアアアア!!」

ピストル連射したのかと思った。

「………」

「………」

「………」

「………」

ピアニストも楽器製作者もプログラマーも薬剤師もクラウディスも引っ張ってこられた王女も頬杖を付いたり腕を組んだり足を組んだりしてテーブル中央のジャガイモを食べて聴いていたのを、目を見開き閉ざした口を引きつらせた……。

ぶっ倒れそうな程タカロスは耳を押さえ、正気かという目で閉ざした口を引きつらせ、副所長は瞬きを繰り返した。

「キャ~~イキャーーアアアアアアイイイイイ!!」

「止め止め止め止め止め!!」

ラビのとんっでもない声に誰もが卒倒しかけ、壁に飾られた三つのジャズミュージシャンの額入り巨大ポスターがガタンとずれ、棚の上の目玉飛び出したヒヨコ人形がぶっ飛んで行った。耳に入らないのか楽譜を持ちながら声を張り上げつづけるラビを、王女の側近が直ちに口を抑えさせた。

王女は口笛を吹き、眉を上げて「はっ、」と引きつらせる口許をして肩を上げさせた。

「これは、ひっどい音痴さと狂った大声量さだわね。両方を兼ね備えた魔的天才さよ。あー聴いてらんないわ」

「ちょっと酷いじゃない女王ったら!」

「え? ショックを受ける頭を持ち合わせていたんだ。 その方が大衝撃よ。大真面目だっただなんて冗談でしょ。それでこれだなんて」

「キャイキャイキャイキャイキャアアア!!」

「きゃあ! 耳いたい!」

「ショックを与えないで下さい女王! コンピュータが壊れる」

楽譜は静かな歌なのになんでこうなるんだ……。とピアニストとプログラマーは額を抱え、首を振った。

「アイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイアイ!!! キャアアアア!!!! たっのしーー!!!」

「きゃあ本当~?! キャイアアアアアキャアアアア!! きゃあ楽しい~!!」

「お前まで加わるな!!」

「声自体はいいのに……音痴だとはまさか……」

「音痴じゃないわ? あたしはオバケ屋敷でフェアリーだったの」

「狂ってる人間に声楽はまともに勤まらない」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「煩いのよあんた硝子でコーティングされたくなかったら、お黙りなさいよ!!」fai troppo chiasso! stai zitta!

「あによあんたなんてどっかんしてバラッバラよ! 肉弾よ肉弾!!」

「いいいいいああああああああああああああああああああああこの小娘ああああああああああ!! あんたなんか小娘止まりよ!!」

「勝手にジャッジ下してんじゃないわよこのおばさん!!」

「なんですってあたしはまだドルチェッツァな二十八歳よ!!」

王女とラビが煩いので、誰もが退室して行った。

「あの声はきっとライブギャラリーで磨きこまれたスクリームだな……」

「ああいうのは自分の質を絶対に変えない従わない続行。融通が利かないんだ。無理だな」

「何度もちら見してるってのに楽譜完全無視だしな」

やはり鋼の強さの王女が勝ち顔横で手の埃をパパンと払い、ラビは床に崩れたのだった。


 「んもうたのしかったー!」

「ああそう……」

クラウディスはベッドにぐったり転がってラビは背をバシバシ叩いて来た。

「ねえあんたとならコーラスしてあげる! あんた歌上手だしさ! それにリンドガーの連れなんでしょ? あいつ元気してる?」

自由房ではリンと名乗っているあのミーハー男の恋人だと聞いて、尚の事煩かった。なぜなら歌に引き続き共通の話題が出来てしまったからだ。ゾラもこの女も薬剤師も一挙にまとめて元気房にでも閉じ込めておきたかった。

「リンドガーってのかあいつ……」

「あたしはラヴィレイっていうの。あんたは?」mi chiamo ravirei, come ti chiami?ミ キアーモ ラヴィレイ、コーメ ティ キアーミ?

「アル」mi chiamo aluミ キアーモ アル

「へー。アルバート? アルフレッド? アルカポネ? アルコール中毒? アルピニスト? アルマジロ? アルパチーノ? アルトバイエルン? アルメリア? アルメニア? アルフレッド? アルツなハイマー? アルジャーノン? アルペンスキ? アルプスの少女ハイジ? アルコポーロ アルボ~ロ アルトサイダー!」

「アルプスの少女ハイジでいいよもう……」

「可愛い~! アルマジロって呼んであげる!」

背を上にねるクラウディスの横に仰向けになってラビは腕を枕にし、口笛を吹いた。

「ねえハイジって女の子駄目でしょ!」

「無理」

「あ。やっぱり? 安心してねあたし浮気とかしない頭だし。でも可愛い! 弟にしたくなっちゃう! あんた、兄弟いるの?」

「いない。一人っ子だ」non,sono figlio unicoノン、ソーノ フィッリョ ウーニコ

「なのに犯罪犯しちゃったんだあんた」

「自分はどうなんだ」

「あたし? ずっと八歳の頃からあいつといるよ。流れ者でさあ元々。で、お互い捨て子だったから二人でやってこれてたんだよね。今はこうやって離れ離れになっちゃってるけどさ、こんなに離れてるのって人生で初めてだよ。あんたにとって大事なのは家族だったり、親だったり、他の子には兄弟とかだったりすると思うけどあたし等はあたし等同士だけが世界。他に何もいらないよ……」

広い瞼が閉ざされていたが、その瞳が現れた。

「合同の時以外はちょっと会えないけど、時々耳澄ましてると、塀の向こうからあいつの声が聴こえるんだ。何だか何が可笑しくて笑ってるのか分からないけど、楽しげで、なんだか泣けてきちゃう。その場に一緒に自分がいないし、今までは全部分かってたのに、何もわかんない。何度も、撃ち落されたって構わないから会いに行きたいって思うわ。あいつが確認出来ないから、昼に起きてるのって、辛いの」

ラビがポロポロと泣き始め、背を丸めて丸める手で顔を覆った。

クラウディスは彼女の背を撫でて抱き寄せてあげた。

「淋しいよ。淋しいよ……。淋しくてしかたないよ……」

クラウディスまでなんだか激烈に悲しくなって来て、髪を撫でてあげた。

「今だけならこうやっていてやるから、思う存分泣け」

「ううう、ううう、ハイジっていい奴」

ラビはポロポロと泣きつづけ、クラウディスも目を閉じた。


 クラウディスは目を覚ますと、ラビがローテーブル向こうで背を向けて仁王立つマッパだったからビビッた。

目を引きつらせ動けずに、瞬きすら出来なかった。

ラビは腰に拳を当てもう片手で歯磨きをしていた。肉感的な肉体は女性らしさの塊で、白い肌は肘などが薄ピンクかかっていた。

「あの、そこの、そこの人、」

「え?」

彼女は上半身だけくるりと振り向かせるわけでは無く、腰をぐんと折ってバランス良く広げる脚の間から顔を覗かせふくよかな張りのある胸がダンッと、揺れた。

「何か?」

クラウディスはがっくりうな垂れて額を抑え、朝からの女の演出的日常行為に、これからうんざりさせられそうだった……。

「ねえそれよりも早くご飯もらいに行こうよ!」

「うおおお!! ち、近づくな!」

クラウディスは真赤になって腕で顔を覆い、ラビはわけも分からずにベッドに片膝と両手をついて首を傾げ歯ブラシを加えたまま、クラウディスの髪を撫でてやった。

「どうしたのよ。ハイジって変ってるよね」

「変ってるってどれが基準なんだ……服を着てくれないか」

「え? ああなんだ。これで驚いちゃってたんだ! 可愛い~!」

口笛を吹きながらラビは歩いていき、きっとあのミーハー男があの調子だから、いつでもこいつもああなんだろうと思った……。どこまでもマイペースで、マイペースで、マイペースの上に、マイペースだ……。

「ねえねえハイジ」

「え?」

顔を上げた瞬間、ドア枠の中でラビがセクシーポーズをとっていたので、クラウディスは全身真っ青になって口をガクガクさせ、夢の世界へと旅立つために背後へぶっ倒れて行った。

「あっははははははは!! ハイジってぶっとんでるー!」

服を着ると、#6へ入って行った。

ーーザクッ

「きゃあああ!!!」

「きゃあああ!!!」

目の前で黄色のスイカが真っ二つにされ、すっごくその背がこわ、恐かった……。

「やあ。お二人さん。ジャガイモの横でスイカがなったよ」

「も、もらいます……」

シェフはまな板の上のスイカを選んでいるクラウディスの横顔を笑顔で見ていて、クラウディスは二度見してシェフを見た。

シェフはニッコリ笑い、クラウディスは口を引きつらせ笑ってから、一切れもらった……。何かしら、猟奇的なもの以外の何かの視線を感じる。なんというか、なんだろう。分からないのだが、何かしらの空気感だ。

スイカと共に、エビソースのパスタと、本日のスープのオニオンスープと、パンをもらって行った。

「おや。肉はいいのかい。今日も」

「はい」

「きゃあきゃあこれにしよっと!」

四日間煮込まれたスープの中に漬けられた豚肉の料理と、ホワイトソースパイ包みの温野菜とをラビはもらって行った。朝食はそこまで食べない。即刻眠るからだ。

「おはよう」

#1のジャガイモさんが来て、ジャガイモの麻袋を置いて行くと、料理を選び始めた。

「おはようございます」

クラウディスは挨拶をしてコーヒーももらっていき、シェフに「いただいていきます」と言い、ラビと共に歩いて行った。

#9に入るよぼよぼのおじいちゃんが歩いてきて、彼等に手を上げ、よぼよぼと#9に入って行った。

その後ろから、薬剤師が走って来て、のっけからクラウディスに飛びつきキッスをしてこようとしたためにその前に急いでドアを締めたので最終的に薬剤師はドアにぶちゅっとキスしてぶったおれた。

「おうああ!!」

室内にドイツ人警備員がいたから、クラウディスは顔を引きつらせて見上げ、盆を抱えた。

ラビは目をハートにして彼を見上げている。今に脱ぎ出すかの勢いで。どうやらタイプらしい。

クラウディスが時計を確認するとまだ自由房起床一時間前の六時だった為に、憮然とした。

「ねえねえハイジ。この素敵な方って、どなた? ハイジの恋人?」

「違う!」

「え? だってハイジって男の人好きなんでしょ? 会いに来たんだって思った」

ドイツ人も白目を剥き歯を剥く片端を下げさせてから後ろで組んでいた手を片方横に戻した。

「お前を看に来たんだ。どうやら大人しくしているようだな」

「あたしを? でもあたし歌とか歌わないんだけど。まさかもう戻されるわけ? まだ来たばっかだし、ハイジともうまくやってるし」

その背後でクラウディスが「持ってけ! 持ち帰れ!!」と目で必死に示していた。

「そのまま居ろ」

「やったー!」

クラウディスは怨念を持った目でドイツ人を睨み、ドイツ人オッドーは無視をした。

「これからの事を話す。食べながら聴け」

棚の横の椅子を持って来てドイツ人が脚を組み座り肘をかけ、クラウディスとラビはソファーに揃って座り料理を置いた。そうするとまるでクラウディスとラビが兄弟かのようだった。

「受刑囚1116番には、受刑囚3062番と共に声楽をする事は無くなったが共に生活し、訓練の手伝いと身の周りの世話をしてもらう。この事は野外活動として認められ、共犯者であるお前の男も共に二日間の自由行動が許される事になる」

「本当?!」

「じゃあ俺は」

「お前には無い」

クラウディスは目を伏せ気味にドイツ人を見てからスープを飲んだ。

「ゴホゴホゴホッ」

ドイツ人が眉を潜めクラウディスを見て、クラウディスは横に吐いた。

真っ青になる顔のクラウディスの背をオッドーは擦り、ラビは口を押さえて背を撫でた。

「どうしたの?」

肉のエキスがふんだんに使われたコンソメスープだったのだ。肉で、一瞬にして思い出される。恋人達の肉料理を……。

クラウディスは泣いていて、オッドーは背を擦りながら女受刑囚に水をもらいに行かせた。

ラビは急いで走って行った。

「大変! ハイジが吐いちゃった!」

「え?」

「コンソメスープ飲んだだけなのに……。二日酔いかしら」

あれには、牛肉エキスをふんだんに使用したコンソメスープで、鶏肉の皮でもエキスを抽出させたものだ。シェフは目を細めては、やはりあの子が≪ 人肉を食べたトラウマ ≫があり、肉料理が食べれない事が分かった。

それはきっと、あの悪魔のように冷徹な男、ダイマ・ルジクにより食べさせられたのだろうと……。

だが分かっていた。あの瞳の奥の光を見ればわかる。彼は、ダイマ・ルジクと同じ血を持っている事をだ。本能的に、≪肉≫である≪人≫を見分けている。ミスターグラデルシと同様に。ミスターグラデルシの目は、いつでも人を猟奇的に射抜き見る……。

男の肉が美味いことを知っているのだ。その香りも、汗も、フェロモンも、全て。

ラビに水を渡し、彼女は戻って行った。

だが多少、悪い事をしてしまった。そこまで駄目で敏感になっていたとも思わなかった。あの子には可愛そうなことをしてしまった。

ラビは部屋に戻り、水を持って入って行った。

「お邪魔しま~す恋人達」

「違う!」

「無駄口は止めろ。お前は声楽に打ち込め。お前は手伝い全般だ。分かったな」

ドイツ人はそう言い、時間も時間である事だし、退却する事にした。

ドイツ人はドアから颯爽と出て行き、清潔感の中にも一瞬、燃え上がりそうだった乱雑な炎、思い出すだけでもクラウディスはゾクゾクした。人間らしさのある香りは、野性的な心落ち着くもので。


 警備員寮通路。

ロッカールームから颯爽と出てきた警備員制服のタカロスが、視線を上げジャケット姿のオッドーを見た。

「行って来てくれたようだな」

「ああ」

「どうもありがとう。様子はどうだった」

「落ち着いていた」

「そうか」

タカロスは相槌を打ち、キャップ影の瞳で何かに気付いた。

「引っ掛かれたのか」

「あ?」

切りそろえられた髪と綺麗な耳裏の間に、真っ赤な引っ掻き傷がついていた。二本の爪あとだ。

オッドーは、あの鷹野郎、と思い、クラウディスを心中睨んだ。

「コンソメスープには吐いたがな」

「吐いた? 肉料理を見て軍の飛行場でも吐いた。肉が駄目なようだ」

「肉が駄目でよく肉の塊の野郎と出来るじゃねえか」

タカロスは目元をビキビキとさせ、くるっと踵を返し歩いて行った。オッドーは意地悪そうにその背を見てから、ロッカールームへ入って行った。

アルデがいて、視線をあげると挨拶をした。軽く返す。

「その傷は?」

「そこまで目立つのか」

ロッカー扉の鏡で見ると、真っ赤な線が引かれていた。

「まさかあんた、女史と」

オッドーはアルデを横目で見て、無言で着替え出した。

「国にいる奥さんがなんて言うか」

「刑務所にいる奥さんと関係持ってるお前よりはましだ。今日は随分とお喋りじゃねえか」

「………。……まさか本気であんた女史と……」

「あ? 何か言ったか?」

「そんな筈も無いな」

エルダが駆けつけて入って来て、他の列のロッカーへ進む前に「?」と顔を覗かせて来た。

「あれ。海月に刺されたんっすか? 気をつけてくださいよ?」

そう言うとまた走って行った。

「ったく、あいつも目敏い野郎だな……。おい。お前のスケから色消しでも借りて来い」

アルデは目を伏せ気味にオッドーを見て、無視して歩いて行った。

だが振り返った。

「あんたの部屋の冷蔵庫にあるドイツビール十本と詰め合わせウィンナーで交渉してやる」

「早く行って来い」

目元を引きつらせて言い、アルデは肩越しに口端を微笑ませて歩いて行った。あいつに肉物を飲み込まれると何も無くなる。

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