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美しき悪魔  作者: pegasus
第二章
7/19

女子監房


 なにやら、パスタの乾麺を溶接してトライアングルにしてはつるし、同じく乾麺で叩いている受刑囚番号3062番の背を見て、アルデはその見張りの場からそれを見た。

キャップ下の片眉を上げては、夜の内に修復された壁の穴は養生が進んでいた。

クラウディスはテケテケと鳴らしていて、その横にはシェル乾麺をドーム型に繋ぎ合わせてカスタネットを作った受刑囚が同じく背を向けベンチに座っていた。

オッドーは横目でその二人の横顔を視野隅に見ていた。そのクラウディスの向こう側には、プラスティックボールの中にマカロニを閉じ込めたものを八連繋ぎ合わせたソリ鈴を持つ受刑囚がいて、ジャラジャラと鳴らしている。

闇市で高額を出し手に入れたそれら楽器を取り上げられた事による腹いせの反逆行為だ。

花火こそは散って終らせる時が本番だから良い物を……。

奴等は秘密裏であんなものを作って……。

粒パスタをたくさんゴムボールの中に詰め込み溶接し、棒を取り付けた受刑囚がその彼等の座るベンチ前の壁際にいてそれを両手にシャカシャカ振っている。

そのかれ等の首には、シェル乾麺の連ねえられたネクレスが掛かっていた。

かれ等は極めてローテンションである……。

オッドーもアルデも放っておいた。

耳に聞こえるこの耳障りなリズムはなんなんだと、ロイドが対角線上のタカロスに送り、タカロスが眩しい中のグランド塀隅に立つアルデに送り、アルデは様子が良く見えるオッドーに送っては、オッドーはその状況を送った。

最終的にロイドの場所に「乾麺で不調和リズムを刻み反撃を起している」ことを送られて来た。

しかも、マカロニの管を繋ぎ合わせてそれを重ねてシチリキなどを創り上げたバグパイプを取り上げられた受刑囚が歩いてきて、しかも加わった。

ヒュラララとしかも音まで鳴らし、奴等は極めて成功させていた。

背後から、不気味な声が響き近づき始めた。念仏かの様に。

「時計の文字を 見やすくしてくれ 時計の文字を見やすくしてくれ」

そして歩いていき、五人に加わりあぐらを掻き呟きつづけた。

細長い乾麺を斜め長さに揃え、先にシェル乾麺をつけた細いパスタで掻き鳴らすウィンド・チャイムの受刑囚までもが続き、一層を極めて芸が細かくなっていた。

しかもグラウンドを奴等はのそのそ立ち上がり行進をはじめ、耳障りな上に目障りだった……。

そんな奇妙な昼下がりのシエスタが、オッドーとアルデをうんざりさせた。

バグパイプを取り上げられた受刑囚などは、執念が窺える乾麺シチリキの精巧具合だった。

今に奴等のあのパスタ楽器を取り上げて茹でまくりがっかりさせ食わしてやる……そう思いながらもマラカスを先頭とした奴等の軍団を目を伏せ気味に見るのだった。


 「なんだか、聴こえていたわね。男子自由監房の方から」

女子監房は、フェンス越しで中心から分かれる集合グラウンドを挟み、その先にある。

「グラウンドに受刑囚達が集まって大変だったわ」

女受刑囚達はラジカセをいつでもグラウンドに持ち込み、踊ったりしているのだ。女子監房の二階監房牢屋の中は何処も、女の香りと雑貨で充満し、メイクしていたり、雑誌を見たりしている。

一階監房の牢屋は整理されていたり、殺伐としているのだが……。

「明日には聞くことも無いだろう。楽器全て没収して茹でさせて見せしめに掲示板に貼り付けた。奴等の恨めしそうな顔といったら無かったな」

トライアングルなどは、トライアングルさの欠片さえ消えうせていたのだから。

「ハハ! 今に彼等、パスタで大きな時計まで作り始めるわよ」

メルザは可笑しそうに笑い、アルデを見上げると柵に肘をかけていたのを、背をつけた。

首を反って目を綴じ風を受け、黒髪が揺れる。サファイア色の夜の海を背景に、美しい。

「………」

アルデは彼女の瞼を見つめ、肘を浮かせると胴を挟んで腕に手を掛け見つめた。

彼女は目を開け、夜空を見つめては、顔を戻しアルデを見つめた。首をうな垂れさせ耳元に唇を寄せては、頬を取りキスを交わした。

塔から白のスポットライトが巡ってくる前に、艶の瞳を空け彼女を解放し、静かに離れて行った。

頬を染めたまま彼女は地面を見つめ、瞳を閉じた。白のライトに照らされ再び、星明りと月明りだけに照らされ……。

エルダがガチャッとドアを開け、アルデと女警備員がいた為に首を傾げ進んだ。

「恋の語らいっすか」

歩いて来るとギロリと睨まれてまた首を腕で締められそうになたので、アルデから逃げた。

「ま、酒五本で内密にしてお……」

「エルダ。そんな事いってると、彼女、出来ないわよ」

腕を組みにっこり微笑み、メルザが言った。

エルダは頬を膨らめた。

とはいえ、受刑囚と浮気しているタカロスの方が酒を奪える確立が高かった。あれは決定的なのだから。

まあ、視線に脅されてあの妻と子供には全く言いもしなかったのだが。

「俺も女欲しいなあ~。誰か紹介してくださいよ。俺、女には内気だからなかなか声掛けられないんすよ」

「五十代までにはニッカの様にはなってるなよお前」

「無理でしょう。………。なんねえし! そうはなれねえし!」

確かに鉄の番人は女へのシャイ度が酷い。

「じゃあ、あたしが何人か紹介してあげるわよ。三人くらい、若い子が彼と別れてるから会ってみるといいわ」

エルダはそれを聞き、大喜びで帰って行った。

「ふ、可愛い子」

可笑しそうに彼女が笑い、やれやれと首を振った。


 白紫の腰まで長いコーンロウさせた女受刑囚サダは女性監房二階部の角牢屋に入る女だ。

共に、横の牢屋は白桃色腰までのコーンロウの女受刑囚ネルは黒く分厚い睫で通路側を見ては、艶白桃色の分厚い唇をすぼめさせた。切れ長の流し目をする白紫のコーンロウの受刑囚は、鋭い唇をシャム猫の様にすぼめさせては、肘を掛けている黒ビロードのクッションに胴を乗せた。

ネルは金縁の手鏡を眺めていたが、それを置くと立ち上がった。

スレンダーだが胸のある肉体を露出を多く桃色と白とクリーム色のギザギザの服に包ませ、足の付け根から肉付きのいい足が覗いた。

サダは黒レースのランジェリーをスレンダーな身体に身につけ、灰色のガーターベルトから水色の網タイツが伸び、細長い足を包んでいた。

倶楽部曲を聴いていたサダは、逆側の角部屋の女が見て来た為に顔を向けた。

逆側の女は、大きく外側にブラウンの艶髪をカールさせたグラマラスな受刑囚ヘザで、サーモンピンクのタイツ上をハートポイントのチョコレートレースとガーターでつなぎ、ピンク紐と豹のセクシーなランジェリーショーツと、白鳥羽根のブラの豊満な胸をした女だ。ブラウンと、コーラルピンクのロマンスインテリアにうめつくされている。

いつでも苺のチョコレートフォンデュを食べているへザは、分厚く赤いマットな唇から、色っぽい溜息を吐き出した。

鉄格子に様々な飾りをつけるそのキラキラと光る先に、素晴らしくいい男が歩いてきている……。

「ねえ。最高に素敵な男……」

甘い声でネルは鉄格子に両手をつけ猫の様に白ファーのショーツのヒップをくねらせた。

そのネルの横の黒髪ストレートパツンで、眼帯を嵌める黒皮ランジェリーとブーツ、グローブの女が言った。壁が黒シルクで覆われ、その中にいる。

「知ってるよあたし。あの男。タカロス・ラビルだ。男子監房の警備員で、独房のアヌビスって異名を持ってる」

「え? 警備員? あ。本当に警備員の制服着てる」

警備員達はみな、目元を深くキャップ鍔で隠しているために、時に人種さえ不明だ。

今、その男警備員は背後に女精神科医を連れ、颯爽と歩いてきていた。

四年に一度、見回るのだがいつ来ても派手だ。色気ばかりで出来上がっている。

「何であんた、知ってるのよ」

その女、エファは元々が情報屋だった。様々な情報を持っている。

「仕入れたのさ」

「へえ……。あ、来たわ!」

その男警備員は一つ一つの牢屋前を確認し歩いていき、そして過ぎ去って行った。

「素敵……」

へザの隣に入る連なる玉の様な金髪ふわふわパーマのボブ女がそう言い、牢外に出てその背を見つめた。白レースのビスチェと白レースのショーツに豊満で純白なキューピッドボディを包ませた女受刑囚で、テテといった。

彼女達はいつでも目の前のことに夢中になる為に、男女受刑囚が合同で顔合わせをする時、警備員の誰にも目を向けない。

女達誰もが男に色目を使い、十分その色気が背に突き刺さってくる。タカロスはそれを無視して進み、角の見張りの女警備員に敬礼しあい、また進んで行く。

見張りの女警備員は縄を腰に回し、拳銃を所持している。深く被るキャップ下の目で見張りを続ける。

女達は群がって男の背を見つめ指を色っぽくくわえたり上目で見つめてはキャアキャア言い、体をしならせる。

小さなミラーボールが連なったビーズがカーブかかって幾つも掛かり、紫雫のビーズカーテンが鉄格子と共に並び下がっては、ゼブラ側の垂れ幕が下がる牢屋中から艶やかな手が伸びては、歩いて行く彼の腰元を、すっと撫でた。

「………」

タカロスは横目で見てはそのホワイトプラチナヘアのパーマ女が微笑し、牢屋前の白皮スツールに色っぽく座っていた。白皮のランジェリーで。女受刑囚ラサだ。

静かに肩越しに見つめそのまま歩いていき、視線を戻し進んで行く。

彼は角で曲がり歩いて行き、女達が欄干向こうから掛け声を掛け指笛を鳴らしてくる。

「あの子達、男が見られて嬉しいのね」

クスクスと女精神科医が笑い、歩きながらタカロスはそちらを一度見てから、彼女達が揃って猫の様に腰から崩れた。

エキゾチックな曲が黄金粒子の様に掛かっては、気を惑わしてくる。

そそられるが、全てを無視して頭のリストの中の顔と犯罪歴、現在の生活態度を全員見て行く。

悪魔的な旋律の曲も響いては、幻想的な闇の雰囲気を艶やかに醸していた。

階段側の角に立つ見張りの女警備員と敬礼しあい、進んで行く。

ネルは階段を降りていく彼を欄干にうねり見つめては、彼に手をゆるゆると振った。

先日の脱獄の事もなんの動揺も無く過ごしているようだ。女受刑囚がわざわざ抜けだろうと脱獄を図る者は稀だった。

十年前に一度、二人の女が共に脱獄を図ったのだが、それも男子監房からまるで飛ぶが如く二つの塀を越え鷲の様な駆けつけたタカロスに、一瞬で壁際に追い詰められ女性監房内の独房に連れて行かれた。

この刑務所のそれら彼等の絶壁を越えられたものなど、今だかつてゼロだった。

グランドに出ては、男子監房自由房のアルデが立つ場に見張りを立てるライフルの女警備員、メルザが、タカロスに一度鍔下の妖麗な顔つきで鋭く、口端を上げた。

タカロスも視線で一度見てから、グランド横を進む。再び現れた男前に、グランドで香を焚いては曲に仏陀な曲に乗り踊っていた女達が艶めかしく激しく踊っては艶やかに強く微笑し、エジプトハレムの女達のように手招きしてくる……。

艶やかなものだ。女達は……。

美しいメルザと敬礼をし合い、棟へと颯爽と進んで行った。巨大な開口部には女達が降りて来てカラフルな布を振り艶やかに微笑み見送っていた。

メルザは可笑しそうに口端を上げ首をやれやれ振り、男前なタカロスが消えてもまだ女達はざわついていた。

「ねえ。あの男、あんた等の仲間って素敵」

「駄目よ。彼は堅い人間でね」

メルザはそう言い、女が紹介してと口説く言葉も首を横に振った。

「あたしが刑期を終えて出たら、また来ればいいのよ。ここの人たちに面会に来た名目で、彼に会いに来るの」

「それはいいかもしれないわね。でも、その時まで大人しく刑期を終えるならね」

「あんもう」

女は肩越しに上目でメルザに視線を送り腰を振っては芝に戻って微笑しまた艶めかしくグラマラスで黄金の布で露出度高く出る肉体で両手甲を頭上で掲げ踊り始めた。その背に揺れる金髪パーマが揺れ、女達は踊る。

大きく足広げ立ち上半身を倒し、胸元が鋭利に覗いては髪が片方の肩に流れ、猫の様な目がウインクを送った。

タカロスは通路を進んでから、会議室へ入って行った。

「先日脱獄未遂を起した受刑囚の精神鑑定を行なった結果よ」

女精神科医、エリザベスが書類を出し、タカロスがそれを受け取った。

「未だに牧師を受け入れないようだな」

「ええ」

女は無神論者どころか、父の時代から悪魔を崇拝している。

「邪教の意を変えないままなんでしょうね」

その悪魔崇拝者達を二百名、その手に掛けたのだ。

一晩に、その崇拝者達の家に向かい、首を裂き、その血を瓶に入れ、二百名を殺害し、そして邪教教会へ持ち帰り赤の蝋燭を作り、悪魔を崇拝した。

翌日、悪魔崇拝の教会に警察が押し入り、女を連行して行った。地下の夥しい血痕はまるで赤い絨毯だった。

エリザベスは邪教を恨んでいる人間だ。どの異教徒も受け入れるものの、邪教だけは駄目だった。それでも、女受刑囚の前でそれを出す事は無いのだが。終始、自己理性を崩す事は無い。

「それで、受刑囚4765番と,受刑囚8465番の精神鑑定に引き続き入るけれど、8465番の初見はこちらが男子特別監房へ向かった方がよさそうね。前検査の心理ペーパーテストをニッカから預かったけれど、恐ろしい程冷静なのに、異常な程の飢餓感を抱えているわ」

「クローダ一族の右腕として、長年仕えてきた者だが、流れる噂は冷血な物だった」

彼女は相槌を打ち、タカロスの横顔を見た。

冷静な判断を下しつづけるが、最近多少、視線を足許に移している事が目に映る。

「海月とか、飼ってみる?」

タカロスは顔を上げ、エリザベスを見た。

「小さくて半透明で可愛いものよ。十匹ぐらいなら分けてあげる。水槽もあるわ」

「海月?」

足許に視線を落とすのは、過去やあた事を見つめて思い出しているからだ。そういう時は、心が疲れている証拠だ。


 タカロスはテナーサックスを目を綴じ部屋で吹きながら、フレーズを終えると目を開けた。

海月が台の上の細長い水槽の中で動いていた。

エルダがそれを気に入り、じっと見つめている。

いつでもエルダは兄貴の様にタカロスを思い、部屋に来る。五ヶ月半前にここに着てからずっとそうだ。

酒を傾けながらエルダはそのグラスを持ち、海月を見ている。

「綺麗だなこいつ等。すっげー可愛いんだけど」

エルダがそう言い、タカロスは頷いてからサックスをまた吹き鳴らし始めた。

エルダは頬杖をつきそれを聴いているのが好きだ。

洒落た曲を吹き鳴らし、閉ざされる瞼は静かに光を受けている。

アルデはよく、哀愁漂う曲を吹き鳴らし、たまに艶めかしく吹き鳴らした。タカロスの場合、深みのある渋く洒落た曲をよく吹く。ロイドはよくトロンボーンをパワフルに強く吹き鳴らしていた。

一度、タカロスが深みのあるエロティックな音色で吹き鳴らした事があったが、あれは本気で魅了される渋さだった。

海月はふわふわと動いては、愛らしい。

サックスを置き、タカロスは歩いてきては海月を見た。回る気泡と共に舞っている。無重力の中を浮遊するように。蝶のように。

心を和ませてくる。

エルダは横目でタカロスを見上げては、また海月を見た。

絶対に女精神科医はタカロスに惚れている。そう思う。海月は綺麗で、まるで優しげな微笑みかの様だった。

なんというか、きっと放っておけないと思っているのだろう。割と頼られているタカロスは弱音を吐かないし、しっかりした頑なな部分がありながらも優しい。飴と鞭を使い分けるし、任されたことはこなす。

女精神科医の事を詳しく分かっているわけでは無いが、エルダはあのどこか姐御肌というか、頼りある風というか、それでもナチュラルさというか、そういう大人の部分と他のものが混在する雰囲気に、自然に溶け込んで思えた。

互いに大人の考えを持つから互いを仕事仲間と見ているのだろうものの、きっと女精神科医の方は多少の気持ちが入っている筈だ。

ロイドがドアを開け、弟がいない事を見ると、何かを見つけた。

「なんだよ。ニッカのつまみまで飼育し始めたのか? お前」

タカロスは背を伸ばしロイドを伏せ気味の目で見ては、ロイドは中に進んだ。

「またあの野郎、愛欲に塗れてやがる」

その言葉にエルダが海月から顔を上げ、ローテーブル横に座ったロイドを見た。

「誰のことっすか。 3062か? アルデか? タカロ」

視線が飛んで、エルダは黙って海月を見た。

「何だよ。お前、まさかエリザベス女史と?」

「あ! そう思うっすよね!」

「………」

タカロスは瞬きしてテナーサックスを手にしたロイドを見ては、ロイドは「?」という顔でタカロスを見た。

「違うのかよ。硬派のお前まで不倫してんのか? 女史は独身だからな」

「有り得ない」

タカロスがそう言い、ベッドに腰を降ろして横這いになり、頬杖をついてロイドを見た。

「なんだよ。恐いな。怒ってるのか?」

「彼女はお前が思う様な女性じゃ無い」

エリザベスは弱くて、何かを信じたくて、そしてどこまでも自己を捧げたい人物だ。タカロスがこの刑務所の警備員になって十二年間、彼女自身も強さを身につけてきている事を見て来て、知っていた。

男女関係に進むような女性では無く、精神をふとした時に支えあう、そういう友人のようなものだ。

彼女が銀製の重厚なロザリオを手に祈りを捧げている姿を見る毎に、その背に光を増して思える。

海月を見ては、枕に頭を預け髪を手で整えた。

「美人な女史に、俺なら声掛けるけどなあ。あのすらっとした足も綺麗だし、顔立ちも上品だし、物腰もいいんだぜ。まあ、親父さんは古い考えの人間で恐いけどな」

高齢の精神科医である医師は、今は時々しか来る事は無い。九年前に本格的に娘のエリザベスに任せ始めていた。元々、軍の専属精神科医だった先代は娘もキャンプ地に着いて戦争時も多くの人間に関らせた。

エリザベスは命と犯罪と心を追求し続けてきていた。

あの十字架を大事にする彼女の詳しい生い立ちや心はタカロスにも分からないのだが、彼女の温かみのある目は時に鋭く心を探ってくる。多くの人間としての闇の部分を垣間見てきては、身を置いて来た彼女は、強さと弱さの中で彼女というものが出来上がり、構築されている……。


 クラウディスは女精神科医に、一時、睡眠薬を止めてみる事を言われていた。

その為に、うとうとする中を闇に格子の影が月光で青く伸びる通路を、見つめていた。

睡眠薬は無くても、この所のことで眠気が襲う。ゆるやかな……。

鮮明な青は美しく、繊細な色味をしている。どこか芯が通った青だ。深く、サファイアのような。

自己を拘束する鉄格子のその影は、その先の自由がある床に下りては、時の河のように静かに流れて思えた。

ドイツ人警備員、オッドーはその青と黒の河を、闇影を落とし歩いていき、革靴の音を響かせる。

一階監房、南側牢屋の受刑囚2677番の牢屋から、咳が聞こえる。しばらくして収まった。

二階監房の四方牢屋から、布ずれの音。ベッド下に転落した重々しい音。寝息。妻に追いかけられ苦しむ寝言。眠れってのにゲームをする音。唄う音。宇宙と交信を取る念仏は、西側牢屋からの声だ。くしゃみ……。

夜警は二人体制で一階ずつに一人が見回る。

連続してオッドーが夜警に入る時は、脱獄などの非常事態時の非常勤だ。

「おい」

東側牢屋。オッドーは受刑囚3062番を横目で見下ろし、頭をこちらにして眠る受刑囚は眠りそうな勢いだった。

コロコロと、鉄格子の間から影を伴い色着きの飴玉が転がって来た。

「あの宇宙人にキャンディーあげて黙らせてきてくれ。うるせえよ……ぶつぶつ言ってて」

青の月光の中、そのキャンディーは紫に光り、3062番は頬を枕につけ、その真っ白い背に月光が広がっていた。

「………」

黒髪が艶掛かりベッドから頭が落ちては、だらんと両下腕共、下がっては影の中の黒蛇が闇色に浮いている。

ピンク色の唇が髪から覗き、動かなくなった。

眠ったようだ。

影を伸ばしているが、紫の光も強くその闇色の影の中に落とす飴玉が、静かに光り、微かにスミレの香りがする。

オッドーは飴を回収し、歩いて行った。

とうの宇宙人、ゾラは闇中でタペストリーに両手を広げ胡座をかき、宇宙と交信をとっている。

布団をかぶってゲームをしているのは爆破犯の受刑囚だった。

全く、女性監房では就寝前になるとよく女受刑囚共が一階にテーブルと椅子を運んでは、闇市だったり面会時に持って来てもらうなどしたり、作業時にミシンでこそこそと造る妖しげな仮面などを目元につけ、髪をエレガンスにセットし、豊満で美しい肉体にハードなランジェリーをつけ、夜会を開いているというのだ。蝋燭の暖色にその場が琥珀に浮き上がり、会話をしていると、女警備員達が言って来る。

我が強く我がままな女受刑囚達は、脱獄こそは考えずに女警備員達ともうまくやっているものの、とにかく奔放すぎるきらいがあった。そんな女達を相手に警備をさせられたら、ひとたまりも無い。

自我もなにも無くなってしまうだろう。

吹き抜けを囲う通路を歩いていき、牢屋を確認しながら歩き、ぼうっと闇の中に浮く影を横目で見た。

ベッドに座り膝に肘を掛け、毒の様な鋭い目で見て来ている。

あの雪の精霊皇子かのような3062番とは対照的に、その男は窓の無い北側の牢屋の中、混沌からの使者かのようだった。

受刑囚番号5569番は、全身に鎖と蛇の入墨が入る黒人男で、筋肉質の巨体は二メートルを越す。スキンヘッドの血管は浮き、下がる口端は首下まで激しい傷に裂かれて皮膚が抉れている。元海賊だ。仲間達が皆殺しにされた時に生き残ったのだが、背から激しい銃口を筋肉に浴び、その弾痕も残ってはひきつり、蛇と鎖をめたくそにしていた。

自由監房内でも自由が許されていない囚人の中の一人だ。牢屋がそうも空いているわけでも無いために、ここに突っ込まれているだけで、昼の内は片親指で腕立て伏せをして外界との関りを精神集中でシャットアウトしている。黒の衣から隆起する筋肉が浮かんでは、理性の保たれた冷静な目元をしている。元は金細工の望遠鏡と海図と方位磁石を常に持参する参謀だったようだ。

海軍の出で、頭脳が明晰に加え、冷静沈着だったが、何かを踏み外し国に反旗を翻し海賊になった。

5569番は暗い目元で剣呑とオッドーを視線だけで見ては、男はクラシックを所望した。

「曲を聴きたい」

そう言い、装丁本の一遍を切り取った紙切れを闇の中に差し出した。オッドーは受け取り、それを見下ろしてから男の目を見て頷き、歩いて行った。

シューベルト弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D.810 Death and the maiden

腕立て伏せ以外に、男が精神統一をするにはクラシックが必要だった。鉄格子に背を向け、あぐらを掻き膝に手の甲を置き、壁に目を綴じ聴いている。

外界との関りをシャットアウトしている為に、何の暗号も無しに、ただただ要望を伝えるのみだ。食事も牢屋内で摂る。殆ど、無欲に等しい。

彼を捕らえたのは、男の元部下だった海軍の人間だった。

通路を歩き、西北角の牢屋では寝言が煩かった。女を誘拐して五年間監禁していたマンモス病院院長の息子だ。父親は世界中を飛び回る学会の上層で、ジュニアの彼は父の金で派手に遊び暮らしていた。その地下で飼っていた同じく資産家のドーターとは、彼等いわく、恋人同士だという事だったらしいが、彼等の軟禁SMプレイは、はたからは監禁事件にしか思われずに、父親が精神鑑定をさせ牢屋に突っ込ませたのだった。

「サイ座はいいんだ、カメがいるから……どっちにしろ……駄目だ兎を飲み込むのは反対だ、カメが逃げる……サイさんは大暴れだうーん、うーん、」

きっと、始終見張り警備員が横にいる為に精神的に衰弱しているのだろう。

寝苦しそうに唸ってはわけも分からない夢を見ているようだった。あの3062番と寝ている夜なら、その喘ぎが煩わしくて警棒で鉄格子を一度叩きつけ黙らせるのだが。

いつでも肩越しの3062番は意地悪っぽく睨んで来るだけだ。色っぽく熱を含んだ目元で。こちらの気までそそられる程に強烈な色香だ。

寝言ぐらいなら放って置き、歩いて行く。

「サイ座から奪え。奪うんだ。ハイヤ! コポッポ……」

「………」

西側。オッドーは横目で出鱈目な宇宙崇拝をする受刑囚の背を見下ろしては、無視して歩いて行った。どうやらあの受刑囚はこいつに呪われてでもいるらしい。こいつは頭が多少やられているので、構わないほうがいい。とはいえ、この受刑囚は某国第四王女の浮気相手との間の次男なので、一応はそういった筋も入った青年だった。その為に、死刑も免れたような物だ。名前は奪われ身分も隠しているが、本名のウゾラスカから愛称を取られていた。とにかく喧しい。

南側牢屋前を歩き、野良猫の鳴き声が牢屋からした。南側も建物の構造上窓が無い。だが、暗さが占めているわけではなかった。

ニ室、空きの牢屋があり、その一室が野良猫の住処だった。

南東角は、今は施錠されているものの、日中はその先に売店と食堂がある通路だ。手前にはサニタリもある。食堂横の階段を下り、作業の為の工場があった。

一階監房の東北角の施錠は日中も解かれる事は無い。その施錠された奥に、独房がある。独房は、自由監房棟とは別の棟にある地下の特別監房とも繋がっていて、独房自体が外観から見れば、独立した小さな棟になっている。

二階監房は極めて落ち着き払っていた。

「カメヒヤハアアーーー!!!」

ガンッ ドンッ ガシャンッ

「うるっせえぞ!!」

「静かにしやがれ!!」

「糞ッ垂れがあ!!」


 刑務所。

自由監房、東側牢屋前。

二階吹き抜け回廊を歩いていたクラウディスは、とある鉄格子先に、革張りの分厚い本を見る受刑囚仲間の青年、デラの背を見た。

そのデラはベッドに腰掛け、足を組んでは腰を捻り、通路側の鉄格子に背を向けている。綺麗な座り姿は品がある。

「ようデラ」

クラウディスは声を掛け、デラは顔を美術書から背後に向けた。

「おうアル」

「何見てるんだ?」

大き目のその本は、横に細長く、……なにやら見覚えがあった。目に良く馴染む程の、それらの物を、クラウディスは知っている。

「……ルジク所蔵美術書」

「ああ」

デラはまた顔を戻し、頁をめくった。

今、デラが見ている美術品は、巨大なスクエアエメラルドが額部に嵌められ、黒馬の尾が艶めく黒金属の冑。洗練された美を感じる。

これは、純銀製冑で白馬の尾が下がる冑もあり、そちらにはサファイアのスクエアが額に立ちライオンを両端に嵌められている。

 クラウディスは小さな頃、ダイマ・ルジクからとある日の夜、その冑を手に取らせてもらった事があった。

その夜は美術館内の細長い窓から白金のような月光が差し、そして下弦のその月が挙っていた。純銀の冑は小さな体で持つにはとても重かったことを覚えていた。それでも、それを闇の中から窓際で翳すと、とても美しかったことを覚えている。

女性がかぶる為の小さめの純銀の冑は、純潔な白の馬尾と、そして神秘の夜の艶やかなサファイアが、極めて崇高さの中の魅惑だった。漆黒の静かに輝く瞳で小さなクラウディスはそれを抱え見つめ、艶やかさに微笑んだ。

漆黒の冑は某国国王に。純銀冑は王妃に謙譲されたものだ。これらには、それぞれ華麗なサーベルも一緒になっている。

其々の剣は美術書の中の次の頁毎にあると、今のクラウディスには充分にわかっていた。

今デラが見ているのは、王家に献上された美術品を主に取り上げた美術書だ。

 郊外にある方の美術館には、地下に貴族仲間達しか入室出来ない間があり、そこにはいわく着きの美術品が展示されていた。

某国王女の使用していた妖しい鞭。多くの血を吸い取った妖刀。某国第二皇子が顔の肉を剥れ上から死ぬ時まで被せられ生きて来た美しい仮面。某国王妃が、国王の浮気相手を見つけ出しその全身の皮膚に入墨を施させ、全身から皮を剥いで作らせた王妃のバッスルドレスと金髪で作った髪飾り。某国国王を暗殺し様として捕まった大の字でステンドグラスの一部にされた裸体の男の硝子漬けの円窓。白馬の腹部横がくりぬかれ、ホルマリン漬けの筋肉質の兵士が甲冑のまま盾と剣を持ち背を丸め収められている剥製。仁王立つ下半身だけの人間の剥製は股に二つの眼球と、長い舌が垂れ下がるグロテスクなもの。某国女王のミイラが美しく着飾られた状態でクリスタル天板下に収まる漆に金塗装された食卓。ブロンド嫌いだった某国王妃が作らせたブロンド女達の生首巨大シャンデリアは、其々が長ったらしい髪から吊るされている。巨匠に国王が描かせたグロテスクな悪魔崇拝の絵画をそのまま奇異な死体で再現させた間などもあった。他にも様々が所蔵されている。それらの物を扱った美術書は、貴族仲間達にしか配られない。

だが、その黒エイの表紙に銀で刻印されている背表紙を、クラウディスはデラの寝台横の棚に見つけて目を丸くした。

門外不出なんだが……。

 デラは今、王家に伝えられた方の美術書を見ていて、頁をめくっていた。

上品な白百合をクリスタルの中に美しく繊細で透明度を高く立体的なエナメル加工させた大振りの首飾りチャームを見ている。それは、指輪は気高い薔薇、耳飾は神秘的な紫のアネモネ、ブレスレットは崇高なジャスミン、ティアラは金髪がなびく花の美しき女神の顔、腰飾りは可憐な紫のライラック連というパリュールで、実に女性らしい可愛らしさの中にも、気品があるもので、修道院へ行く十一歳の某国姫の為に国王が創らせ贈らせた物だ。

「観るか? 凄いんだぜ。ミラノにある美術館なんだけど、まあ、イタリア人のお前なら行ったことあるか。よくこの国の奴等は学校の見学授業で行く場所らしいしな」

「うん……」

クラウディスはそう頷いておき、デラに人種さえ聴いた事が無かった為に、壁に背を付けてその美術書を真剣に見つめているデラを見た。

どれもダイマ・ルジクが精を込めて護り抜いている素晴らしい美術品達で、ルジク一族が歴代王家から管理を任された品々だ。

そのクラウディスが背を付ける横には、デラが好きな女モデルの雑誌の切抜きが、しっかりした額縁に入れられ飾られている。

「どうしたんだ? その美術館の美術書」

「闇で取り寄せてもらった」

「………。これもか?」

黒の背表紙を指した。

デラは目をクラウディスに向けた。

これはダイマ・ルジク自身が晩餐会に招待した友人達に贈るものだ。クラウディスが知る中でも、ミスターグラデルシも持っているし、エメルジアの当主も持っているし、かのJDLもそうだったと聞く。

一般人が持っているとなると、まさかこいつ、盗みの関係で刑期を喰らっているんじゃないだろうなと思った。

とはいえ、デラは本名をラヌデリアル・ラスーンといい、列記としたラスーン一族の人間だった。

中学時代にベースで教師を殴り殺し鑑別所に送られてからというものを、問題有りとして社交から遠ざけさせられていた為に、どの国のラスーン一族との社交でも噂さえ聴かなかったのだが。

ラスーン一族の前当主は、現在も大富豪連盟の長老会の一員であり、クラウディスもよく見知った老人だ。

実はデラは、その彼から友人と旅に出る選別にと、部屋に忍び込んで持ち出していたのだった。それを友人と怪盗に行く期間はいつでも彼女に預けていた為に、こうやって面会時に持ってこさせたのだった。

黒の美術書は、純銀の装飾鍵がついている重厚なものだ。銀の装飾縁取りがなされ、背表紙の上部にはルジク一族の見慣れた紋章が銀ではめ込まれ、扉表紙の題字の下には、銀のライオンメダリオンがはめ込まれている。そのライオンの口には燃えるようなルビーが銜えられている。

棚の中に硬質なそれが無造作に、レコードやファッションや小物雑誌とともに置かれている。

「あ。これ、カリブ書じゃねえか」

クラウディスは棚を見て、嬉しそうにそれを引き抜いた。久し振りに見れてニコニコとしてめくって行く。

 イギリス人の貴族デスタント一族の当主が作らせた船舶書で、カリブの歴史ある海図と共に、華麗なる船舶、豪華客船、それに海賊船までもが載った繊細な絵図書だ。全体像から、船内装飾、室内、構造、歴代辿った航路などが克明に記されている。世界中のこれらの豪華な船舶絵図は七つの海に留まらず、様々な海域ごとに分かれていて、全書28集あった。今も増えつづけている。デスタント一族当主は豪華客船連盟の会長なので、これら以外にも様々な船舶全書を作らせていた。自社造船の絢爛な豪華客船全書も、クラウディスは好きだった。

デスタント一族の当主は、とても気さくで気丈な方で、クラウディスは大好きだった。また久し振りに会ってみたいものだ。

「アルも意外に美術物に詳しいのか?」

「え? そうか?」

普通に自室に常にあった図鑑が、普通ではお目にかかれないものだと言うことをクラウディスは知らない。なぜなら、友人達も貴族や裕福な良家の御曹司ばかりで、よく友人達も持っていたからだ。それに、模型や歴史ある世界地図、そういったものも。

「あ。ヴェネチア仮面の美術書まである」

それは女友達のイーリャンが全巻持っていた。十二歳の誕生日に祖母の所蔵のそれらの本を譲り受けたと言っていた。

 これは黒をコンセプトとしてまとめられたもので、他にも年代別だったり、花、動物、色、素材、衣裳と移るもの、決められた宴の内容、ある貴婦人の所蔵、貴金属と共に特例の職人物、殿方用、王家用、様々な項目で分かれて、四十五巻ある。

ここにあるのは黒の色のものを面に揃えた一巻分だけだが、よく見ると、デラはいろいろな物を持っていた。

いつもは棚は布が被せてある為に、全く気付かなかった。

 デラは今見ている王家の美術書のものが展示されているルジク美術館に、怪盗に入ったのだった。

デラは恨めしそうに、ある頁をじっと見つめた。

盗んだのに、闇市を張っていた人間に寸前で見つかって戻されたものだ。

 重量感のある白鳥のパール粒子掛かる純白エナメルが白金で立体的に形作られるパリュール容れで、前に首をもたげる白鳥の品のある額に黒ダイヤが妖しく光っているものだ。ヨルブ一世の王妃に贈られた入れ物で、中には黒ビロードの中、粒サファイアが幾つも浮くティアラが収められている。その下の引き出しには、黒シルクのグローブと共に黒ダイヤを中心としたサファイアの指輪も収められている。滑らかな水色クリスタルの波を弾いていた。

ヨルブ一世が夜会の為に王妃に贈ったものだ。

絶対に闇市オークションで貴婦人受けすると見ていたのに。

それに、銀装飾と鴉の扇子は、黒メッシュチェーンと黒シルクタッセルがついたもので、両端が孔雀羽根になっていたものと、白孔雀の羽根が額からつく鴉の仮面、それに、黒のルージュとそのルージュ容れも同じ様に銀装飾付きのタッセルつきでセットになった物。それは某国国王が秘密の愛人に贈ったといわれているもので、腰部背後に孔雀羽根があしらわれた黒ビロードのバッスルドレスも共に贈られている。それで正式な王妃も含まれる王宮での仮面晩餐会に出させたというものだ。

あとは、某国皇子が愛用していた鏡で、それは黒く染められた白孔雀の羽根が硝子内部に艶やかに入れられたもので、金の蛇縁には色孔雀の羽根がガラス張りで這わされているものだ。

あとは、婚約前の某国皇子がその未来の王妃になる人に舞踏会の為に作らせたというハイヒールで、繊細に金でピアス加工されている物で、内側が丹念にピアスにそってビロードを、底の部分を綿入りの皮張りにされたものだ。

それと、最後に某侯爵が某国国王に謙譲したもので、見事な庭園をミニチュア化し、鍵付きで開閉式の本の様にした重厚な金属サンクチュアリブック。

「怪盗のつけが監獄行きか……」

「ブハッ」

デラが唇を撫でながら伏せ気味の目でそう言い、クラウディスは大驚きでその横顔を見た。

まさか、あのダイマ・ルジクの所有する建物に入ってものを盗んだ大馬鹿者がこの世にいたなんて……。

「ほ、本気か?」

ダイマ・ルジクの孫は大驚きで瞬きして、そしてデラの横顔を見た。

デラは顔を上げ、口を閉ざして何事も無かったかの様に美術書を棚に戻すと布を被せ、背を下に寝ころがった。

「お、おま、お前、おまえ、」

クラウディスはふらついて崩れ、デラは背を上に転がっては枕からクラウディスを見た。

「アル」

「あ……」

「俺等、出所したら一緒に世界中の美術館に盗みにはいらねえか。ルジク美術館に盗みに入って、盗るんだよ。運動神経あるお前が再挑戦に手伝ってくれれば百人力だぜアル」

怪みに誘われたその美術館の人間のクラウディス・レオールノ・ルジクは、もう顔を上げる気力も無く、うな垂れた。

こいつ、よくこうやって今生きていられるものだ。ダイマ・ルジクの逆鱗に触れる事の恐怖を知らないんだ。

「お前、お前まさか怪盗だったんじゃねえだろうな……デラ」

「いいもんだぜマジで。この手に取れるんだからな華麗なる美しい物の全てを。本気で興奮する。使ってこそやっぱりいいもんなんだって」

「歴史的な美術品は管理が難しいんだぞ! その時代なら十分に使われつづけて正解だが、時間が経って人手に触れつづけて頑丈に美しさを誇示し続けられるものばかりじゃ無いから、ああやって硝子の先に展示されて繊細な物を大切にされるんだぜ。中には空気に触れさせる事自体が美術品の保存に関って酸化を防ぐ為にしっかりした」

クラウディスはいきなり口を閉ざして黙りきり、目を反らした。

デラは片眉をあげ、正体不明の美少年の横顔を見た。

なんだか、自棄に美術品に詳しい奴だ。セリの話では機械にも詳しいらしいのだが。

「ーーハ! お前もまさか、美術館怪盗」

「違う!」


 さっきから、怪盗に入られたところの貴族の御曹司と、それに不届きにも怪盗に入った側の貴族の元御曹司が東側中央から二つ南寄りの牢屋の中で、盗んだだ、盗もうだ、盗んだのかだ、盗んでたまるかだなどとひそひそ話し合っていて、その会話が耳の良いロイドにまで届いていた。

もちろん、水曜日の本日はタカロスも東南角に立っていて、ッバリバリにその会話が聞こえていた。

ルジクという姓名が、3062番の本名クラウディスの苗字だと言う事も、それにその母親が良家の貴婦人だという事も一目瞭然で分かっていたので、タカロスは二人の青年の奇妙な会話に心中、なんともつかなかった。

盗みに入られたのはクラウディスが逮捕された五ヶ月前の事で、クラウディスがミラノにはいずに、二年間の音信不通な行方不明状態の続く最中の事だった。

クラウディスが牢屋から出て来て、自己の牢屋へ歩いて行く。視野にそれが映っていた。珍しく、黒のタイトなTシャツを着ていて、その体のラインが綺麗に浮いていた。

しばらくしてまた出て来て、その彼は東北角の牢屋を覗き込んで不在を確認すると、北側牢屋の前を歩いていき、北西角の牢屋に入って行った。すぐに怪盗をやらかした受刑囚も出て来ては、北西角の牢屋へ入り、いつのまにか手に入れたTVを着け見始めている。

美術館怪盗青年がせかした。

「ミラノコレクションが取り上げられてる筈だ。チャンネル回せ」

ロイドは騒ぎ始めた背後が煩くてうんざりし始めた。

「この曲、誰だ?」

「声的にアドルフ・ベレーボじゃねえか? 甘い声だな」

フレーズが単調だったために、クラウディスが合わせて歌い始めていて色っぽい。

「あ。このジャケット絶対俺に似合う。チェックしとこっかな」

「絶対闇に入るのってシーズン後だって。っていうか、ムショに絶対ジャケットとかはいらねえし」

「だよな……ああ、お洒落してえ!!」

そう金髪を掻き乱した誘拐監禁犯が叫ぶと、クローダの殺し屋がポンと肩に手を諭すかのように置いた。

「泣くな犯罪者よ。お前は何をして捕まった」

「うるせえよ犯罪者め……」

クラウディスはベッドに頬を乗せて顔が見えなかった。背後の青年が肩に頬を乗せ、TVを見る青年は足をふらつかせながら見ていた。

見張りで警備を続けるロイドはタカロスの方を視線で一度見た。前を見ていて、表情は無いままだ。

だが実際、相当タカロスは不愉快な気分だった。こうも堂々と見せられては、何だか腹立たしい事だった。

確かにクラウディスは自分の物でもないし、相手は受刑囚で自身は警備員だ。何の関係すらも関りすらもあるべきでもない。

嫉妬するわけでも無いが、それでも無性に頭に来た。

常に視界隅に入る青年達の、誘惑でもしてくるような奴等にあきれ返った。膝立ちで腹部に手を這わされ、高まる毎に背後の青年の肩に項と黒髪をうねらせ信じられない程官能的な声を上げ、頬と唇を染める。

そんな姿を見せられたのでは、そそられない方が病だ。

クラウディスは自己の黒蛇の下腕にそろうように(交差し)置かれる桃色の薔薇の入墨が掘られたセリの下腕を見つめ、目を綴じた。


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