監獄内
朝、クラウディスは朦朧としていた。
血の匂いと、あの囚人の苦しむ肉の塊という姿と、それに思い出してしまったあの二人のクソッ垂れの夜警から無理矢理食べさせられた夕食、血色の真っ赤な夕日、銃声、悲痛な叫び、そして、アルドル、カイン、トルゾ、ランディアの四人の倒れて行った地下での体を、思い出してしまい、それが否応無しに脳裏を埋め尽くさせた。
拘束を解かれ、タカロスに耐え切れずにしがみついていた。
「タカロス、タカロス」
何度もそう震え呼び、ガタガタ震えていた。タカロスはクラウディスの肩と背を抱きしめ黒髪に頬を寄せ、目を閉じた。
「あの夜警二人に何かを?」
そう静かに聞き、クラウディスは震える声で言った。
「押さえ込まれて、無理矢理、肉を……」
「何で肉が駄目なんだ」
優しく、子供に聞くような声は落ち着き払い、クラウディスは目を開けて涙の零れる瞳でタカロスの肩を見つめた。
クラウディスはただただ首を横に小さく振り、タカロスの首の包帯の薬品の香りで、どうにか記憶の中の血の香りを払拭させるように、その首筋に必死にキスを寄せた。
タカロスは焦って頬を熱くし、クラウディスの包帯越しの唇に背から手を離すと腕を掴み、咳払いして離れさせた。
クラウディスは顔をバッと上げ、顔を背けるタカロスの横顔を見てからそこで初めて頬を真赤にし、真っ白い手を小動物の様に固め、いきなり恥かしくなって朝陽の差し込む中を俯いた。
ゲートの開けられる音がし、タカロスは冷静にクラウディスの手首に手錠を嵌めると、腰に縄を取り付けた。
所長が進んできては、タカロスは縄を持ち横へ引いた。
「やあ。気分はどうかな」
「最上級に幸せな気分だ……」
所長は片眉を上げ、白を通り越して多少青白いクラウディスの顔を見てから言った。
「今から規定通り、精神科に向かう」
タカロスはクラウディスの背を押し、歩いて行かせた。クラウディスは嫌で嫌でうんざりしていた。
「所長、あの二人が原因なんです。奴等俺に無理矢理暴力振るったり、無理矢理夕食口に突っ込んできたり、だからそれを思い出して、一週間の緊迫した疲れもあってきっと……」
歩き進んで行く所長のスーツの広い背にいい、所長は頷きながら振り返った。
「それだけかね。そうとも限らない為に受けてもらった方が、こちら側の警備員達も助かるんだが。君はいざとなれば腕もある。それをしないだけで、普段の冷静な性格もあるから目を付けられていなかったが、やはり経歴が経歴だ」
「本当です。うなされたのも、あの二人の事で」
「君は今まで人を殺害してきた。マフィア上の人間をだ。相手は恐れられてきた人物共だ。それを容易く殺したような青年が、既に安全な人物ではない。共に、そうしてきた人間が今普通の青年の様に過ごせている事自体が信じがたい事なのだ。猛者を相手にしてきた者が、本当にあの夜警二人の存在などで真の恐怖など覚えるものか。それは、もっと他の理由があっての精神打撃だったのではないのかね? 精神科へ行って、診察を受けてもらう」
「弁護士を通してもらいたい」
所長はクラウディスの目を見て、首を振った。
「駄目だ」
そう言い、歩いて行った。
クラウディスは歯の奥を噛み締め、進んで行った。
中庭の緑の芝を望む回廊を歩いて行き、白い棟へ入って行く。精神科監獄だ。
頭の完全に狂っちまっている犯罪者達がいる監獄だった。
白い壁と白い鉄扉に囲まれた個室の中に、そいつらが一人一人詰まっている。通路は看護士などが白衣で歩いていた。警備員の数は少ない。
三人が進んで行き、一つの扉の前に来た。
「ここが問診室だ。それでは、あとは頼んだぞ」
「はい」
所長は引き返していき、クラウディスは憂鬱に扉を見た。その長く黒い睫の横顔を見て、タカロスは一歩引かせ、開けさせた。
背を促させ、進んで行かせる。
クラウディスは落ち着き払った暖色の室内を見回し、そして女の医者を見た。
「こんにちは」
「あ、と、こんにちは……」
柔和な微笑みは切れ長の目元がさばさばした風を覚える女で、綺麗だった。声はアルト歌手のようで、三十代後半くらいだろうか。
「さあ。座って」
縄と手錠を外され、椅子に促されて座ると、タカロスは扉前に手を前に組んで立った。
相変わらずハンサムな独房のアヌビス、表情の無いタカロスを見てから医者は微笑み、クラウディスを見た。
「あまり恐がらないで」
そう言い、机の上のカルテを手にし、ペンを持った。
「名前は?」
「3062番……」
「………」
医者はクラウディスの目を見て、ふ、と微笑んだ。
「いいえ。囚人番号じゃ無くて」
「ああ、クラウディス・レオールノ・ルジク……」
「はい。ノ、ルジク。ね」
そう書いて行き、唇を撫でてから言った。
「あの美術館や芸術学校の?」
「っと……、はい……」
クラウディスは俯いてしまい、その黒髪から覗く黒い睫を見てから、医者は気遣って肩に手を当てた。
クラウディスは顔を上げて膝を見つめた。
「年齢は?」
「十八」
「十八……。十代?」
「はい……」
「そう。未成年なのによくこの刑務所にきちゃたわね……」
質問の返しがわりと私語が多いのが気になったが、それもこのどんと構えた雰囲気と声音に言われていると、こちらの頭までぼうっとしてくるようだった。
「昨日の食事は?」
「えっと……ミルクパンと、牛乳と、クラムチャウダーは中にグリーンピースと、たまねぎと、ベーコンは嫌で食べる前に他の人間にやって、サラダはレタス、レーズン、オリーブの実、クルトン……。昼はクロワッサン五個と、コーヒーと、白味魚のオリーブオイル炒めと、豆サラダは五種類入った和え物で、夕飯はフランスパンと、コンソメスープの中はたまねぎとバジルで、エビと貝のパエリアとコーヒー」
「一日の運動時間は?」
「労働時間外は二時間芝生でバスケットボール」
「昨夜の睡眠時間は?」
「えっと……分からない。いつもは五時間ぐらい」
「就寝時間がきても起きているのね」
「三時間ぐらいは意識が起きてる」
「普段から五時間だったの?」
「四年間くらいは三時間位だった。これでも眠れるようになったんだ」
「四年前までは?」
「七時間から八時間」
「そう。不眠治療を受けた事は?」
「無い」
「何故睡眠時間が減って?」
「それは、勉強時間が多くて……」
「高校の?」
「そう」
「ずっと受験勉強をし続けないといけないほどの学校に?」
「博士号の事もあって……」
意外そうにクラウディスの可愛らしい顔を見て、頷いた。
「若い頃からの博士号というと、宇宙飛行士に憧れていたの?」
「いや。建築関係と数学関係の……将来芸術関係で家督を継ぐ予定だったから……」
「なるほど。立派な方がご家族だものね。それで、不眠治療をこれからするけれど、あなたは普段、労働時間外と運動時間外は勉強を進めているの?」
「いいや。もう取得したから今のところは」
「普段の生活過程は?」
「他の囚人達とずっと話してる」
「喧嘩は?」
「しない。常に落ち着いた状態だ。その繰り返し」
「そう。だから睡眠時間も増えたようね。最近変った事は?」
「地雷撤去……」
「まあ。行って来たの? 大したものだわ。その疲れも出たのかもしれないわね」
「はい」
「でも、三時間の睡眠時間で数年やって来て、それで疲れが後々出るとも思えないわね」
医者はちらりとクラウディスの目を見つめ、既に博士号も取れている程の頭の良い人間が、睡眠時間を無闇に削る程効率悪く勉強をするはずも無いと思い、嘘を言っている事は分かっていた。勉強に削られたのでは無く、他の精神的なことが妨げてきた眠りだろう。
これはすらすら喋ると思えば、肝心な事は口を割らない種類の患者だ。絶対に第三者には言わないだろう。だからこそ不眠に陥る事になったのだから。
「ちょっと気になった事があるんだけれど、あなたは宗教は何に入っているの?」
「入って無い」
「ご両親は?」
「母は敬虔なキリスト教徒で、クリスチャンの洗礼も受けています。他は、無宗教者」
「それには理由が?」
「家族が無宗教者の理由は分からない。自分は、神を信じないから」
「そう。では、今までの懺悔や祈りは捧げて来ることは無く来たの?」
相槌を打ち、自分の白い手を見た。
「これを気に、懺悔と祈りを捧げる気は無い?」
「無い。そんな気があったら大人しくここに来ないし、第一話す気も無い」
「そうね。でもそこまで身構えないでいいわ。こちらはあなたの心身を落ち着かせる事が目的だもの」
クラウディスは溜息をつき、空を睨んでからまた向き直った。
「まるで尋問みたいだ……」
「何か言い辛い事がそこまであるなら、無理はさせないわ。でも、これは義務なの。健全に刑期を過ごさせる為のね。今の状況を続けたくないでしょう?」
確かに近い原因のあの二人の夜警共はいなくなった。それでも、確かに根本的な元凶は残っているのだ。それがやり場が無くて、怒りを自分に向けて父のフェラーリで壁に突っ込み、家を出て、シチリアに渡って殺し屋になり、そして刑務所にぶちこまれると、父親は最強の弁護士をつけさせもしたが、いよいよ勘当した。
父親はクラウディスの性癖も知らなければ、事故を起したり、家出をしたり、マフィアに加わった心境も何も知らなかった。母ローザも。だから、彼等の事は何も責められない。
ダイマ・ルジクのタルタロ、悪魔の巣窟の中で繰り広げられた魔の時間の事を、一言でも口外すれば、どんな事になる事か……。
二年の間に恋人が四人もダイマ・ルジクの銃弾に倒れ、無情にも殺された心の深い闇は、彼を受け入れてくれたクローダボス、エルデリアッゾにしか今まで話したことなど無い。シチリアに渡り、二年目に入り、彼の妻が崖から落ち死んだその夜に……。
ダイマ・ルジクがその事を知れば、クローダボスの命が危ない。彼は口が堅いし、錯乱して言ってしまった過去のクラウディスの苦しみの原因を知り、口を堅く閉ざす事を誓ってくれた。愛するクラウディスの為にダイマ・ルジクに手を出す事も絶対にしないと誓ってくれた。そんな事をしてみすみす出て行けば、エルデリアッゾまであの彼に殺される。ダイマ・ルジクは、そういう人間だ。
ただただ、知ってしまった事を心の奥に閉ざす事以外に、無い。
ランディアが殺され、食べさせられた事で彼の残った生首だけを持ち逃げた先、ずっとかくまってくれていた友人カインとも最終的に精神的に追い込まれ関係を持ってしまっては、最後にはダイマ・ルジクに見つかってしまったのだから……。
ナポリに逃げても、鉱山地帯に逃げても、ダイマ・ルジクはその地で愛し合った漁師のアルドルや、鉱山発掘師のトルゾの事を知り、ミラノまで誘拐させては、彼等の生甲斐である人生を奪い銃口を向けた。
エルデリアッゾとは、絶対に普段はそれらしい素振りなど見せ合わないようにしていた。彼には美しい妻もいたし、その妻を普段から彼は大事に扱って来ていた。二人の仲は有名でもあったからだ。
それに、クラウディスは名前も変えてシチリアのマフィアクローダに隠れ住んできた。ダイマ・ルジクに今度こそは見つからないために。
まさか、誰もあの狙撃手アルが、ミラノ出身で貴族御曹司であり、あのダイマ・ルジクの孫であるなんて事は知る由も無かった。
「しばらくは、安定剤と睡眠薬を出すわね。それで落ち着くと思うから。もし、それでも何かあるようならまたいらっしゃい」
根本的なことをいってくれないければ、その原因を打破する手伝いも出来ないが、本人が頑なに今は言いたがらないのならば、正常に七時間の睡眠を取らせ、普段の生活の安定に一役買ってもらわなければ。
「それと、ちょっと動物性の肉を食べたほうがいいわね。精神面も鍛えられるわ」
「嫌です」
「肉が?」
「食べません」
「菜食主義なの?」
「はい」
「魚介類と野菜だけでは、十分な精神の基本は保てないわ。今だけはちょっと食べたほうがいい。宗教にも入っていないんでしょう?」
「嫌です」
「どうしても?」
「嫌です」
「それなら、あなたは栄養剤を飲むつもりはある? 肉はエネルギーを造ってくれるから、衰弱している時はその栄養をどういった形になっても効率よく取らないと」
「処方される薬は飲まない」
「ならお肉、ちょっとは食べないと」
クラウディスは首を横に振った。
「嫌です」
「ご家族も菜食主義?」
「父が肉嫌いです」
「そう……」
「父の神経質さは別に菜食主義から来る物じゃ無いし、菜食主義者の方が穏やかな人間が多い。肉は食べません」
家族の事になると敬語になるが、一切意識していない事のようだ。家族間で何かあったのだろうが、あの有名人であるダイマ・ルジク氏の顔を思い浮かべても、何かがあった様には思えない。鋭く怜悧な目つきをした長身の老人だが、背が高いために年齢のせいもあってか猫背で杖をついているものの、常に毅然としている。大物でもあった。
「そう? 今は魚介類はしっかり取っているようでもあるし、それなら人参だとかトマト、カボチャなどの緑黄色野菜をたくさんとって、豆なども自主的に取るようにしてね。今のところは、安定剤と睡眠薬だけを出しておくわ」
「睡眠薬だけでもいいかな」
「一週間それで大丈夫ならそうね。あまり薬をいろいろ飲みたくも無いでしょうし、飲まなくなった後の事を考えると、睡眠薬だけでもいいのよ。そうする?」
「そうしてくれると……」
医者は切れ長の瞳でにっこり微笑んだ。
「分かったわ。じゃあ、夕食後五時間以内に飲んでね。胃に優しいお薬をお出しするから、水で流し込んでくれれば大丈夫」
「はい」
医者はタカロスに視線を上げ、タカロスはそこまで進み、クラウディスを立たせた。
彼は立ち上がると、医者に言った。
「ありがとうございます」
彼女は微笑み、「お大事に」と言った。
クラウディスは手錠と腰の拘束器具に縄を嵌められ、促され扉に歩いて行った。
タカロスはそこで医者に敬礼し、彼女も微笑み敬礼すると、閉ざされた扉を見た。
横の扉を開け、入って行くといきなり下着一枚になるように言われた。
「え」
「身長と体重を量らなければ、正確な睡眠薬の量は渡せません」
クラウディスは俯いてしまい、明らかに女の看護婦を見た。女の前で下着一枚で服を脱ぐなんて絶対に嫌だ。
「口頭で分かる」
「乗って頂かないと、細かい体温や体脂肪率も出ますので」
タカロスが進み、縄と拘束器具、手錠を外してから、まごつくクラウディスのその背後から手を伸ばしベルトバックルを飛ばし重い皮パンをバッと下げてしまったのでクラウディスは大驚きでド真赤になり見開いた目で背後の無表情のタカロスの頭を見て、重いブーツも黒い靴下も放り投げて片方ずつ足元の皮パンも脱がされ、一瞬で黒のストトラ一枚にさせられた。
いつもの事なので看護婦も慣れてはいるのだが、患者が余りにも可愛い子なので体格も若々しくてつい見惚れてしまっていた。
一週間分一日一錠の睡眠薬を処方され、再び通路に出た。
歩いて行き、クラウディスは角にあったベンチに座って頬を壁につけた。
「疲れたのか」
クラウディスは頷き、目を閉じた。
「立て。いつまでも院内をうろついているわけには行かない」
クラウディスは相槌を打ち、ゆっくり立ち上がって歩いて行った。
回廊を歩いて行き、また建物に入ると通路を歩いて行った。誰もいない中を歩いて行き、窓からの陽が差している。
脚影の進んで行く影の周りを眩しく光り、歩調が緩んできて、仕舞いにはクラウディスは立ち止まってタカロスも寸前で立ち止まった。
「どうした」
艶が跳ね返る黒髪が振り返り、強く輝く瞳が真っ直ぐ見上げてくる。眩しすぎて、タカロスは顔を背けた。
「………」
綺麗な頬の上の白水色の瞳が静かに白く光を受け光っては、抑えられた灰金髪が品のある鋭い顔立ちを引き立てていた。鍔下の繊細な鼻筋も綺麗で、首筋の包帯は、嵐の夜に首筋を伝った艶めかしい汗を思い出させる。
手錠の嵌められる両手で、彼の縄を持つ手に手を掛けた。
横顔の淡い綺麗な瞳を見つめ、身を返し進んだ。
だがタカロスが続かずに、クラウディスは腰を引かれてぐるんと回されぐんと背が背後に仰け反った。
いつでもこうだ。いきなり強引になるんだ。
タカロスの背に陽が差し、光が乱舞するように壁にも飛び交っている。白い壁を走る光の乱舞を見た。白い腕に彫られた黒蛇が頭を抱いてはキャップが落ちた。
黒い艶の瞳が光っては、遠くの遥か先にある白い監視塔に気付いた。
恐ろしく目のいいクラウディスは、塔の上の警備員が双眼鏡で見ている事に気付いた。
そのまま制服の背を強く掴み、後は窓の外の青空を吹く風の音だけが静かに重なった。
いきなり肩にずっしり腕を乗せられ、タカロスはジョニスマンを横目で見た。その逆側の横にオッドーがパンツポケットに指を掛け並び歩いた。いつもの様にオッドーは口にグランドの葉を加えている。
「お前、明日か明後日、奥さんと子供来るらしいじゃねえか」
ジョニスマンがそう言い、タカロスは口をつぐんだまま肩を腕で抱かれるのを前に向き直り歩いて行った。
「聞いたぜお前、あの糞ガキと通路でファックしてたらしいじゃねえか」
「してない」
普段口が悪いオッドーの横顔を見て、タカロスは顔を前に戻し、そのポーカーフェイスをオッドーは横目で見てから、草を外して伏せ気味の目でタカロスの顔を見た。
「お前、もしも見つかれば処分下されるぜ。俺等は他の野郎共とはわけが違う」
「………」
「あのべらぼうに美人な妻とチワワみてえに可愛いチビには黙っててやる代わりに、口止め料の酒奢れ」
「はあ」
おもむろに溜息をつき、相槌を打って部屋のドアを開けた。
ようするに誰が誰とやってるやってないは勝手で、いつでも酒をもらいに来る口実をわざわざ見つけては飲みに来るわけだ。
部屋に来るとグラスを三つ出し、ボトルをゴトゴトゴトゴト置いた。
「地雷撤去どうだった。あの生意気なガキをビシバシしごいたのか」
「オッドーはお咎めで一週間、特別監房に回されたからなあ」
「必然的にあのニッカと顔つき合わされたって事か……」
「ったく。顔だけは人形みてえに可愛いあのガキ見つづけてた方がマシだぜ」
「何でライフル奪われるようなヘマやらかした」
オッドーはウォトカをボトル毎呷って、ガツンと置き透明の液体を飛ばした。目は据わっていて、キツイ目元が鈍く光って黙りきった。
既にジョニスマンが三本目に入っているのだが。
あの時の受刑囚3062がオッドーに一瞬向けた殺気は鋭かった。受刑囚4750の心臓部を背から狙い、定めた瞬間の撃鉄を上げた一瞬の出来る隙を奪って行ったのだ。
そのまま引き金に指を掛け流れるようにそれた軌道内の塀に掛けた薬指だけをはねさせた。
特別監房の中では受刑囚4750番はずっと恋人の写真が入ったペンダントばかり見続けていて、根でも生えちまったかのように動かなかった。
元々4750番は私営ヘリポート内で小型飛行機をジャックした奴で、機長室の人間とキャビンアテンダント一人を殺めている。恋人というのはキューバマフィアのドンの娘で、キューバまでの武器麻薬密輸の為にジャックし、乗客四人をヘリポートに落とし飛ばそうとした所で武装警官が駆けつけ、五人の仲間は射殺。リーダー格の4750番だけが連行されて行った。
恋人はわざわざヘマやらかした幹部一人のこと等まっちゃいないだろう。女はそういう物だ。現に、オッドーの妻も夫が帰らないのをいい事に頭のキレる医者なんかと浮気をして、しかも知られた瞬間猫の様に性格を変えて来た。結局、余りにも可愛すぎる妻にはオッドーは何も言えな
「畜生があ!!」
ドシインッ
黒の鬼神が現れた。
再び鉄ドアが押し倒され、ドアと言う物はノブを捻って蝶番に繋がれた板を引くか押すかして開けるのですという説明書をいちいちそのドア毎につけなければ通じはしないのかとでもいう様な鉄の魔神は、充血する目をたぎらせ入って来ると、その筋肉の固まり具合がジョニスマンと同等な位の身でドカリとタカロスの椅子に座るとネジとパイプと合皮内の僅かなスポンジを飛ばさせて破壊してしまった。
ニッカだ。
「受刑囚8465番の野郎が、五人受刑囚ぶっ殺しやがって!!」
声だけで残り六本のウォトカの瓶が割れてしまい透明の液体が無駄にされ、タカロスは蹴り出したくなって来た。
ニッカはこうだ。いつでもこうだ。
にこりともぴくりとも笑わずに可愛げの欠片もない。
「マフィアクローダの例の要人か。ブラックリストの」
「あの野郎難癖つけてきた野郎共素手で顔掴んで潰しやがって、こっちゃあ駆けつけた時にゃあ既に血の海だってのに俺をあのボス狸がまた減給しやがって鬼畜が!! 俺を揃って野垂れ死にさせようって魂胆かあのクソッ垂れ共があ!!」
ドゴオンッ
狸の所長は問題ばかり起されて、クローダを恨みたいぐらいだったのだが。
「俺のベッドが……」
枕がVの字になったパイプベッドの底に落ち、薄いマット上の広げてあったシーツも最小限にくしゃくしゃに小さく底に落ちてその中核となる部分のパイプの亀裂が断裂してしまい入った部分にニッカの鉄の拳が戦慄き握られていた。その顔を整った顔でちらりと見ると、もはや雄牛そのものの顔で充血しすぎて血を流し込んだような目が、一瞬赤く光ったかのように思えた。鼻から吐く荒い息が離れてるっていうのに掛かってきて嫌だった。
その魔物の轟が轟き各部屋の棚が微かに揺れたので、ロイドもアルデもエルダも今回ばかりは酒を飲みに行くのはやめておいた。
ニッカにとって、受刑囚共が勝手にぽっくり行ってようがどうしてようがどうでもいいのだ。その事で減給させられる事こそが嫌なのだ。こうやってタカロスの所に酒もへったくれも無しにやって来ては、最低限の安物に揃えられたパイプ製品をぶっ壊しにやってくる。それがパイプ物だろうが鉄パイプだろうが鉄の固まりのブロックだろうがニッカにはもはや関係無い。ただただ、タカロスに胸の内を聞いてもらえるのであれば。
「落ち着いて下さい先輩」
三十年勤めている五十一のニッカはこの四人の中の一番の先輩で、だが一番物を破壊するに掛けての迷惑スペシャリストの先輩でもあった。打ち鳴らされるティンパニかの様な声が徐々に地から唸りを上げ始め、これはいよいよご立腹であらせられ触れるものを真っ二つに引き裂く勢いだ。ためしにオッドーが生ハムの切り身を一枚持たせてみると、見事にその先をすかす肉色の薄皮は無残にも二分して真っ二つに引き裂かれてしまい、そして片方ずつがその口へと飲み込まれていってしまったではないか。彼等三人はぞっとした……。
オッドーの見る限りの七日前は、最極限に上目のガン垂れて来る看守椅子に座る雄牛だったが、それを見せられるこっちの気もヤだが、こうやってわざわざ人の部屋に来てまで来られるもの迷惑だった。
「今に魔物になっちまうぜニッカ」
オッドーはそう言い、割れたボトルの残った底の部分に、自分のグラスの中のウォトカを注いでやって、ニッカはそれを掴み呷ってからバリンと瓶まで粉々にしてしまった。
タカロスは全て酒を駄目にされてしまったので、その残骸を見ていた。
「俺になにか恨みでも……」
「ねえ」
ようやく落ち着いたようで、普通の時の錆びた風のような声で言った。
「良かったです。これらは弁償ですね」
「ねえ。金ねえ」
「聴く耳持ちませんよ」
またニッカは背を丸め立てた膝に足首を乗せ片肘を掛けテーブル上のグラスだ、ペンライトだを持つ体勢で雄牛のようになっていて、こうなるとこのニッカはそのまま目を開けたままでも眠っている。ということは、顔を付き合わされるどの時が実は意識的に起き監視している時かなどは、分からないという事だ。大半の時間実は無駄に突き合わされているとも言えた。
「拷問部屋に連れて行く事になったのか?」
「あの野郎が利くたまか。え?」
第一級犯罪者の危険人物の場合は、まさか地雷撤去にも獄中から出す事自体も絶対に許されない。自由監房内の人間位が活動に行ける条件が出された。
「おい。美人でも見て心を和ませろや」
そう言って大切な写真立てをジョニスマンの筋肉馬鹿があの鉄の固まりのニッカに渡そうとしてしまった為に取り上げた。
これだけは持った瞬間バリンとやられてたまるか。
「おうラビル。美人とチワワ来るんだろう」
「チワワじゃありませんが」
確かに、背の高い彼等からするとターニャは子犬の様に小さくて愛らしかった。
妻は雄牛ニッカを恐がっているので、女の前ではぴくりとも喋れなくなる質のニッカは、不気味だった。
この顔でチワワとか言う言葉を発する姿を見せられているのが苦痛だった。
全く、実は落ち着いたところでは顔は良いというのに、この性格のせいで女が何しろ寄って来ない。本人も、女にはシャイだ。シャイの顔があの見張り立ててる時の雄牛の成りだからいけなかった。
元々死刑執行人の時は、声すら聞いたことなど無かったという話で、いつも黒の頭巾を被っていて、意外な男前な顔には驚かされるというものだったが、この性格じゃあ……。
「整備工場へ持ってって火花飛ばしてくらあ……」
そう言って壊れたベッドとパイプ椅子を抱え、出て行った……。
野獣が去って行ったので、ベッドも無くまた雑魚寝をさせられる嵌めになりそうだった。
「仕方ねえから他の部屋に世話になりな」
ジョニスマンがそう言い、タカロスは相槌を打った。
エルダはソファーで寝て、タカロスにベッドを譲ってやっていた。
エルダは自室だといびきが煩くて仕方なかった。貫徹は可能だが、今日は眠りたかった。タカロスは耳を塞ぎながら眠っていて、いい加減煩くて目を開けた。
これじゃあ雑魚寝した方がマシだ。部屋から出ると鍵をしめ、ドアの無い自室で寝るのは、もしもの時に脱獄した者や院内を抜け出した気違いに殺してくれとこの身を丁重に投げ出す様なものなので、壁にもたれ、片足を放った。
青白いライトが差し、彼の肌を染める。その中の白水色の瞳が、表情の無い繊細さを与えた。
煙草を探ってガスライターで火を灯し、吸い付いてはライタと煙草を床に揃えおき、静かな目元がその青白く染まる手を見た。
一瞬、妻の細い手指が重なるような感覚だった。女手一人で子供を育ててくれている……。娘にも寂しい思いをさせてしまっていた。娘に恋人が出来たという話を聞いて、正直ほっとしているのかもしれない。
こういう仕事をしていて、もし失う事になれば、彼女達に申し訳なかったが、それでも、ここにい続ける。
クラウディスは眠りから目覚めると、監獄の中は見回り警備員が歩く監獄内だった。
白の蛍光灯の光が満ちている。
巨大な扉は閉ざされていて、遠くの壁の時計は、七時を差していた。
見回り警備員達が扉の前に立ち、一斉に一糸乱れぬ動きで牢屋の鍵を開けた。
扉を引いたと共に横に来て、共に機械のような長身の警備員二人が颯爽と階段側から其々の角へと歩きつき、美しく回れ右して肩のライフルを立て磨かれる革靴で仁王立ち、微動打にもしなくなった。
「………」
そして、徐々に人々の声や、行動し始めた音が動き始めては牢屋の中の影が動いては、通路に出て行動をしはじめる……。
朝の風景というものだった。
一階部の巨大な扉が開かれるのは、八時半から始まる作業も午前の分が終った昼時だ。
いつも、深夜の三時ぐらいまで眠れずに、徐々に眠りに落ちて行くクラウディスは八時十分まで眠っていて、ぎりぎりで目を覚まして朝の仕度をして向かっていた。
疲労も無く七時間きっかり眠った内に、見た夢さえ覚えていない。
山猫のようにのそのそと歩いて行き、規定の歯ブラシと歯磨き粉の予約札をもらい、列になり食堂に歩いて行く。
横の列の男が横目でクラウディスを見て、瞼が半分閉ざされて隠れる黒い瞳を見た。
「どうなった?」
クラウディスは男を見て、向き直ってからつぐんだままの口だった。
「驚いたんだぜ。警備員が一人連れてかれたって聞いた。誰だ? お前に首締められてる影見たって」
「………」
「何で暴れたんだよ夜。警備員殺したのか?」
クラウディスは首を横に振り、渡された盆を手にした。
逆側の列に並ぶ後ろ斜めの男が、顔を近づけて来た。
「お前、もしかしてここに入った理由殺人か?」
初めの男が口を噤み男を見てから口も開かないクラウディスを見た。
「おいまだ頭戻ってねえんじゃねえのか? ぼうっとしてるじゃねえか」
進んで行き、朝食を盆に乗せながら進んだ。
デラがテーブルについたクラウディスの所に来て、肩を叩いた。
「嫌な夢でも見たんだろ? あの夜警の糞ッ垂れ共には俺もしばらくうなされた。まあ、発狂は無かったが」
「死んだ」
「………。死んだ?」
白い牛乳を見ながら言った。
「あの夜警共。他の独房の受刑囚の奴に酷いちょっかい出してやがって、それ見つかって処分下されたんだろ……」
「………」
デラは口をつぐんで他の男達も顔を見合わせ、口笛が鳴った。
「マジかよ。いずれそうなれば良いって思ってた」
「それ殺したのって、独房のアヌビスか?」
「あの男の領土でよく勝手やらかしてたもんだな。その話の夜警の奴等も……」
クラウディスは何度か頷き、ミルクパンを食べた。虚ろそうな目をしていて、瞳に光が宿っていなかった。
「おい大丈夫かよ」
タカロスに本気になりそうな自分がいて、あの腕に常に頼っていたかった。自分は弱い。それを、突破して近くにいてもらいたい。
初めはあんなに自分の気持ちを無視しようと努めて来たのに、今はしがみつきに行ってしまう。
タカロスには相当美人で綺麗な笑顔の最高な妻がいて、しかも八歳という大きな子供もいる。人の夫だ。
家庭を持つ人間を好きになったから、レッツォを傷つけてしまった。自分は……。本気になると、誰か泣く……。
朝食の盆を戻して札を出すと歯磨きをする場所へ進んだ。
ここでようやく、遅い時間に起きる人間達がのろのろと食堂へ飲み込まれていった。いつもはこの中にクラウディスは入っていた。
歯を磨いて、歯ブラシを箱に放り、のっそりと歩いて行く。
その白黒の巨大な山猫の様な背を見て、男は歩いていって引き寄せた。
白い背を壁に付けさせた。
一時的に瞳の中に光が戻り、それも白い瞼に閉ざされた。黒髪を抱き寄せ、そのままこいつは発狂して二度と精神科監獄から出て来ないんじゃないかと思ったから、無事な姿が見れて、しばらく抱き寄せる身を離すことも出来なかった。
「辛かったんだろ」
クラウディスはその言葉にゾラの肩を見つめて、目を閉じて頬を乗せた。温かくて、しばらくずっと背から肩を抱き続けていた。
白い壁の通路を歩いて行き、監獄に戻るとこれから工場に向かわなければならない。そちらへ歩いて行く。
作業着のつなぎを着て、工具箱を持ち、持ち場へ向かう。帽子をかぶって、鍔を後ろへ持って行った。
ライフル銃の見張り役達が上の階から構えて、ぐるりと受刑囚達を見下ろしている。
拡張機から副所長の声が発され、朝礼が済むと、作業が始まる。
「?」
自分の持ち場にパイプ製の椅子が置かれていて、首を傾げたその先に、ベッドを見つけた……。明らかに溶接されている。クラウディスの使っている工具で……。
「うおああ!!」
クラウディスは叫んでしまい、誰もが振り向きそして見張りの警備員達がぐるりと彼を取り巻きライフル銃を突きつけ、鋭い視線が降りて来た。
「く、クマ、熊、」
クラウディスはベッドの下で上半身上から顔を出し絶している熊を指さした。
見張りの警備員五人の中の三人はザッと無表情のままそちらに銃口を向け、それは生きて眠った鉄の番人、ニッカだったのだが、心中なんともつかずに無表情のまま銃口をザッと天井に上げた。
警備員二人が担架に担ぎ上げ目を開いた顔が見られたものでも無かった為に全身シートを掛け、連れて行っては他三人も戻って行く為に颯爽と戻り、オッドーが銃筒横の横目でクラウディスの帽子の頭を見下ろした。
3062番は心臓部を抑え、こめかみに冷や汗をかき、筋肉の黒人男が運ばれて行った事で消えた部分を、ずっと凝視し続けていた。
しばらく、受刑囚3062番には監視の目を付けることが決まっているので、オッドーは他の警備員達とも一瞬視線だけをあわせ、持ち場へと戻って行った。
クラウディスは、運ばれて行った男のいた方向に目を上げる事さえ出来ずにいて、頭の中の赤の記憶と全ての混沌とした闇色から、白くしていった。
気を落ち着かせてから、椅子に座りたい欲求が渦巻いたが撃たれる為に、箱の中の自分が使う第一段階の三十種類の其々の部品を確認し始めた。部品を調べ終えてからコンピュータを作動させ、工具をつないで行き、第二段階の組み立てながら電子処理される二十の部品を確認し、コードの一つ一つを確認していく。
チェック表に全てを記入しては、レ点をつけ、受刑囚番号のサインをする。神経質な程乱れなく並ぶレ点の列。
それを見て頭からあのさっきの男の顔を追い出す。
最終工程に使う溶接工具のコンセントを入れ、セットする。
そこで、作業に入る。
ペンを耳に掛けて男が顔を振り向かせ、クラウディスを見て声を潜めた。
「おい。お前、あれ人間だぜきっと……」
後ろの男と、ブース横の男も続けた。
「熊とかって、マジ爆笑しそうになっちまったじゃねえか」
「脱獄者か何かはしらねえが、極度にヤバかったな」
「………」
クラウディスは相槌を打ちながらどうにか気を落ち着かせ、視線を上げてから男に口端を上げた。
男もチャーミングに口端を上げ、向き直って作業を始めた。
昼食後は二時間自由時間に入り、家族や弁護士、面会者などもこの時間帯に来る。午後の作業は二時間で終わり、四時からあとはまた自由時間に入る。
クラウディスは陽も傾き掛けたグラウンドで転がり、雄大な四角い夕焼けを見ていた。嫌な事があったら、その記憶の時間を出来るだけ他の人間と過ごすようにした。
闇に紛れて脱獄されても迷惑なので、日没終了までには中に入らされグランドへの巨大な扉も閉ざされるのだが、今はまだ許されている。
緋色と赤に空は縞々に占領され、烏が夕色に染まる塔から飛び立っていた。コウノトリが大きな巣を作っていて、烏が狙っているのだ。
他の奴等は黒く染まる芝のうえに転がり、ラジカセを掛けて乗ったりしている。まるで手品師のように男が夕陽に影の中を大きな玉を出したり消したりしていて、クラウディスはずっとピンク色の小さな玉を夕陽に透かし見つめていた。
明日、支給される働いた金を預ける時に、弁護士に母の口座に送らせる様に言う。その母の言っていたボランティア団体に相談してもらって、あの女の子達のいるキャンプ地の地雷撤去現場と住居地区の村に役立ててもらう事を、まずはじめにして……。
男は頬杖をつき、ごろんとクラウディスを見た。
美しい青年で、まだ十代の小僧のくせに真赤にキラキラ光る瞳に、闇があった。今は軽やかに、光っている。染まるなめらかな頬の上で。
元手品師だった男が飼っていた黒豹も、こういう美しい黒豹だった。巨大な手品に見せかけて多くの観客の前でわざと失敗し、憎たらしく自分をきつく虐げてきた屋敷の師匠を屋敷毎、使用人達も執事も焼き殺してからは、黒豹は姉の道化師が引き取って行った。きっと、寂しがっているだろう。自分の勝手な行いで……。十五年出られない。
今芝生の上には、美術館怪盗のデラと、殺人手品師、マフィア凶手のクラウディス、富豪の美しい娘を誘拐し五年間監禁して捕まった胸部に鮮やかな入墨の入る誘拐犯、打ち上げ花火を大量に盗み宇宙と交信を取るために孤島を占領し打ち上げては連れ三人の事も花火と共に夜空に打ち上げ貢物にして捕まった多少の気違いな花火殺人男が転がっていた。花火殺人男は時々、綺麗なクラウディスを花火で打ち上げたくて猫の様な目で見て来る。
比較的、クラウディスが良く何故だか向かっている牢屋のミーハー男の爆破犯は、わりと一人でいる人種でここには加わらない。
この前までいたジャック犯のカルドレと来れば、一切性質の違ったこの二十代前半で洒落た顔そろいの若者集団には加わってもいなかったのだが。
誰もが其々の刑期を喰らった理由も本名も一切知らなかった。二十代前半揃いで中には十代のクラウディスがいるという事も其々知らないが、元手品師はアルの年齢を知っていた。ただそういう話になっただけだが。
徐々に夕陽が、音楽の軽快に唸り花火男の照らされる影が芝の上で、踊る中を吸い込まれ始め、塀の上にメラメラと陽炎がくすぶっては、誘拐犯が「香焚きてえ……」と呟き、閉ざした瞼と頬に光が滑って行った。キラキラと緋色に煌いて夕景が太陽の光を伸ばしている……。
グランドの見張りの警備員達四名が一斉にコルネット(またはトランペットどちらか)を吹き鳴らし、ファンファーレで監獄行きを促した。
重厚な黄金に光るトランペットが夕景を圧巻しては震わせて、色っぽく艶掛かっては、一気に盛大に吹き鳴らされる。
鷲の黒い影が滑るように何匹か、四角い夕空を羽根を広げ飛んでは、音が背の高い彼等から発され、クラウディス達は立ち上がっては歩いて行った。
ファンファーレを背に、完全に黒の影に入る鍔下の目元は見えずに、クラウディス達は巨大な開口部両サイドにライフルを斜め上に掲げ立つドイツ人と、もう一人の黒人警備員の間を歩いて行き、吹き抜けの監獄を進んで行った。
クラウディス達の背を日没を迎え、今尚足掻くかのような強烈な夕陽が照らし付け、闇色の影を伸ばしては、彼は一度、肩越しに黒の影を伸ばし鎌を振り上げるかのような紅の中の二人の看守を見ると、微笑した。
オッドーと、黒人警備員のルタエロは強烈な赤に染まる美しい悪魔の美貌を視線で見据え、影の中、目元を静かに保たせた。
一筋、地上から天を貫いた緋色の光線が駆け巡り、悪魔を産み落としたかの様に、彼は向き直り、歩いて行く。
クラウディス達は黒の影と光がくっきりと鮮明に伸びる鉄階段を話しながら上がっていき、グラウンドの闇の度合いが赤の世界を圧巻し始めた頃に、強烈なスポットライトが焚かれては、巨大な白い鉄の扉が重々しく閉ざされた。
両隣の小さな鉄扉前、くるっと踵を返しライフル銃を肩に戻した銃口を下にさせたドイツ人と黒人の警備員が、扉の中へと消えて行った。
外のグラウンドでは群青が赤を徐々に侵食させて行く沈んだような黒紫の中を、烏と鷲が弧を描き飛んでは、声を響かせている。
閉門が完了した為に四人の警備員達は唸らせたトランペットを横に構え足を揃え下げ、仁王だった後ろ手にザッと構えられ、ライフル銃と逆方向の腰に設置されては踵を返し、進んで行く。
建物の中へ、整列し進んで行った。
後は夜の開始と共に星は黄金の光を金メダルの様に天に上がり始め、黒い影と化した塔から、白のスポットライトが駆け巡る……。刑務所中を照らして。
闇の中を大きな鳥は飛んでいき、音も無くコウノトリが塔の上に羽根を休めた。
カードゲームをする四十、五十代揃いの悪辣とした顔の奴等は一階部の受刑囚達で、二階部は比較的年齢が若い受刑囚達だった。
巨大な扉が閉められると、自由時間は一階部のいかつく大柄な奴等が箱を運び込んではカードや、ウノや、賭けゲーム、外界の人間から仕入れた品の転売、爪楊枝と炭での入墨、ダイスゲーム、麻雀などをやっている。
一方、若者達が多い二階監房は吹き抜け下から這い上がってくる様な低い声や掛け声、罵声なども他所に其々が過ごしていた。
若造共は若造共で勝手にやっているが、時々耳障りなほど煩い曲を大音量で掛けるのが馬鹿な小僧共だ。奇声を張り上げ笑い転げたり、踊り跳ねたり、吹き抜けからビョンビョン飛び降りて騒いで来たり、時々投げられた何か、菓子袋だったりゴム製の玉だったりが来る度に、唾を吐き捨て上階を睨み見上げ立ち上がると、見回り警備員達が鞭で激しく彼等を払いつけ大人しくさせる。大体が剣呑として腕っ節の立つ受刑囚達にその見回り警備員の鞭先を奪われ、痰を吐き捨て呪詛を吐き、男達はまた戻って行くのだが。それ以上動けば、見張り警備員の銃弾が飛んで終わりだ。
そんな事もそしらぬ顔で、二階部の二十代三十代が多い若者受刑囚達は好き勝手やっていた。
夕食の時間が来て、向う事になる。
「おい小僧」
上の階から落ちて来た白黒のクラウディスの後ろに一階部の受刑囚が来て、札をもらったクラウディスはアクロバットをどうこう言われるいわれも無い為に、向き直った。
「いつ来る」
「そろそろだ」
麻薬の事だ。買収している警備員が闇市に紛れて裏でクローダから麻薬を受け取る。月に一度の事だった。
基本的には夕食後、夜の自由時間は、一階部と二階部の間の階段は警備員以外は使えない。普段からもそうだ。一階部の者が二階部に上がるのは食事や作業の為に上がって来る時の通過、二階部の人間はグラウンドや面会時に通過する以外に、無駄な行き来は一切を禁止している。争いや関りを絶つためだ。
その為に、クラウディスが麻薬をここ一階の人間に卸し、金を受け取るのは食事前後か夜のシャワー所へ向かう前後だった。
二階の人間ならうまくやれば牢屋内で出来るのだが、大体は危険な為に食事前後で通る通路のデッドスポットなどで交渉が行なわれた。
食堂横にある店は夕食後から裏で闇市になる。高額商品などを買えるのだが、それに紛れて買収されている見回り警備員が店主に渡した小包をクラウディスに秘密裏に渡した。その時にその売人から手紙も渡される。
今日はまだまだだ。
ラジカセもゴム製玉も普通の売店では売られていない。アクセサリーも同様だ。
今日は売店にすら用事が無い為に、甘い菓子を買っている花火男ゾラや、新しい雑誌を読んでいるデラ、鼻歌を歌いながらカーテン向こうで高額のポータブルテレビとにらめっこしている誘拐犯サリの足許、闇市で煙草の銘柄を選んでいる手品師のセレが其々の場でいる中、クラウディスは思い出してシャンプーを買わなければと思った。それに、一本規定の歯ブラシも闇市で買わなければ。綺麗好きなので、時々汚れがあると綺麗にしないと嫌な性格だった。
「アル」
「あ」
シャンプーとコンディショナーを見ていたクラウディスの横にサリが戻り、今日の所は給料前なので目をつけておいただけのテレビの方からここに来た。セレは煙草の箱を仕舞い出てきた。半分を後からサリにやり、残りを交渉ごとに使う奴だ。彼自身は吸わない。
「香水とか今回無かったぜ」
あまり薫らせるとすぐに警備員に没収されるのだが、クラウディスは香水が好きだった。専属の調香師に作らせ常につけていたが、シチリアに渡ってからはつけなくなった。香り付きのスナイパーなど、どの世にもいない。血に取って変えられるようなものはいるのだろうものの。
手品師セレと誘拐犯サリも香水が好きで、彼等二人は構わずバンバンつけていた。
ミラノコレクションに、もう三年間も観に行ってなどいない。コレクションも、服も、靴、鞄、香水、時計、ブランドが催す宴、小物………。ただ、それらの新しい小物なら時々来る。
モデルのギルバート達が雑誌に映っているのを見ると、カメラを通して誘惑してきているかの様に思えた。こっちに来いよと。奴等は香りに包まれ、過ごしているのだから。
デラの所に来て、呼んでいるファッション雑誌を見た。
「お前、このモデルが好きだよな」
デラは、確か数年前クラウディスがパーティーで名前をリレンダと紹介された女モデルをまた見ていた。
「出所したら会ってみてえかも……」
だが実際、デラが出た後には女自体の様子も変っているだろう年齢だ。女はあるときを境にガラリと変る女は変る。
男は変らない。洒落ていればずっと洒落てて、その種類も種類ならたいがいがその周りを行き来する。ただ、男の場合は仕事上などでその場の雰囲気にしっかり合わせる事が出来る。
きっと、自分もそうなのだろう。白と黒のシンプルな格好でずっと来たから、シンプル主義は変える気も無く、それは自己のポリシーでもあった。自分に合った物が一番定着する。
実は、あまり着ている人間もいないのだが囚人服が決められていて、何が嫌って、蛍光黄色だからだ。つなぎの形態で、作業用のつなぎとは色からして別物だ。大体は一階部の受刑囚達はつなぎの上部分の袖を腰で縛って上はランニングやTシャツやアンダーシャツ、裸で過ごしているのだが、二階部の受刑囚達は半分位が着ていない。腰で袖を縛っているか、全身着込んでワッペンを付けまくっているか、つなぎのつの字も無くクラウディス達の様に私服か、どれかだ。ただ一人、マッパで常に出歩く金髪ボーズの変態もいるのだが……。まあ、それも別に規定のつなぎをきるか、私服かのどちらかに分けるのなら、規定のものをきない私服の範囲に入るのだった。
何か繋ぎに貼るだとか着ないだとかはあっても、他の色に染めかえる事だけは許されていなかった。それに形態を変えたりどこかを切る事も許されていない。
クラウディスは黄色が嫌いなので、普段は着なかった。抵抗が無いので時々、全身蛍光黄色のつなぎの奴が現れると「あ!」と目晦ましを喰らい顔を腕で覆う……。
クラウディス達は監房に戻って行き、クラウディスはシャワーを浴びに行く事にして着替えなどを持って歩いて行った。
とはいえ、皮パンとかブーツを定期的に干したり洗ったりする為に、クラウディスも黒のショートボクサータイプのストレッチトランクス一枚で二日間置きに過ごして出歩いているのだが……本人は一切それがおかしいとも思っていない。本人からすれば、パンツ一枚で出歩いている出歩いてない関係無しに、勝手気ままな天候の左右によって皮のパンツとブーツを風通し抜群の場所にスッキリ干せるか干せないかが問題なのだ。干せなければ黒のパンツ一枚で過ごすのだから。
またその姿で戻って来ては欠伸を吐き出し、新しいシャンプーの香りに包まれ歩いて来た。
クラウディスは誘拐犯とも知らずに向かって行くサリの牢屋に来て、寝ころがるサリの胴の上に猫のように抱きつき首に腕を回して首筋に頬釣りした。
いつでもこうやってクラウディスはサリの上に甘えに来てシャンプーの香りが艶の黒髪からうねり薫る。
サリも背を抱き寄せて縫いぐるみに抱きつかれたように体を熱くする。
いつも、角部屋の角に立ち監視する長身の色男警備員を視野に入れ生活しなければならない為に、時々微動打にもしない表情の無な横顔の警備員は、完全なる風景にもなる事もあるが、時々存在が気になってしかたなかった。それも仕方が無いのだが。
元々監禁し続けて来た精神で極度の秘密主義者の部分も持ち合わせている誘拐犯サリなので、常に真横に他人がいられるのは初めは嫌で嫌で仕方なかったのだが。
声さえ聞いたことも無い様な男だ。
クラウディスが、一度黒猫の様に真っ白の肩越しにあの警備員を赤の唇を小さくさせ上目で見つめては、その横顔はあまりにも色っぽかった為に、向き直った間近のクラウディスの瞳を見て、頬杖をつき微笑んで聞いた。
「どうした? 独房のアヌビスが、お前の好みだろう?」
会話は全て警備員に筒抜けだ。それも気にせずにサリは言い、クラウディスが微笑した。
「誰思って微笑したんだよ、え?」
そうサリは目を伏せ気味に笑った。
クラウディスは背に殺気を感じ、口をつぐんで背を起こし、背後の警備員を上目で見つめた。
横目から鍔下、甘い瞳だけでギロリと鋭く睨み見下ろして来る。クラウディスは真っ赤な唇を突き出してサリが首を傾げるのを向き直った。
「どうした?」
クラウディスは足を外してサリの横に寝ころがり、サリの頭側に足を向け横這いになると、上目で警備員を見つめては、雑誌を手にしてそれをめくった。
そんな色っぽい格好と姿勢と目線をされたのでは、あの時押し倒してキスさえ出来なかった事を思い出したが、そんな感情も破棄してロイドは視線を戻した。
この子悪魔の小僧は、タカロスを殺しかけておきながらすぐにこうだ。
サリの胸部一杯に広がる入墨は、薔薇色の宇宙だった。薔薇色と群青の靄の中に、銀河だとか、海王星、地球、土星があり、そして星が散らばっている。
背には、肩甲骨中心に緋色で太陽が掘られている。
いつも闇に落ちる中色味を失う宇宙を見つめ、この綺麗な入墨がある日を境にライフル銃などで……そんな恐怖が襲うこともあった。それでも彼の掠れるような声を聴きながら揺れていると、そんな恐怖など、徐々にうねるかの様に甘く消えて行く。熱い甘さの渦中へ、月光の差す闇の中……猫の様にうねり高まって。
見張りの警備員がいる真横で煙草を吸うと空気感を始終ギスギスさせられる嵌めになるので、グランドでしか吸えなかった。こうも正規の売店では売られていない煙草を堂々と吸われるようではたまった物でもないのだろう。
「アル」
「あ」
「今度ボーリングやろうぜ」
「いいねー」
「グランド横の石通路によお、七色の硝子コップ並べてゴムの玉転がして割る」
明らかにセレに喧嘩売ってるとしか思えなかった。
「あいつ、あれ大事にしてるけどさあ、なんだか価値有りだよな」
どうやらその七色の七つのグラスの収まった箱は、セレの姉に面会時に持ってきてもらった私物という話で、よくそれを箱から出して陽や照明に透かし眺めている。綺麗な物で、七色其々に金でアールデコの模様が塗られていて、っしったものは骨董になると価値がつく。ミラノの屋敷裏手にある一家の一人息子もそういう骨董硝子の関係の人間で詳しい。クラウディスはあまりその年上の男とは話さなかったのだが、今どちらにしろ独立してイタリアから出てそれらを卸している噂を聞いて来た。ミラノを出るまでは、という話なのだが。
やはり、セレが何者で、何をして捕まったのかも彼等も知らないので、あの七色の美しいグラスの憶測を測ろうとしているが、いつだったか、デレがもの欲しそうにそれをじっと見ていたものだ。「俺なら絶対においては置かないな。即刻盗まれるぜ。魅力的な奴だ」とも言っていた。
デレがその大きな目で何かを一瞬狙う目は動物のようで、それは雑誌に映るアクセサリーを見る目や、モデルのいる空間の調度品などを見る目も同様になった。第一、デレ自身も一体何をして捕まったのやら。
「なあ。セレの牢屋行ってみようぜ」
二人がそう言い、牢屋を出て真っ直ぐ行った角の牢屋へ向かった。警備員の立たない角で、その三つ先がクラウディスの牢屋になっている。
「ようセレ」
「ああ」
セレはポータブルCDで曲を聴いていて、繊細な顔つきの目元を向けて来た。よくベッドの縁に背をつけ膝に足首を乗せ、後頭部に腕を回し曲を聴いている。綺麗な倶楽部曲かロンド、狂想曲などのクラシック曲ばかりだ。
「明日、その箱預かってやる」
そう誘拐犯のサリが言った。
「やだね」
そう顔を戻し、セレは目を閉じ音楽に集中した。いつでも、頭に曲芸が華麗に浮かぶ。時々、闇の夜は炎が乱舞する轟炎の屋敷が渦巻いたのだが……。
美しい手さばきも、鮮やかな手並みも、すぐにこの手に蘇らせる事が出来る。
クラウディスはCDの詰まる棚に腰をつけ、グラスの入った木箱の横に座り、手を当てセレを見た。
「デラが欲しがってたから、注意しておいた方がいいぜ」
「酒でも買い込んで俺等で飲み交わしたいんだろう。もし、俺達が一気に刑期を終えて娑婆に出たら、このグラスで祝杯でも挙げさせてやる」
そして、思い切り叩き割るのだ。陽の差し込む中七色と黄金を舞わせて……そんな事が本気で出来るのであれば。
だがきっと、出来ない事だろう、分かっていた。憎らしかった師匠の大事にしたグラスなど、本来は愛しやまなかった師匠の美しい七色のグラスの曲芸も、今となっては哀しい位に恨めしかった。焼き殺した彼の芸術の極地に憧れ、だが、殺しては既に二度と見れはし無い。彼に大切に扱われてきて多くの観客の微笑を豊かに受けて来た美しいグラスは七人の麗しい女達の様にも思えた。
そのグラスを叩き割る事など、出来るわけが無い。こうやって、罪を償ってもらいたかった師匠の形見を共に服役させたって、実は虚しいだけだ。本当は、心から愛していた師匠と共にいられる気がして……。
それを、一切気持ちを察してなどくれずに彼は若く才気ある彼の才能に、冷たくあたり続けた。それが、辛かった。鞭で打たれても、芸を誉めてくれなくても良かった。だが、一度でもいいから微笑んでもらいたかった。
だがその時代は、全てが欲しかったのだ。微笑みも、彼の曲芸も、優しさも、全てが。
師匠への愛情は深かった。ただ、アルの様に男好きだというのでは決して無い事だけは確かだ。
「アル」
「あ」
一体何をやらかして捕まったのかも分からない。
「おいで」
セレはそう言いベッドに座っては、箱の横にいて何をしでかすか危険なクラウディスをここに来させ、ベッドに座ったその色っぽい格好の腰を引き寄せてから離し、黒髪をなでた。いい香りだ。
いつでも動物扱いしてくるが、別にクラウディスは何も言わなかった。
執着心の強い誘拐犯サリだが、まあ、やはりグラスは誰かしらの形見っぽかったので手を出す事はやめておいた。
「脱獄無しには、一斉に祝杯なんて無理だろう……」
サリがそうおぼろげに言い、今セレが聞いている曲の解説カードを開いて読んだ。
大して互いの年齢も刑期も分からないが、クラウディスが刑期四年という短さだという事は割と知られていた。
あと三年間だ。
だが実際は、クラウディスは四人の男の死体を食べている。
「もう、大丈夫なのか?」
優しくクラウディスの髪を撫で唇を寄せながらセレは言い、自分の黒い上着を肩に掛けてやった。クラウディスは頷いた。
「睡眠薬もらった。しばらく夢は見ないだろう」
「そうか。よく眠れ」
髪を撫でられながら、きっとセレ自身が今寂しいのだろうと思い、クラウディスはセレの胴に背を預け片足を引き寄せて、セレは目を閉じ肩を引き寄せ髪に頬を乗せた。月光が青く差し、光っている。
サリは開いた空間に転がってポータブルCDを耳に嵌め、解説を見ながら聞き始めた。それを、他の奴等が付けるTV、ラジオ、曲などが混ざり邪魔をする中、花火男ゾラの喧しいほどに掛けるレゲエが劈き邪魔をした。
あいつは常に騒ぐためにいる様な物だ。だから、いきなりふと見せて来るマジ顔で通路で朝の様にふと交わって「辛かったんだろ」なんて、心の芯を突かれて言ってこられると、危うく何を信じればいいのか分からなくなって来る。そのふとした時に、何を考える人物が為に何の犯罪を犯したのかも……。
夜は全身黄色のつなぎを着込んでバウバウ犬の様に跳ね踊っている橙縁星サングラスのゾラが、耳に十色プラスティックの巨大ピアスを揺らしやかましいほどに煩く、一階部からの林檎だ、グラスだ、裸電球だ、テーブル代わりの木箱だが飛んで来ていた。
あまりに煩いのでまた見回り警備員に縄に縛られ、吹き抜け欄干部から「落とされたいのか! 十時以降は静かにしろ!」と怒鳴られ押さえ込まれていた。昼の時間はどこから持ち出したのやら、手持ち花火を皆に配ってきたのでそれをバチバチ爆ぜさせて眩しい緑の芝の上昼の色とりどりの花火を煙も引き連れまわして大喜びで五人で跳ね飛んでいたものだから、見回り警備員が駆けつけて来て怒鳴り首根っこをつかまれ、縄で引っ張られ撤収させられたのだが……。
花火殺人男ゾラ、マフィア凶手アル、殺人手品師セレ、誘拐監禁犯サリ、美術品怪盗デレ、その五人はそのまま残りの昼の休憩時間を返上させられ、一階部突き当たり大振り牢屋に一斉に閉じ込められ、揃って上唇を噛み恨めしそうに明るい陽射しの差し込む芝を見ていたのだが。
クラウディスはそろそろ睡眠薬を飲み、自分の牢屋へ戻る事にした。
「俺、そろそろ戻る」
「ああ。そうだな。その上着、なんなら持ってけよ。明日でいいから」
「グラッチェ」
クラウディスは手をふるふる振り、肩に上着を掛けたまま歩いて行った。
一度、あの遠くにいる色男の警備員を上目で見つめ、そして自己の牢屋へ入って行った。
水で錠剤を流し込み、ベッドに横になり、天井を見た。
ロイドはその小さな姿をしばらく見ては、視線を戻した。