屋上
1935年六月 二十歳
薄暗い灰色のその色味は、どこまでも気分を落ち着くものにさせた。
三メートルの高さの天井はまっさらで、そして冷たくひんやりとした壁は三メートルで行き付き、狭い中で黒いシーツのベッドに背を乗せている。
真っ白の瞼を一度閉ざし、そして息をついた。安堵の息を。
思い切り起き上がり、ベッドから離れると彼は鉄ドア前に来て、廊下を覗き穴から見た。
漆黒の瞳がきょろつき、人の影を捉えた。
「出してくれ」
時間も何も分からないこの牢で、それでも何かの感覚はあった。きっと今は明るい。
監視員がやってくると、腕時計を見ては牢の細長い中扉の鍵を開け、そして一歩引いた。
アラディスは両手首を大人しく出し、監視員は横に一度来るとその手首に手錠を嵌め、鎖を鉤に掛け、そして壁に繋げた。
そして下の扉の鍵も差し開け壁のフックにかけ、足枷を掛ける。そこで初めて上の扉もあけた。
アラディスは牢から出て、鎖を引かれ歩いていった。
突き当りを曲がり、同じ灰色の中を進む。
コンクリート階段をあがり、扉前で止まる。
「受刑囚番号3062番。一時出房する」
監視員が言い、扉が開かれ、ライフルの警備員がキャップ下の横目でアラディスを見下ろした。
「進め」
アラディスは警備員を後ろに進んだ。
廊下を進む。
突き当たりに来ると、その前の警備員がアラディスを見下ろした。
「受刑囚3062番。屋上へ一時出る」
扉が開かれた。
一気に眩しさが視野を埋め、そしてその占領される方向へ進み包まれた。
屋上は鉢植えに埋め尽くされ、そして低い木がなっていた。
元々、アラディスの自由監房内牢屋にあった鉢植えだ。
それに、ここにきてからまたどんどん増えつづけている。
これらを彼は管理していた。二ヶ月で専門書の中の知識は整い、ある程度まで低木に育ててから一年して出荷されるものと、実生苗木から二十センチに成長したら出荷させるものに別れている。
他との交わりを一切絶たれたために、アラディスが会話するのはこれらの育てている木達だった。
この精神監房責任者の女史とも話すのだが。
こうやって屋上にいると、稀に遠くにある自由監房の方向から音が響いた。中にいると一切聴こえないのだが。
今はどうやら、男子と女子がフェンスに隔たれバレーボールをしているようだった。二ヶ月に一度の合同レクリエーションだ。
青空の下、風の方向に逆らいそちらを見ると、項まで越えるほどの艶やかな黒髪が流れていく。長い前髪が翻り、瞳はきらきら光り、頬を薔薇色に微笑んでその声をしばらく聞いていた。
ここに来て半年。四ヶ月前に二十歳になっていた。
緑に囲まれ、青年は葉から綺麗な蝶が舞った方向を見た。
昼の内はまだ良い。彼は心身落ち着き払い、麗しく微笑む。
だが夕陽が空を占領し、そしてその赤が浸蝕する時間遥か建物内の灰色の一室で、その時間の中を目をとじ赤に感情が包まれ目をとじ微笑み、腕を抱えた。
だが、夜に冷気と共に突入すれば、よからぬものが覚醒する……。
今の光に包まれた時間はまだ、太陽に肌は真っ白に照らされた時間なら、彼は彼だった。
木々や苗木の状況を見ては頷く。蝶が周りをふよふよ飛んでいる。
花のなる木は純白の花をつけ、甘く薫っている。
六月のこの時期は、とてもいい時期だ。
「もうそろそろお前は引越しだからな」
そう言いながら笑顔で水を与え、その水が煌いて透明に流れては、土の香りが鼻腔を満たし柔らかな土に徐々に吸い込まれて行く。
蟻が、まだ細い幹を昇っていく。これから徐々にこの幹も太くなって行くのだ。
逞しく、そして活き活きとした木になっていく。
輝く世界の一部になる。