88話 あらあら、魔獣 雪豹ですって
はぁ〜、朝日が憎いわね。
昨日の事を思うと、胸が張り裂けそうだわ。
2人の愛を永久に誓った日、なのに永遠の別れにもなった日。
はぁ〜、痛いわ。
でもマリアは、可愛かったわね。
婚前契約ですって。
最初の1年は、マリアの事を想って誰とも付き合わない事。
目移りしそうな美人が現れても、駄目みたいよ。
2年目は、お付き合いを許してくれるようね。
でも、結婚も妊娠も駄目。
3年目でようやく結婚ね。
うふふ、マリア以上の美人で、心も体も綺麗な人でないと駄目みたい。
そのジャッチは、私とロクがするのよ。
ある意味、楽しみね。
そして、マリアは……ロクの魔術“ブラックホール”の中へと消えて行ったわ。
その前に、シャルルがなぜマリアに同情しまったのかを話してくれたの。
彼女はとても哀しい愛を、心の奥底に沈めていたわ。
シャルルにとっては初恋だったのに。
相手が獣人だったのがいけなかったようね。
獣風情が!
その想いが、父親のジャバルを悪魔に変えたの。
我が娘の魔力の糧に……殺したのよ。
何も知らなかったシャルルは、食べてしまった。
知らない事は罪では無い!
私はそう思うわ。
でも、彼女は違ったの。
間接的にでも、愛する者を手にかけてしまった。
殺して、自分の魔力に変えてしまった。
その罪悪感が心も体も、変えてしまったの。
そして、氷炎の魔人へと変貌を遂げた。
だからこそ、人食で心を壊しかけたマリアに同情し、仲間より愛する者を取ったマリアに、共感した。
シャルルが寄り添ったのね。
その想いを知っていたのは、当のマリアと愛猫だったロクだけ。
マリアは竜との愛を貫いた。
願いが叶ったのよ。
今度はシャルルの想いを遂げさせてあげる番。
そう考えたのはマリア。
その願いを実行したのはロク。
その想いとは、愛する人と一緒に眠ること、愛した者の中で一緒に眠ること。
居なくなったマリア。
竜は、愛する者を失った喪失感で飛び立ってしまったの。
でも、今はロクが心配よね。
なんの変化も無いまま、私の影へと入って寝てしまったの。
朝どころか、ご飯を食べる時間まで起きて来なかったわね。
そんな事、一度も無かった事なのよ。
それどころか朝練と称して、早くからハチと試合をしているのが日常。
そんな、ロクなのに……起きてこなかったの。
少しどころか、物凄く心配したわ。
「ねぇ、ロク……大丈夫? そろそろ、軍人学園のグラウンドに行かないと駄目なのよ。起きてる? ねぇ〜、ロクったら?」
〈『……起きた……ニャ』〉
駄目ね。
寝てるわ。
スキル“意思疎通”で起きたと宣っていたけれど、姿も見せずに言ったものだから説得力ゼロよね。
このまま、行くしかないわね。
はぁ〜、いろいろ心配事が消えないわ。
「ねぇ、ハチ。ロクは大丈夫かしら?」
『……』
「ねぇ、ったら! 聞いてんの?」
『聞いてるワン。大丈夫だよ。ただ……』
「ただ?」
『……何でも無いワン。見てみるのが1番早いワン!』
何よ!
含んだ言い方をしちゃってさぁ!
気になるじゃないの!
まぁ、ハチの言う通りなんだけれど。
本当に大丈夫かしら?
そんな不安をよそに、グラウンドへと到着したわ。
するとそこには、仁王立ちのお父様とルバー様。
さらに、王様、ガーグスト・ノラ・イヴァン様、マーウメリナ・モア・マギノ様、もちろんメースロア・セラ・べネル様もいますわ。
4代貴族の揃い踏みね。
あらあら、怖い顔をしてこちらを見ていますわ。
「ガロス、ルバー。本当の話なんだろなぁ。本当に魔人が居て、しかも異世界人だったと……。何故、すぐ連絡を寄こさなかった! え! 聞いているのか! ルバー! !」
「イヴァン、五月蝿いわ。静かになさい。ルバーだけなら、魔術の独り占めも考えられるけれど、ガロスが一緒ならある意味、安心だわ」
「……」
「はぁ〜、マギノ。頷くだけじゃなくて、なんか言いなさいよ」
「……来たぞ」
「はぁ〜」
「ルバー。魔術“ヘルシャフト”の準備をしろ」
「はっ」
王様の一言で、魔術が展開されたわ。
しかも、軍人学園全体を覆うほどの大きさなのよ。
凄いわね。
「シュード様。おはようございます」
「おはよう、ナナくん。報告はルバーから聞いた。すまないが、早速、ロクくんに合わせてもらえないかい。魔術“ヘルシャフト”は、保険にかけただけだよ」
「はい、すぐに……と言いたいんですけど。ロクが、まだ寝ています。起きようとしないんです」
「だったら起こせ。従魔であろう。従わせろ」
「はぁ? 何言ってんのイヴァン。私にケンカ売ってるのかしら?」
「何で、私とベネルがケンカをするんだ。そんな暇では無い」
「イヴァン、あんた馬鹿? 私の娘にも従魔はいるのよ。その私に向かって……従魔であろう。従わせろ……ケンカ売っているとしか、考えられないんですけれど」
「誰もベネルに言ってはいない」
「だ・か・ら! ナナちゃんに言ったとしても同じ事よ! 従魔はね。家族なのよ。娘にとっても私にとっても、大切な家族だわ。その家族をモノ扱いされれば、誰だって怒るわ。ケンカなら買うわよ」
『五月蝿いニャ! !』
「あら? 起きましたわ」
睨み合いからの一触即発状態。
誰も止めに入らなかったのは、いつもの事なのかしらね。
それにしても、やっと起きたわ。
勢い良く、私の影から飛び出したロク。
その姿は……代わり映えしないわね。
「ねぇ、ハチ。ロクは何が変わったの? 」
『……』
「まぁ、いいわ。お父様、ルバー様。ロクが起きたみたいです。私には何も変わったところなんて無い気がいたします。でも、先程からハチの様子が変ですの。奥歯に物が挟まったような言い方をするんです。ねぇ、ハチ! ちゃんと言ってちょうだい」
ハチは観念したか、深いため息を出してから楽しそうに話しだしたの。
尻尾フリフリでね。
『はぁ〜。ステータスを見てみたら分かるワン。あ! 魔獣化すればもっと理解しやすいワン。流石に僕1人では敵わなくなったけれど、ネズミ隊と一緒ならいい線行くと思うんだ』
『ウゥ〜ニャン。フン、そうかい。あたしに勝てるの? やってみるかい?』
ロクが伸びをしながら、ハチを挑発していたわ。
これを放置していたら、本当にバトルになるのよね。
早めに止めないと、イヴァン様とベネル様も始めてしまいそうだわ。
「ハチもロクも……」
「ナナ。すまないが、ロクを魔獣化してくれないか。イヴァンにしてもベネルにしても、矛を収めてほしい。今は一刻も早く、考査をしたい。ハチもロクも、協力してくれないか」
私の話をぶった切ったのは、お父様。
早く本題に入ってほしかったのね。
それは、ルバー様にしても同じ事だったようよ。
そんな顔をしていたわ。
「お父様、ルバー様、ハチの話だとやはり魔獣化をするのが1番早いみたいです。じゃ、しますね。……ロク、魔獣化を許可します」
『魔獣化!』
私の話を、楽しそうに聞いていたロク。
いつもの変わらないロク。
シャルルが愛したロク。
私の魔力のロク。
変わったところなど、無いと思うんだけど……?
私の不思議顔なんてお構いなしに、ロクが魔獣化したわ。
その姿を見て、誰も何も言えなかったの。
以前は、ライオンほどの大きさに靭やかな筋肉。
黒のわがままボディがロクのもち味だったのに!
真っ黒の毛並みが真っ白に変わり、大きさも少しだけ小さくなったように感じる。
でもわがままボディは……わがままよね。
あ!1箇所だけ違いがあったわ!
尻尾が1本、増えていたの。
2本から3本にね。
「お父様。黒から白に変わりましたね。少しだけ小さくなったかしら?」
と、見た目を話しいたの。
『ナナ。次はステータスを見てみたらいいワンよ』
「そうね」
本当はお父様の意見が聞きたかったのに!
皆様、無反応なんですもの。
さて、ステータスは変わったのかしら?
【ロク】メス Sランク
《配下魔獣 雪豹》
HP=80000
MP=∞無限
STR(力)=8000
VIT(生命力)=∞無限
DEX(器用さ)=5000
AGI(敏捷性)=7000
INT(知力)=∞無限
《魔術=黒属性・火属性(鬼火)・水属性》
ダークボール(黒)
ダークシールド(黒)
ザイル(黒)
ロック(黒)
ヒプノティック(黒)
ファイヤーボール(火)
ファイヤースピア(火)
ファイヤーウォール(火)
メルトボール(火)
ウォーターボール(水)
ウォータースピア(水)
創造(無)
多数あり
《特殊魔術》
魔獣化・未来予想図
《特殊スキル》
未来予想図
《スキル》
影法師・意思疎通・完全擬装・気配察知・魔力察知・闘気功
「嘘でしょう! お父様! ロクがSランクになっちゃった! ! ……聞いてます?」
思考停止している、お父様達。
最初に動き出したのは、流石のルバー様。
でもね〜。
はぁ〜。
ドン引きだわ。
「ガロス! !今の聞いたかぁ! 目の前にSランクだぞ! でも、謎だらけだ。なぜだ! なぜ、魔術“ブラックホール”で魔力が上がる? ランクが上がる? 何でなんだ? あの魔術は、そんな危険な技では無い。人に向けて放っても、MPが減るだけで体をすり抜ける。VITで吸収されるMPが変わる。VITが低いと半分ほど、搾り取れる。面白い魔術なんだ。魔力が無い者はHPが奪える。HPはSTRに影響を受ける。人体には影響は無い。そりゃ〜、奪い過ぎれば生命の危機にもなるが、死ぬまでは無い。何度も、実査をした。そう、何度もだ。そのはず……何だか……ガロス。お前なら、どう考査する?」
テンション高いわね。
他の皆様は……まだ固まっていますわ。
放置ですね。
ルバー様の話に、気になるところ後あるのよ。
ここは忠凶に聞くのが1番だわ。
「忠凶、いるかしら?」
〈『はっ』〉
相変わらず、神出鬼没ね。
あれ?
ここはルバー様の魔術“ヘルシャフト”の中。
いくら魔術に長けている忠凶でも、この中に勝手に入るのは無理なはずよ。
どうしましょう? と悩んでいると、ルバー様がモゴモゴ話しだしたの。
「その声は、忠凶くんかい? もちろん、いいとも!」
「ル、ル、ルバー様?」
「今、忠凶くんから連絡をもらったんだ」
「え? 話せるんですか!」
「無理だよ。僕にはチュウとしか聞こえなかった。ただ、声で忠凶くんかそうでないかの判断は、出来るからね。ここにナナくんかいるから、側に行きたいのかと考えたんだよ」
「なるほどですわね」
『姫様。いかがいたしましたか』
「……」
あらあら、呆れたわね。
だって、私は忠凶だけを呼んだのよ。
なのに、目の前には、忠大、忠吉、忠中、忠末が勢揃い。
「なんでミンナがいる訳?」
『はっ。ロク様の晴れ姿。この目でしかと見届けねばと想い、駆けつけた次第です。凛々しいお姿です。ロク様。なるほど、なるほど。これは、これは興味深い。ロク様、記憶は受け継いでおりますか?』
忠大は楽しそうに、ロクに近寄ったの。
あ! と、思ったけれどロク自身も満更でもなく嬉しそうに答えていたわ。
『記憶かい。ウ〜ン……無いね。マリアの記憶も、シャルルの記憶も、無いよ。あるのは、特殊魔術とスキルと鬼火だけだね』
『そうですか』
『忠凶! 特殊魔術“未来予想図”と特殊スキル“未来予想図”が、どんなモノなのかよく分からないんだけれど、あんたなら分かるかい?』
『分かりかねます。ただ、マリア様の魔術を受けつでいるものと推測しておりますので……。スキル“未来予想図”が未来を視る能力かと。そして、魔術“未来予想図”が改変する技かと予想いたします』
『なるほど、これは実査してみないと解かんないね。ハチ! 協力してくれるかい?』
『もちろんワ……』
「ストップ! 待ちなさい! 貴方達! 皆を置き去りにしているわ! 私も含めてね。忠大、忠凶、ちゃんと説明して。最初っからよ!」
『『はっ』』
もぅ!
この子達ったら。
新しい事には、目がないのよ。
新製品や新商品を見つけると必ず買う、JKなの?
ため息と共に、お父様達を見るとやっと再起動が完了したみたいね。
私は、ロクの特殊魔術と特殊スキルの話をしたわ。
どうもこの魔術とスキルは、取り込んだマリアのモノらしいの。
そのことについては、これから聞きながら説明したわ。
そして、忠大によるロクに起こった現象の考査と、忠凶による特殊魔術とスキルの考査が披露されたわけ。
私は説明しながら、話を聞いたの。
先に、感想から言うわ。
シャルルはロクの事を本当に愛していたのね。
家族以上の存在だったに違いないわ。
私も心から、この子達を愛してる。
私自身ですもの!
自分の事を愛せない人は他人も愛せないものね。
『では、姫様ご説明いたします。おそらくですが、ロク様の魔力の基礎はシャルル様の魔力です。その為、マリア様の魔力と相性が良かったと推測いたします。そして、マリア様の魔力とシャルルの魔力がバランス良く混ざり合っていた事も関係していると思われます。ですが、それだけでは進化の秘薬には成りえません。マリア様とシャルル様の精神も、分かち合い認め合い、唯一無二の存在同士だったからかと。その心が混ざり合った結果、進化の秘薬に成り得たと考査いたします。そうでなければ、マリア様の特殊魔術とスキルを受け継ぐ事は不可能と思われます』
「要は、奇跡が起こって進化の秘薬になった。と、言う事ね。ルバー様、お父様、理解できましたか? お父様? ルバー様? 聞いてますか?」
またまた、フリーズ。
はぁ〜、これで何度目かしら。
「お父様! ルバー様! しっかりして下さい! !」
「はっ! す、す、済まない」
「私の話は、聞こえていましたか?」
「も、もちろんだ。……ルバー、そんな事はあり得るのか?」
腕を組んで渋い顔のままお父様は、ルバー様に話しかけましたわ。
そのルバー様も同じ様な、苦虫を噛み潰したようなお顔をしていたしたけれどね。
「解らないん。ただ、忠大の考査は正解だと思う。あくまでも“思う”としか、言いようが無い。……進化の秘薬かぁ」
「魅惑な言葉だなぁ」
「あぁ。僕達にそれが出来ると思うか?」
「やらなければ……死ぬだけだ」
なに!
なんなの? !
そんなに追い詰められて、いたのかしら?
不安に感じた私は、お父様を覗き見たわ。
鬼気迫る勢いに、蹴落とされそう。
でも、何かが違う気がするわね。
「お父様、ルバー様。進化の秘薬はある意味、ドーピングだと思います。薬物を使い飛躍的に身体能力を上げる薬。龍の祠の勾玉も進化の秘薬の1つでしょう。ハチもロクもネズミ隊も、勾玉で進化しましたものね。きっと秘薬なんでしょう。私には、人の身に余る秘薬だと思えてなりません。現に刀祢昌利は、黒の勾玉に呑まれ身を窶しましたよね。ハチたちが進化に成功したのは、現世に引き戻してくれる者がいたからに他なりません。今回の事にしてもロクに対するシャルルの愛があったからこそ、進化の秘薬として、Sランクに到達する事が出来たんですわ。人族に愛がないわけではありません。ですが! ドーピングをしてまで進化を求める心。その心が愛を曇らせているとおもいませんか? 私にはエゴにしか思えません。不要な力は身を滅ぼすだけです。ルバー様ならよく理解できるのではありませんか?」
「……はぁ〜。その通りだよ。僕は、産まれたときから目に余る魔力を持っていた。父や母に言い寄る輩。僕を誘拐する為に画策する者。そんな奴らが沢山いたね。だからこそ、僕は力を求めた。皆を守る為に! まさかそれが、進化の秘薬の邪魔になっていたとは……皮肉ですね。ですが……それでも!力を求めなければ、僕ら人族は滅んでしまう。違いますか、ナナくん」
「だ・か・ら! ですわ。だからこそ、力を求めたドーピングはしてはいけないと、言っているんです。近道のつもりで、遠回りしてどうするんですか? 」
「え? 遠回り?」
私の言いたい事を理解してくれたのは、たった1人だけだったようね。
はぁ〜、重症だわ。
「なるほど、確かに遠回りだ」
「王! 何故ですか?」
「ルバー。よく考えろ。お前が龍の勾玉に呑み込まれ、暴走すれば誰が止める。そなたを失う事は人族が滅ぶと同義語であるぞ」
「だったら……」
「馬鹿者! ! 民の犠牲を出してまで力を求めるな! ! お前たちは何を護りたいんだ。よくよく考えろ。進化の秘薬は、人の身に余る秘薬。無闇に用いる事を禁止する。俺は……誰一人も失くしたくない。ルバー、ガロス。報告を待つ」
「「はっ」」
王様の一言で問題は解決した……のかしら?
想いを沈めただけの様な気がするわね。
ルバー様の目の奥に、仄暗いモノを感じるわ。
それはそうと、さっきから気になっていたのよね。
「ねぇ、ロク! どんな魔術とスキルなの? 私的には歌いたくなるのよね。なぜかしら?」
『そんなの知らないニャ』
まぁ〜、ね〜。
でしょう〜、ね〜。
未来を視る=未来予想図
と、言う構図が頭から離れずこんな事になりましたね。
頭の中でリフレインする〜。
次回予告
「ハンナ!」
「ノジル様!」
「そうよ。予告で出れるわ」
「そうですね!」
「でもね。来週の27日は更新ができないそうなの」
「そうですね!」
「何でも。……神は我を苦しめるのかぁ! ……ですって」
「そうですね!」
「意味不明だわ」
「そうですね!」
「でね。再来週は文化の日でこれまでのキャラクター紹介ですって」
「そうですね!」
「もう! そうですね! はがりじゃ無いの! ハンナ、しっかりしてよ!」
「そうですね〜、はぁ〜。予告も疲れますね」
「そうですね!」
ハンナとノジルにしてもらいました。
書いてある通り、来週はお休みをいただきますね。
リアルな仕事が忙しく、更新は絶望的なのでお休みをください。
それではまた再来週会いましょう!




