76話 あらあら、忍び寄る影ですって
パッキィーーーン。
何かが割れるような、破裂音で目が覚めましたわ。
ベットから飛び起き、息子にそっと手を添えて無事を確認しました。
安心したわたくしは、辺りを見回しましたの。
でも、それらしい物は見当たりません。
そこで一抹の不安を覚えましたわ。
わたくしの、命の次に大切な宝物のことをね。
もちろん、カムイちゃんの事も大切な存在ですわ。
でも、娘も大切ですの。
その娘と繋がる大事な道具の事を、思い出しました。
「うそ! ナナちゃんの、ナナちゃんの、ギルドカードにヒビが入っていますわ! ! 〈あなた! あなた! 聞こえていますか? あなた! !〉」
〈「……ソノアかぁ? どうした」〉
〈「あなた! ナナは大丈夫ですか?」〉
〈「ナナかぁ。今朝はまだ会っていないが、昨日は元気にしていたぞ。ハチとロクの試合を観戦していたなぁ。それにしても、ナナは魔力がない事を、免罪符にして怠けているようだ。スキル“闘気功”でも覚えさせて……鍛えるかぁ?」〉
〈「そんな事はどうでもいいですわ! ナナのギルドカードにヒビ入りましたの! ナナは無事ですか? ナナは? ナナ……」〉
〈「ソノア。落ち着きなさい。今からすぐ見に行く! ……もっと早い方法がある。一旦、切るぞ」〉
〈「あなた! ナナを頼みます」〉
〈「大丈夫だ。心配するな。何も無くても、連絡する」〉
〈「はい」〉
わたくしはただ祈る事しか、出来ないなんて辛いわ。
ベットの上に正座して、スアノース城の方角を見つめ、一心不乱に加持いたしました。
どうかどうか願いです、神様仏様。
ナナを、あの子を、お護り下さい。
わたくしの愛しい我が子を、お護り下さい。
夜が明ける少し前。
俺は妻のソノアに起こされた。
スキル“意思疏通”からの緊急連絡だったのだ。
と、言ってもソノアから来る連絡は、やれカムイが笑っただの捕まり立ちしただのがほとんど。
今回もたいした用事ではないだろうと鷹をくくっていたが……。
「忠吉は居るかぁ!」
「チュウ」
「ナナの様子を見てきてくれまいか? 無事なら1鳴きしてくれ。もし……もしも! 不測の事態が起こっていたら、ナナの持ち物を持って来てくれ」
「チュウ」
まさか、ギルドカードにヒビが入るだなんて、そんな事が起こるのかぁ?
俺は戦闘服に着替えた。
などと、かっこよく言っただけで、本来の戦闘服では無い。
俺が着込んだ服は、前の世界から齎された技術で“ジャージ上下”と言うモノだ。
くすんだアズキ色をした服。
上着には肩から袖口まで、2本の白いラインがデザインされている。
下のパンツのサイドシームにも同じ物が着いている。
さらに左胸には“貴族中学”と白色で刺繍されていた。
下にガロスとも。
何の意味があるのか聞いても、単なるデザインです意味はありません、と同じ答えが返ってくるばかり。
まぁ、意味が無いのならそれでいい。
何よりも、この“ジャージ上下”は素晴らしいからだ。
確かに装備としては紙だが、伸縮性と吸収性がバッグンに良い。
スキル“闘気功”を駆使すれば、守備など考える必要が無い。
動きやすさこそ全てだ!
その観点から言えば、パーフェクト装備と言える。
俺はこの“ジャージ上下”が気に入っていた。
はぁ〜、などと気を紛らわしていても不安は消えぬ。
ナナ……無事でいてくれ。
やはり、俺が行く方が良かったかぁ?
いやいや、スキル“影法師”を保有しているネズミ隊が適任だ。
そう判断した。
間違いはない!
俺は、部屋の中でウロウロしているしかないのかぁ。
「チュウ」
「忠吉! ナナは大丈夫なんだなぁ」
「チュウ」
「そうかぁ〜。良かった。忠吉、ありがとう」
「チュウ」
〈「ソノア! ソノア、聞こえるかぁ?」〉
〈「貴方! ナナは?」〉
〈「大丈夫な様だ。後で俺自身の目で確認する」〉
〈「そうして下さい。もしもが無くても連絡下さい」〉
〈「分かった。あまり心配するなよ」〉
〈「……はい」〉
ソノアにはまいる。
俺たちの間には、後1人で野球が出来るほどの子を宿した。
しかし、生まれて来たのは息子のカムイと娘のナナだけ。
五体満足と言う名の冠を付けるなら、息子だけだ。
ナナには足が無かったのだ。
うふふふ……人という生き物はより強い衝撃を受けると、少し前の衝撃を忘れてしまうものだ。
今回も例文から外れない。
ナナには両足が無い、その事より、100歳まで生きた異世界人である事の方が、俺の中でインパクトがあった。
もう1つ言うなら、ナナには魔力が無かった。
足も無い魔力も無いの、無い無い尽くし。
それなのに、ナナ自信は後ろ向きでは無く、常に前を向いていた。
その強さが、今の俺とソノアを支えている。
呪われていたとは言え、5年も放置したロクでも無い親なのに、父と母と呼んでくれた。
あの時の感情を大切にしたいと思っている。
その想いこそが、俺のナナに対する謝罪だ。
さて、ルジーゼ城にあるナナのギルドカードのヒビ割れは気になるが、今のナナを鍛える事に心血を注ぐかぁ!
ナナは……起きているかぁ〜?
『姫様。どこか具合が悪いことなどありませんか?』
「……忠吉? なぁ〜にぃ〜……フゥニャ〜」
『姫様。ガロス様が姫様の様子を見て来てほしいと仰りまして、こちらに参りました』
「私の様子? 眠たいわ」
『では、その様にお伝えいたします』
「ちょっと待ってちょうだい! お父様がなんで、私の様子が気になったのよ」
『それは分かりかねます。お調べして参ります』
「いいわ。直接、聞く。呼び止めてごめんなさい。お父様に私は元気だと伝えてちょうだい」
『はっ』
まったく、なんなのかしら?
起こしてまで、確認する事って何?
私は伸びをしながら、体を起こしたわ。
「うぅ〜ん……ふぅ〜」
「ナナちゃん、おはよう。珍しく早いわね」
「青、おはよう。忠吉に起こされたからね」
「ほら、マノアちゃん! ナナちゃんも起きたんだから、起きてよ!」
「う……ん……」
いつもの光景ね。
ただ違うのは、私がすでに起きている事。
うふふ、私もあんな感じで、グズグズのダラダラなのね。
気をつけなくっちゃ。
さて、本日は半ドン。
昨今、半ドンなんて言葉は使わないらしいわね。
要は、午前中だけ授業があり、給食は出なくて帰宅する。
早期終業の事を言うのね。
半日ドンタクを略して半ドン。
今は土曜日もお休みになったから、消えた言葉よね。
で! 私は、教室まで迎えに来てくれたお父様と一緒に、何処かへと向かう途中なの。
「お父様。今朝の忠吉は何だったんです?」
「あぁ、その事かぁ。今朝、ソノアから連絡をもらってなぁ。……ナナのギルドカードにヒビが入ったみたいなんだ」
「そんな事って、あるんですか?」
「ルバーに確認をしたら。全くない事ではないらしい。でも、そうそうある事でもないらしい」
「何ですの? その、らしいらしいの連呼は?」
「あははは! 確かに、らしいらしいだったなぁ。ルバーにも珍しい現象の様だぞ。興味津々で、逆に質問責めにあったわぁ。ナナ、ソノアが心配していてなぁ。後で、元気な声でも聞かせてやってくれ」
「分かりました。元気な声で良いならお安い御用ですわ! で、闘技場へと連れて来た理由を聞かせてもらって良いですか?」
そうなの!
しかも、貸し切ってんのよ!
きっとハチとロクに用事があるのね。
竜は、軍人学園で不在だし……うん!
やっぱりハチとロクだわ。
そう結論付けた私は、お父様に言われるより先に呼んだの。
「ロク! いるかしら?」
『いるニャ』
「ハチも聞いてちょうだい」
『はいワン』
「お父様。ハチとロクに何を聞きたいのですか?」
あれ?
反応が変ね? ?
お父様ったら、私を見つめているわ。
ポッ!
照れるぅ〜。
「ナナ……」
「な、何ですの? お父様?」
「自分の身は自分で守れる様にならないといけないぞ」
「え? !」
「スキル“闘気功”を取得しなさい」
「はぁ? ?」
「確かに、護られるのも上に立つ者の仕事の1つだ。されど、自分の身は自分で守れる様になる事も、大切なんだぞ。もしもの時に王を護らねばならぬ。ナナにしても、友を護りたいであろう?」
「……」
その通りだわ。
護られているだけではつまらないものね。
でも……。
「実は……その……えっと……お、お、お父様」
「どうした? 具合でも悪いのか!」
「いいえ違います。元気ですわ。そうじゃなくて……実は……スキル“闘気功”はすでに取得しています」
「何!」
「取ったのは良かったのですが、どうしても発動できなくて……そのままに……」
お父様が突然、震え出しましたわ。
プルプルしています!
「大丈夫ですか?」
「ナナ! !」
「は、はい!」
「そこに直りなさい。皆、熟慮に熟慮を重ねて、スキルポイントを使うんだ。確かに、ナナは配下魔獣から吸い上げたポイントがある」
「吸い上げたって」
「黙りなさい!」
「は、はい」
「100ポイントの中から、自分に必要なスキルを取得するんだ。その為、必死になってスキルをマスターする。それこそ、懸命になって習うんだ! 慣れるんだ! なのにナナは、そのまま放置した。その行為は、ポイント不足で取れたくても取れなかった者達に失礼では無いか! ……そう思わないか、ナナ」
「……」
そんなつもりは無かったの。
私だって一生懸命やりました。
などと、言えそうにありませんでしたわ。
そんな雰囲気でも無かったし、なによりお父様の言っている事が正しかったから。
何も言えないよね。
言えるとすれば……。
「ごめんなさい。1から教えて下さい」
「分かれば良いんだよ。では、初めから教えるぞ」
「はい!」
『僕も付き合うワン』
『あたいも!』
「ハチもロクもありがとう」
スキル“闘気功”講習会が始まったわ。
そして、何度やっても上手くいかないスキルの発動。
はぁ〜、声を大にして叫びたいわ。
なんでなのよォォォォ〜!
「ナナ、そんなに難しい事かなぁ?」
「お父様。そんな事、言わないで下さい。だって、よく分からないんですもの。気の流れとか、廻る早さとか、体の中を流れる血脈を感じろとか、理解できないんですもの」
「ナナ、そんなに難しい事かなぁ?」
同じ事を2度、言われましたわ。
落ち込みます。
地よりも深く、落ち込みます。
私だって……私だって……グスン。
あきらかに、肩を落とした私を見かねた人達がいたの。
どこにでもいるのね。
拾ってくれる神って!
「ナナ様。集中して下さい」
『姫様。集中して見て下さい』
「ハンナ! 忠大! なぜあなた達がいるの? そして、同じ事を言われたわ」
「そうなんですか! でしたら、忠大と私の意見は一致していると考えて良さそうですね」
「ハンナ? どういう事なの?」
なぜか、忠大とハンナが見つめ合い、小さな手と人差し指を重ね合わせ頷きあっていたの。
言葉は通じないのに、何かが通じた瞬間よね。
でも……何で? ? ?
「ナナ様は、周りに気を使い過ぎなんです。初めは集中しないと、流石に無理ですよ」
あら、忠大もハチもロクも頷いてるわ。
あらあら、忠吉、忠中、忠末、忠凶、全員そろって頷いてるわ。
そして、忠大がハンナの言葉に注釈を付けてくれたの。
『姫様は、何事にも俯瞰して物事を見ておられます。その為、迅速な対応が出来ているのですが、周りに気を配り過ぎるきらいがあるようです。少しだけ、ご自身の事だけをお考えられると宜しいかと存じます』
「……」
言葉が出てこなかったわ。
でも、思い当たる事があるのよね。
前の世界での体験からだわ。
戦争に負けて、命1つで日本に帰って来た経験を持つ私。
周りを見て、生きて行く道を自然と探してしまうのよね。
そうしないと、家族もろとも死んでいたわ。
その時の癖ね。
集中、集中、集中……集中ねぇ。
「そうだわ! 集中=無心になる事よね。お父様、ハンナ!」
「え? ! まぁ、まぁ〜」
「1つだけ試したい事があるわ。ハチ、私を下に降ろしてくれる」
『いいけど、汚れるよ?』
「そんなこと大したことでは無いわ。それより早くして!」
『分かったワン』
糸口を見つけてしまうと、早く試したくってウズウズしている私がいるわ。
無心になれればいいのよね。
何も考えず、リズムを刻んで流れを感じる事。
「まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう
かんじーざいぼーさーつー
ぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー
しょうけんごーうんかいくう
どーいっさいくーやく
しゃーりーしー
しきふーいーくう
くうふーいーしき
しきそくぜーくう
くうそくぜーしき
じゅーそうぎょうしき
やくぷーにょーぜー
しゃーりーしー
ぜーしょーほうくうそう
ふーしょうふーめつ
ふーくーふーじょう
ふーぞうふーげん
ぜーこーくうちゅうむーしき」
「ナ、ナ、ナナ様! ……大丈夫ですか?」
「もう! ハンナ、止めないでよ! 良い感じで無心になれていたのに。それに、リズムよ! このリズムを体が覚えてくれれば、流れを感じやすくなると思うの。少しだけ、黙って見ててよ」
「はぁ〜、分かりました」
「みんなもよ!」
『分かったワン』
『はいニャ』
『『『『『はっ』』』』』
「ナナ、無理はするなよ」
「はい、お父様」
何かをつかめ始めていたのに!
ハンナったら止めるんですもの。
でも、間違ってはいないみたいね。
般若心経を唱え始めた途端、体が温かくなったもの。
この温もりが私を導いてくれるはずよ。
さすが、神様仏様よね。
「オホン、ア、ア、マイクテス、マイクテス。大丈夫ね。では、始めるわね。
まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう
かんじーざいぼーさーつー
ぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー
しょうけんごーうんかいくう
どーいっさいくーやく
しゃーりーしー
しきふーいーくう
くうふーいーしき
しきそくぜーくう
くうそくぜーしき
じゅーそうぎょうしき
やくぷーにょーぜー
しゃーりーしー
ぜーしょーほうくうそう
ふーしょうふーめつ
ふーくーふーじょう
ふーぞうふーげん
ぜーこーくうちゅうむーしき
むーじゅーそうぎょうしき
むーげんにーびーぜっしんにー
むーしきしょうこうみーそくほう
むーげんかいないしーむーいーしきかい
むーむーみょう
やくむーむーみょうじん
ないしーむーろうしー
やくむーろうしーじん
むーくーしゅうめつどう
むーちーやくむーとく
いーむーしょーとくこー
ぼーだいさったー
えーはんにゃーはーらーみーたーこー
しんむーけーげー
むーけーげーこー
むーうーくーふー
おんりーいっさいてんどうーむーそう
くーきょうねーはん
さんぜーしょーぶつ
えーはんにゃーはーらーみーたーこー
とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい
こーちーはんにゃーはーらーみーたー
ぜーだいしんしゅー
ぜーだいみょうしゅー
ぜーむーじょうしゅー
ぜーむーとうどうしゅー
のうじょういっさいくー
しんじつふーこー
こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー
そくせつしゅーわー
ぎゃーてーぎゃーてー
はらぎゃーてー
はらそーぎゃーてー
ぼじそわかー
はんにゃしんぎょう……」
「ナナ様、素晴らしいです」
「確かに、凄い。密度といい、厚さといい、申し分無し! ただ……」
「お父様、分かっていますわ。般若心経を唱えている間だけみたいです。必要なら何度でも何回でも、唱えますわ」
「あははは! 誰にも真似できない、ナナだけのスキル“闘気功”の技だなぁ。今度、ルバーに見せてやるとイイぞ〜。執拗に、ねちっこく、聞かれるぞぉ〜」
「それはそれで嫌ですわ」
「あははは! 確かに!」
「オホホホ! でしょう!」
新たに編み出した、私だけのスキル“闘気功”の技。
後にスキル“闘気功・完”として登録されるわ。
完全防御の完ね。
うふふ、この技、般若心経が唱えられなければ発動しない、珍しい技として名を馳せるのよ。
笑っちゃうわ。
ルバーは1ヶ月もかかって覚えていたの。
でも、技としての性能は折り紙付き。
どんな攻撃でも通じない、完璧な防御玉。
今の所、私しか使えないけれどね!
オホホホ!
オホホホ!
「はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜。賭けに勝ったわ! やはり、私の能力のおかげよね。この、川を渡り山を越えれば逢える。竜……貴方に……あ、え、る……」
バシャン!
勢いよく、水が弾ける音が響いた。
ナナだけの技が初披露されましたね。
ですが、般若心経を覚えないと使えない。
なんとも言えない技でした。
さて、75話から最後に別な話が進行中です。
もうすぐ、物語の核心に触れるかもしれませんね。
お楽しみに!!
次回予告
「アメイジング! ワンダホォ! ジャパニーズ賛美歌! まさか異世界に来て、ジャパニーズの真髄に触れる事が出来るなんて……私、し・あ・わ・せ(ハート)」
「マノアが壊れたので、私、青が次回予告を致します。
正式に婚約を発表したホゼとロキア。そんな2人に、距離が出来る。何があったのかぁ? 人の恋路に口を出すと馬に蹴られて死んでしまうぞ! との諺が実行される。誰が邪魔をするのかぁ! 見逃せないラブサスペンスが開幕する。
私だって、恋、したい! !」
「ねぇ、青。話盛り過ぎじゃない? ラブサスペンスって何よ?」
「イイじゃない。幸せそうにしているんですもの。少しは波風が立った方が絆は深まるわ」
「誰から聞いたのよ」
「隣のお姉さん」
「誰そいつ!!」
マノアと青にしてもらいました。
え! 来週はラブサスペンスなの?
私も初耳だよ!
最後になりましたが、更新が遅くなってすいませんでした。
今度からコレくらいに定着するかも?
すいません、すいません、すいません。
それではまた、来週会いましょう!




