閑話 あらあら、7月7日ですって
「ナナちゃん……ママをナメないでね」
ウフフ、わたくし事ルジーゼ・ロタ・ソノアは、夫ガロスをこよなく愛する妻ですわ。
と、言いたかったんですけれど、1番はナナちゃんとカムイちゃん。
わたくしの子供達ですわ。
可愛くて、愛しくて、堪らない存在です。
でも……ナナちゃんには魔力があり、異世界人。
遠くスアノース城へと行ってしまったの。
寂しいわ。
悲しいわ。
逢いたいわ。
逢いたいわ。
「ソノア様! 少しだけ急ぎます。カムイ様の籠をしっかり抑えていてください」
「リルラ、分かったわ。行っちゃってちょうだい」
わたくし達は少数精鋭で……と言っても、1個中隊を引き連れての行軍。
わたくし個人的には、豪黒の勇者リルラだけでも良いと言ったんですよ。
お父様が連れて行けと、押し付けて来たのですわ。
遅くなるから嫌だったのに。
わたくしは、速く速く速く! ナナちゃんに逢いたいの! !
「ソノア様! お待ち下さい。歩兵が付いて来ておりません。暫しお待ち下さい」
「捨て置きなさい。ここから先は、比較的安全です。わたくし1人でも大丈夫なぐらい、安全ですわ」
「分かりました。ニクート! ニクートはいますか?」
「はっ、ここに」
「後の事は頼みます。私はソノア様とカムイ様を連れて、先行します。くれぐれも、無理する事なくルジーゼの屋敷へと行きなさい」
「はっ」
あぁ〜、もうすぐわたくしのナナちゃんに逢える!
「セジル、すまないわね。こんな朝早く、押しかけて来てごめんなさい」
「良いですよ。気にしないで下さい。で、ソノア様とカムイ様は?」
ここは、ギルド内の会議室。
本来の目的である、カムイ様のギルドカードを作る!
コレのために、居るのに肝心の本人がいない。
「それがねぇ〜……はぁ〜。積もる話もあるから、お茶でもしましょう。貴女も子供を産んだんでしょう? ハンナが嬉しそうに、連絡して来たわ」
「私の事はどうでもいいです。リルラ様も、だいぶんお疲れのようですね。ハーブティです。落ち着きますよ」
「ありがとう」
「で、どちらに行かれているのですか?」
「それは……」
はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜。
もう歳かしら?
愛しい我が子が重いはずもないのに、息が上がるなんて。
わたくしはギルドの塔を通り過ぎ、異世界人宿舎へと来ていたわ。
ここは叔父様と叔母様が、管理人として一緒に住んで居る場所。
羨ましいわ。
わたくしだって、ナナちゃんと一緒に住みたいのに!
なんとかならないかしら?
さぁ、このドアを開けると愛しい我が子が寝ているのね!
あぁ、楽しみだわ!
あぁ、ダメよ!
はやる気持ちで突き進んでは、起こしてしまうわ!
ここは……そぉっと……抜き足……差し足……忍び足……。
カチャ。
「ナナちゃん!」
「………」
「ナナちゃん?」
「……う〜ん……うん?」
「ナナ! ママです! 貴女のママですわ! 逢いたかった! わたくしの、ナナ! !」
まだ寝ぼけ眼のナナちゃんを、思いっきり抱き締めたわ。
あぁ、逢いたかったわたくしの娘。
「はぁ? ! お母様?」
「そうよ。ナナちゃん。貴女、ちっとも帰って来てくれないんですもの。わたくしから押しかけて来ましたわ。怪我してない? 具合が悪い事ない? いじめられてない? 叔父様、叔母様に何か言われてない?」
「お母様! 落ち着いて下さい。私は平気ですわ。シュードさんとノジルさんは、とても良くしてもらっています。……お母様が……なぜここに居るのですか?」
「そうですわ。ソノア。貴女がなぜここに居るのです?」
「叔母様」
不味いわ。
目の前に愛しの我が子が居るものだから、羽目を外してしまったようね。
順当に行くなら、叔母様に挨拶をしてからが正当なのに、功を焦ってしまった様ですわ。
どうしましょう。
「えっと、スアノース・シド・ノジル様。お久しぶりです。娘と夫がお世話になっています。コレは詰まらないものですが、皆様で召し上がって下さい」
私はルジーゼ地方で採れる果物篭を差し出したわ。
もちろん、マジックバックに入れてあったモノね。
目が、目が、目が! 怖いわ。
「あら、良いものをありがとうね。で、なんでここに居るのですか? ソ・ノ・ア!」
「……」
どうしましょう。
どうしましょう。
どうしましょう。
オロオロするわたくしを助けてくれたのは、やはり愛する我が子よね。
「お母様?」
「ホンギャ〜、ホンギャ〜、ホンギャ〜」
「あらあら、カムイちゃん? 泣かないで、今オッパイあげますからね」
わたくしはいつもの様に、左の乳房を露わにしたわ。
すると、目鼻立がハッキリしている美人の女の子が、毛布で隠してくれたの。
優しい子ね。
片方を持ってくれた子も、利発的な可愛い子だわ。
その後ろでナナちゃんが、キョロキョロしているのに少しだけ笑ってしまったけれどね。
そんな様子を見ていた叔母様は、元気にお乳を飲んでいるカムイを優しい眼差しで見つめていたわ。
「元気で良い子じゃないの。貴女に似ているわね」
「そうなんです。ナナもカムイも、私に似てしまったんですよ。旦那様に申し訳ありませんわ」
「あら、大丈夫よ」
「私にも見せて下さい!」
「あらあら、ごめんなさい。隠してくれてありがとう。改めて紹介するわね。わたくしはナナの母親、ルジーゼ・ロタ・ソノアです。この子はカムイ。ナナがいつもお世話になっていますわ」
目鼻立がハッキリしている子が、一歩前に出て話し出しましたわ。
「私の名前は陸奥青森です。異世界人の渡来者です。ナナちゃんには、私の方こそお世話になっています」
「私はメースロア・マノアです。異世界人です。私もナナにはお世話になりっぱなしです。私の特殊スキルについても、ナナがいたから今の私がいると思っています。ナナを産んでくれたソノア様に、感謝です」
この言葉に、思わず抱きしめてしまっていたわ。
カムイは、叔母様が抱っこしてくれました。
サラリと取り上げた姿に感嘆の声を上げそうになったのは、秘密にしたいですわね。
わたくしは2人を抱きしめて、お礼の言葉を口にしたわ。
そして、ナナを手招きして3人を共に抱き寄せました。
「本当にありがとうね。ナナを愛してくれて、本当にありがとう。安心しましたわ。さぁ、帰りましょう。叔母様、カムイをありがとうございます」
わたくしは、我が子を受け取ろうと両手を広げだのですが……渡してくれませんでしたわ。
そればかりか、ナナへと行ってしまったのです。
「ソノア! 答えなさい。何故ここに来たのです?」
「逢いに来ただけですわ」
「「「「……」」」」
言葉が出てこないとはこの事のようですわね。
「あまり、時間もありませんの。カムイのギルドカードを作ってすぐ、ルジーゼ地方へと帰らないといけないんです。そうしないと、兵の交代が出来ませんの」
「え? だったら、お母様もその交代兵と一緒に来ればよかったのではありませんか?」
わたくしはカムイを受け取りながら、今現在のルジーゼ地方の現状を話して聞かせましたわ。
「それがねぇ。よく分からないんですけれど。ルジーゼに居た、リルラ以外の勇者に帰還命令が出たんですわ。その為、お父様と一緒に来る事が出来ず、わたくしとリルラで来たのです。急いで戻らないといけないんですわ。もう少しゆっくりしたかったんですけれど……ごめんなさい」
コンコン、コンコン。
「はい、どなたです」
「勇者リルラです。こちらにソノア様とカムイ様はおられますか?」
「お2人ともここに居るわ。入って来なさい」
「はっ。失礼いたします」
リルラが入って来たわ。
あらら、お怒りモードのようね。
目が怖いわ。
「ちょうど良かったわ。今から……」
「ナナ様。お久しぶりです。弟気味のカムイ様も健勝に過され、お育ち致しております。ナナ様におかれましては……心配など無用でしたね。さぁ、リルラ様。カムイ様のギルドカードを作りに行きますよ。時間がございません。急いで下さい。それでは皆様、お騒がせ致しております」
「ちょっと、待ってよ。もう一回だけハグさせて!」
「ダメです」
しぶしぶ食堂へと戻ったわ。
「ソノアかぁ?」
「叔父様。それに……ウフフ、初めまして、ガロスの妻ルジーゼ・ロタ・ソノアです。エディート様ですね。娘が大変お世話になっております」
そこには、騒ぎを聞きつけた叔父様とエディート様と……。
「僕の名前はルジーゼ・ホゼッヒです。僕らの方こそナナさんに、助けてもらっています。心強い仲間です」
「そうです!」
「まぁ、とても良いお返事です事。叔父様も安泰ですわね。ナナの事よろしくね」
「「はい!」」
叔父様ったら、ニコニコ顔が崩壊寸前ですわよ。
わたくしのカムイだって、立派で賢い子に育つ予定なんですからね!
などと言えないけれど、目に込めて見ましたわ。
「ソノア様。時間がございません」
「分かっているわよ。すぐ行くわ。……あれ? コレって笹よね? 何故こんな所に飾っているのですか?」
窓辺に大きな竹笹が飾っていましたの。
そこに短冊がヒラヒラ。
不思議に思ったわたくしは、叔母様に尋ねて見ましたわ。
すると、答えて来れたのはナナだったの。
「お母様。本日は七夕ですの。前世界の風物詩の1つです。織姫は縫製の仕事を、彦星は農業の仕事を司る星として天に輝いていましたわ。この2つの星は1年に一度、7月7日に天の川を挟んで最も光り輝くことから、この日を巡り合いの日として、七夕を恋人達と過ごすロマンチックなお話があります。笹で作った舟で会ったとされているから、竹笹に願い事を書いてお願いする風習があるんですわ。お母様も書いて見ますか?」
「まぁ! なんて素敵なお話なんでしょう。すぐ済むからリルラ……いいでしょう?」
「……少しだけですよ」
「ありがとう! 叔父様、カムイちゃんは泣かないですから、抱いていて下さい」
「お、おう」
わたくしは思いつく限りの願い事を書きましたわ。
ふと見ると、叔父様に抱かれているカムイちゃん。
覗き込むナナちゃん。
ウフフ、可愛いわ。
さすがわたくしの子供達です事!
はて? 何か忘れているような気がするんですけれど……思い出さないという事はそれ程、重要な事では無いのね。
「お待たせ。リルラ、行きましょう。さぁ、カムイちゃん、いらっしゃい。あ! 行けないわ! 大切な事を忘れていたわ! ナナちゃん。ギルドカードを出してくれる。ママも登録してくれるかしら」
「お母様もギルドカードをお持ちなんですか?」
「王族・貴族は必須ですからね。魔力がある無し関わらず、作るものなんですよ。わたくしは……恥ずかしいわぁ〜」
思わず、カムイちゃんに隠れてしまったわ。
だって、本当に詰まらない物なんですもの。
「コレなの」
はぁ〜。
わたくしのギルドカードは、オーソドックスな指輪タイプ。
「石は小粒のサファイア。本当に小さいのよ。こちらの指輪は、旦那様から頂いた婚約指輪です」
「え! サファイアという事は、お母様は水属性の持ち主なのですか?」
「その様だけれど、あまりに魔力の量が少ないから、無い者として扱われましたわ。ウフフ、わたくしが、あまり、小さい小さいと言ったものですから、大きいサファイアの指輪を頂戴致しましたのよ。ウフフ、優しいでしょう」
「そうですわね。さすがお父様です。そんな事ありませんわ。どちらも素敵なリングですよ」
「ナナちゃん、ありがとう」
スキル“意思疎通”をする為に、登録を致しましたわ。
コレでナナちゃんと、いつでもお話が出来るわね。
さて、カムイちゃんのギルドカードを作ってルジーゼに帰りましょう。
「ねぇ。リルラ」
「なんですか? 足下に気をつけて下さい」
「ありがとう。ウフフ、なんだが今回のわたくしは、織姫と彦星の様ね」
「え?」
「だって、1年にたった1日しか逢えないのよ。確かに1年では無いけれど、1日しか逢えないは同じだわ」
「確かに、その様ですね。でも、ナナ様に関しては問題視する事は杞憂に終わりそうです」
「本当にそうね。母としては淋しいわぁ〜」
お母様は何しにいらしたのかしら?
台風の様な慌ただしさで、過ぎ去ったわね。
それにしても、産まれたわ!
私の弟カムイ!
可愛い弟!
この子は美男子に成長するわね。
楽しみ!
「ルバー様。朝方、お母様が来ていたみたいですけれど……会いましたか?」
「やぁ、ナナくん。会えてないよ。ついでに、ガロスも会えてないみたいだよ」
「まぁ! お母様ったら、お父様に会わずに帰られたんですか?」
「よほど君に逢いたかったんだろう。セジルに聞いた話だと、小さな真珠が一粒出てきたらしいよ。タイピンにもなるブローチに加工して帰ったみたいだね」
「え? 真珠ですか? ?」
「真珠も魔力が無い者が手にする石だが、珍しいと言えば異色であるなぁ」
「原因はお分かりですか?」
『姫様』
「キャ! 忠吉?」
私はギルドの塔に来ていたの。
カムイのギルドカードが心配になってね。
「忠吉。突然、出て来たら驚くでしょう。貴方は、分かるの?」
『申し訳ございません。おそらくですが、呪いの女性からの加護かと存じます。産まれる前から受けると真珠が出やすい傾向にある様です』
「へぇ〜、面白いわね。ルバー様はご存知でしたか?」
「何のことかなぁ?」
私は忠吉から聞いた話をしたわ。
驚いていたけれど、納得もしていた様ね。
知識としては理解していても、現実の話となると別みたい。
ご自身の目で観察したかったと、話をしていたもの。
私は、へぇ〜としか言わなかったけれどね。
その時、部屋のドアを静かに開けて、入って来た人物がいたわ。
「ソノアが……来たのかぁ? 俺は……はぁ〜」
「お父様! お母様は元気でしたよ。弟のカムイも健勝の様子でした。……泣かないで……下さい」
「あははは〜、はぁ〜」
お父様の乾いた笑いが木霊したわ。
ため息と一緒にね。
本日は七夕。
1年に1日しか逢えない事を、題材に書いてみました。
母の愛は、旦那様の愛を凌駕するのですね。
次回予告
『久しぶりに僕がするワン』
『はぁ! あたしがするんだニャ』
『ここは私が。次回予告。
月日は流れ。ナナ7歳となる。変わらぬ者、変わった者。ただ等しく全ての者に、月日は流れる。皆の成長をしかと見ろ!
この様な感じでいかがでしょう?』
『『忠大! ! !』』
ハチとロクと忠大にしてもらいました。
予告通り、少しだけ時間が経過しますが……どうなる事やら?
それではまた来週会いましょう!




