8話 あらあら、王都ですって
「お母様……苦しいです……」
「あら!ごめんなさい。ナナが……ナナが……ダメね。
そうそう、久しぶり徹夜してしまいましたわ。でナナ……」
「お母様、ごめんさい。私は冒険者になる為に王都へ行きます」
「はぁ~、やはり行ってしまうのね。旦那様から話を聞いた時、行ってしまうと思っていましたわ。だから、わたくし、頑張りましたの!ジャジャーン!!コレを貴女に送るわ。受け取って」
そう言って差し出したのはショートパンツと丈の短いマントだった。
私が反応するよりも速く忠末が珍しく声を荒げたの。
『ひ、ひ、姫様!!そ、そ、それは!!
伝説の初代勇者様が身に着けていたとされる伝説のマント!聖女の祈りではありませんか?だったら凄いことです。
聖女の衣から作られしマントはあらゆる攻撃にも耐久性があり、悪意あるものの攻撃すら弾き飛ばしてしまう究極装備。さらに、さらに、魔力無き者にも聖女の加護が与えられステータス補正がされます。確かプラス10だったと記憶しております。もし本当に聖女の祈りならですが……』
「そうなの?取り敢えず聞いてみるわね。お母様。そのマントは聖女の祈りですか?」
「あら!よく知ってるわね。そうよ、コレは初代勇者が身に着けていたマント聖女の祈りです。貴女の役に立つ物を贈りたくって、わたくし夜なべしてしまいましたわ。でも問題があるのよ。このショートパンツもマントを切って作ったのだけれど、足の裾をどうするのか悩んでしまって……ねぇ、ナナはどうしたい?」
我感せずのお母様に周りはドン引き。
だけではなく右隣に大きな剣を帯刀した立派な兵士がアワアワしていたわ。
よく聞いてみると……。
「ガ、ガ、ガロス様!あれは……タロ家の家宝。聖女の祈り、ですか?」
「その通りだよ。ソノアに頼まれてなぁ。遠くに行ってしまうナナに、役に立つ物を贈りたいと泣きつかれた。コレまでの罪滅ぼしもあるし、コレくらいなら安い物だろう。そのうち俺が凄いモノを家宝にするさぁ」
「………」
そりゃ~、言葉も無くなるわ。
まさか家宝を切っちゃうなんて、引くわね。
ドン引きね。
そんな思いとは裏腹にお母様は話を止めない。
「ねぇ、ナナ。どうしたらいいかしら?」
「えっと……。筒状にして下さい。足先が出ていると、痛い……の…で……。なんかすいません。大切な家宝を……すいません」
「あら、そんな事はどうでもいいのよ。筒状でいいのなら、このままでいいわね。
さぁ!皆様はお外に出てください。女の子が着替えるのです。殿方は全員部屋から出てください。もちろん旦那様もです」
「俺も!」
「当たり前です。さぁ!早く出て行って下さい。ハンナとリルラは残ってね。
ついでに残っている者がいないかチエックとカーテンも閉めてね」
お母様はお父様の背中を押して、部屋の外に出してしまったわ。
当主が部屋にいないのに兵士がいるワケにはいかず。
大きな剣を帯刀した兵士も、両脇に並んでいた兵士もいなくなった。
今、執務室にいるのはお母様とハンナとリルラと私とハチ達。
魔獣がいる事に居残る兵士もいたが、2人の勇者が残るのでしぶしぶ退席した。
訝しむ視線が無くなった、それだけでホッとするよね。
ため息混じりでお母様を見ると、土下座をして頭を床に押し付けていた。
「ナナ……ごめんなさい。貴女にお母様と呼んでもらえる資格など無いのに……。わたくしは貴女を捨てた母なのに……ごめんなさい……ごめんなさい」
「ハンナ!私を床に降ろして!」
「今から下ろしますね」
驚いているのは私だけみたい。
ハンナがなんとなくだけれど怒っているようね。
ゆっくりとした動きで私を床に降ろしてくれたわ。
もちろん下にはクッションを敷いてだけれど。
今はそれどころではなくて土下座を止めさせなければ!
「お母様!土下座なんてやめて下さい!
お母様とお父様の愛情はしっかり感じていましたよ。私とハンナしかいないのに広いお屋敷、着るものも食べるものもいい物ばかりです。そもそも勇者のハンナがメイドをしていること自体が、愛情の表れだと思っています。もし愛していないのなら……私はこの世にはいませんね」
私は腕を伸ばし、指先を動かしてお母様に触れようともがいていると、私の代わりにハチやクロがお母様の指先をペロリと1舐めして優しく擦り寄った。
大丈夫だよ、大丈夫だよ、と言っているかのような優しさがあったわ。
「あれ?ハチ達が外に出てる!」
「私達がいますし。ハチも、クロもネズミ達も奥様より長くナナ様の側にいますから、安心です」
「ねぇ……ハンナ……怒ってる?」
「はい。怒っています」
「なぜ?」
「子供を捨てる親は、親ではありません」
ビシィッと言い切ったハンナ。
そんなハンナに私はため息混じりで話しだした。
「はぁ~、ハンナは若いわね。親とて人でしょうが。どうしょうもない事があるの!
それでも悪いとは思っていたはずよ。このルジーゼ地方には魔獣が出てくるのに、派遣される勇者も多くはないのでしょう。それなのに、私だけの為に5年も勇者を拘束しとくだなんて愛以外ないでしょうが!
それに呪い騒動でもお母様が言っていたでしょう。我が子を愛さない親はいないように、親を愛さない子もいませんって。私あれを聞いてその通りだなぁ~と思ったし、やはり私は愛されていたんだわとも思ったね。ハンナ……血のつながりは奇跡と愛で紡がれていると思うの。出会った奇跡に産まれる奇跡、そこに愛があって繋がっていくものなのよ。お母様とて苦しんだはずよ、悲しんだはずよ……分かってあげてちょうだい」
「ナナ様……」
「ナナ様。私はドワーフです」
突然、話しだしたのはリルラ。
フードを外し、ローブを脱いで現れたのはドワーフ特有のずんぐりむっくり体型。
顔は少し幼く、剛毛の髪の毛をおさげにしていたわ。
とても可愛らしいのに反して腕や足、さらに背中や太ももは筋肉もりもりのアンバランスな体型をしていたの。
この世界に生まれたばかりの頃、読んでもらった本に書いてあった通りの姿だったわ。
その時もハンナは、ドワーフはこんな野蛮な人達ではありませんと彼女を知っていたからの言葉だったのね。
「私の場合は特殊中の特殊で。ドワーフから産まれたらドワーフでは無く、普通の人から産まれた突然種のドワーフです。もちろん勇者です。物心ついた頃は両親を恨みましたわ。せめて男に産んで欲しかったと。荒れる私に母は、可愛いと言ったのです!可愛いと。その言葉には嘘があると思います。その証拠にソノア様はナナ様を遠ざけましたから。でも……ソノア様は苦しみ続けていました……泣いておられました……それは今も。ハンナ姉がナナ様に付いていたように、私はソノア様に付いて、悲しみに暮れるのを見てきたのです。私とガロス様が1番理解していると思っていたのに……ナナ様も理解しているだなんて感服いたします。
この、聖女の祈りから作られたパンツとマントは特別製です。何が特別なのかと言いますと、装備した人の体型に合わせる事が出来る装備だからです。コレは極秘中の極秘なので内密に。
ナナ様。けしてナナ様の事を忘れていた訳でも、愛していなかった訳でもありません。その事を理解していただきありがとうございます」
そう言ってリルラは頭を下げた。
お母様は頭を上げて、リルラを驚きの顔で見ていたわ。
おそらくだけれど、知らなかったようね。
ハンナは優しい顔付きに変わっていたわ。
理解してくれたようで私は嬉しかった。
そんなハンナが吹っ切れた声で話しだした。
「さぁ!ソノア様。ナナ様のお着替えをお願いします。私は……リルラと掃除でもしています」
「うふふ、ハンナったら誤魔化すのがヘタね。お母様、お手伝いよろしくお願いします」
「い、いいのかしら?」
「もちろんです」
本当は私一人でも身の回りの事は出来る。
ハンナが一人でも生きていけるように訓練してくれた成果。
着替えも髪のセットも出来るし、ダメならハチもロクも手伝ってくれるのでなんの不自由もないの。
それでもハンナはお母様に手伝ってと、言ったのよ。
優しさに涙が出そうになったわ。
お母様はひと粒ふた粒の涙を流したけれど、笑顔で着替えを手伝ってくれた。
あら!とかまぁ!など言いながら、嬉しそうに着替えをしてくれたお母様。
終わると笑顔そのままにお願いされたの。
「ねぇ、ナナ。この子達のお名前を教えてくれない?」
「え!名前ですか?いいですけど……。みんな!並んでくれる?」
『はいワン』
代表してハチが答えてくれた。
私とお母様の前に並んだわ。
「こちらから、ハチ、ロク、忠大、忠吉、忠中、忠末、忠凶です」
名前を教え終わると、お母様はまた土下座をして頭を下げた。
「ハチ、ロク、忠大、忠吉、忠中、忠末、忠凶……ナナの事をどうかよろしくお願いします」
『はいワン』
『当たり前ニャ』
『『『『『はっ』』』』』
顔を上げたお母様は嬉しそうに。
「うふふ、今のはなんと言っていたのか分かったわ!ナナの事を本当にお願いね」
今度はハチ達をまとめて抱きしめた。
私の時より大人の包容力で抱きしめられていたわ。
胸のあたりが邪魔なような気がするが……私もアレぐらいの大きさになるのかしら。
さて、お母様には立ってもらい、私も覚悟を決める時が来たようね。
外にいるであろう人達を呼んで宣言をするわ。
「お母様。立ってください。そして私を抱えてくださいね。外にいる方々も入ってきて下さい!」
私の言葉を受けて部屋の外で、扉の隙間から見ていた人たちが中に入ってきた。
出て行った時と同じ人達?と疑いたくなるほど、みんな優しい顔をしていたわ。
檻に入っていないのに、誰も怯えている人はいなかった。
「お父様。どうですか?似合いますか?」
「あぁ、とっても似合うよ。聖女様かと思った」
「それは言い過ぎですわ。お父様……私、鐡ナナではなく、ルジーゼ・ロタ・ガロスとルジーゼ・ロタ・ソノアの娘ナナとして王都に行きます。私はルジーゼ・ロタ・ナナです!」
私はお母様に抱かれ、お父様はお母様の腰に手を回し優しく支えていた。
意図した構図ではなかったのに、美しい絵画がそこに飾られているかの如く、優しさに満ち溢れている姿。
後にこの執務室に一枚の大きな絵が飾られる。
その絵はこの光景を写し撮ったかのような精巧さで描かれ飾られたらしいわ。
私は恥ずかしくって見ていないのよ。
「そうだわ!お母様、コレを受け取ってください。コレは呪い騒動の時に彼女から預かった物だそうです」
私の手には5センチほどの石ラピスラズリが握られていたわ。
忘れていた訳ではないのよ!……さっき着替えた時に思い出したのよ。
お母様に渡してさらに説明を続けたわ。
「コレは呪いの騒動の時にロクから預かりました石です。お母様……元気な男の子を産んでください……と天に帰っていった彼女が言ってロクに渡したそうです。後で忠吉に見てもらったらマジックアイテムの守り石で。邪気を払い幸運をもたらす石ラピスラズリが元になったマジックアイテムだそうです。効果としては幸運の増幅、肉体と情緒と精神と霊性の調和、邪気払い、洞察力と決断力を養うなどあるようですが、最大の効果は外敵からの邪気だけではなくて己の中にある邪気も払ってくれる、最高峰の守り石だそうです。今、お母様の中に男の子が宿っているようです。魔力は無いようですが元気いっぱいの男の子みたいですよ」
「ナナ!貴女……」
そう言ってまた私を抱きしめた。
お母様を包み込むようにお父様も私を抱きしめて、3人で一頻り涙雨が降ったのよね。
足元にはハチとロクとネズミ達が静かに佇んでいたわ。
もちろん兵士たちも涙を流しながら見守っていたのよね。
みんな優しいね。
もうすでに出発の準備は万端で用意されていた。
またハチ達を檻に入れなければと思っていたらハチとロクにはなんちゃっての首輪を着けていたわ。
ネズミ達は……そのまま放置ね。
でも必ず私の側に1匹居るの。
どうもネズミ達どうしで連絡ができるみたい。
なんかあれば私に言ってくださいと忠大に言われたわ。
今、私の肩にいるのが彼だからね。
みんなはいろんな知識を得ながら進むのだそうで、つかず離れず側にいるみたい。
みんな凄いわね。
そんな感じで準備はあっという間に進んで、出発を向かえたわ。
「お母様。体を大切にして元気な子を産んでくださいね。必ず手紙を書きます」
「ナナ……ナナ……ナナ……」
「うふふ、お母様。ナナしか言っていませんわよ」
「だって、仕方ないじゃない……ありがとうね。貴女を産んで本当に良かったわ。帰りたいと思えば帰ってきてもいいし、他にしたい事があれば帰ってこなくてもいいわ。わたくしはナナのお母様ですもの!寂しくないわ。だから、だからこそ元気でいてね!息災でいてね!絶対よ!……わたくしのナナ!」
最後とばかりに強く抱きしめられた。
「お母様。痛いですわ!私だって負けてはいませんわ」
そう言って私も強く抱きしめた、と言っても5歳の力だではたかが知れているわね。
それでもお母様は嬉しそうに、楽しそうに、笑いながら話しだした。
「痛いわ!痛いわ!ナナはお父様に似て力が強いのね!お顔はわたくしに似て可愛らしいのに」
「むむ!それではソノアが可愛いと言っているのではないかなぁ?」
「あら?違いましたかしら?」
「うふふ、私はお母様に似て可愛くて、お父様に似て力が強いのですわ。だって私はお父様とお母様の娘ですもの」
抱きしめる腕に力が籠もった。
いつまで経っても終わりそうに無いやり取り、しびれを切らしたのはハンナだったわ。
「……そろそろ……出発いたしませんと……」
「むむ!そう出会ったなぁ。リルラ、後の事を頼むぞ。お父様が戻られるまでよろしく頼む」
「はっ」
「お母様!行ってまいります!お体には十二分に気を付けてくださいね!」
「ナナ!貴女もね!貴女もね!」
何度も、何度も、お母様は私を気遣う言葉を言っていたわ。
お母様に別れを告げ4頭立て屋根付き馬車に乗り込み最初に思った事は……王都ですって……ですわ。
王都に出発進行!
来週は王都に向けての珍道中です。
作中でも母親に見捨てられたナナですが、愛が無かったわけではないので許してあげて下さいね。
それにしても、リアルではウサギの檻に入れるのがしつけと宣う母親もいれば、子供の持ち物をバッキバキに壊した母親もいる。しつけとは何でしょうかね。
母親と言えども人であるのだから、千差万別いろいろあるのかも知れませんが、子供の涙は見たくないように思います。
それではまた来週!