74話 あらあら、龍王の想いですって
紅蓮の龍王こと、鐡竜一が転校して来た夕刻。
ルバー様に呼ばれて、会議室で話し合いと言う名の取り調べが行われたわ。
机1つと椅子3つ。
カツ丼はどこよ! と、言いたかったわね。
でも、トッシュから出て来た言葉は、衝撃的だったの。
「悪りぃ〜。竜が、焼肉定食? なんて言いやがるから思わず笑ってしまったぜ。
兎に角だ! 魔力の無い者も弱い者も、皆等しく強い者の餌になる。そんな世界があの山の向こうに広がってんだ。正確な人数は不明だが……おそらく、魔族は5人。魔獣は……捕食されているだろうから……不明だなぁ」
さらに……。
「あははは! 俺でさえ無理なのに、お前達が勝てる訳ないだろう」
の、言葉に絶句。
ただ、トッシュは諦めてはいなかったの。
「う〜ん、そうだなぁ。今の俺では無理だ。でも……俺は、この首輪を付けて確信した。ルバーが言ったように、人の矜持が魔族に対抗する手段だと、なぁ」
この言葉が、私たち人族の進むべき道を指し示したと思うわ。
人の矜持とは、命を守る心、と言ったのは私。
ルバー様は、全ての人の命を護る力であり魔術、と答えたの。
どちらも正しかったようね。
まず、私達がする事は魔族がいる事を周知させる事と、スキルと魔術の考査と研摩。
熟練度を上げろ! ってことよ。
「ヨッシャ! 始めるぜ! !」
トッシュの掛け声で始まった、スキル講座。
参加者はトッシュとアイザック。
講師はお父様。
助手は私。
朝から賑やかに、授業スタートってとこね。
「まずは、身体に巡る気を感じる事からだ。目を閉じて……自分の中にある気の流れを……感じるんだ」
『フム……なるほど……こういう事か。フン!』
アイザックはあっさりとコツを掴み、スキル“闘気功”を発動させたわ。
それに引き換え、苦戦しているのがトッシュ。
「出来ねぇ〜! 意味分かんねぇ〜! 気って何だよ〜!」
と、ボヤいていたわ。
それに答えたのは、アイザックとハチ。
アイザックに至っては、すでに匠の域に達しているわね。
『気と言うのは、身体に流れる生命力。生きる源だと理解した。なるほど、面白い』
『そうワン。魔力を感じる仕草に似ているワン』
「へぇ〜」
私ったら、ダメね。
ちゃんと通訳しないといけないのに、感心して伝えるの忘れてしまったの。
業を煮やしたのは、トッシュ。
「クッソ! ! こうなったら、こうしてやる!」
何がこうなったら、なのかしら? と、トッシュを振り向いた瞬間、とんでもない光景を目撃してしまったわ。
「何でなのよ! 何で龍王の姿なのよ! 魔獣化なんか許可してないわよ!」
『ナナ。魔獣化して無いワン。アレはスキル“完全擬装”だワン』
「え! そうなの?」
『……』
「はぁ? 流石の私でも、聞こえないと何言っているか分からないわ! 聞こえてる? トッシュ!」
だって、龍王よ! 竜なのよ!
確かにココは、ルジーゼ宿舎のグラウンド。
そこに、大きな赤黒いドラゴンが鎮座したのよ!
誰だって驚くわよ〜! !
〈「ちょっと、トッシュ。その姿では話すら出来ないわ。もう少し小さくなれないの?」〉
〈『やっぱり、ダメかぁ? そうかぁ〜。小さくなれりゃ〜、イイのかなぁ? だったから、これでどうだぁ!』〉
「はぁ? ……キャ! カワイイ! ! !」
そうなの。
色も姿も同じでも、大きさが違いすぎる。
大玉のスイカぐらいしか無いんだもの!
可愛すぎるわ!
「トッシュ……よね?」
『そうだぜ。この姿なら、お前らの話を聞けるだろう』
「ハチ……イケそう?」
『トッシュ。僕の言ってる事、わかるワンかぁ?』
『フッ、お前ワンって言ってるのかよ』
『この姿の時のクセだよ。犬らしくワンって言ってるワン』
『まぁ、確かに。なりきるには形からで、次に口調だわなぁ。よく考えてるぜ。良し! 話が分かる! コレでスキル“闘気功”が学べるぜ! 教えろ! !』
『分かってるから、暴れないでワン』
なんとまぁ〜。
ハチとアイザックに話を聞くため、姿形を変えるなんて想像すら出来なかったわ。
でも、コレなら私、いらないわね。
と、思っていたんだけれど……。
「ナナ」
「なに? お父様」
ちなみに私は、お父様に抱かれているわ。
だって、ハチったらトッシュとアイザックと一緒になって、スキル“闘気功”の考査をしているんですもの。
「アレは……何をしているんだ?」
「スキルの考査ですわね。気の巡らせ方や。バリエーションなどを話し合っていますわ」
「俺には、白熊と犬とドラゴンの子供が遊んでいる様にしか見えん」
「そうですわね」
和気藹々と楽しそうなんですもの。
でも、話している内容は凄いんだけれどね。
『このスキル“闘気功”はスゲェ〜! そもそも、スキルという考え方が面白い』
『だよね。僕も首輪を付けて驚いたワン。忠凶の話だと、僕たちの技に名前を付けたのが魔術で、行動援助や魔力を使わない技をスキルと考えていいんだって。それにしても、面白いワン。で〜も〜、最も面白いのはルバーワン。あの男が使うと世界に認められる。そうすると技として使える。こんな面白すぎる事はないワン!』
『その話マジかよ。そいつは面白い。でも、属性的に使えない技が有るんじゃないのか?』
「無いわよ。ルバー様は全ての属性、スキルを保有していますもの。魔力は無限ですし。やりたい放題ですわね」
私はお父様に説明しながら、ハチとトッシュの会話に口を挟んだわ。
すると、思いもよらない人が話に参加したの。
「やりたい放題とは心外ですね。僕にだって、制限の1つや2つありますよ」
「ルバー様! 制限って……ありますの?」
「本当に心外だね。まずは、大規模魔術は禁止。次は、人の尊厳を貶める様な魔術もスキルもダメ。しかし、犯罪者には尊厳無し! だけどね」
「犯罪者には尊厳無し! ですか」
「そんな事はどうでもいいんだが……ガロス! なんで僕に声をかけてくれなかっだ!」
「すまん、すまん。お前も忙しそうだったからなぁ」
「龍王様の力を拝めるチャンスだったのに! なんて事をしてくれたんだ! 僕は本当に怒っているんだぞ! 理解しているのかぁ!」
「あははは、龍王様はやめろ。そんなガラじゃない。それより、ルバー。面白いスキルを持ってるんだって?」
と、いつの間にかトッシュの姿に戻った彼が、偉そうに宣ったわ。
「は、はい。スキル“全能”ですか?」
「何故、そう思った」
「はい。僕の中で面白いスキルと言えば“全能”しか無いので、そう思いました」
「全ての属性を備え、全ての魔術・スキルを使いこなす。お前が再現できた魔術・スキルは、世界に認められ登録される。だったら……こいつも再現できれば、世界に認められるんだなぁ!」
左手を天高く突き上げた。
3メートルほど上空に、食べたら腕がゴムみたいに伸びそうな実が浮いていたわ。
でも、大きさが巨大南瓜アトランティック・ジャイアントほどありそうだけれどね。
「お前ら、そこを動くなよ」
「え?」
ハチとアイザックの動きは速かったわ。
ハチはスキル“影法師”で私の側に、アイザックは猛スピードでお父様の背後に回っていた。
そしてルバー様は、目を皿の様にしてトッシュを凝視。
お父様は、私たちを囲む様にスキル“闘気功・玉”を発動させたの。
みんなそれぞれの動きだったけれど、完璧な防御姿勢に感服したわ。
ルバー様以外だけれどね。
などと、現実逃避しても意味がなかったわ。
目の前には禍々しいまでの緋色をした、悪魔の様な実が私達に向かっていたの。
絶体絶命ね。
あんな物が直撃すれば、ただではすまないわ。
ヘタすれば死ねるわね。
そう覚悟を決めたのに、現実には予想した通りにはならなかった。
風船の中に入る様に、プルンと音が出そうな勢いで入ってしまったの。
「え? ココはどこ? ?」
「そこはだなぁ……」
「スキル“闘気功”と火属性の合わせ技。と、言うより防御技。素晴らしい!」
「ルバー! 全属性を持っているなら、そこから出てこれるはずだ。出て来い!」
「はい!」
まぁ〜、ルバー様ったら。
先生に挨拶するかの如く、良い返事ですこと。
スキルを発動させ、渦巻く緋色の世界へと手を伸ばしたの。
「ルバー様! 危険ですわ! !」
「ナナくん。大丈夫だよ。この技は、スキル“闘気功”と火属性の持ち主ならば出られるはずなんだ。“闘気功・玉”に火属性のファイアボールを圧縮し、沢山取り付けたモノだと僕は考察した。ただ、とんでもない高圧縮と高火力のなせる技だね。トッシュ様! 違いますか?」
「流石だなぁ。当たりだ! そこから出て来い!」
「チュウ!」
「はぁ? 今、チュウって聞こえなかった? 瞬間だから何を言っているか聞き取れなかったけれど、チュウって聞こえたもん。ハチ……聞こえたわよね?」
『確かに、聞こえたワン。忠凶! いるのか!」
『はっ。新しい魔術の気配を感じ参上いたしました』
そうなの。
緋色の壁の向こうに、トッシュと忠凶がいる様なのよ。
しかもその理由が、新しい魔術の気配だって。
呆れるわ。
そんな私をよそに、ルバー様は散歩する気軽さで、緋色の渦の中に歩みだしたの。
「「ルバー(様)!」」
私の悲鳴と、お父様の配慮を含んだ声が重なったわ。
当のルバー様は、入った時と同じ様に出た。
声だけは聞こえるのよ。
見えないって不安だわ!
それに、気になる!
「トッシュ様! 素晴らしい魔術です。名前はありますか?」
「名前だと。……そうだなぁ〜。火のた……」
《「マントルが良いよ! 核を護る層でマントル」》
「マントルですか。前から、気にはなっていた事を質問してもよろしいですか?」
「なんだ」
「では、何故、僕にまで竜一くんの声が聞こえるのですか?」
「それは、俺が龍王だからだ。この世に干渉する存在。お前も言っていただろう。神龍の1柱だと。そのせいで竜の声が普通に聞こえるんだと思うぜ」
「な、な、なるほど! 神龍の身技の1つなんですね! 素晴らしい!」
「お、お、おう」
「もう! ルバー様! そんな事はどうでもいいから、私たちもココから出して下さい!」
「どうでもいいだとぉ! ナナくん! 神龍様の力の一端を垣間見たんだぞ! こんな素晴らしい事はない! それを、そんな事で済まして言い訳ないだろう!」
「分かりましたわ。分かりましたから、ココから出して! !」
「理解してくれたのなら、いいんだよ。もう少しだけ、そのまま居てくれ。すぐ済むから。ガロス! 後を頼むぞ」
「分かった」
お父様は、私をハチに乗せたわ。
アイザックを呼び寄せ、スキル“闘気功・玉”を発動させた。
それを見計らったかの様に、実査が始まったの。
「ファイアボール、ウインドボール、サンドボール、ウォーターボール、ダークボール、ホワイトボール。なるほど、なるほど。水属性の術だけ、反応が違いますね」
「チュウ、チュウチュウチュウチュチュウチュウチュウ」
「ナナくん。忠凶くんはなんて言ったんだい?」
「ルバー様! 無理ですわ。この状態では、聞き取れません」
「分かった。トッシュ様、解除して下さい」
「解」
嘘の様に、緋色の玉は無くなったわ。
私は忠凶に近寄り、何を言ったか聞いたの。
「ルバー様、トッシュ。この子が、水属性の技を受け続けると消滅してしまうかも、と言ったみたいです」
「当たりだ。お前もスゲェ! その通りだが、コレを消すにはウォーターボールで1万発ぐらい打ち込まないと消えね。さてと、ルバー。この魔術の再現は出来るかぁ!」
ルバー様が大きく頷きましたわ。
「ガロス。お前が中に入ってろ」
「分かってる」
「行くぞ!」
「おう」
あらあら、簡潔なやり取りで、お父様が中に入る事に決まったみたい。
まさに阿吽の呼吸で、何をどんな風に実査するのか理解している様ね。
「魔術“マントル”」
トッシュがした様にルバー様は、緋色の玉を上空に作りお父様に放ちましたわ。
あら?
今度はやけに小さいわね。
それでも、小ぶりのアトランティック・ジャイアントぐらいはありましたわ。
でも、完璧な再現に流石の一言。
「スゲェ〜。……マジかよ! 面白い! 魔術欄に“マントル”が記載されたぞ。ルバー、ちょっと消せ」
「は、はい。解」
完全にルバー様は、トッシュの舎弟ね。
「ガロス。俺も魔術を使うぞ!」
お父様はそのまま左手を上げて、オッケサインを出したわ。
「で、だぁ。この画面の〜、この欄の〜、これだなぁ。ポチッと。ワァオ! !」
手の先に出現した魔術は……足元に激突。
半円ドームを地面に作ってしまった。
慌てたのはルバー様。
「大丈夫ですか!」
「すまん。手の先に出るのかぁ。悪りぃ。解」
頭を掻いたトッシュ。
改めて、魔術を発動させましたわ。
こんな所がギャップ萌え、なのかしらね。
でも、面白かったのかミニドラゴンの姿になりハチと忠凶の3人で、術の考査や考案を始めてしまったの。そこに……。
『ナナ! 火属性の魔術が増えたニャ!』
散歩していたロクが参加して、てんやわんやの大騒ぎ。
通訳は諦めましたわ。
だって、お父様とルバー様は、2人で新しい魔術の考査に夢中なんですもの。
必要ナッシング! ですわね。
〈「竜。聞こえてる?」〉
〈《「聞こえているよ」》〉
〈「なんで防御技だったの? トッシュなら攻撃技かと思ったんだけれど?」〉
〈《「あははは、確かに。いつものトッシュなら、攻撃系の魔術だね。でも……悔しかったと思うんだ。護ることが出来なかったからね」》〉
〈「自分の種族を?」〉
〈《「違うよ。魔獣、魔族、人族……全ての生きとし生けるモノだよ」》〉
〈「トッシュの優しさかしら? それとも、龍王の想いかしら?」〉
〈《「あははは! そうかもね」》〉
私は竜に、スキル“意思疎通”をしたわ。
そうしないと、私の話なんて誰も聞いてくれないんですもの。
はぁ〜、お昼まだかしら?
お腹すいちゃったわ。
ザパァ〜〜ン。
サァ〜〜、、、。
ザパァ〜〜ン。
サァ〜〜、、、。
コッ、コッ、コッ、、、。
カコン…コンコンコン、、、。
「来てやったぜ」
「……」
「起きろよ。俺が来てやったんだぜ」
「……」
「チィ、ダメかぁ。……起きろよ。……訳を聞かせろよ」
「……」
「なんでだよ! なんでこんな事になったんだよ! 寝ている場合じゃねぇ〜んだよ!」
「……」
「……ククル……起きろよ……」
「……」
《「トッシュ。無理みたいだね。行こう」》
「竜……起きろよ……」
トッシュの魔術考査の話でした。
ルバー様はすっかり神龍に惑わされてますね。
なかなか面白いのでこのままでいいかしら?
次回予告
「ナナちゃん! 貴女に逢いに行くわよ! !」
はぁ?
貴女は……誰? ?
私から捕捉次回予告。
7月7日。
別れ別れの恋人が1日だけ逢える日。
ナナに一目、逢いたい方が訪ねてくるお話です。
来週は仕事が忙しく、遅れて更新するかもしれません。
遅れたらごめんなさい。
それではまた来週会いましょう!




