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62話 あらあら、健康ランドですって

 優しくはないけれど、優しい世界。

 この言葉を体現したわ。

 マナスの目の代わりになる魔術の考査をしたの。

 と、言っても、何も考査らしい考査をしなかったわ。

 ハチ曰く、ある程度纏まっていたら、だって。

 後は信じる力だったみたい。

 もちろん大成功よ。

 魔術の名前も“ウインドリアクション”と決まって、午前中があっという間に過ぎ去ってしまったわ。


 お昼を食べる為に食堂へと足を向けた。

 すると、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐってくるわ。

 海の香りと優しい甘さの鶏ガラスープの匂い。

 あ!

 油で揚げる音がするわ。

 何なの? 今日のお昼は? ?

 その思いで食堂の扉を開いたわ。

 みんなの顔にも、私と同じような事を連想させる現象、お鼻ピクピクをしていたの。

 考えていることは一緒ね。


「やった! 今日のお昼はバリバリ麺ね」

「え? バリバリ麺って何?」

「うそ! ナナは日本人でしょう? コレ、日本食よね。ギン」

「……」


 何! !

 マナスの後ろに大男が! ……と言うほど大きくは無かったわね。

 ただ、厳つい顔が大男に見せていたの。

 細マッチョの三白眼。

 身長は、お父様の頭1つ低いぐらいかしら?

 その大男が、無言で頷いたわ。

 はぁ?

 そうなのよ!

 無言で頷いただけだったのよ。

 喋る気ゼロね。

 それでも、マナスは当たり前の様に話を続けたわ。


「ナナ達は知らないの? ギンはスアノース城のコック長から習ったのよね。キン、そうよね」


 え?

 今、キンって言わなかった?

 ギンでは無くてキン? ? ?

 不思議がっている私達をよそに、無口だった男が喋り出した。


「そうですぜ。マナス様。おいら達は、スアノース城コック長アン様の直弟子です。もちろん、異世界の料理も習いましたぜ。なぁ〜、ギン」

「……」


 はぁ?

 この少し甲高い声は何?

 コレがこの大男の声なの?

 ギャップが甚だしいわ!

 そんな、私達のはてなマークを理解してくれたのが、ロキアだったの。


「マナス。ちゃんと紹介しないと面食らうでしょう。ナナ、紹介するわ。こちらの大男がギンで、小さいのがキン。私達の料理長よ。2人で1人なの」

「……ギン……」

「おいらはキン。ギン、もう少し大きな声で喋らないと、聞こえないぜ。すいません。こいつ、こんな姿をしていて、臆病者で声がやたらと小さいんでやんすよ。すんません」


 大男の影からヒョコと、子供が出てきたの。

 そうなの、さっきから喋っていたのは大男の方では無く、この子供だったのね。

 納得だわ。


「今、おいらの事を子供だと思ったろう? フン! コレでも25歳の成人だ! !」

「「「「「! !」」」」」

「親子……じゃないの?」

「はぁ〜、またそれかよ。確かにおいらは小さいし、声もこんなんだから子供と見られる。さらに、こいつの側にいると親子だとよく勘違いされるが! メースロア産まれのメースロア育ち、おいらは小人族のキンだ! 姫様がた、以後お見知り置きを」


 コック帽を取り、左手を胸に当てて頭を下げたわ。

 案外、律儀ね。

 そして、小人族に疑問を持った私達に、ロキアが注釈をつけてくれたの。

 洞窟で暮らしているうちに、身長の低い子供が産まれるようになり、自然発生的に生まれたのが小人族みたい。

 要は先住民なのね。


「でも、ベルネ様も貴女も決して小さく無いわよ?」

「うふふ、そうね。どちらかと言えば長身よね。私達は、ここに派遣された勇者の家系なの。今みたいに切り開いたのは初代勇者だとしても、先に住んでいたのは彼ら小人族なのよ。それに、お母様もお父様もスアノース産まれのスアノース育ちなのよ。私とマナスはメースロア産まれのメースロア育ち、だけれどね。そのうち、小さくなるかしら?」

「そんな訳ないさぁ。ロキア様の身長が縮むはず無いですよ」

「……」


 笑いながらロキアの冗談を否定したキンに、ギンが屈んで何かを耳打ちしたわ。

 そんな事をしなくても、私達には聞こえないんだけれどね。


「あははは! そうだなぁ。悪りぃ〜。姫様がた、坊っちゃまがた、飯は熱いうちに食え! が、鉄則です。あちらに用意しております」


 そう言って、2人並んで私達を促したわ。

 確かに、正論だわね。

 それにしても、バリバリ麺って何?


「「「「皿うどん!」」」」」


 何の事はないわ。

 バリバリ麺は長崎名物皿うどん。

 油で揚げた麺に、色んな具材を炒めて片栗粉でとろみをつけた餡をかけて食べる麺料理。

 東京に住んでいたからかしら、食卓にはなかなか上がらなかったわね。

 でも、九州を旅行した時に食べたわ。

 アレは美味しかったわね。

 バリバリとした食感部分と、餡が絡んでしっとりとした麺が面白くって1日に2食、食べた記憶があるわ。

 それほど美味しかったのよ。

 こんな所で食べられるなんて……感激だわ。

 などと、感慨に浸っている私をよそに、みんなが食べ始めた。


 バリバリ。


「うめぇ!」


 バリバリ。


「美味しい」


 バリバリ。


「ヤバい」


 バリバリ。


「……」


 バリバリ。


「間違いなく、長崎名物皿うどんだわ」


 みんなそれぞれの反応だけれど、美味しさだけは一致している。

 ちなみに上から、エディ、青ちゃん、マノア、ホゼ、私ね。

 ホゼは食べるのに夢中でコメントして無しだったわ。

 意外に食いしん坊なのよね。


 さて、お昼を食べた後は……探検よ! 何か発見があるに違いないわ!

 と、思っていたのにマナスから興味をそそるキーワードが飛び出したの。


「ナナ、お昼から湯の里に行かない?」

「湯の里?」


 みんなを見ると首を横に振るばかり。

 あれ?

 ホゼだけは微妙な表情ね。


「あははは〜、行ってみるといいよ。あははは〜」


 何よ!

 その乾いた笑い。

 いいじゃないの。

 行ってみると分かるなら、行くしかないわね。


 お昼からはみんなでお出かけする事になったわ。

 そこでトラブル? ワガママ? が勃発したの。


「イヤだ! 私は、ハチの背中に乗って行くの! お姉ちゃんは馬車で来ればいいじゃない。ホゼ兄を付けてあげるから! 私は! ハチに! 乗って! 行・く・の! !」

「マナス! そんなワガママ言わないの! みんな様の迷惑になるでしょう。たかが30分ぐらい大人しく出来ないの!」

「何言ってんの! お姉ちゃん。私は……私は……そうよ! 魔術“ウインドリアクション”の考査をするのよ! い、いや違うわ。訓練よ !練習よ! 鍛錬よ!」

「はぁ〜、ウソよね。ハチちゃんの背中が気持ち良かったんでしょう。昔から大きな動物が好きだったものね。はぁ〜、ナナちゃん。マナスの事は無視していいからね。みんなで馬車に乗って行きましょう」

「えぇぇぇぇ! !」


 絶叫が木霊したわ。


「マナス! ロキア! ……どうしたの?」


 悲鳴気味だった叫びに、慌てて顔を出したのがベルネ様とリンドー様。


「うふふ、ベルネ様、リンドー様。大した事はありませんわ。これからみんなで、湯の里に行く事にしたのですが……ロキア、私はハチに乗って行くわ。マナス! 一緒に行きましょう」

「待って! 私もハチに乗るわ」

「え? 青ちゃんも? ?」

「実は私、馬車が苦手なの。平坦な道ならまだ我慢が出来るんだけれど……揺れるとね。私、沖縄でしょう。電車には乗った事ないから知らないけれど、車がダメなの。すぐ酔っちゃうのよ。ここまで来るのも辛かったわ。馬なら平気なのに……。そうだわ! 私の特殊魔術“変身・憑依”をお見せするわ。と、言っても変身しか使った事ないんだけれどね」

「だったら、オレも飛んで行くぜ! マナスの鍛錬を見ていると、オレも、ファイト! 一発! ファイトがあればなんでも出来る! そう感じたんだ。だから、オレも飛んで行く事にしたぜ」


 ………。


 みんなの目が点になったわ。

 いつの間にか、エディの脳が脳筋と化したみたいね。

 もう笑うしかない。

 そんな心境ね。

 私達は二手に分かれたわ。

 馬車組には、ロキア、ホゼ、マノア、ユント先生の4人が乗り込み。

 ハチ組には、私、マナス、青ちゃん、エディ、ハンナの5人。

 と、言ってもハチに乗るのは、私とマナスとハンナの3人だけだけどね。

 エディは自前で飛んでいるし、青ちゃんは……。


「青ちゃん、馬? にしては小さいわね」

「うふふ、私が1番好きな動物に変身したの! この子はね。与那国馬なの。日本の在来馬なのよ。分類はポニーね。この色、鹿毛しか私は知らないけれど、慣れ親しんだ動物なのよ。移動式動物園もしていたから、運搬用に大活躍だったんだから! 私はこの子に乗って、浜辺まで遠乗りしたものよ。元気にしているかしら?」


 だ、そうですわ。

 私から言わせると、普通のポニーと与那国馬の違いが分からないわね。

 そんなこんなで、出発したわ。

 ホゼ曰く、行けば分かるとの事なの。

 道は意外に凸凹していたわ。

 でも、馬車で30分の距離だもの。

 ハチの足で行けば10分ほどで到着するわね。

 でも、今回はポニーでは無くて、与那国馬の青ちゃんと一緒だから、ゆっくり歩いて20分ぐらいで目的地へと行ったわ。


 そして、見えてきたものとは……あんまりな姿だったわ。


 私は湯の里と言うぐらいだから、湯布院や別府、熱海や有馬温泉、そんな温泉街を想像していたのに……。


「大江戸……、ハワイアン……ズ? ……健康ランドじゃないの! !」


 そうなのよ!

 私の目にはどの街にもある、あの健康ランドが鎮座していたの!

 スパリゾート的なプールに温泉。

 遊びきれない常夏の国。

 そう!

 あのフラダンスで脚光を浴びた、施設に酷似していたの。


「ホ、ホ、ホゼ! コレは……ス」

「ナナ! それ以上は言っては行けない! 君の言いたいことはよく分かる! 僕だって驚いたさぁ。でも、中に入ってさらに愕然とするよ。そして、あまりの快適さに陥落する……恐ろしい場所なんだ……」


 遠くを見つめるホゼが、私の隣で佇んでいたわ。

 お口あんぐりしているのは勿論、エディ、私、青ちゃん、マノア、ユント先生の5人。

 要は異世界人だけが、アホ面を晒してしまったの。

 でも、これだけ揃うとある意味、壮観ね。

 ロキアがクスクス笑いを、噛み殺しているわ。

 失礼しちゃうわね。


「いやっしゃいませ。ロキア様、マナス様。何時ものお部屋でよろしいですか?」

「そうね。……1、2、3、4、5、6、7、だから8人部屋と2人部屋を用意してちょうだい」

「はい。大部屋となりますがよろしいでしょうか」

「えぇ、そこでいいわ。私達はプールに行くから」

「はい。すぐマナス様の準備を、いたします」

「その必要はないわ! 私は1人でも大丈夫!」

「はい。お部屋の用意を致します。それでは、常夏の国をお楽しみ下さい」


 ロキアもマナスも、当たり前の様に入って行ったわ。

 私達はポカーン、よね。


「もう! ナナ達、早く行くわよ。キャ!」


 ドテ!


 振り返ったマナスが盛大に転んだわ。

 私が手を伸ばす前に自分で立ち上がり、パンツを叩きながら嬉しそうに話し出したの。


「エヘヘ、転んじゃった。まだまだね。もっともっと、魔術“ウインドリアクション”を鍛錬しないといけないわ。でも……私1人だから転んだのよね。私1人だから……1人で歩いている証拠だわ。変ね。やっぱり転んだところが痛いのかしら? 涙が止まらないわ」

「マナス!」


 ロキアが駆け寄り、抱きしめたわ。

 私達も同じ様に駆け寄り輪になったの。

 馬鹿みたいに泣いてしまったわ。

 当たり前の事が、当たり前の様に出来るって、幸せよね。

 マナスは手に入れたのよ!

 当たり前の日常をね。


 私達はロキアとマナスに連れられて、女子更衣室に入って行ったの。

 何も考えずにね。

 心の底から後悔したわ。

 時間を巻き戻したいわね。


「イィィィ、ヤァァァ〜〜」


 マノアの拒絶の絶叫が私の思いと一致したわ。

 私も、イィィィ〜、ヤァァァ〜! !


「で、で、でも、水着を着ないとプールには入れないわよ? 個室のお風呂は無しでもいいけれど、プールはダメなのよ。どれでもいいから着て行きましょう。マノアにしてもナナにしても、スタイルが良いからなんでも似合うわよ」

「はぁ〜。貴女に言われたくないわ。スタイル抜群のロキア様」

「なんか棘のある言い方ね。ナナ様」


 ロキアと睨み合いをしてしまったわ。

 何とかこのまま、有耶無耶にできないかしら?

 と、思っていたらロキアの味方がいたのよ。

 純真無垢な子供がね。


「ナナとマノアは着替えないの?」

「青ちゃん! ! 貴女になんてモノを着ているのよ!」

「え? 水着でしょう。私、コレしか着たことないけれど……違うの?」


 青ちゃんが当たり前の様に着てきたモノとは!

 言わずと知れたスク水でした。

 しかも名前入り。

 さらに一部の人には垂涎のツルペタ幼児体型。

 その姿を世間様に見せる訳にはいかないわ! !


「マノア! 正気に戻って! 青ちゃんがピンチよ! シッカリしてちょうだい! !」


 私はイヤイヤしているマノアを強く揺さぶり、私の話を聞ける状態にしたわ。


「このままでは、私達もスク水よ! 貴女と私で阻止するの! シッカリしてちょうだい! !」


 もう一度揺り動かした。


「ナ、ナ、ナナ? ナナ! ! ごめんなさい。はぁ〜、はぁ〜。私は大丈夫よ」

「マノア、覚悟を決めるしかないわ。せめてもの救いは種類と柄が豊富にある事よ。この中から被害の少ないモノを選びましょう。私と貴女しかいないのよ! もう一度言うわ。私と貴女しかいないのよ!」

「ナナ、分かったわ。腹をくくるしかないわね。大丈夫! 晩御飯前だわ!」

「そうね。なかなかイイ情報だわ! その意気で選びましょう」

「お姉ちゃん……そんなに必死になる事?」

「あははは……ねぇ」


 戦地へ向かう兵士の様な意気込みの、私とマノアに対して冷静なマナスに乾いた笑いのロキア。

 そんな2人を無視して、私とマノアは青ちゃんを連れて選び直したわ。

 はぁ〜、本当に疲れた。


 全神経を集中して着替えた水着は……。


「ナナ。もう少し動きやすい水着にすればいいなに。そんなに着ていると動き難いでしょう? プールに入らないの? 私のと同じで色違いがあるから、着ればいいなに。絶対可愛いのになぁ〜」

「はぁ? 隠れスタイル抜群のマナスに言われたくないわね」


 まずは簡単に説明するわ。

 私は、タンクトップとショートパンツのビキニセパレートタイプを選んだわ。

 カラフルパステルカラーのラッシュガード付き。

 長袖で体型カバーをしてくれる水着にしたの。

 マノアは、オールインワンのネイビー色のワンピースタイプを選んだわ。

 エスニック柄でバッチリ体型が隠れる水着ね。

 青ちゃんはスク水では無くて、黒肩紐のクロスデザインのブラとパンツ。

 さらにピンクの花柄フレアースカート付きのビキニタイプにしたわ。

 可愛いと言うよりセクシーね。

 ちなみに、マナスは元気印の赤のパンツタイプとチューブトップのビキニだったわ。

 そして、問題はロキアよ。

 黒色のホールネックタイプのブラとフレアースカートのビキニ。

 よく実った胸がはち切れんばかりに収まっていたわ。

 一本勝ちね。

 ちなみに、ハンナとユント先生は……競泳水着でした。

 ハンナは理想的な標準体型で、グレープフルーツが2個、水着に収まっていたわ。

 笑ってしまったのが、ユント先生なの。

 想像通りの冷凍みかんが2個、水着の中で泳いでいたわ。

 親近感が湧くわね。

 心の師匠に格上げですわね。


 はぁ〜、水着選びだけでドット疲れたわ。

 もう、帰っていいかしら?

 でも、まだまだ先が長いのよね。

 午後は始まったばかり……クスン……やっぱり……イィィィ〜、ヤァァァ〜! !

ある意味、どの戦いよりも壮絶な死闘が繰り広げられましたね。

ちなみに私は……コメントを差し控えさせて頂きます。


次回予告

「ギン。おれらの時代が来たなぁ」

「……」

「あぁ、分かってる。これからは異世界料理バトル小説になるんだろう」

「……」

「はぁ? 違う? そんな事にはならない? マジかぁ!」

「……」

「分かったよ。次回予告をするよ。少しは黙ってろ!

えっと、次回予告。湯の里でバカンスを満喫しているナナ達。メースロアになぜ健康ランドが誕生したのかぁ? そして、先住民との間で何が起こったのかぁ? 人に歴史あり! 土地に争いあり! 血塗られた歴史の真実を目の当たりにする。

こんなもんでいいだろう」

「……完璧……」

「本当に小さいなぁ」


ギンとキンに予告をしてもらいました。

ギンはほとんどお喋りをしないのである意味、書きやすいかも?


それでは、また来週会いましょう!


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