50話 あらあら、チンピラ勇者ですって
勇者クラスのクラーネルがしでかした悪戯のせいで、私は蟻地獄に嵌り下へと落ちたわ。
そこは、竜の魔力を祀る祠があったの。
ハチがそれをパックと飲み込み、自身の魔力へと変えたわ。
そして進化を遂げたの。
ウインドウルフから大神へとね。
姿も一回り小さくなったわ。
こんな風に書くと、簡単に進化をして蟻地獄から脱出できたように感じるけれど、大変だったのよ。
ハチも死にそうになるし、ロクやみんなとも連絡が取れなくなるし、私は泣くだけしか出来なくて悔しい思いを味わうし、も〜本当に辛かったわ。
青ちゃん達やロクは大丈夫だったのかしら?
「ワン! ウゥワンワン!」
「え! 嘘! 沈んでるの? はっ! みんな来ないで! !」
「ナナちゃん!」
「ナナ! !」
「ニャニャ!」
「ロク! 貴女はみんなを守ってゴールまで行ってちょうだい! 私は大丈夫だから。ハチも居るし、ネズミ隊も呼び出せるわ。だから、だから! ! 貴女はみんなを守って! ! ロク、魔獣化を許可……」
「ニャニャ! ! ! !」
「ロクちゃん! ダメ! 行ってはダメよ! マノア! 先生を呼んで来て!」
「分かった!」
どうしょう。
ナナちゃんが……ナナちゃんが……。
とにかく、ロクちゃんを落ち着かせないといけないわ。
私がしっかりしないとダメよね。
私に出来るかしら?
「青! とりあえず固まろうぜ。なんかあったらヤバいしさぁ」
「うん」
ロクちゃんを抱いた私の周りに、みんなが集まったわ。
時間を置かずに先生達が来てくれたの。
少しホッとする。
「青森さん! 何があったのですか!」
「ハンナ先生! ロクちゃん! 落ち着いて! ヨシヨシ、お願いだから落ち着いて。
先生、ナナちゃんが突然、曲がってしまって。脇道に入ってしまったんです。よくよく見てみると矢印が変な方向を向いていて……先生!」
「青森さん。落ち着いて。ナナ様はハチと一緒に砂の中に入って行ったのですね」
「はい、そうです。最後にロクちゃんの魔獣化を許可して砂の中に……。先生! ナナちゃんは大丈夫なんでしょうか! グスン」
「ゴロニャ〜ン」
「ロクちゃん……」
私は黒猫を抱きしめた。
きっと大丈夫よね。
ロクちゃん……。
「ゴロニャーン!」
暴れ出したロクちゃん。
私の腕から逃れた彼女が、黒豹の姿へと変わったの。
魔獣化したのね。
すると、先へと歩き出したの。
「先生! ロクちゃんが歩き出しました」
「そうですね。……ユント先生とみんなは先へと進んで。私は何とかナナ様を助けるから。もし何かあれば、連絡するわ」
「分かりました。くれぐれも無茶はしないで下さい。この世界にはハンナ先生が必要なんですから!」
「……フゥ〜。そうね。ユント、ありがとう。少しだけ様子を見てから、ルバー様に相談するわ。あなた達は、先に行ってちょうだい。青森さん。貴女は動物の扱いには慣れていそうだから、ロクの事を宜しくお願いするわね。魔獣化をしていても、ナナ様が居れば無茶な事はしないわ。でも今は居ないから、手綱をしっかり持っていて」
「はい!」
私達はハンナ先生の指示に従い、歩き出したわ。
先頭はユント先生、エディ、マノア、ホゼ、私、ロクちゃんの順番で、ヒコモンターニュ運動公園へと急いだの。
5分ほどした時、ロクちゃんの足が止まったわ。
あ! と思って振り向くと。
「チュウ。チュウチュウ、チュチュウ。チュチュウチュウチュ。チュウ、チュチュウチュウチュウチュウ。チュチュウチュウチュウ、チュウ。チュウチュウチュウ、チュウチュウチュ」
「ニャ! ニャニャニャニャニャン! ニャ、ニャニャニャ“ニャ”ニャン“ニャン”ニャゴロニャーン、ニャニャン」
「チュウ」
何を言っているかサッパリ解らないわ。
でも、この会話の後からロクちゃんの逆立った毛が治ったの。
きっと、ナナちゃんと連絡が取れたんだわ。
そう思っていると後ろから声を掛けられた。
「ロク! 」
「キャ!」
「はぁ、はぁ。ごめんなさい、青森さん。ユント! ちょっと待って」
本当に驚いたわ。
声を掛けたのは、ハンナ先生だったの。
私が悲鳴を上げてしまったからみんなが、慌てて戻って来てくれた。
「青! 大丈夫かぁ!」
真っ先に私を抱きしめたのはマノア。
目を白黒させていたわ。
次に大丈夫かぁ! と言ってくれたのがエディ。
走り寄って来ているのがホゼ。
みんなが集まってくれたの。
ユント先生は私を通り越して話し出したわ。
「ハンナ! ナナさんは……」
「大丈夫よ。ナナ様からの手紙にそう書いてあったわ。何かあれば忠中が伝えてくれるみたい」
「はぁ、はぁ。え! ハンナ先生。スキルは使えないのですか?」
「大丈夫ですか? ホゼッヒくん」
「ハンナ先生、大丈夫です。はぁ、はぁ。スキルが使えないとは、本当ですか?」
「先程から、スキル“意思疎通”をしていますが返答ありません。ナナ様、自身に何かあったと考えるのが普通ですよね。急いで砂の中に入ろうとした時、この子が手紙を持って現れました。ルバー様に連絡を取ると、同じ様な内容の手紙を忠末から受け取ったみたい。……文面を信じるなら……大丈夫という事でしょう。はぁ〜、ここにいても意味がありません。運動公園に行きましょう。ロクと青森さんを先頭にして、エディ様、ホゼッヒくん、ユント先生、マノアさん、私の順番で歩きます。皆さんも残り3分の2弱ですから、気を抜かずに歩きましょう」
「「「「はい!」」」」
私達は注意しながら、先へ先へと進んだわ。
とくに何があったわけもなく、順調に歩けたの。
ただ、途中で魔獣化した忠吉くんが参加したのには驚いたわね。
きっと、私達を心配したナナちゃんが寄越したんだわ。
嬉しかったけれど、何にも無かったのよ。
拍子抜けだったわね。
でも、問題はその先に待っていたの。
トンネルを抜けるとそこは……草原だった。
「ルバー様!」
「ハンナくん! ナナくんと通話は出来たのか?」
「それが……」
「何故こんな事になったんだ! 君が付いていながら!」
「はっ、申し訳ありません。後を歩いていた生徒によりますと。ナナ様が突然は曲がられたとの事です。よくよく見てみますと、道標が何者かの手により向きを変えられいた模様です」
「何故、そう言いきれる!」
「その理由は……ダンジョンルートが貸切だった事と、異世界人クラスだけしか被害を受けていない事から、何者かが異世界人を貶めようと行った犯行だと考えられます。この写真をみて下さい」
そうなの!
私、驚いちゃった。
だってマノアったら、想い出、想い出と言いつつ、さり気なく写真を撮りまくっているんですもの。
その1つが、方向を変えられた道標。
その裏にはくっきりと手形が着いていたの。
しかも、私達と同じ位の大きさでね。
マジマジと見つめるルバー様。
その時、前方から怖い人達が来たの。
「ハンナ。それは僕が犯人だと言いたいのかぁ! 貴様、勇者であるのに異世界人の肩を持つのか。勇者としての誇りとプライドはどこに行ったんだ! それとも、僕を、貴族を、犯罪者呼ばわりしたいだけなのか? 返答次第ではルバー! 貴様の地位も返上してもらうぞ」
「そ、それは……」
「あらあら、誇りとプライドは同じ意味ですわよ。クラーネル」
「「「「ナナ(ちゃん)」」」」
『ナナ!』
「ナナ様!』
「ナナくん。無事で何よりだよ。……ハチ? ……」
「ルバー様。詳しくは後で、お話しいたしますわ。この場を私が貰い受けますわね」
「いや〜、そ、それは……はぁ〜、怪我だけはしないで欲しいし、させないで欲しい」
「安請け合いは出来かねますが、善処します」
フゥ〜、空は高く青いわね。
も〜あれから大変だったのよ。
ハチが進化して、土属性も操れる様になったの。
砂が落ちていた部屋に戻ると、落ちていなかったのよ。
驚いたわ。
砂の一粒すら無かったの。
真っ暗な天井のはずが目を凝らしてよ〜く見てみると、遥か上空に明かりが見えたわ。
おそらく道標の街灯ね。
あそこから落ちたのみたい。
ハチがスプリングボートで足場を作り、上がって行ったわ。
なかなかのスリリングなジャンピングにクラクラしたけれど、スキル“闘気功・纏”のおかげで落ちることは無かったのよ。
それでも怖かったけれどね。
元の道に戻って来てからも、恐ろしかったわ。
だって、ハチったら。
飛んでいる様に走るんですもの。
魔力が上がって嬉しいのか、脱出できた事に喜んでいるのか、分からなかったけれど楽しそうに疾走したわ。
振り落とされる心配は皆無でも、怖いものは怖いわ!
トランス状態になりながらでもトンネルを抜けると、青い空が私を正常な状態に戻してくれた。
青い空! 新鮮な空気! 落ち着くわ〜。
目の前には私を嵌めた張本人、勇者クラス1年生が勢ぞろいしていた。
さて、売られた喧嘩を買いましょうね。
やられたらやり返す! 倍返しだ!
あれ? どこかで聞いたセリフね? ?
「クラーネル。貴方がやった事……では無いわね。どうせ、やらせたんでしょう」
「な! なぜそんな事が分かる」
「貴方が汚れる仕事をする訳ないじゃない。バザあたりにやらせたんでしょう。手は綺麗に洗えても、袖口までは洗えないものね。汚れているわよ。バザ」
私の発言に、慌てて袖口を隠すバザ。
「サラサラの砂埃が付くわけないじゃないの。その行動、そのものが証拠よ」
「そ、そんな事、ぼ、ぼ、僕が命じる訳ないじゃないかぁ! 僕は貴族だぞ!」
「はぁ〜。言うと思いました。本当にチンピラ思想ね。だったら簡単な方法で、白黒つけましょう」
「はぁ? 何をするんだ」
「貴方は、勇者がこの世で最も強い存在だと信じているのでしょう?」
「あぁ、そうだ。勇者が居るから、魔獣も恐れをなして近寄れない。僕はそう、教えられた。弱き者は強き者の傘に入ればいい! それは即ち、勇者の庇護の下で平民や異世界人が暮らす事を意味する。……黙って、僕の言う事を聞いていればいいんだ! !」
「言っていることは一理あるわね。弱き者は強い者の傘に入ればいい……その通りね。でも、間違えてるわ。弱き者は貴方達、勇者でしょう。異世界人の庇護の下で平民や勇者が暮らせばいいわ!」
「なぁ、なぁ、なぁ、なんだとぉ! !」
私はクラーネルに詰め寄ったわ。
嫋やかな笑みをたたえ、朗らかに啖呵を切った。
「どう? 見下された気分は?……勇者なんかクソクラエよ。あんた達がどれほどの力を持っているのか、その身をもって知ればいいわ」
ここで、呼吸をする為に話を区切ったわ。
辺りを見回して失笑したのよ。
だって、口をパクパクさせ、みるみる紅くなっていくクラーネル。
他の人達も赤かったり、青かったり、黄色だったりと、色とりどりの顔にウケたわ。
それにしても、なぜ? ハンナやルバー様、青ちゃん達まで青い顔をしているのかしら?
さて、気を取り直して、最後の威勢を張りましょうね。
「クラーネル。どうせ貴方のことですもの、説教したって理解できないわよね。だったら、肉体言語で語るのみ! 私と語らいましょう、勝負しましょう。貴方が勝てば勇者の軍門に下るわ。でも、私が勝ったら……そうねぇ〜、何をしてもらおうかしら。
さぁ! ルバー様、ステージを作って下さい」
半回転して、ルバー様に催促したわ。
混乱と諦めが入り混じった表情で、私の申し出を承知したの。
それからのルバー様は早かったわね。
危なくない様に生徒達を移動させ、自分は審判と称して勇者クラス6人と私の間に立ったわ。
間近で進化したハチを見たかっただけでしょう。
でも、なんでバレたのかしら?
「ハチ、魔獣化を許可します」
私はそっとハチを撫でたわ。
『はいワン! 魔獣化・大神』
私にはハッキリ理解できても、みんなには遠吠えにしか聞こえなかったみたい。
大部分の勇者どもは腰を抜かしたいたわ。
情けないわね。
一瞬の眩耀が辺りを支配したわ。
そして、現れたのは白銀の狼。
サイズ的に随分おかしいけれど、美しい毛並みが遠近感を麻痺させていたと思うの。
その証拠に青ちゃんが仔犬でも撫でるかのように、フラフラ〜と近寄ろうとしてみんなに羽交い締めにされていたわ。
当のハチはといえば、魔力全開バリバリでご機嫌さんなのよ。
足元にいるロクを見つけて。
『ロク! 僕は並んだんだ。魔力量にしても、属性の数にしても、ランクにしても、僕はロクと同じになったんだ! !』
『ま、ま、まじニャの! ! !ナナ、あたしも進化する!』
「も! 登って来ないで! 危ないでしょう」
ロクったら、ハチの足を駆け上がろうとしたんですもの。
驚くじゃない。
まったくもぉ〜。
負けず嫌いもここまで来れば取り柄になるのね。
さて、どれだけの勇者が残るのかしら?
「ハチ! やっておしまい!」
あれ? 私が悪者?
台詞を間違えたかしら?
私の事を置き去りにして、ハチが御構い無しに魔術を放った。
『アースクエーク』
ハチが前足を踏み鳴らしたわ。
すると、私でも分かるぐらいの揺れが誰も立つ事を許さなかった。
「もぉ! みんなを転けさせてどうするの?
私達の標的は勇者よ。エディ達まで尻餅を突かせてどうするの? みんな! 大丈夫?」
『ごめんワン』
項垂れる尻尾の先でみんなが、両手を上げて輪っかを作り大丈夫と合図をくれたの。
ホッとして前を向くと、6人中3人が残ったみたいね。
クラーネル、標準体型秘書のバザ、動けるデブのクケ、この3人が支え合いながらも立ったわ。
残りは、貴族であるテデシア、標準体型ユユミナ、大飯食らいのロリ体型フレヤー、この3人がガクブルで立つ気配すらない。
周りを見ても半分弱の勇者が立てないようね。
腑抜けもいいとこだわ。
私はため息1つして、勇敢にも立ち上がった勇者に向き合った。
「はぁ〜、ダメダメね。さぁ、始めましょう」
軽くガクブル女子3人組を軽侮の眼差しを向けて、私の視界から消去したわ。
私の怒りを思い知ればいい!
ナナちゃんのお怒り登場でした。
それにしても、いつの間にか“勇者”が悪者になっていますね。
そんなつもりは微塵もなかったのに……ね。
次回予告
『本当に良かったですなぁ。忠吉、忠中、忠末、忠凶、みんなご苦労だった』
『忠大だってご苦労様だよ。ボクはちゃんと知っていたよ。本当は姫様と一緒に居たかったんだよね』
『そんなことは無い。私が行くより、魔力が多い忠凶が一緒の方がいいに決まっている』
『ここで1つ問題があったの、みんな気が付いてる?』
『はぁ?忠中……それは……なんだ?』
『忠大よ! 俺と忠末だけ、魔獣化をしていない! !』
『そうだそうだ!オレも魔獣化したかった』
『だから! ここの予告は俺達がする! 次回予告!ナナの怒りが炸裂する。クラーネル達は生き残ることができるのかぁ!』
『ルバー様にハチの進化を問われ、驚愕の魔術のが新たな扉を開く』
『『見逃せない進化がここにある!』』
『忠中、忠末。満足したか?』
『『忠大……エヘヘ〜』』
ネズミ隊に予告をしてもらいました。
忠中と忠末は、ハンナとルバー様の所に居たので魔獣化はしませんでしたね。
さて、来週は……ナナちゃんのお怒りより、ハチの新しい魔術が……あははは〜。
それではまた来週会いましょう!




