35話 あらあら、異世界人は○○ですって
上へ下への大騒ぎ。
その言葉通りの大騒動。
私のクラスメイト、本田一は渡来者ではなく転生者だった。
今の世界での名前は……スアノース・シド・エディート。
そうなの!
現国王スアノース・シド・シュード様と第2夫人エクサ様との間に産まれた子。
王子様だったのよ!
そりゃ〜ね、大騒ぎにもなるわ。
そして、彼が持っていた証明する物というのが……。
「これは……おくるみね」
私の手の中にある物は、金糸刺繍が縁取りを彩っている布地。
オーガニック素材で織られたそれは、肌触りも良く吸収性も抜群に良い……と、言えた物だった。
今は薄汚れ、皺くちゃで穴が開き、ほつれて原型を留めていない代物。
ただ四隅に3首のドラゴンが刺繍されていたわ。
もちろん金糸でね。
これは王家のエンブレム。
私は騒然としている現場で本田一に向き合った。
それにしても煩いわね。
「全員止まれ!指示があるまで待機せよ!」
私の掛け声一つで静まり返った現場。
「ハンナ。お城には知らせが行っているのよね?」
「はっ」
「だったら、私達を囲むように兵を動かしなさい。そして、その場で待機」
「はっ」
まったく、右往左往するばかりで役に立たないわね。
日頃、どんな訓練をしているのかしら?
お父様に聞いてみましょう。
今は本田一よね。
「ユント先生。魔術ザイルを解いて下さい。もう逃げたり……しないわよね?」
私が確認する様に見ると、微かに頷いた。
その表情を読み取り、先生が術を解除したわ。
その反動で、前のめりに傾き始めたの。
ハチが少しだけ動いて、私の前にフワリと着地させたわ。
そして……抱きしめた。
「どう? 人って温かいでしょう。貴方は、こうやって抱き締めて欲しかったのよね……愛して欲しかったのよね……母親の温もりが……欲しかったのよね。神様は酷い事をするわ。でも本田一くんだから……神様は生き延びると信じたから……転生させたのよ。王子としてね。少し残酷だけれど、前の世界での死が、今の生に繋がっているのよ」
私の腕の中にいる彼が、不思議そうな顔をして見つめてきたわ。
もちろん私はスルーして、話を進めた。
「母親の腕はもう無理だけれど、父親の腕ならまだ残っているはずよ! もし、抱き締めてくれなかったら私達に言いなさい。引っ叩いてあげるわ。父親なんだからそれぐらいしろ! って、怒っやる」
そこまで話し時、私と本田一くんを包む様にフワリと抱き締められた。
仲間達3人が、優しく組んだスクラムの真ん中に私達がいる感じね。
とても、とても、とても、温かいわ。
「ナナ君は過激だなぁ」
「確かに過激だわ。私もそう思う」
「そうかしら? 私はありだと思うけど」
「ホゼ、青ちゃん、マノアちゃん。ウフフ、一蓮托生ですわ。みんなで行きましょう」
「みんな……俺……」
「オホン!ナナ、説明してくれないかなぁ?」
「僕も詳しく聞きたいね。姫君」
「お、お、お父様! ル、ル、ルバー様!」
「「「え! !」」」
ルジーゼ兵をかき分けて現れたのは、ルジーゼ・ロタ・ガロス。
私のお父様。
その後ろから、天地万物の勇者ルバー様。
無限の魔力を持つお方。
そして、グラマラス美女は……誰?
「私はガロス様より預かりし、近衛兵の隊長を申しつかっておりますグフです。ガロス様……その……」
「分かっている。みなまで言うな。オホン! ナナ、状況を説明してくれるかなぁ?」
「あら? 何の説明かしら? 今のこの状況なのか〜、本田一くんについてなのか〜、どちらですの?」
「ナナ。ふざけるのもいい加減にしなさい。た、確かに、今の状況は気になるが……それどころでは無い。本当にその者がエディート様で間違い無いのだな」
抱き締めていた腕を離したわ。
そして、本田一くんを立たせて身支度を整えた。
すると、ホゼと青ちゃんとマノアちゃんが彼を守る様に立ち位置を変えたの。
みんな少しだけ震えていたけれど、見なかった事にするわ。
守りたい気持ちが嬉しかったからね。
「ハチ!」
『魔術ヘルシャフト! ルバー、ガロス、ハンナ、グフ、ユント、ルジーゼ兵に重』
ハチは私がして欲しい事を瞬時に理解し、実行してくれたわ。
流石、私の脚であり、魔力であり、家族よね。
ちなみに、魔力と言えばロクなんだけれど、彼女と忠凶と忠末は、全てを知る女プンナとヒモ男と愛人を魔術ヒプノティックで拘束中の為、私の側を離れているわ。
こちらに来たそうにウズウズしているみたいだけれどね。
そのままよ! と目線だけ送っておいたわ。
まずは、お父様に説明しないといけないしね。
そのお父様達は、大地とキスをしているわ。
体ごとね。
これは……怒られるかしら?
「お父様、ごめんなさい。私は親友になれる友達を、何の保証も無い場所に送り出したく無いの。私だけなら、お父様が全身全霊をかけて守ってくれるわ。でも私は、みんなを守りたいの。青ちゃんにマノアちゃん、ホゼに……一くん。私の学友に手出しはさせないわ。たとえお父様と言えども、です」
誰からも返事が無いわね。
当たり前といえば当たり前なの。
今、立っているのは私達だけ。
その私達のうち、状況を把握しているのは私とハチとロクとネズミ達だけ。
みんなはポカーンと口を開け、焦点の合わない目で私を見ているわ。
後で説明してあげるから、口だけは閉じてね。
女の子なのに!
それはさて置き。
お父様とルバー様の真意を確かめないと先には進めないわ。
いや、私が進めさせないわ!
守ると決めたのなら守るのよ!
今度こそ、命を捨てる様な選択はしないわ!
「忠大。物からもスキル走破は使えるの?」
『はっ。もちろ使用できます』
「そう。……ルバー様。魔術ヘルシャフトを破る考査は成功しましたか?」
声を出すことすら出来ない、世界最高峰の魔術師様が大地に頬を擦りながら否定なされたわ。
「そうですか。ではハチ、ルバー様だけ解放してあげて」
『はいワン。ルバーだけ戻』
何事も無かったかのように立ち上がったわ。
開口一番、言い放ったのよね。
魔術ヲタクのルバー様らしいわ。
「ハチ君のヘルシャフトは凄いね。僕が煎餅になるところだったよ」
「ル、ルバー様。これが証拠の品ですわ。確認して下さい」
「そうさせてもらうよ」
彼に渡した物は、詳細が書かれた書簡とボロボロのおくるみ。
書簡に関しては一抹の不安がったの。
それは、事細かに記載されていても、指示を出したと思われる第3婦人クミラ様の名前は無かったからよ。
トカゲの尻尾切りで終わらせてなるものですか!
だからこその、スキル走破ですわ。
ちゃんと視て下さいよ!
ルバー様!
「なるほど、なるほど……。最後に本人の確認をさせてもらえるかなぁ?」
「もちろんですわ。と、言いたいのですけれど、魔力を使われる恐れがあります。走破はスキルですよね。少しでも力を使用すれば、拘束させてもらいます……ね」
「あははは、ナナ君は笑顔で怖い事を言うね。もちろん何もしないさぁ。
異世界人は申告制なんだ。まぁ〜、嘘をついてまで異世界人になりたがるヤツなどいないからね。十分、成り立つんだよ。そんな異世界人の申告制だが、たった1つだけ確認する方法がある。それがスキル走破だ。書いてある物を瞬時に読み解き、記憶ある物にはその記憶すら読む事が出来るスキル。コレがどんなに凄い事なのか、分かるかい?」
「はぁ?」
突然、質問をされて間抜けな声を上げてしまったわ。
何で今、スキル走破の講釈を垂れるのよ!
そうは思っても付き合ってあげるのが大人よね。
……私は子供だけれど……まぁ〜いいかぁ。
「えっと……書いてある物、記憶ある物を読む事が出来る。あ! 隠し事が出来ませわね」
「ぷっぷっぷー! 確かに隠し事は無理だね。本当に君は素敵だ。ソノア様と同様に素晴らしい女性だ、イタ!! 分かった、分かった! 痛いから叩くな!」
お父様が地べたにへばり付いて、指先すら動く事が出来ないはずなのに、ルバー様の足を拳で打ちつけていたの。
親の愛よね。
「痛いからやめろ!
ナ、ナナ君。よ〜く考えるんだよ。書いてある物と記憶のある物、と言う事は人の過去を全て知る事が出来るという事だ。秘密どころの騒ぎではないね。その人が産まれてから今日まで、目にした物、記憶した事、その時々の感情まで紐解く事が可能なのだよ。それがスキル走破。この世界で使える者は僕しか居なかった……はずだったんだけれどね。ナナ君のところの、ネズミ達が5匹とも走破の使い手とはね。忠告をするよ。まずは、無闇矢鱈に使わせない事。このスキルは、見た目以上にハードなんだ。全ての情報が頭の中に入ってくる。膨大な量にめまいを起こす程だよ。次に、知り得た事は他言しない事。もし、話して仕舞えばナナ君に危害が及ぶかもしれないし、大切に守りたいはずの者達に害悪が降りかかるかもしれないんだ。それだけ、デリケートなスキルなんだよ。いいね! 他言は禁止! だからね」
「はい! ルバー様、ありがとうございます。確かに危険なスキルですね。以後、気をつけますわ」
「そうしてくれよ。さて、本田一くん」
そこで話を切ったルバー様。
膝立ちになり、目線を合わせた。
一くんの手を取り、ゆっくりと話し始めた。
「君の素性は確認したよ。次は、異世界人かどうかを見極めたい。本当にそうかをね。勘違いをしないでほしい。異世界人だから、良いとか悪いとかでは無い。真実を知らなければ、守る事すら出来ないからだ。では、診させてもらうよ……スキル走破」
何が起こっているのか分からずキョトン顔の彼と、跪き両手を握っているルバー様。
その姿は、司教様に懺悔をしているジャンバルジャンの様だったわ。
私、映画で観たのよね。
涙が止まらずに恥ずかしい思いをした記憶があるもの。
ところが、そんな私の思い出と同じ様に涙を流し始めたルバー様。
「エディート様……お見つけする事が叶わず、申し訳ありません。貴方様が、貴方様が、生きていた事に感謝です。そして、異世界人であった事が奇跡だったと今は思います。異世界人の、その、あの……辛い過去が、今の御命を助けたのだと実感致します。それでは、参りましょう。王が貴方様をお待ちしております」
その言葉を聞いた私は、ハチにお願いしたわ。
「ハチ。解除して」
『ハイワン。解』
大地に押さえつけられていたお父様達が、解放された。
まともに呼吸ができる様になって、ホッとした顔をしたハンナにユント先生にルジーゼ兵。
私はお父様に一くんをお願いする為に、近寄ったわ。
そんな私に開口一番、言われた言葉は……はぁ〜、大激怒だったわね。
そして、痛かったわ。
「バカモン!!」
ゴッ!
私の眼の前に星が瞬いた。
さらに……。
「親を信用しない子供が何処にいる! 我が子にどんな事があろうとも、守るのが親の役目だ! バカモン!」
ゴッ!
2発の拳骨で出来てしまったタンコブ。
摩りながら、まずは言うべき事を口にしたわ。
「お父様、ごめんなさい。…………ごめんなさい」
私は信用しなかった訳では無いの、ただ確証が欲しかっただけです。
その言葉を飲み込んだわ。
怒られている人に教示をするわね。
真摯に受け止め、言い訳をしない事。
下手な言い訳ほど、怒りの燃料にしかならないからね。
そして、求められれば答える、求められなければ答えない。
社会で生きていく為の知恵よ。
だから私は、黙って下を向いたの。
「分かればいいぞ」
優しく私の頭を撫でてくれたわ。
基本、甘いのよね。
でも、魔術ヘルシャフトはやりすぎた様だわ。
反省ね。
もうひと謝りした方が良さそうだと感じたので、ごめんなさいと口を開きかけたときだったわ。
お父様は突然、一くんに方肘を折り、右胸に左手を当てる騎士の礼をしたまま頭を下げたの。
その姿勢で話し出したわ。
声がいつものお父様では無く、何処か悲痛で哀しみが滲み出ていたの。
「王子様! 当時、近衛隊長の身でありながらお守りする事が叶わず、申し訳ありません。さらに、お母上様であるエクサ様もお助けする事が出来ず、我身を恥じ入るばかりです。ただ、愚女ではありますが、娘がお助けする事が出来て望外の喜びでございます。……本当に……本当に、生きておられて……良かった……本当に……」
お父様は、顔を上げる事なく泣いていたわ。
声がね、震えていたの。
私は心の中で問いただしたい気持ちが湧き上がったわ。
その涙は、助ける事が出来なかった懺悔の涙なの?
それとも、私が、貴方の娘が、発見した喜びの涙なの?
それ以上、泣いてしまうと何方か分からなくなるわ。
お父様、泣かないで! と口を突いて、出てきてしまいそうになった。
でも、言えなかったわ。
それ程に、取り乱したお父様。
私はそんな光景を初めて見たから、戸惑ってしまったわ。
どうしたものかと悩んでいると、ルバー様が助けてくれた。
「ガロス。それ以上、何も言うなぁ。お前以上に、会いたがっているお方が居るんだぞ! 少しでも早く、会わせてやろう。今出来る最大の事は、王に会わせることだ」
「そうだなぁ。すまん」
やっと顔を上げたお父様。
その姿に驚かされた。
だって、グショグショだったんですもの。
そして答えを知ったわ。
涙の訳は、生きていた事の喜びだった。
私はそっとハンカチを差し出したわ。
受け取ったお父様の照れ笑いは、私の宝物になりました。
うふふ、お父様は強くて優しい方ですのね。
お母様に報告しなくてわ!
「ハンナよ。ルバーと共に行き、結果を報告して欲しい。俺は屋敷で待機している」
とんでも無い事を言い出したお父様。
回りは唖然として、一時停止をしているわ。
先に回復したのは……。
「隊長! それは出来ません! 隊長に来ていただかなければ! 隊長!!」
「グフよ。今は隊長では無い。お前が隊長だ」
「しかし!……ハンナ! 何とかしてよ!」
「なんとかと言われても……」
溜息しか出ないわね。
変な所で頑固なんですもの。
ここは、私しか諌めるものは居ないみたいね。
「お父様! 臍を曲げるのも大概にして下さい。皆様、困っていますわ。
確かに、お父様は隊長ではありませんわね。貴族です。ロタ家の当主ですわ。ですが、誘拐事件が起こった時は隊長の任に就いていたのでしょう。だったら、最後まで見届ける義務があります。そうしなければ、お父様の中で事件が終わらないのではありませんか? 私なら平気です。ハチやロクにハンナやユント先生。これだけの人数がいますもの。ルバー様とて敵いませんわ」
「あははは! 言うね〜。やってみるかい?」
「そうですわね。うふふ」
私とルバー様が、ニタニタと含み笑いの応酬をしているとお父様が折れてくれたわ。
「分かった! 分かったから、その笑いは止めろ。ハンナよ。ユントよ。娘を頼む」
「かしこまりました」
「はっ」
返事をしたハンナは私に向くなり、承服しかねる事を言ったの。
「ナナ様はお屋敷に戻っていただきます」
「え! 嫌よ! やっと、普通に話が出来るようになったのよ。もう少し、みんなと居たいわ。何から、私がみんなとの所にお泊りしてもいいくらいよ。あら? いい考えじゃないの」
1人ほくそ笑んでいると、なぜかユント先生から猛反発が出たの。
「それは、困ります! 警護やら、お食事やら、準備が整いません。無理です。絶対にダメです」
「え〜、ダメなの〜」
項垂れている私に、助け舟が出されたわ。
もちろん、私の助け舟ね。
「だったら、みんながロタ家の屋敷に泊まりに来たらいいんじゃないかぁ」
「お父様! グッドアイデアですわ!」
「ハンナもそれでいいなぁ」
「そうですね。その方が守りやすいです」
「じゃ! 決まりね!」
貴族の会話に割り込めない事を身にしみて、知っていた青ちゃん達。
黙っている事をいい事に、サクサクと話を進めたわ。
さぁ! 出発よ! の段階で……。
「貴、貴、貴族の家!」
「私、無理」
「……僕……息が出来ない……」
うふふ、黙っているのが悪いのですわ。
青ちゃん! マノアちゃん! ホゼ!
ひと晩ゆっくりお話しましょうね!
楽しみだわ。
ナナが盛大に怒られておりましたね!
拳骨2発は痛そうでした。
私は拳骨はありませんが、頬を叩かれた事ならありますね。
懐かしい……思い出ですわ。
本田一は王子ネタはもう少し続きます。
しかし……次回は……。
「貴族様のお屋敷だよ〜! 粗相したから打ち首、獄門〜島?」
「マノアちゃん。しっかり次回予告しなくていいの? 獄門島って何よ?」
「え! 青ちゃん知らないの??? あの有名な探偵様を???」
「2人とも話が逸れているよ。次回はロタ家のお屋敷にお泊まり!僕と青ちゃんとマノアは無事に帰れるのか! 乞うご期待! こんな感じで良いよね」
「「……それもどうかと……」
泊まりに来てくれる青ちゃん、マノアちゃん、ホゼに予告をしてもらいました。
予告になってない、との声をスルーしてまた来週会いましょう。




