34話 あらあら、真実の言明ですって
全く頭にきちゃうわ!
何が暗黙の階級よ!
そんなモノ、私が木っ端微塵に吹き飛ばして差し上げますわ。
糸巻きくんこと本田一くんには驚かされたけれど、今はロクの魔術ザイルでグルグル巻きなのよね。
みんなとも少しだけ距離が縮んだ様でホッとしたわ。
でも……これから行く所でまた、引かれるわね。
はぁ〜。
案の定、歩き出して、はしゃいでいたクラスメイト達はアワアワしだし、担任の異世界人ユント先生とハンナとルジーゼ兵も槍や剣を出して身構えながら、着いてきているわ。
「ナ、ナ、ナナちゃん! ス、ス、スラム街!!」
ワナワナしていても何とか話したのが、陸奥青森の青ちゃん。
「ナナナナナナ……」
ワナワナ、アワアワしていて何を言っているのか聞き取れないのが、メースロア・マノアのマノアちゃん。
「……」
ワナワナ、アワアワ、パクパクしていて言葉すら無かったのが、ルジーゼ・ホゼッヒのホゼ。
「ナナさん! ココは大変危険でぇ〜す! お戻りくださぁ〜い!」
ワナワナ、ワタワタ、パクパクしていても先生らしい言動なのが、異世界人ユント先生。
語尾がギャルぽいイケメン乙女なのだけれど、良しとするわ。
生徒を思っての発言だったからね。
警戒していても何処か諦めムードなのが、ハンナとルジーゼ兵。
おかしいわね。
もう慣れちゃったの?
そんな事はさて置き、不思議な事を発見したの。
私達は、学園の異世界人校舎からスラム街へと出かけたわ。
20分ほどで到着したのよね。
あれ?
私は朝、ルジーゼのお屋敷から馬車で30分以上かけて校舎に到着したわ。
距離的に話すと。
モンサンミッシェル風のお城がある方を北とするならば、ルジーゼ屋敷のある方向が東で、東京都で例えるなら23区内の距離ぐらい離れているわ。
一方、異世界人校舎が建っているのが南東方向で、ギリギリ都民の権利を確保出来る場所ぐらいの距離にある。
ほら! おかしいでしょう!
遠くにあるのに、20分でスラム街に着くなんて変だわ。
魔術でも使ったのかしら?
ちなみにスラム街は、グランド・リュー風城下町の裏から城の下辺りまであるの。
「ねぇ、忠大。何かしたのかしら?」
『姫様。何の事で御座いましょうか?』
「だって、どう考えてもおかしいじゃないの。距離的に言えば校舎の方が遠いのに、スラム街へは20分で行けてるわ。屋敷から校舎までが30分以上もかけて行ったのに……変よ」
『そ、それは……』
忠大がハンナをチラチラ見たわ。
もしかして……。
「ハンナ! 貴女、ワザとゆっくり馬車を走らせたわね。それだけでは無いわ。朝だって、矢鱈と遅かったもの。まさか、まさか、平伏す時間を作る為だったの? その為の遅延だったの?」
私はハンナに詰め寄ったわ。
当の本人は、ばつが悪いのか私と目を合わない。
どうも当たりの様ね。
さらに追い討ちをかけるべく、口を開きかけた。
誰も助けてくれないと悟ったハンナは、やっと私を見たわ。
覚悟を決めるのね!
助けてくれる船には、誰も乗り合わせていないわよ。
と、思ったらいたのよね。
『姫様。あまりハンナ様を責めるないで下さい。貴族とは言え、異世界人である姫様の事を心配して、あの様な行動をとったと思われます』
「へぇ〜」
『ひ、ひ、姫様! 私は何も頂いてはおりませんぞ!』
「ふぅ〜ん」
『……ほんの少しだけ……チーズを融通してもらいましたが……それとこれとは……えっと……その』
「まぁ〜、いいわ。それよりハンナ、私の話を聞いてちょうだい。私は大丈夫よ。貴女が思っている千倍は強いの! 私もそうだし、ハチやロクに至っては言わずもがな……でしょう! 私ね。楽しみにしていたのよ。お父様とルバー様、貴女と豪黒の勇者リルラ様のような親友が欲しの。クラスメイトと一緒に過ごす時が欲しいの。お願い分かってちょうだい」
もう1人、理解して欲しい人がいるわ。
「ユント先生も分かって下さい。確かに私は貴族です。ですが……みんなと仲良くしたい。机を並べて勉強したり、部活したり、恋バナしたり……学生らしい事がしたい。異世界人の先生なら分かりますよね。私の学生時代は昭和初期。日本も世界も暗くなりつつある時だったけれど、子供の私達には関係なかったわ。うふふ。サヨちゃんにヨッちゃん、アツシくんにマーくん、みんなを引き連れて夜暗くなるまで遊んでいたわね。私ね〜、ガキ大将だったのよ。秘密基地を作って柿やら枇杷やらを取ってきては、みんなで食べていたの。干し柿まで作っていたのよ。凄いでしょう! ……そんな友達が欲しいわ。……笑いあえる仲間が欲しい」
先生は歩みを止めて逡巡したわ。
そして何かを決めたかの様な表情を見せた。
「分かりました。ナナさん。では、明日から8時には教室に入って下さいね。遅刻は許しませんよ!」
「はい! 先生」
「ナナちゃん! 教室は7時半から開いているのよ」
「青ちゃん、教えてくれてありがとう。貴女が1番なの?」
「そうねぇ〜。私かホゼね」
「悪かったわね。どうせ私が最後ですよ」
「うふふ……そうなのね」
「うふふ……そうなのよ」
「マノアちゃんはお寝坊さんなのよね」
「青ちゃん! 余計な事は言わないでよ!」
『姫様。到着いたしましたが……今は不在のようです』
などとお喋りをしている間に着いたみたいね。
私達はスラム街の最奥地まで来ていたの。
ここは異世界人が奴隷として扱われていた時代の名残。
不自然なほど、巨大な岩盤の上に建つモンサンミッシェル風の城。
その下の岩盤をくり抜き牢屋を作り、捕らえて来た渡来者や転生者、さらに犯罪者までもが収監された場所が存在していたわ。
まるで犯罪者ね。
奴隷制度が無くなった時に犯罪者は別の場所に移され、異世界人は社会に復帰したわ。
忌わしい過去の遺産をそのままにしてね。
そこに、孤児や性根の腐った者達が棲みつきスラム街となったの。
何処の世界にでもあるのね。
哀しくなるわ。
忠大から報告を受けた。
でも“知る者”は居ないみたい。
さて、そろそろ私達がスラム街まで来た理由を話さないといけないわね。
何故ここに居るのかを知っているのは、私とネズミ達とハチとロク。
そして……。
「ここがどんな所かを知っているわよね。本田一くん」
私の言葉にビクッと震わせた糸巻きくん。
地面とにらめっこしたまま動かないわ。
私達は“知る者”が住んでいる、向かいの瓦礫に隠れた。
もちろんみんなを連れてね。
私達がゆうに隠れる程の砕片が沢山有るのですもの。
酷い場所よ。
「顔を上げて、私を見なさい」
私の言葉に従い上げた顔には、今にも走り去りたい怯えた表情が読み取れたわ。
目には零れ落ちそうなほどの涙を溜めてね。
少しだけ可哀想な気もしたけれど、みんな大なり小なり乗り越えて来た道なのよ。
私は心を般若にして諭したわ。
般若の段階で温い言い方では無いけれどね。
「もう一度、言うわ。ここが何処だか知っているわよね。“今”の貴方が覚えている古い記憶が、ここのはずだわ。貴方は渡来者では無く転生者よ。
みんなね……異世界人はね……過去を飲み込み、今を生きているの。みんなそれぞれ、辛い前世の悲しみを飲み込んで、前を向いて歩いているのよ! それなのに貴方は何? 前の世界の悲しみに暮れるばかりで、歩こうとしない。その姿勢に腹が立つ!
神様はね。ちゃんと考えていると思うわ。前の世界で辛い思いをしたのなら、今の世界では幸福を用意していたはずよ。悲しみに見合う喜びを……ね。だいたい変でしょう。働いてる様子が無いのにお金がある事。似ていない親子。愛情の欠片もない母親……なるほど、そう言う事だったのね。貴方は愛情を示してくれなかった母親を見て、前の世界での母親を痛烈に思い出してしまった。トラウマが心を支配して、真実から目を背けたのね。でもね、それでもね! 前を向いて歩かないと、未来に辿り着けないの! 貴方は前を向いて、歩いて行かないといけないのよ。簡単に辿り着けた未来なのに……本当に何をしていたの! 間抜けにも程があるわね」
『ひ、姫、姫様。そろそろ“知る者”がこちらへと来るようです』
「あら? そうなの。まだまだ言いたい事が沢山有るんだけれど……それよりも“知る者”は、ちゃんと喋ってくれるのかしら?」
『だったらあたしに任せなぁ!』
「え? ダメよ。ロクは糸巻きくんを縛っているのよ。逃げられたら別の意味で、大変な事になるわ」
話の中心にいた本田一くんはキョトン顔で私を見ていたわ。
それまでは、目に涙を溜めてフルフルと震えていたけれど。
話を聞くにつれて、自分の出生に秘密がある事を理解したみたいね。
まったく気付くのが遅いのよ!
そしてもう1人、私達の会話で見識した方がいたのよね。
「ナナさん……この魔術ザイルは、一くんを処罰する為のモノではないのよね」
「はい、先生。その通りです」
「だったら私が魔術ザイルを使います。猫ちゃんのザイルを解いてもいいですよ」
ユント先生が話に割り込み、結論付けてしまったわ。
そして、ロクの魔術ザイルの上に先生のザイルが巻かれたの。
少しだけ緩いかしらね。
何よりも私を驚かせたのは、その姿だったわ。
「魔術ザイル」
先生の背中に黒くて大きな翼がはためいたの。
イケメン姿に黒い翼……玄孫の杏奈ちゃんが見たら鼻血モノね。
あの子は漫画やアニメに小説と、本当に好きだったもの。
そこに出てくる堕天使ミカエルなんちゃらに似ているわ。
ただ、残念なのが……。
「あ! コレでしょう。も〜やだぁ〜、見ないでぇ〜。翼だから飛べるかと思って、ものすご〜く、練習したのよぉ〜。でもね……ダメだったの! ハリボテなの! なんちゃってなの! 見た感じ良いだけで残念翼なの!!」
女子高生のノリでクネクネしだしたのよね。
翼よりもイケメン乙女に、残念!
そんな事を思っていると忠大から、爆弾が来た事を教えてくれたわ。
いよいよね!
覚悟なさい!
『姫様。あの者で御座います』
「そう。では、真実の言明をしてもらいましょうかね」
指し示した先には、この場に不釣り合いな程ふくよかで良い物を着たきつね顔の女がいたわ。
私が口を開くより先にロクが行動を起こしたの。
普通の黒猫の姿で、瓦礫をスルスルと抜けて女の足下にじゃれ付いたわ。
少し離れていたから、怪訝そうな女の声とロクの鳴き声しか聞こえなかったの。
「あっちに行きなぁ! シッシ、シッシ、シッ」
「……ニャ〜」
微かに、私の耳には魔術ヒプノティックと聞こえたわ。
どんな魔術なのか、説明を受けるより明らかだったのよ。
だって剣呑だったきつね顔の女が虚ろになり、大事そうに抱えていた大きな袋を落としたの。
そして、焦点が合わない眼と半開きの口、フワフワ揺れる体……催眠術よね。
私が聞くよりも先に、荷物を持ってフワフワとこちらに来たわ。
『忠凶、忠末。家の中にヒモ男と愛人が居るから、捕まえてきニャ。知りはしないが、勘付いていたはずだよ。そのまま兵士に渡してやりニャ。締め上げたら……何か吐くかもね。楽しみニャ〜』
『『はっ』』
ロクの意地悪な声と音も無く現れた、2匹のネズミ達。
そしてまた、無音で姿を消したのよ。
あの子達は何なのかしらね。
と思う間もなく戸が開き、きつね顔の知る女と同じ様な姿でこちらに歩いて来たわ。
フワフワと揺れながらね。
それを見届けたロクは道の真ん中に陣取ったわ。
私達も隠れる必要が無くなったので、ロクと向かい合う形で集まったの。
道と言っても瓦礫をどかしただけの、広い獣道よね。
獣道ならぬ獣広場かしら?
「ロク……話が聞けるの?」
『大丈夫ニャ。この魔術ヒプノティックをかけると、あたしの言う事しか聞かなくなるし、隠し事も出来なくなるのニャ。ただ、何処かに触れていないと術が解けちゃうのが面倒くさい所だね』
「へぇ〜。便利よさそうでも欠点はあるものね。さて、ロク。その女に聞いてちょうだい! この子は誰?」
『あんたはどこの誰で、この子の素性を言いニャ。包み隠さず知っている事は全て話しニャ』
私が指さしたのは、隣にいる糸巻きくん。
当の本人は恐怖と不安に押し潰されそうな顔をしていたわ。
相変わらず震えてもいた。
そして、女が語り出した内容に時が止まったわ。
「そいつは、スアノース・シド・エディート。スアノース・シド・シュード王と第2夫人エクサ様の間に産まれた子。私はエクサ様の侍女をしていたプンナ。エクサ様が身ごもられた時、第3夫人のクミラ様からの書簡を私が受け取り実行した。その書簡には産まれた赤子を殺せと書かれていた。その場で殺すと騒ぎが大きくなる為に誘拐して殺せとも書いてあった。その通りにし、報酬を上げる為に殺さなかった。しかし歩ける様になった途端、居なくなった」
『書簡を出しニャ』
抑揚の無い声で話し終えた女は、懐から少し生成りがかった紙を取り出した。
私の手の中にある折れ線がしっかり付いた紙に、言った内容そのままの事が書かれていたわ。
「しっかりしなさい!!」
私はみんなに喝を入れたわ。
そうしないと呼吸を忘れているんですもの。
死人が出そうだわ。
それでも、動き出すまで行かない皆様。
だったらもう少し好きにさせてもらいましょうね。
私は本田一を見たわ。
まだ息をしていない……はぁ〜、大丈夫かしら?
「私を見なさい! 貴方はこの国の王子なの。その証を持っているわね。出しなさい」
当の彼は困惑と不安と恐れが入り混じり、首を左右に振る事しか出来ない様だったわ。
ハチに頼んで近づいてもらったの。
声で正気に戻らないのなら実力行使よね。
バチン!
頬に綺麗に入った平手打ち。
焦点が合った眼に私が映った。
やっと話が出来るわね。
「もう一度、言うわね。貴方は、この国の、王子様なの。その、証を、持っているはずよ。それを、出して。理解出来た?」
ゆっくり、ゆっくり一言一言区切って話したわ。
私を見つめる眼には、まだ怯えの色が伺えた。
それでも、思い当たる事があったのか目線が小刻みに動き、目の前にポトリと茶色に変色した物が落ちた。
ハチに咥えて、取ってもらい広げでいたときみんなの時が動き出した。
「ナナ様!」
「ナナさん!」
「!!!!」
想像していたよりも、凄まじい騒ぎに色んな人が色んな事を叫び出す。
兵士の1人が報告しに走り出す。
大騒ぎね。
で!
コレは……何かしら??
王子様でした。
ナナちゃんの1人舞台でしたね。
まぁ〜、内情を知っているのはナナちゃん達しかい無いのだがら仕方がないですわなぁ。
ちなみに、真実の言明の意味は、真実を言葉でハッキリ言う事という意味で理解して下さい。
次週予告
「私が盛大に怒られるの?!」
『そうみたいだワン』
『かなり痛そうだったニャ』
「私! 誰に怒られるの???」
ナナとハチとロクに予告をしてもらいました。
それではまた来週会いましょう。




