32話 あらあら、暗黙の階級ですって
新しい朝が来た!
そう希望の朝が!
と、歌いたくなるような気持ちの朝が来てしまったわ。
昨日はハチとロクの魔術の考査で1日が終わったわね。
お父様とルバー様は壊れちゃうし、ネズミ達がお茶会ならぬ報告会を夜遅くまでするし、日付をまたぐまでお茶会をしていたから注意しちゃったわ。
まったく、色んなチーズをあげたのがよくなかったのかしら。
それにしても……私、大丈夫かしら?
前の世界では定番の、転入生いじめがあるのかしら?
それとも、異世界人差別が待っているのかしら?
あ! 私のクラスは異世界人しか居なかったわね。
不安ね……不安だわ……不安しかない……私、大丈夫なの!!
「そう言えばハンナ。異世界人クラスって何クラスあるの?」
「話しておりませんでしたね。異世界人クラスも勇者クラスも同じで、5名又は6名で1クラスです。満員になりますと次のクラスとなるわけです。12歳の年に卒業試験を受けて、卒業となります」
「試験におちたら?」
「落ちた人などおりませんよ。船で行けるギリギリの所に島が有りまして、その洞窟の奥地に祠が有りお供えしてある札を持ち帰れば試験は終了です。簡単ですよ」
朝食を食べながら、そんな話を聞いたわ。
本日のメニューは、炊きたてホカホカご飯、若布の味噌汁、鮭の塩焼き、玉子焼き、焼きナスと豪華な和食だったわ。
正確には若布ではなくニギメと言われている海藻だし、鮭はあくまでも似て非なるモノ。
ニギメは味噌汁に入れてあったので、味噌の味が邪魔をしてよく分からなかったわ。
でも海の香りが懐かしいわね。
問題だったのが鮭の塩焼きなの。
油がのっていて鰤のような味がしたわ。
見た目が鮭で味が鰤。
少し混乱したけられど、とても美味しく心がリラックスしたわね。
何時もはパンが多いのに、私に気を使ったのよ。
ありがとう、ハンナ。
そうそう、焼きナスは……焼きナスだったわね。
「で、何クラスなの?」
「勇者クラスは毎年1クラスは出来るのですが、異世界人クラスはここ10年で1クラスも出来ていません。ナナ様を入れまして、5名です。これで1クラスですね」
「と、言う事は……勇者クラスは12クラスもあるの?」
「いいえ。違いますよ。よほどの事がない限り6歳からの入園になります。もちろん私のように、7歳の時に魔力が暴走して入園した場合もその年のクラスに入ります。私の時なんてみんな年下で馴染むのに苦労したものです」
「じゃ、勇者クラスが6クラスで異世界人クラスが1クラスなのね」
「はい、その通りです。では……そろそろ……出掛けま……しょうか……ね」
「そ、そうね」
何とも歯切れの悪い、言い回しですこと。
誰かとスキル意思疎通でもしていたのかしら?
まぁ〜いいわ。
それにしても何時から授業が始まるの?
すでに9時を過ぎているのよね。
きっと転校初日だからよ!
そして、私は足を引っ掛けられて、転んで笑われると言うお決まりパターンが待っているんだわ。
でも私、かける足が無いのだけれど……お手並み拝見ね。
何だか楽しくなりそう。
うふふ。
私とハンナは、ここに来た時より小ぶりな馬車に乗り込んだわ。
私の荷物は、全てマジックバックに中なのよ。
本当に便利よね。
手ぶらで学園に通えるなんて楽チンよ。
動き出す前にハンナから忠告を受けたわ。
「ナナ様。何がありましたも私達が守ってみせますから。安心して学業はお励み下さい」
「分かったわ。ありがとうね。あら?忠大じゃない。どうしたの」
『姫様のクラスメイトと勇者クラスの同学年の方々を説明、致します。よろしいですか?』
「もちろんいいわよ。よろしくお願いね」
と意思がハンナから逸れてしまったのよ。
その時、ハチとロクに変な事を言ったみたいの。
全く余計な事をしたものね。
そんな事とは知らない私は、忠大の話に夢中になったわ。
だってこれから同じクラスになる子達よ。
気になるじゃない。
『……です。やはり、本田一様をもう少し調べたいと思います。如何致しましょう』
「そうね。忠大、その子と異世界人が少ない理由を調べて来てくれる。勇者は毎年6人ほど魔力を秘めた人族が産まれているのに、異世界人はここ10年で1クラスも出来ないなんて変だわ。時間をかけていいから調べてくれる。本田一くんな事は……申し訳ないけれどすぐに調べて来てくれるかしら?」
『はっ』
「ナナ様。到着しましたよ」
「着いたのね。どんな子達かしら……はぁ?」
あまりな景色に言葉を失ってしまったわ。
そこは、私が暮らしていた場所に似ていた人里離れた郊外。
そこに、おそらく異世界人クラスに携わる人達が、砂利の上に正座をして頭を地面に付けんばかりに下げていたの。
私からは後頭部しか見えないわね。
その後ろにズラズラズ〜ラと兵士が槍を小脇に抱え警備をしていたわ。
その光景に私の記憶が、途切れたんだけどね。
だって、だって……どれほどの偉い人が通るなよ!
目眩と共に意識を飛ばしてしまったわ。
そんな私を何故か魔獣化していたハチとロクに連れられるまま、懐かしい雰囲気満載の木造校舎を彷彿とさせる建物に入ったの。
昔々、私も机を並べていた板張りの教室へと案内されたわ。
『ナナ! 大丈夫かぁワン?』
「あ! ハチ。……何であなた達、魔獣化しているの?」
そうなの!
ハチもロクも馬車を降りた瞬間から、魔力解放した魔獣の姿なの!
そりゃ〜怖いよね。
もちろん私を乗せているため、ハチの大きさは大型犬だけれど魔力が物凄いことになっていたのよ。
ロクはロクで、ライオンサイズの化け猫バージョン。
今、思い返して見てもフルフル震えていたわ。
すると当の本人はケロリと言ったのよ。
まるで私の方が間違えているみたいにね。
だんだん腹が立ってきたわ!
『ハンナが何かあっては事だから魔獣化して、ギンギンに睨みを効かせた方がいいって言ったワン。ナナの為だって、言ったワン』
「私の為ですって……冗談じゃないわ! どんな偉い人が通るのよ! え! どこぞの殿様やお姫様が通るのよ! それとも、どこぞの独裁者が通るのかしら? え! ヒットラー? スターリン? フセイン? どれ程の者よ! 全く冗談じゃないわ! 冗談じゃないわ!」
『ナナ落ち着くニャ。あたしには良く分からないけれど、ハンナが心配している事はナナの身の安全ニャ。責めちゃいけないとあたしは思うね』
『そうワンねぇ。ただ、魔獣化まではやり過ぎのような気がするワン。忠大、そこいら辺はどんな感じワン』
まだプリプリ怒っている私の肩に、忠大が現れたわ。
掌に乗った姿は、ハツカネズミだったわね。
白くて黒いお目々が私を癒してくれる。
私の怒りを治めるため、癒し成分としての姿だったと思うわ。
治まらなかったけれどね。
それでも、少しだけ溜飲が下がったのは認めるわ。
『姫様。ハンナ様のとった行動は仕方のない事だと思います。この国の起こりは、初代の勇者によって建国されたと文献に記載されております。初代国王は、勇者の中の勇者シド様。境界の峰を護るは、勇者セラ様、モア様、ノラ様、ロタ様の4名。この者達が貴族と称され、魔族や魔獣から人々を護り統治したとされています。その為、国民からは崇拝されたと明記されております。そこから端を発し、暗黙の階級が人族の中にあるのではないかと思われます』
「暗黙の階級……」
聞き慣れない言葉に寒気を感じたわ。
そんな私を置き去りにして、忠大は続きを話し出した。
何事も無かったかなように淡々と。
『頂点に王族。次に貴族。次に勇者。次に平民。最後に異世界人。多くの人族の中にある階級です。ハンナ様は、貴族である“異世界人”の姫様に何らかの危害を及ぼさないよう、予防線を張られただけだと思います』
「馬鹿げているわ! ここは何処よ! 前の世界じゃあるまいし、階級制が齎した歪みが何を生んだのか! 知ら無いのなら教えてあげるわ。差別と貧困よ。さらに、蔑む心が真っ白な子供の心を黒く染めるの! いい事など何一つ無い! ……ひょっとして……貴族に異世界人は……いないの?」
『確認されておりません』
忠大の言葉の中に、言い知れぬ哀しみを読み取ったわ。
分からないでは無くて、確認されていない。
「と言う事は、私の様に魔力が無くて申告せずに紛れているか、捕らわれて閉じ込められているか、貴族として産まれた異世界人は知られる前に処分したか! もしそれが本当なら……たとえ王が許しても私が許さないわ! 人をなんだと思っているのよ。それにね。心の中に根付いた階級と言う名の差別は、簡単に拭い去る事は出来ないのよ。馬鹿げているわ。それを推奨している王にも、口を噤んでしまった異世界人にも、腹が立つ!」
憤っている私に、とんでもない真実がやって来たわ。
『姫様。分かりました。本田一様は渡来者ではなく、転生者でした。しかも……』
「……それは……本当なのね。みんなの所に行きましょうか……ね」
私に齎された情報と言う名の爆弾は、暗黙の階級を木っ端微塵に破壊する事が出来るかしら?
ある意味、楽しみね。
うふふ。
見てらっしゃい私が粉々にしてやるわ。
うふふ……うふふふふふ。
暗黙の階級……恐ろしい言葉ですね。
ですがどんな場所にもあるように思います。
息苦しいですが、人は1人で生きていく事が出来ないのである意味仕方のない事かもしれません。
時には思いっきり弾けて息抜きをして下さいね。
次週はナナの持ち込んだ爆弾の導火線に火が着く?
……お楽しみに!
ではまた来週会いましょう。




