29話 あらあら、スキル全能ですって
ロクが時空理論を用いて、完成させた魔術ブラックホール。
当の本人は『説明するより見る方が早いニャ』でハチにウインドボールを放つ様に言ったのよ。
ハチも心得たり! で晩白柚サイズを放っちゃったの。
ロク! 逃げて! 危ないわ! ……と思っていたら……当たる直前に上へと急カーブして夏みかんサイズの黒いモヤモヤに吸い込まれたの。
正しくブラックホールの名に相応しい魔術のようね。
するとロクはブラックホールを1回転半して、吸い込んだ裏側を空に向けたわ。
『リバース』
ロクの声に反応して、吸い込んいたハチのウインドボールが打ち上がったわ。
え! ……リバースは逆、反対、再生、復活だったはずよね。
思わず叫んじゃったわ。
「ロク! リバースなのね! 本当にブラックホールまんまね」
「ほっほ~、アレが時空理論を用いた魔術。ガロス、ナナくん説明してくれるかなぁ」
「ルバー様! なぜ、ここにいるのですか?」
「そりゃ~。可愛い姫君が、頑張っているんだ。最強の勇者であるこの私が来ないでどうするんだい」
「も~、ルバー様。くだらない話は止めて下さい」
「ナナくん、つれないね。魔獣の気配は、ロクと忠凶だとすぐに分かったから放って置いたのだけれど……流石に高圧縮された黒属性の魔力は見過ごせないよ。暴走すれば、ここいら辺は焦土と化すからね。
それにしても、ロクと忠凶は凄いね。これが魔獣かぁ。ガロス、お前から見てどう感じる?」
「そうだなぁ~。ロクと忠凶が凄いのか、魔獣が凄いのか、俺達の認識が甘かったのか、それは分からない。ただ1つ言える事は、俺が知っている研究者の中で5本の指に入る。それほどの知能を持っていると言えるだろう。さて、ナナ。もう少しブラックホールを考査してくれ。その間に、ルバーへの説明をしとくよ」
お父様は私をハチに預けて、ルバー様への講義を始めたわ。
ロクと忠凶は何をしていたかといいますと。
どれ位吸い込まれるとか、薄玉の大きさや形が影響するかもだとか、などなど考査をしているわ。
大体、終わったみたいね。
私は忠凶に話を聞いてみたわ。
「忠凶、どんな感じ?」
『はっ。では最初からお話しいたします。魔術ブラックホールは黒属性の魔力を使います。総MPの10分の1づつ注ぎ込み、約半分ほどで完成いたします。薄玉の大きさ、形には影響されません。物理、魔術、関係なく10分の1で吸い込みます。MPが無くなると吸い込む事は出来ません。吸い込んだ反対側からリバースの掛け声で、吸い込んだ順番に放出いたします。さらに、放出せず解除いたしますと術者のMPが吸い込んだ個数×10分の1で回復いたします。最後に……ロク様、コレはいかが致しましょう』
『検証しないと明確な事は言えないニャ』
そう話したロクの顔が、意地悪い笑を張り付かせていたのよね。
何をするつもり?
『ねぇ、ナナ。ルバー様に検証の手助けを頼めないかニャ?』
「え! も、もちろん大丈夫と思うけれど……」
私はお父様とルバー様を見たわ。
なんと!
ルバー様は時空理論を看破し、魔術ブラックホールの概要を理解したみたいなのよ。
信じられないわ。
きっとお父様の説明がお上手なのね。
「ルバー様。ロクと忠凶が検証の手伝いをお願いしたいと言っていますわ。よろしいですか?」
「もちろんだよ。僕もこの目で見てみたい! 防御と攻撃の一体魔術……これまでにないよ!」
「確かにそうですわね。訓練場の中央付近で立っていて下さい。コレだけでいいの?」
『はいニャ』
ロクの魔力で発動したブラックホールを忠凶に持たせ、ルバー様の横に並ばせたのよ。
当の本人は夏みかんサイズのウォーターボールを準備していたわ。
ちなみに“持たせる”とは手に持ってではなく、渡した相手の10センチ上をプカプカ浮いて移動するの。
思い出すわね。
子供におねだりされて買わされるアレ。
すぐ萎んでしまうのに……あかい風船……お菓子の話では無いのよ。
何で子供って風船が好きなのかしらね。
『では、行くニャ!』
『はっ』
ロクは躊躇無く、忠凶に向けて発射したわ。
私は大丈夫だと分かっていても、ドキドキが止まらなかったの。
魔術は問題無く機能をした。
でも、向かってくる攻撃を避けずに佇むのは、勇気がいる事なのに……ワクワク顔で待たれてもねぇ。
私の心臓によくありませんわ。
忠凶もルバー様も大概ですわね。
「……なるほど、なるほど。この検証はそういう事かぁ。よし! 俺も加勢するぞ!」
お父様の顔がこれまで見た誰よりも、いたずら小僧の顔をしていたの。
私が止める間もなく、夏みかんサイズの無闘玉を用意したわ。
ロクはロクで、同じ大きさのウォーターボールを携えたの。
そして、忠凶がルバー様にブラックホールを手に渡したわ。
え?
手に渡したの?
浮かないの?
私が不思議に思う前に、お父様とロクはタイミングを合わせて発射!
言葉も分からないのに、2人の息はなぜかぴったり。
忠凶の時に吸い込まれたのを見ていた私は、今回も大丈夫だと思っていたのよ。
もちろん、ルバー様もね。
ところが、お父様が発射した無闘玉はルバー様のお腹に直撃して訓練場の端まで飛ばし、ロクが放ったウォーターボールは当たる直前で破裂し濡れネズミに変えたわ。
「え!? ……あ! そう言う事なのですね!!
ブラックホールは時空理論を元に創った魔術。グループ登録? パーティー登録? していないと意味ないのでしたね。……ルバー様は大丈夫なのですか?」
「あははは! あの男は大丈夫だよ。魔力に愛された男だからコレくらいの事、何とも思っていないよ。
ナナは不思議に思っただろう? 魔術やスキル、マジックアイテムはなぜ、ルバーを通すのか?」
「はい! 不思議に思っていました」
「それはなぁ~。全ての属性を持ち、全ての魔術を使い、全てのスキルを取得した。その時に得られるただ1つのスキルがある。それは……全能。このスキルを持つ者が、新しい属性に目覚めたとき世界に認められる。新しい魔術を使うとき世界に記録される。新しいスキルを発明したとき世界に認識される。
分かるかナナ。ルバーが使うと俺達が魔術として、スキルとして、手軽に使えるようになる。それほどの力を持つ者がルバーという名の男だ。だからこそ、天地万物の勇者と名乗っているのだよ」
「だったら理論を理解しなくても使えるようになるのですか?」
「それとこれとは話が別だ。理論を理解してからの魔術なんだよ。理解しなければ魔術、自体使えない」
「そうなのですね。なるほどです。それにしてもルバー様は凄い方なのですね。あの方が居れば魔族でさえも怖くないのではありませんか?最強の勇者様なのですね」
「あははは! 確かに最強の勇者ではあるが……あははは! ……天は二物を与えないのだよ。ナナ、ルバーをよく見てごらん」
「え?ルバー様をですか?ゆっくりとこちらに歩いて来ていますわ」
「ナナ……よ~くだぞ! よ~く!」
「はぁ?」
私はお父様に促され、もう一度よ~くルバー様を見たの。
そう、よ~くね!
「お父様! ひょっとして……走ってます?」
「もう少し待っていろよ」
「あ!」
ルバー様は派手に転んでいますわ。
私にも経験があるのよね。
何もない所で転んでしまう……恥ずかしい記憶だわ。
踏切で転んでしまうのも、結構くるものがあるのけれど、何もない所で転ぶのもキツイわね。
でもアレってお年を召してからの専売特許だったはずでは?
「あははは! 転んだ!転んだ!アノ男は極度の運動オンチなんだ。しかも視力も悪い。おそらく俺達の姿も朧げながらにしか見えていないぞ。書類も本も、スキル走破で読んでしまう。眼鏡をかければいいのに、かっこ悪いの一言でかけないし。人が居るときは視力が悪いのも隠している。馬鹿だろうあいつ、あははは!
ナナ、適材適所なのだよ。運動が出来ないルバーには運動しか出来ない俺がいる。魔力の無いナナにはハチ達がいる。ナナにしか出来ない事。ハチとロクにしか出来ない事。ネズミ達にしか出来ない事。それぞれが、それぞれの役割がある。人も魔獣も1人では生きてはいけない。だからこその仲間であり、親友なのだよ。学園にはナナと心を通わせる友がいるだろう。楽しみだなぁ」
「はい!お父様!楽しみです」
にこやかなお父様を他所に、透明な円盤に乗って登場したルバー様。
アレは?と思っているとハチが教えてくれたわ。
『アレは風属性の魔術でスプリングボードと言うワン。アレに乗って山を越えてきたワン』
「え!そんな事が出来るの!凄いわね」
濡れネズミではなく泥ネズミとなったルバー様。
最初に出てきた言葉がお父様の言動を裏付けていたわ。
「ロク! 君のアレはウォーターボールではないね。そう言えば……ガロス! 貴様、知っていて無闘玉を撃ったなぁ! まぁ〜アレくらいなんて事ないからどうでもいい、だが驚くだろうが。そんな事よりも……ロク、アレは何? 何? な~に?」
テンションが高い。
ハイレベルに高いわ。
引き気味な私に、苦笑いのお父様。
ルバー様の本性を見た気がしたわ。
『アレは……』
「そうかぁ! アレは薄玉の中にウォーターリキッドを入れて破裂させたモノだね」
「え! そ、そ、そうなの?」
『当たりニャ! 凄いニャ! 本当の使い方はコレだニャ!』
そう言うと、晩白柚サイズの薄玉に水が満杯に溜まったモノを、泥ネズミ姿のルバー様の上に浮かべたわ。
あ! と思う間に、小さい穴がいくつも空き水がルバー様めがけて降り注いだの。
その光景は……。
「シャワーね!」
『いい名前ニャ』
『だったらコレはどんな名前になるワンかぁ?』
濡れネズミに戻ったルバー様の頭上には、同じ大きさの薄玉が浮かんできたの。
こちらもあ! と思う間に、小さな穴がいくつも空き風のシャワーがルバー様を一気に乾かしたわ。
その光景は……。
「ドライヤーね!」
『いい名前ワン』
ここで私のふとしたヒラメキが、ルバー様のハートに火をつけてしまったようなの。
余計な事を言ったみたいね。
私ってダメね。
とほほ……。
「ルバー様、お父様。水理論には表面張力や屈折なんて事も入るのですか?」
私はお父様とルバー様を交互に見たわ。
答えてくれたのはルバー様。
お父様より早く話し始めたのよ。
負けた!と言いたげな顔をしていたわ。
「もちろん入るよ。火、水、土、風は元素理論と言われて、細やかな理論に分かれているんだよ。表面張力は界面張力理論に入るかなぁ。屈折もこの理論で考査をするね」
「でしたら……界面張力理論でコンタクトレンズが出来ませんかぁ?」
「はぁ?」
「ルバー様は視力が悪いのでしょう。薄玉を極限まで薄くして、その中に屈折率を調整した水で満たします。ご自身の魔力で作るレンズですね。拒絶反応もきっと無いでしょうし、体内で作って眼球に発動させれば眼鏡をかけずにすみますね。あ! でも常時、魔術を使用し続けるのは問題がありますよね……ルバー様?」
私の言葉を黙って聞いていたルバー様。
突然、顔を両手で覆ったわ。
5分ほど動かずジィ〜としていたの。
心配になった私は、お顔を覗きこんだわ。
すると、キラキラお目目で、お父様を見たの。
見えにくい時にする目では無く普通にね。
普通に!
「ガロス!お前老けたなぁ!」
「はぁ?」
今度はロクとハチ、忠凶を見て。
「なるほど、魔獣化したロクとしていないハチ」
「ニャ?」
「ワン?」
「おっと……忠凶? 魔獣化している忠凶だね。以外に大きいんだ!」
「チュウ?」
最後に私を見て。
「君がナナかぁ! ソノア様によく似ていて美しい! 何より溌剌としていて聡明だ! 見える! 見えるぞ!!」
ハチから私を奪取して、高々と掲げたわ。
2周クルクルと回ったかと思うと左腕にかかえて、ハイハイハイテンションのまま続けたの。
周りなど眼中無しでね。
「まず、コレが薄玉だね。フムフムなるほど。便利だ。どの属性とも相性いいし、加工もやりやすい。何よりも魔力の消費が微量なところがいいね。で! 次に水属性と薄玉のコラボ。シャワーだ」
薄玉で器用に遊んでいたルバー様が、楽しそうに笑いながらお父様を濡れネズミに変えたわ。
本当に楽しそうにね。
「馬鹿!ルバー!!」
「あははは! そしてコレが風属性と薄玉コラボ。ドライヤーだね。本当に便利だ。しかし! 何より便利なのが……水属性と薄玉、界面張力理論のトリプルコラボ。コンタクトレンズではなくコンパクトレンズ」
「え? コンパクト?」
「そうだよ、ナナ。両手で望遠鏡の真似をしてごらん。ついでにお前もだ、ガロス」
「おぉう……」
濡れネズミから復帰したお父様も私も、はてなマーク満載で言われた通りしたわ。
子供の頃、木の上でしたわね。
普通に見る方が、見えやすいのに何でしてのかしら。
ところが、小指の先に透明な何かが覆ったわ。
私が驚いて固まっていると、お父様が騒ぎ出した。
「ルバー! こ、こ、コレは……望遠鏡?」
「そうだ! 薄玉に界面張力理論の屈折を用いた水を満たしたモノ。まさにレンズだね。ナナが言う通り、自分の魔力を使っているから違和感なく目に入れることが出来る。それだけじゃない! こうやってトンネルにした手の先に着けると望遠鏡に早変わり。さらに、さらに、屈折率を変えると……千里眼まで性能を上げることも可能だ! だ・か・ら、コンタクトではなくてコンパクトがニュアンス的に合っているよね!
あははは!」
駄目だわ。
話している内容は凄いのに高すぎるテンションの為、壊れちゃったわね。
見えるようになったのがよほど嬉しかったみたい。
それにしても、騒ぐ気持ちがよくわかるわ。
だって、私の手が高性能の望遠鏡になっているのですもの。
正確に言うと。
手を筒状にした小指を覆うように膜が張っているの。
厚みや見た目は私が知っているレンズそのものよね。
薄玉をここまで使いこなすルバー様は魔術の天才、と感心している私をよそにハチが爆弾を投下したわ。
たぶんなのだけれど、ロクばかりに関心が集まったからだと思うのよ。
この2匹、意外に張り合うのよね。
『ナナ!』
「なに? ハチ」
『白属性と黒属性は相反する属性ワン。でも正反対だからこそ似ている属性ワン。と! いう事は白属性でもブラックホールは出来ないかなぁ?』
「はぁ? ハチあなた何言ってるの??」
この言葉に狂喜乱舞したのはルバー様とお父様。
私は頭が痛くなちゃったわ。
そしていつの間にかネズミ達は勢揃いしているし、彼らの目がキラキラしているのはルバー様属性と思って間違いないわね。
私どうしましょう。
はぁ~。
ため息しか出でこないわ。
はぁ〜。
はぁ〜。
天地万物の勇者ルバー様の真実の姿です。
魔力が多いためにマニアックに遊びまくった結果、スキル全能をゲットしたんですね。
のめり込むのもほどほどに!
次週はロクばかり注目されていて面白くなかったハチがはっちゃけます!
乞うご期待!
それではまだ会いましょう。




