142話 あらあら、ラウンド1ですって
不愉快な記述があります。
気をつけて読まれて下さい。
「はじめまして、はじめてお目にかかります。僕は刀祢と言います」
「はじめまして。私は……ルジーゼ・ロタ・ナナです」
この男こそ問題の人。
外観は……童顔の化学教師……そんな第一印象だったわ。
ロクの決意から、数十分後の事よ。
私の為に寄り道をしてくれたの。
今その想いは、私の耳と首と左手の中指に付けているわ。
そして私たちは、刀祢を探して動き出したの。
ネズミ隊の報告で、すぐに判明したわ。
その異常性もね。
だって、だってよ!
この魔族領で、意思ある生きているモノは……私、ロク、ハチ、忠大、忠吉、忠中、忠末、忠凶……の8人だけ。
虫すら居ないのよ。
初めて魔族領に来た時は気がつかなかったけれど、今ならすぐ分かるわ。
鳥の囀り、虫の声、小動物のおしゃべり、大型動物の牽制し合う嗎、それら全ての音がしないの。
一種異様な雰囲気。
その中、探索をしていた忠凶が言った言葉。
『姫様。北の方を探索して参りました。刀祢の場所を見つけました。しかし、反応がございません』
理解に苦しんでいると忠大が説明してくれたわ。
この子たちは、常に情報を共有しているの。
見たもの、聞いたこと、全てね。
私はそんなスキルがあるんじゃないかしら、と考査するわ。
さて、ここまでは割りかし平静を保てていたの。
ロクから貰ったお守りが効いていたのかしら。
でも、忠大の話を聞いて戦慄を覚えたわ。
だって……全て刀祢が飲み込んだのではないでしょうか。力を得る為の糧にしたと考査するのが自然です……とか……魔力を取り込めば、それだけの器が必要です。この世界いの魔族・魔獣・生きとし生ける者を全て取り込んだと考査すれば……なんて言うんですもの!
だからこそ私は、刀祢の人物像を再確認する事にしたわ。
これに関しては忠大の言葉より、地田幹夫ことミッチーが言ったことの方を思い出したの。
それが……。
……しっかし、小さいおっさんだよな。
アレで30歳を過ぎてんだぜ。
詐欺もいいとこだよ。
でも、オレと目線が合う。
似たような身長なんだなぁ。
まぁ、背の事はいいや。
次だ! 次。
容姿は童顔で、ボサボサ頭。
アラレちゃんメガネをかけている。
オレたちは、この世界に来た時この世界の服に着替えた。
郷にいれば郷に従え。
ところが、刀根だけは着替えなかった。
そればかりか、オレに白衣を縫ってくれと頼みに来たぐらいだ。
その時、大変だったんだぜ。
袖は何ミリだとか、ポケットの大きさと位置はココだとか、本当に煩かった。
体系は痩せ型の細身で、無駄な贅肉も、必要な筋肉も、何も付いてない体をしていたな。
よく生きていけてるよな。
白衣の下には……白のシャツに麻のチノパン。
全裸なら変態決定なんだがなぁ。
そうは上手くはいかないらしい。
見た目は童顔で研究者スタイル。
そのため、母性本能をくすぐる可愛い坊や。
そんな男だ。
女なら騙されていただろうが、オレは男だ。
こんな優男、キモいわ。
さて、そんな刀根の坊やは、メガネに前髪がかかる程のボサボサ頭。
そして、よく転ぶ。
視力も悪いようだ……。
なの。
ハァ〜、本当にそんな人いる? と思ったわ。
でも、居たのよね。
目の前に。
ハァ〜、まずはこの現場の状況を軽く説明するわ。
ちょっと、違うからね!
誰も、現実逃避をしたい訳では無いのよ!
異常なの! この場所が、ね。
だって、真っ黒くて巨大な大きな箱をドッドンと置いたような感じなの。
漆黒、なんて生温いわ。
深層の黒……奥深く底の底の様な黒い世界が広がっていたの。
しかも、大地まで抉られていたのよ。
ゾッとする光景ね。
そこに、ミッチーが言っていた男がニュルっと出てきたの。
姿が完全に出現したのを見届けて、ハチが仕掛けたわ。
ロクとの計画通りにね。
『魔術“ヘルシャフト”』
高らかにゴングが鳴ったわ。
第1ラウンド開始ね。
当の本人は、辺りをキョロキョロしているわ。
「何ですか? 不思議な感じがしますね〜」
「……」
「フムフム」
歩き回る刀祢。
私は両手を前に手を合わせ集中したの。
もちろんコッソリとね。
そして、私だけのオリジナル魔術。
「魔術“声なき声”」
ウフフ、それっぽいでしょう。
声なき声を聞くときのアイキャッチみたいなものね。
魔術とは名ばかりなの。
だって、私の声なき声を聞く方法は、集中して耳を傾けるだけ。
術でも何でも無いのよ。
さて、アークは何を話してくれるのかしら?
『……』
ハァ? 嘘でしょう! 反応……無し?
私の百面相に、刀祢が気がついたわ。
「ルジーゼさん? いかがいたしましたか? 」
「ナナで結構よ。刀祢さん」
「それではそのように呼ばさせていただきますね。では、改めまして。ナナさん、いかがいたしましたか?」
「何でも無いわ。そんな事より、面白い術を使うのね」
辺りを見回していた刀祢が、私を舐めるように下から上を見たの。
ゾクゾクっとしたわね。
蛇に睨まれた蛙の気分になったわ。
散々、見聞した彼は私の目を見て話し出したの。
「術と言うのは、後ろの闇の事ですか? だったら、違いますよ。アレは術でも何でもありません。僕から溢れ出た魔力が溜まったモノです。何の意思もありませんよ。
そんな事より、この空間は面白いですね。大変、興味深いです! どんな事が出来るのですか? ……今、魔術と言いましたね。やはり、この世界にも魔法があるのですか! 大興奮です! ! いつの間にか、僕1人になってしまいましたので……」
キモ! !
最後のニャリと笑った顔が気持ち悪かったわ。
刀祢昌利は、こんな男では無かったはずよ。
私の記憶も大概、曖昧だったけれど……優しそうでとても大量殺人を犯す人では無い……と、テレビで放送していたのを思い出したわ。
いつものあんな事をする人では無いパターンのインタビューだったかも知れないけれど。
画面に映る昔の写真からは想像できなかったもの。
それが今、私の目の前に居て顔を歪めて笑っていたわ。
今の顔なら容易に想像出来るわね。
ひょっとして、心の闇が濃くなって表に出てきたのかしら?
ありえるわね。
「貴方は……あの刀祢昌利……さんで間違い無いのよね」
「ナナさん、言っている刀祢昌利がどんな人なのかは知りませんが」
「32人を殺した大罪人の刀祢昌利って人なんだけれど」
「あぁ、その人なら間違いなく僕ですね。アレは殺したのではなく、再生して差し上げたのです。人は死ぬ事で生へと繋がるのです。今の君の歳では、難しいかも知れませんね」
「お気遣い結構ですわ。こう見えても私、100歳を超えてからこの世界に転生してきたので。貴方より年上ですわ」
「なるほど、なるほど。面白いですね。転生ですか。小説の世界です。本当に実在していたのですね。イヤ〜、僕は全く読まない人でして。僕の愛読書は医学書たちと医学大事典です。どれも、最高に面白い本でして。熟読していましたよ。とくに精神疾患の実例や病の起源などを読むと心震えます。
知っていましたか? ナナさん。人は、追い込まれると思いもよらない行動をするのです。精神疾患で解離性とん走と言う名の病気があります。まず、とん走は何かから逃れ走る事を意味します。次に、解離性とん走は、行動や気持ちが普段の意識から切り離されてしまう解離性の一種です。ウフフ、精神疾患は先天性もありますが、主に強いストレスが引き起こす病気が多いんですよ。ウフフ、意思のある者なら誰にでも当てはまります。ウフフ、ウフフ……アハハハ! 知っていましたか? 強いストレスなんて、簡単に人へ与える事が出来るんです! 例えば、嫌味を言い続けてとします。心の弱い人なら1発で病気を発症します。心の強い人でも、大切な人も強いとは限らない。そこを突けば、イチコロです。本当に脆いんですよ。
僕は、人は死から生へと繋がると考えています。死ぬ事で次の生へと旅立てるのです。素晴らしい考えでしょう」
「だからっと言って、32人も殺して良いとは思えないけれど」
朗々と話す刀祢の言葉を遮って、言ってやったわ。
そんな私の前で、チッチッチと人差指を揺らしたの。
この男の言う通りね。
ストレスを与えるのなんて簡単だわ。
現に今、イライラしているもの。
このイライラがストレスの原因でしょう。
「アレは浄化です。死にたい理由はゴミの数ほどあります。本当にゴミと一緒ですよ。そんな精神疾患には、殺してあげるのが治療の一環なんです。だいたい、死にたいのなら死ねばいいんです。そうすれば、心も体も救われ、次の生へと繋がります。無理して生きること無いのです。悲しみに溺れたのなら、溺れて仕舞えばいい。心が潰れてしまったのなら、そのままペシャンコになればいいんです。その想いは次の生へと繋がるのですから。僕ら治療してあげた、彼らはすでに次の生を謳歌していますよ。僕だって異世界に転生しているんです。僕の仮説は証明されたと同義でしょう。あぁ、もっと浄化をしてあげれば、僕は英雄になれたのに!」
「……」
言葉が出てこないわ。
そして、話を聞いていて1つわかった事があるの。
顔が歪むの醜く、ね。
心の闇が、表に出てきている証拠だわ。
酷い顔。
でも……泣いている様にも見えてくるから不思議よね。
同情の余地も、賛同する気持ちも、全く無いけれど。
それにしても、黒龍神アークの声が全く聞こえないわ。
もう少し集中しないとダメかしら?
それとも……話しかけてみるかしら?
そうすると、刀祢の気を私から逸らさないとダメだわ。
どうしましょう?
<「ハチ、この男の気を私から離してくれない。アークに話しかけてみるわ」>
<『了解ワン。僕も話してみたかったワン』>
スキル“意思疎通”でハチにお願いしたの。
何を話しのかしら?
それはそれで、気になるわね。
『魔術“ヘルシャフト・言”』
言葉が通じる様にしたの。
その事を理解できない刀祢は、突然ハチが吠えたので驚いてたじろいたわ。
「な、何ですか? 吠えられたのでしょうか? ナ……」
「何で他の魔獣を捕食したんだ」
「! ! ……犬が喋った! ! ! 」
驚いた刀祢が2歩、ハチに近づいた。
その姿がこれまた怖いのなんの。
目はギラギラ、半開きの口。
前のめりな姿勢で、こちらへ来るのよ。
そりゃ〜、怖いの一言。
もう一度、集中するため目を閉じかけていた目を再度、見開いたわ。
「“止”」
ハチの言葉でピッタリと止まる刀祢。
全く動かなくなった自分を見て、納得したみた。
「なるほど、コレが魔術なんですね。この空間が君の仕業なんですか? 」
頷くハチ。
「なるほど、最初の遠吠えで君の言葉が分かる様にしたんだね。その次に、僕の動きを止めた。面白い! 実に面白い! この魔法は、この空間を作る魔法。イヤイヤ、おそらくこの空間を君が支配した、と言うことですか? 」
ニヤニヤ顔が止まらない刀祢。
あら? 顔が歪んで無いわ。
純粋な探究心には、歪まない?
仄暗い感情には反応するの?
不思議ね。
さぁ! アークの声を聞くわよ。
私は心の中で般若心経を唱えたわ。
目を閉じたかったけれど、それをするとバレそうだったから刀祢を見ているフリをしたの。
高等技術ね。
まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう
かんじーざいぼーさーつー
ぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー
しょうけんごーうんかいくう
どーいっさいくーやく
しゃーりーしー
しきふーいーくう
くうふーいーしき
しきそくぜーくう
くうそくぜーしき
じゅーそうぎょうしき
やくぷーにょーぜー
しゃーりーしー
ぜーしょーほうくうそう
ふーしょうふーめつ
ふーくーふーじょう
ふーぞうふーげん
ぜーこーくうちゅうむーしき
『黒龍神アーク! 私の問いかけに答えて! 白龍神ククルが貴方の事を心配していたわ。今も彼女は貴方のを事、愛しているのよ。……貴方もでしょう? だから、トッシュの仕事を奪ってでも、ククルの側に居たかった。違う? お願いよ! 私の問いに答えて! 私なら、貴方の声を聞くことができるから! お願いよ!』
『……』
返答無し。
でも、居る存在は何となく確認できたわ。
刀祢の中に居る!
アークが居るわ! !
『アーク。私はルージゼ・ロタ・ナナ。転生者よ。前世での名前は鐡ナナ。名前の由来は、どちらも同じ7番目の子供だから。ウフフ、おかしいでしょう。接点なんかない、異世界でも名前の由来は同じなのよ。でも大好きよ、この名前。7はラッキーセブンだもの。幸運の7。
アーク、私は転生者。この世界に来て12年しか生きていないわ。それでも、分かることはある。……いい所よ。足のない私を愛してくれて父に母。最初は、隔離され母恋しさに泣いた夜もあったけれど、お母様は私の事は忘れていなかったわ。自分にかかった呪いが私に降りかかる事を心配してのことだったの。自分の事より、愛する者の事を優先する。そんな事が出来るのは愛する事を知っている人だけね。
アーク……今の貴方なら理解できるはずよ。ククルを愛しているんでしょう。彼女もよ。同じ想い。ねぇ〜、お願いよ。貴方の声を聞かせて! ! 』
私は必死に語りかけたわ。
「……ナナさん。何をしているのですか? 何を言っても無駄ですよ。僕の中に居た人は死にました。次の生へと行っているはずですよ。僕のおかげですね」
「ウフフ、バカな人ね。貴方が龍神を殺せるの? 本当にそう思っているのなら、幸せな人なのかもしれないわね」
「龍神……ですか。神様を僕は殺してしまったのですね。罪深い事です」
「アハハハ! 貴方が龍神を殺せる? なかなか面白い話ね。本当にそう思っているの? 」
「……」
私をジト目で見たわ。
その目には微かに、殺意がこもっていたの。
感情の起伏が激しい人ね。
思わず聞いてしまったわ。
「貴方は人を救いたかったの? 殺したかったの? 」
突然の質問に意表を突かれた彼は、思わず本音が溢れたみたい。
「助けたかったに決まっている」
「じゃ、なぜ殺したの? 」
「生きるために」
「あべこべじゃない。死なせたくないから、助けようとしたんでしょう? で、殺すの? 」
「あべこべじゃない。人は死ぬ事で次の生へと……」
「詭弁だわ。今の貴方が死ぬのよ。貴方で次の生を生きる訳ではないわ。もう一度、言うわよ。今の刀祢昌利が死んで終わりなの。次の生は別人よ。貴方では無いわ」
「だったら、なぜ僕はここで生きているんだ」
「本当なら死んでいたわ」
「僕は……僕は……」
『ナナ、そんなに彼を責めないであげてくれないか』
「え! ! 」
私は刀祢と話していたのよ。
そこに、割り込んできた声。
待ちに待ったはずだったのに、こんな場面で聞けるとは思わなかった。
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまったじゃないの。
そう、この声こそ、黒龍神アーク。
「アーク。貴方が黒龍神アークなんでしょう?」
「ナナ……さん? 」
「貴方は黙っていなさい! アーク、聞こえているんでしょう? 」
『もちろん、聞こえているよ。僕の黒だからね』
「だったらなぜ、こんな事を許したの? 」
『同化して理解したんだ。この男は、母親しか居なかった。母親しか愛してくれなかった。母親が全てだった。その、母親は惜しみ無い愛情を注いで、愛してくれた。でも、その愛が歪んでいた………。
僕にはククルしか居なかった。ククルしか側に居てくれなかった。ククルしか僕を愛してくれなかった。でも、僕の愛は……歪んでいたんだ。この男と僕は似ていた。悲しみも愛し方も愛に対する愛し方も……』
「『僕が刀祢であり……黒龍神アークだ! ! 』」
魔術“ヘルシャフト”の世界に、黒が染み出した。
最終決戦の始まりです。
第1ラウンドは……ナナの負けですかね。
それではまた来週会いましょう。
第2ラウンドの開幕です!!