141話 あらあら、深層の黒ですって
私たちは、刀祢とその中に眠るアークをどうにかする為に卒業の洞窟から直接、旅だったの。
お父様やお母様に何も言わずにね。
もちろん、親友のエディ、ホゼ、マノア、ロキア、マナスにも、よ。
ただ、青にはバレていたみたい。
だって、青はククルと1つなんですもの。
しかも、ククルは龍神よ。
私たちの行動なんてバレバレだったわ。
ククルが刀祢の元に行きたかったはずよ。
本当に……愛する者の側へ行きたかったはず。
でも、ククルはこの世界を守る為にトッシュと動いてくれているの。
その代わりに私とロクとハチとネズミ隊で刀祢の事、アークの事を解決しに旅立った。
山脈を超えたあたりで、ロクがどうしても行きたいところがあると言い出し先導しだしたの。
その行き着く先は……。
『見えてきたニャ。……シャルルと暮らした屋敷……優しい思い出と悲しい思い出のある場所だよ』
そうなの。
ここは、爆炎の魔人ジャバルの屋敷。
シャルルと暮らした、愛しの我が家だった場所よ。
その姿は、建築中のサクラダファミリアぽいの。
そんな洋館の入り口は、跳び箱5段分ほどの大きさになっているハチが、楽勝で入れるくらいの大きさなだったのよ。
モンサンミッシェル風の建物だったスアノース城とは、全く違った作りに驚いたわ。
中に入ると別世界。
教会的な雰囲気そのまんま。
正面には、イエスキリスト像ではなく爆炎の魔人ジャバルの肖像画がデカデカと飾ってあったわ。
その横には一回り小さい額に、氷炎の魔人シャルルの絵が飾ってあったの。
どちらも、美男美女。
父親のジャバルは、ダンディーなおじ様の風貌でとても優しく頼り甲斐のある紳士。
一方で娘のシャルルは、可憐で美しい少女。
マリアの中に居たシャルルとは、少し趣が違うわね。
なんて言ったら良いのかしら?
邪気の取れた小悪魔?
それとも、エロくないビッチ?
これでは、余計に分からなくなるわね。
とにかく、可憐な乙女がそこに居たわ。
その2つの肖像画の前には祭壇あり、正面には長椅子が規則正しく並べたれていたの。
『右の階段からは、食堂に行ける。左側はシャルルとジャバルの部屋があったはずだよ……』
勝手したる我が家のロク。
肖像画の前で色々、話してくれたわ。
ほんの僅かな時の沈黙が、彼女の心境を表している様だったわね。
ロクは左側の階段を上がり、上がり、上がりきった先の小さな部屋へと入ったわ。
屋根裏部屋ね。
埃が雪の様に積もり、長い年月を感じさせたわ。
使われた形跡は皆無。
そこを我が物顔で入って行ったロク。
流石に、そこまで行けない私とハチ。
ちなみに、私の側に居るのは忠大だけ。
ほかのみんなは、魔族領の偵察をしてもらっているわ。
まぁ、その話は後回しにしましょう。
リズムカルに箪笥を飛び越え、さらに奥へと進んだロクが、ボロボロの袋を咥えて戻ってきたの。
私にその袋を差し出し、中身を確認したわ。
「宝石箱! 」
蓋の中央に煌めくルビーがはめ込まれていて、土台は漆の様な漆黒の黒。
角には、金で豪華な縁取りがしてある。
蓋を開けると、真っ赤なベルベット調の生地が波打つ様に敷き詰められていたわ。
そこに、ダイヤモンドカットされた指輪と涙型イヤリングとペンダントが鎮座していたの。
そのアクセサリーには、全てにアレキサンドライトが輝いていた。
この宝石は、シャルルが産まれた時に父親のジャバルが作らせた物らしいの。
その名も氷炎の涙。
ロクはコレを私に装着させるために、ここに来た様なのね。
このアクセサリーには、魔術“ブラックホール”と似た様な術が込められているの。
私の身を案じての行動だったのね。
私にピッタリ合う様に、ハチが魔術“フリーザ・リノベーション”で作り変えてくれたわ。
本当に便利な術ね。
私たちは、屋敷を後にしたわ。
ある程度、距離が離れるとロクが反転。
『魔術“ファイヤーランス”、“ファイヤーボール”』
何と!
思い出の屋敷を破壊したの。
跡形も無く燃やしてしまったのよ。
今のロクの実力なら、それが可能ね。
ハチは、スキル“意思疎通”で……燃やす……と聞いていたみたい。
私は驚いて説明を求めたわ。
だって、愛していた飼い主シャルルとの思い出の屋敷よ。
するとロクったら。
『確かに、あたしの思い出は詰まっているよ。でも、哀しみや悔しさの象徴でもあるんだ。戻って来ることがあったら、燃やしてやる!っと、心に誓っていたんだ』
ですって。
さらに……。
『あったよ。でも、悔しい思い出の方が強い。シャルルも反対はしないさぁ。楽しい思い出は場所に宿るけれど、悔しさは心に宿る。あたしの哀しみの心は、ここに置いて行く。刀祢に集中しないといけないからね。そんな事より、そろそろ吉報が来るよ』
その一言で、魔族領に散っていた忠吉・忠中・忠末・忠凶が戻ってきた事を知ったわ。
爆炎の魔人ジャバルの屋敷に向かう前に、魔族領の異変に気が付いていたのよ。
私以外のハチとロクとネズミ隊がね。
そこで、調べてもらっていたの。
その報告がきたみたい。
『姫様。北の方を探索して参りました。刀祢の場所を見つけました。しかし、反応がございません』
『姫様。東の方を探索して参りました。しかし、魔族また魔獣、生きとし生けるもの何方も見当たりません』
『姫様。西の方を探索して参りました。しかし、魔族また魔獣、生きとし生けるもの何方も見当たりません』
『姫様。南の方を探索して参りました。しかし、魔族また魔獣、生きとし生けるもの何方も見当たりません』
「忠凶、忠吉、忠中、忠末。ありがとう。少し休んで頂戴。それにしても、誰も居ないって……どう言う事?」
謎だらけね。
でも、忠大の考査を聞いて戦慄したわ。
『おそらくですが……。全て刀祢が飲み込んだのではないでしょうか。力を得る為の糧にしたと考査するのが自然です。しかし、腑に落ちない点がございます』
「腑に落ちないって?」
『はっ。ハチ様にしてもロク様にしても、同じ事が言えると思います。魔力を取り込めば、それだけの器が必要です。この世界いの魔族・魔獣・生きとし生ける者を全て取り込んだと考査すれば……』
この考査が事実なら、刀祢は正真正銘の化け物ね。
燃え盛る屋敷を背にして、私たちは北へと進路を取ったの。
「忠凶、詳しい説明をしてくれる」
『はっ。ボクは北へ北へと移動しつつ、気配を探っておりました。スキル“気配察知”だけでは無く、視覚や聴覚、全ての五感を駆使して探索いたしましたが……虫の子1匹、発見する事が出来ませんでした。そればかりか、草木が1本も無い場所がございました。もう少し調査をしたかったのですが……危険な気配を感じ、引き返した次第。もう少し……』
私は報告の途中で両手の平に忠凶を乗せて、目の前に持ってきたの。
突然の事に驚きながらもじっとしている忠凶を、マジマジと見つめ怪我がない事を確認したわ。
「無理をしてはダメよ。草木が枯れていたのね」
『いいえ。枯れていたのでは無く、大地ごと抉られた場所がございました。おそらく、そこに居るのではないかと……』
忠凶の話を遮って、ロクが話しだしたの。
遮ってなんて生易しい表現では駄目ね。
ぶった切って、割り込んだのよ。
当の忠凶も驚いていたわ。
『ハチ、行ったらすぐに魔術“ヘルシャフト”を掛けるんだ。その成功が、キーになる。もう一度、言うぞ。着いたら間髪入れずに“ヘルシャフト”だ! 』
「ロ……ク?」
『分かった』
2人して頷きあったわ。
私の言葉は、かき消されたけれどね。
2人の気迫によ。
そして、近ずく問題の地。
沈黙するハチとロク。
情報を共有しあっているネズミ隊。
もうすぐ合間見える相手に緊張してきた私。
どんな男なのかしら?
「忠大、刀祢はどんな人なの? 今、分かっている事だけでもいいから教えて」
『はっ。刀祢昌利35歳。今は37歳になっているかと。青様と同様の渡来者で、前の世界では32人殺害した大罪人。護送中のワゴン車と岩城秀幸・地田幹夫・楽満俊哉・北岡真理亜を、乗せた車と正面衝突した事で我々の世界に来たもの模様。
性格は童顔の研究者タイプで、母性本能くすぐる……らしいです。地田幹夫様からの情報です。口癖は……人は死から生へと繋がる……死が常に近くにあったのかもしれません。とても、怖い人属と考査します。
白髪混じりのボサボサ頭で、黒縁メガネをかけた容姿をしているようです。
問題は、能力です。この世界に来た頃の刀祢の能力は、特殊魔術“死の宣告”です。刀祢自身の体に血文字で名前を書く事で殺す事が出来いる。もしくは、殺害方法を書くだけで必要な道具などを出す事も可能。北岡真理亜様が、この方法で殺害されています。
地田幹夫様の命の情報により、最新の刀祢の能力が判明しています。黒龍神の祠からアーク様の龍の魔力を取り込む事で、刀祢の魔力が変質したものと考査します。
魔術“死の宣告”はそのままに、黒属性もしくは黒色を通じて移動や魔力を得る事や、同化まで出来るとの事です。これに関しては、実際にこの目で見てみないと正確な考査は出来ないものと考えます。地田幹夫様が命名されております。刀祢の新たな力は“黒”だそうです。まさに、黒を統べる王のようだと言うことでしょう。私が最も恐れている事は、その“黒”を使い岩城秀幸様と地田幹夫様を取り込んだ事にございます。おそらく、この魔族領に生息していた魔族を全て取り込んだのではないでしょうか。私は、その様に考査します。さらに、忠凶の話を吟味すると……生物しかり、大地すら取り込んだ模様です。恐ろしい事です。この世界は、大地は、龍神様のものです。このゆりかごは、神様のモノなのです! ! 』
拳を天に掲げ、プルプル震えている忠大。
大興奮ね。
でも、理解したわ。
この、魔族領に起こっている異常事態。
それは、刀祢が引き起こした事だったの。
まさか、能力“黒”ってありなの?
改めて言うけれど……怖いわ!
色の三原色は青・赤・黄色。
その三色を混ぜ合わせると、黒色になる。
そう、黒は最後の色。
最初の色は白。
何者でも無い、真っ白な白。
そこに、色んな経験と言う名の色が重なる。
そして、最後には黒になる。
刀祢の心は、そうやって壊れて行ったのかも知れないわね。
父親には愛されなくとも、母親には愛されて育ったはずだもの。
子供を愛さない母親はいないわ……と、思いたい。
フッ、そうね。
世の中には、我が子を愛せない母親はいるわ。
でも、私は愛を貫いたわ。
これほど大切な存在はいないもの。
きっと、刀祢のお母様も愛していたはずよ。
ひょっとして……愛が憎しみに……それは、無いわね。
愛が憎しみに変わるなんて事ないもの。
愛は愛よ。
けれども、愛は壊れてしまうの。
粉々に砕けた愛は、修復する事は出来ない。
綺麗に掃除をして、新しい愛を見つけるしか無いの。
真っ白だった幼子の刀祢の愛は、黒に染まってしまた。
その愛は砕ける事なく、今も黒いまま。
一掃の事、壊れて砕けてしまえば良かったのに。
そう、思ってしまうのは私が幸せだからよね。
黒く染まっても、大切な愛。
なんだか悲しくなってきてしまったわ。
切ないわね。
『姫様。あの、先に広がるのが削られた大地です』
忠凶が指差した先には、何もない真っ黒な空間が存在していたわ。
そうなの!
暗闇が、全て隠してしまった闇夜では無く。
その空間には黒しか存在しないの。
黒い箱をドンと置いたような感じかしら?
何も無い。
漆黒、暗黒、直黒、紫黒、鉄黒、闇黒、黒雲、黒子、黒板、腹黒、黒幕、黒白……どんなに黒の言葉を並べても、目の前の黒に当てはまる様な言葉が思いつかないわ。
黒黒……非常に黒いさま。真っ黒なさま。いかにも黒く際立っているさま。
黒黒黒黒黒……深層の黒。
本当にそんな感じの黒なの。
足が止まるわ。
感情では、行かなければいけない事は理解しているの。
あそこに居る、刀祢昌利に会わなければ進まない。
そして、その中に眠る黒龍神アークと話をしなければ!
でも、でも、でも! !
どうしても、足が前に進まないの。
体で、本能で、進む事を拒否しているわ。
それは、ハチにしてもロクにしてもネズミ隊にしても、同じ事だったみたい。
忠凶が戻ってきた理由が、始めて理解したわ。
『……ハチ、やるよ! 忠大・忠吉・忠中・忠末は、ナナに側を離れるな。忠凶は、あたしについて来な。ハチ、さっき言った通り、最初の“ヘルシャフト”がキーなる。くれぐれもトチるなよ』
『分かってる』
「みんな! 無理をしてはダメよ。生きなければ……許さない! ! 」
『『『『『『『オウ! 』』』』』』』
深層の黒を目の前に、たたらを踏んでしまった私たち。
でも、ロクの一喝に気合を入れ直したわ。
ハチが殿となり、ロクと忠凶が遊撃戦で、私が頭。
そんなところね。
私を乗せたハチが、深層の黒の手前に降りた。
一歩踏み出す寸前、その男はニュルっと現れたの。
その瞬間、ハチの声が響いたわ。
『魔術“ヘルシャフト”』
完璧に術が発動した。
でも、ハチにしては中途半端な大きさね。
いつもは、グラウンドサイズを発動させるのに半分ぐらいの広さしかなかったの。
それに、バランスも良くなかったわ。
ハチを中心に展開するのに、この“ヘルシャフト”はハチの後ろに大きく広がっていたの。
ね! いつもと違う……そうか!
“深層の黒”にハチの“ヘルシャフト”が負けたのよ!
だったら、この男の後ろに広がる黒は元に戻る事は無いの。
そんな、私の想いなど知るよしもない男は、目を白黒しながら辺りをキョロキョロ眺めていた。
その姿は、忠大が話してくれた人まんま。
私の頭の中で、地田幹夫ことミッチーの言葉が蘇ったわ。
……しっかし、小さいおっさんだよな。
アレで30歳を過ぎてんだぜ。
詐欺もいいとこだよ。
でも、オレと目線が合う。
似たような身長なんだなぁ。
まぁ、背の事はいいや。
次だ! 次。
容姿は童顔で、ボサボサ頭。
アラレちゃんメガネをかけている。
オレたちは、この世界に来た時この世界の服に着替えた。
郷にいれば郷に従え。
ところが、刀根だけは着替えなかった。
そればかりか、オレに白衣を縫ってくれと頼みに来たぐらいだ。
その時、大変だったんだぜ。
袖は何ミリだとか、ポケットの大きさと位置はココだとか、本当に煩かった。
体系は痩せ型の細身で、無駄な贅肉も、必要な筋肉も、何も付いてない体をしていたな。
よく生きていけてるよな。
白衣の下には……白のシャツに麻のチノパン。
全裸なら変態決定なんだがなぁ。
そうは上手くはいかないらしい。
見た目は童顔で研究者スタイル。
そのため、母性本能をくすぐる可愛い坊や。
そんな男だ。
女なら騙されていただろうが、オレは男だ。
こんな優男、キモいわ。
さて、そんな刀根の坊やは、メガネに前髪がかかる程のボサボサ頭。
そして、よく転ぶ。
視力も悪いようだ……。
「刀祢昌利」
この男こそ刀祢本人ね。
“ヘルシャフト”が理解できなかったのか、キョロキョロしながら一歩また一歩と歩みを進めたの。
それに合わせて、ハチが下がった。
術の中央付近で、歩みを止めたの。
私と刀祢との間は、2メートルほど離れているわ。
「はじめまして、はじめてお目にかかります。僕は刀祢と言います」
「はじめまして。私は……ルジーゼ・ロタ・ナナです」
私は一言一言、慎重に話した。
もちろん、恐怖もあったわ。
でも、刀祢の心の声を聞きたかったの。
もう1人の刀祢、いいやアークの声を!
刀祢との出逢いです。
ナナは大丈夫なんですかね?
インフルエンザが大流行しています。
皆様もくれぐれもお気をつけあれ。
それではまた来週会いましょう。