140話 あらあら、悲しい思い出ですって
あけましておめでとうございます。
本年度もよろしくお願いします。
ハァ〜、ため息しかでぬ。
我々は、天界に住み神の幼体であるちょこ様の世話をしつつ、食料である魔力を得るための苗床の管理をする者。
インがちょこ様のお世話を、エンサーが人族・魔族・魔獣の管理を、そして、私フルが苗床を管理をする。
ハァ〜、なんでこんな事になったのか? 何度でも言いたい。
それくらい、後悔と後悔と後悔と後悔と後悔! ! 本当に後悔しか無い。
私が、他の神から種となる人族を貰い受ける時、まさかちょこ様のキックが私に炸裂するとは誰が想像できますか!
背中を押される形でボタンを押してしまった私が……悪いのでしょうか?
インの慰めにもならない言葉を聞き、当時の喧騒を思い出していた。
本当に大変だった。
ちょこ様は暴れるし、他の神から頂いた人族は問題のある種だったし、我ら龍神同士の色恋沙汰も起こるし、本当に困った、困った、困った。
ハァ〜、それにしても、“全知全能”を使う人族は問題が大ありだ。
手当たり次第すぎる。
確かに、登録は必要だ。
しかし、大地に還元しなければいけない事は話しているのだろうか?
ハァ〜、どうもククルとトッシュのやる事は不安しかない。
ハァ〜、一抹の不安はまだ他にもある。
そもそも、ちょこ様のキックから始まった事だ。
あのキックさえ無ければ、と繰り言を言っても仕方ない。
その失敗を掩護する為に、送り込んだ人族。
この娘が、しっかり機能していてくれる事を願うばかりだ。
ハァ〜、多大なるご迷惑をおかけする。
ハァ〜、おや? 旅立つ様だぞ。
しっかり、頼むぞ。
アノ者を……始末してくれ。
鐡ナナよ。
「ハチ、えらく高いわね。ここまでする必要……あるの? 」
『無いワン。ただ、ロクがこの方角で、この高さで、この山を超えろって言ったんだ』
「ロクが?」
私たちは卒業試験を途中放棄して刀祢に会う為、洞窟を飛び出したの。
誰にも何も言わずに、ね。
大型バイクを……イメージが難いわ。
5段ある跳び箱サイズ。
ウン! 理解しやすいわ。
それぐらいの大きさになったハチの背中に私が乗り、頭にロクが寝そべりならが寛いでいるわ。
その間に、忠大がちょこんと正座している。
そんな状況ね。
ちなみに、忠吉、忠中、忠末、忠凶は、散りじりになり現地調査をしているわ。
どうして? と、聞くと意外な答えが返ってきたの。
『はっ。姫様、魔族領は広大でございます。刀祢が居るかも知れませんし、どこに誰が居るかも知れません。それに、私たちが居た時とは大きく変わっている模様です。少し広範囲ですが、今の私たちなら造作も無く調べられます。さらに、気になることがございます』
『それは、あたしも感じていたよ』
「ロク? 」
『他の魔族を全く感じいないんだよ』
「え! ! 」
『はっ。その通りでございます。とても、気になります。その調査も兼ねております』
なるほどね。
私は全く感じないんだけれど……。
ハチも大きく頷いているわ。
「どうしてかしらね? それと……刀祢の場所が分からないのに……どこに向かっているの?」
『あたしが頼んだんだよ。どうしても行きたい場所があってね。そこを目指して、山を越えてもらったんだよ』
「行きたい場所?」
『もうすぐ見えて来るよ』
そう言って、遠くを見つめたロク。
どこか寂しそうで、泣いている様に見えたわ。
あくまでも私の主観だったみたい。
現実には泣いてはいなかったけれどね。
『見えてきたニャ。……シャルルと暮らした屋敷……優しい思い出と悲しい思い出のある場所だよ』
ロクの視線の先には、大きな洋館が聳え立っていたわ。
建築中のサクラダファミリアぽい建物が見えてきたの。
「大きいわね」
『ここいらでは、最大の人数が居たはずだよ。あたしが子猫だった頃は、あっちの塔とこっちの塔は無かったね。……懐かしい』
大きいハチが悠々入れるほどの扉の前に、降り立ったわ。
中に入ると別世界。
モンサンミッシェル風のスアノース城とは全く違った作りだったの。
正面には、爆炎の魔人ジャバルの肖像画がデカデカと飾ってある。
その横には、一回り小さい額に氷炎の魔人シャルルの絵が飾ってあったわ。
どちらも、美男美女。
父親のジャバルは、ダンディーなおじ様って雰囲気があるわね。
とても優しそうで、頼り甲斐のある紳士。
一方、娘のシャルルは可憐で美しいわ。
マリアの中に居たシャルルとは、少し違うわね。
なんって言ったらいいかしら? 邪気の取れた小悪魔? エロく無いビッチ?
余計に分からなくなるわ!
と、と、とにかく、可憐な乙女がそこに居たの。
その2つの肖像画の前に祭壇があり、その正面に長椅子が規則正しく並べられているわ。
『右の階段からは、食堂に行ける。左側はシャルルとジャバルの部屋があったはずだよ……』
シャルルの肖像画の前で、お座りをして見上げているロク。
とても話しかける雰囲気では無いわね。
ウフフ、きっとお話をしているわよ。
これまでの事なんか、話しているのかもね。
本当に大好きだったんだわ。
だからこそ、悔しかったと思う。
信じられないもの、ね。
そんな大好きなご主人様を、食べなけれはならないのよ。
敵の罠にハマり、自分の力を他人に渡すより愛していた愛猫にあげた。
その想いは十分に理解できるわ。
私だって同じ立場なら、同じ事をするのも。
でも……辛かったでしょうね。
想像を絶するわ。
それを受け入れたロクも、ね。
「ロク……大丈夫? 」
『ナナ。あたしは平気だよ。それより、こっち来て』
振り向きもせずに、左へ歩き出したロク。
その後には、涙が石床にポツンポツンとシミを作っていたの。
誰の涙かしらね。
階段を上がり、上がり、上がりきった先に、小さな部屋があったわ。
屋根裏部屋ね。
埃が雪の様に積もり、長い年月を感じさせるわ。
使われていた形跡は無いわね。
物置として使っていたみたい。
そこに、我が物顔で入って行ったロク。
リズムカルに、箪笥や椅子を飛び越えさらに奥へと進んだわ。
流石にそこまで行けないわね。
少し待っていると、ボロボロの袋を下げて帰ってきたの。
「何それ?」
私の足元に置いたロク。
『中を開けてみな。ここは荒らされていない様だから、有ると思ったんだ』
少し嬉しそうな顔をしたわ。
袋の中身は……。
「宝石箱! 」
そうなの、蓋の中央に煌めくルビーがはめ込まれていたわ。
土台は、漆の様な漆黒の黒。
角には、金で豪華な縁取りがしてある。
蓋を開けると、真っ赤なベルベット調の生地が波打つ様に敷き詰められていた。
そこに、ダイヤモンドカットされた指輪と涙型イヤリングとペンダントが鎮座していたの。
そのアクセサリーには、全てにアレキサンドライトが輝いていたわ。
「これは……」
『シャルルが生まれたとき、ジャバルが作ったんだってさぁ。嬉しそうに話していたよ。……みんなが集まるとき純白のドレスにこの宝石を着けていた。本当に綺麗だったよ』
懐かしそうに宝石を見つめていたわ。
私はその宝石箱を開けたまま、床に座ったの。
「ハチ、下に下ろして。座りたいわ」
伏せをして下ろしてくれた。
「ねぇ、ロク。話を聞かせて。どんな風に出会ったの?」
私の側で、ちょこんとお座りして話し出したの。
『あたしは迷い猫だったんだ。ボロボロでドロドロで、臭い痩せっぽちの子猫だった。あと数時間で死ぬ運命だったと思う。そこまで、弱っていた。そんなあたしを介抱してしてくれたのが、シャルルなんだ。とても、可愛がってくれたよ。
フッ、あたしの命は本当に風前の灯だった。助ける為に、自分の魔力をくれたんだ。そのため、あたしは黒属性を持っちまった。よく言っていたね。……ロクは私の娘ね……と。嬉しそうにあたしを撫でてくれた。そのあと決まって……迷惑かしら? ……と言うだよ。あたしは、そんな事ない! って言うんだけれど理解される事は無かった。アハハハ! 当たり前だよ。ナナが居てくれたら良かったんだけど。
きっとシャルルは、あたしの事を普通の猫としか見ていなかったと思う。だからこそ、何でも話してくれた。もちろん一歩通行だったけれどね。でも、シャルルは聞いてくれるだけで満足な様だったと思うよ。どうせ、話しても理解してないと思っていたんだと思う。いろんな事を聞いたよ。今日の晩ご飯は不味かったとか、このドレスがキツイとか、さっきのイケメン良いわぁ〜とか、ね。とめどなく、何時間も話を聞いたんだ。
その中でも、この宝石の話は嬉しそうに話していたね。この宝石は、氷炎の涙って言うんだけれど、とても気に入っていた物なんだ。事あるごとに着けていたよ。透き通る肌に、紫外線を受けてワインレッド色に変わるアレキサンドライト。賛美の言葉が霞むほどに美しかった。しかも、氷炎の涙には反転魔法が入ってるんだ。魔術“ブラックホール”みたいな術だよ。魔族や魔獣には、術と言う考え方が無いんだ。その時その時の状況で、魔術を使うんだよ。人族みたいに、魔術と言う形じゃ無いんだ。だからこそ、面白い術がいくつもあった。多分、今の術の礎になっていると思う。なぁ、ハチ』
黙って、話を聞いていたハチが大きく頷いたわ。
それを確認して、さらに話を続けたの。
『まぁ、その宝石に魔力を込めたのはジャバルなんだが。密度が良く最高な硬度と光度がある石じゃないと、無理なんだけど。たまたま、質の良いアレキサンドライトが手に入ったからとか言っていたらしい。でも違うんだって……本当は、シャルルが生まれてよほど嬉しかったんだ。必死になって探したみたい。後にシャルルが笑いながら話してくれた。……本当に、本当に、本当に、大切にしていたんだ。最後、あたしにコレを隠してく欲しいと頼まれて……ここに……あたしが……隠した。ナナ、コレを身につけて行こう。コレを取りに来たんだ。あいつらは、絶対ここまで探さないと思ったからね。有ると思ったんだ! 良い物だよ! !』
私にグイッと押し付けてきたの。
「ありがとう。でも、少し私には大きいわ」
『なぁ〜んだ。良いと思ったんだけど、残念』
『僕に任せて』
そう言うなり、ハチが取り込んだの。
『魔術“フリーザ・リノベーション”』
聞きなれない魔術名を言ったの。
「ハチ、それは何? 」
『これワンかぁ。この魔術は、修復や改善・刷新が出来る術ワン。でも、欠点があって。魔術“フリーザ”で取り込む事が出来ない事と、その材料が無いと使えない術なんだ。直接、僕が取り込めは使えるワン。少し、クセがあるけれど作り変えるにはもってこいの術だよ』
「ハチ……何でもありなのね」
『アハハハ……だ、ワンね』
そんな事もあり、ハチが私サイズに作り直してくれたの。
イヤリングに指輪にペンダント。
何だかんだ不釣り合いの様な気がするわ。
『似合っているニャ。まぁ〜、シャルルには遠く及ばないけど』
『そんな事ございません。とても、良くお似合いです。確かにシャルル様には及ばなくても、十二分に色白でアレキサンドライトが映えます。お美しいです。ただ……やはりドレス姿の方がより一層、良いかと存じます』
「忠大も立派に、お世辞が言える様になったのね」
『姫様……そんな事は……』
「ウフフ、冗談よ」
『ナナ、行こう。刀祢がどこに居るか知らないんだ。ひょっとして、近くに居るかも知れない。こんな所でグズグズしてられないよ』
「ロクの言う通りね。全てが終わったら、また来ましょう」
『……。先、行くよ』
「ロク! ちょっと待って! 」
空になった宝石箱をマジックバック改に収納し、ハチに跨ったわ。
一階、降りた辺りで、近くの部屋に入り、窓から出たの。
『魔術“スプリングボード”』
ハチは、魔術で足場を作りながら上へ上へと行ったの。
あっと言う間に、小さくなったわ。
『ハチ、止まってくれ』
「ロク、どうしたの? 」
『忘れ物をしたんだ。ハチ、あそこに足場を作ってくれ』
『……。魔術“スプリングボード”』
ハチは、ロク用に術を発動させたわ。
ちょうど、私たちと屋敷の中間地点に。
「何であんな、離れた所に術を使ったの? 」
『ナナに、飛び火したら大変だからワン』
「え? 飛び火? ? 」
そんな話をしている間にロクが飛び移り、さらに飛び上がったの。
『魔術“ファイヤーランス”、“ファイヤーボール”』
「え! ロク! ! 」
ロクは、屋敷に攻撃魔術を放ったの。
今のハチとロクは、SSランクの魔獣。
そんなロクの攻撃は、威力の低いボールシリーズでも最高の力を発揮するの。
何と言っても、龍神と匹敵するほどの破壊力なのよ。
そんな術を受けた屋敷は大炎上。
PC用語の炎上では無いわ。
リアルな炎上。
しかも、大炎上。
ロクは、最大限の威力を込めて発動したみたいで、石造りの屋敷が燃え上がっていたわ。
あまりの出来事に、言葉を発する事を忘れていたの。
「………」
『力込めすぎだワン』
『下手に残ると、嫌だったからね』
え? どう言う事?
私の視線を受けたハチが笑いながら、説明してくれたわ。
『アハハハ。ロクがスキル“意思疎通”で、たった一言……燃やす……と言って来たワン。ナナにもしもの事があったら困るから、ここまで離れたワン』
『そんなヘマ、あたしがする訳ないだろう! 』
「そんな事より良いの? 貴女の思い出でしょう? それを! 」
『確かに、あたしの思い出は詰まっているよ。でも、哀しみや悔しさの象徴でもあるんだ。戻って来ることがあったら、燃やしてやる!っと、心に誓っていたんだ』
『だからって、やりすぎワン』
「ハチは理解できるの?」
『何となくできるワン。僕だって、風の祠があったアノ洞窟に行ったら、破壊したくなる』
「どうして? お兄さんとの思い出の地ではないの? 」
『悔しさの思い出ワン。そんな思い出は心の中だけで十分。場所なんていらないワン』
『良いこと言うじゃないか。ハチにしては! 』
私たちが居る“スプリングボード”に戻って来たロク。
何にも無かった様な態度に驚いたわ。
「楽しい思い出もあったんじゃない?」
『あったよ。でも、悔しい思い出の方が強い。シャルルも反対はしないさぁ。楽しい思い出は場所に宿るけれど、悔しさは心に宿る。あたしの哀しみの心は、ここに置いて行く。刀祢に集中しないといけないからね。そんな事より、そろそろ吉報が来るよ』
そう言うと、ハチの足元に忠凶が現れた。
少し慌てているわね。
その後すぐに、忠吉、忠中、忠末も現れたわ。
『姫様。北の方を探索して参りました。刀祢の場所を見つけました。しかし、反応がございません』
『姫様。東の方を探索して参りました。しかし、魔族また魔獣、生きとし生けるもの何方も見当たりません』
『姫様。西の方を探索して参りました。しかし、魔族また魔獣、生きとし生けるもの何方も見当たりません』
『姫様。南の方を探索して参りました。しかし、魔族また魔獣、生きとし生けるもの何方も見当たりません』
「忠凶、忠吉、忠中、忠末。ありがとう。少し休んで頂戴。それにしても、誰も居ないって……どう言う事?」
頭を捻っていると、忠大が口を開いたの。
『おそらくですが……。全て刀祢が飲み込んだのではないでしょうか。力を得る為の糧にしたと考査するのが自然です。しかし、腑に落ちない点がございます』
「腑に落ちないって?」
『はっ。ハチ様にしてもロク様にしても、同じ事が言えると思います。魔力を取り込めば、それだけの器が必要です。この世界いの魔族・魔獣・生きとし生ける者を全て取り込んだと考査すれば……』
「とんでもない器が必要になるって事ね。ハチ、ロク、あなた達はどんな風に考査する?」
『あたしかい。あたしは……マンプクが持っていた“冷蔵庫”に似たスキルがあると考査するね、と言いたいが……。この世に全く同じスキルを保有している、そんな話を聞いた事ないよ。ハチは? 』
『僕? う〜ん。難しい。考査するにしても、材料が少な過ぎるよ。ただ、ロクが言ったように同じスキルは存在しない。例え同じスキルでも、厳密に行けば全く違う物だワン』
「『『う〜ん』』」
3人で、頭を捻ってしまったわ。
ちなみに、ネズミ隊も捻っていたわね。
刀祢には、まだ隠し球があるようだわ。
私たちに対抗できるかしら?
燃え上がる炎を背にして、苦慮している私たち。
本当に大丈夫か不安になるわ。
平成最後の年になってしまいましたね。
平成が終わる頃に、ナナも終わりそうです……多分?
もう少し早いかも?
それではまた来週会いましょう。