136話 あらあら、アレから……ですって
「何も変わって無いやんけー! ! ! ! !」
ロクの純然たる叫びが、ルジーゼ城の訓練場に木霊したわ。
私たちは、ロクが保有してる特殊魔術スキル“未来予想図”の改変を目論んだの。
刀祢と戦うには、ハチの“フリーザ”とロクの“未来予想図”が鍵になるみたいなのね。
ククルの見立てたわ。
その意見に、反論する人なんて誰もいなかった。
ハチもロクも、同意見だったのよ。
そこでハチは、自身が保有している“フリーザ”の能力の一部をネズミ隊に譲渡したの。
そして、忠大が魔術“フリーザ・解析”でロクを調べた結果……あの叫びに繋がる訳ね。
ハァ〜、簡単に書いてはみたものの紆余曲折、支離滅裂、歓喜雀々、と、まぁ〜色々あったのよ。
一筋縄ではいかなかったわね。
でもロクが思い出を差し出す事で何とかなるのならの思いで、ハチの術を受けることにしたの。
自分の魔力向上の為に、ね。
「ハチ………どうなっているの?」
思わずそう言ってしまうほど、何も変わっていなかったわ。
愛らしいスリムなボディで2本の尻尾がチャームポイントの黒猫。
そのまんまの姿だったの。
「ハチ様、これは……」
「忠大、どういう事なの?」
不思議な顔をしてしたのよ。
私もロクも、ね。
「はっ。ロク様の保有している魔術・スキルは何も消失しておりません。そして、問題の思い出の鍵ですが……そちらの方も御座います」
妖異幻界を表しているような顔をしているわ。
忠大にも解らない事があるのね。
私は改めて、ハチに聞き直したの。
「どういう事なの? 説明……出来る ?」
「もちろんできるワン。って言うかぁ。ロクは自分の事なのに分かんないのかよ」
「……」
仁王立ちしていたロクは、自分の両手を見つめながら考え込んでいたわ。
そんなロクを見つめる私たち。
暫しの時が流れたわ。
「……っで! どうなのよ! ! 」
誰も無反応なんですもの。
私は結果を聞きたいのに!
重たい口を開いてくれたのは、やはりハチだったわ。
「誰も何も分からないかワンかぁ?」
見回したハチ。
それぞれに、それぞれの、考査があるみたい。
でも、何が正解なのか分からなかったみたいなの。
だから誰も口を開こうとしなかったわ。
そこに、ハチの声が響いた。
「……分かりいやすく言うと……。血の巡りを良くしただけワン」
「「「「なるほど!」」」」
「え?」
ククルとトッシュ、お父様とルバー様はハチの言葉でピンと来たみたい。
ネズミ隊はハッとした後、ウンウンと大きく頷いていたわ。
理解できていなかったのは……私だけね。
「う〜ん。血液だって巡る順や血管内の障壁なんかを無くすと、スムーズに流れるワン。何だって効率が良くなると、どんな物だって使いやすくなるよ。ナナだって、パジャマに着替える時に、明日着る服を着やすい様に順番にたたむワン。魔術だって同じ事が言えるんじゃないかと、考査したんだ。それがビンゴ! 例えば、ロクは黒属性と水属性と火属性を持っている。獲得した順番なら、黒属性は元から持っていた。そこに、封印されていた水龍神の魔力を吸収して獲得したのが水属性。そして、シャルルと同化したマリアを取り込む事で得た火属性。順番で言うなら黒属性→水属性→火属性が前の順番なんだ。ところが、水属性と火属性は相性が悪い。お互いが打ち消し合うんだ。まぁ、ロクの火属性は変則だけれどね。それでも、火属性には違いない。そこで、水属性→黒属性→火属性に変えてやる。これだけで、使いやすさがや違うんだ。それだけじゃない! 威力だて上がるんだ。ロク、実査だ! 行くぞ! ! 」
「アハハハ! もちろん! ! “ファイアーボール”」
いきなりの攻撃魔術に驚く、みんな。
そして、その威力に驚嘆の声が溢れたの。
「「「「ホォーー」」」」
「ロク、次は……」
「ハチ! みなまで言わなくても分かっている。魔術“ウォーターボール”……! ! 」
「「「「! ! ! 」」」」
みんなが一斉に注目して、固まったわ。
魔術のボールシリーズは、基礎の基礎と言える術なの。
1番最初に使う魔術なのよ。
そのため、威力はみんな大差ないの。
それなのに……。
「ハチ! どう言う事なんだ! 誰でも使えるボールシリーズの術がこの威力。可笑しいだろう !」
トッシュが怒り狂うのも道理ね。
属性によって術後の跡が変わるんだけれど、だいたい同じ。
砂埃が舞って、火属性なら焦げ跡、水属性なら水が染み込んだ跡、土属性なら小さな石や砂が綺麗に掃けている跡、風属性なら砂埃が舞うだけ……そんな感じなの。
それなのに、ロクが放った“ファイアーボール”と“ウォーターボール”の威力が違っていたの。
“ファイアーボール”は3ミリのクレーターが出来ていたし、“ウォーターボール”に至っては2ミリの水溜りが出現していたわ。
3ミリとか2ミリとかの話では無いわよ。
1番低い術で、この力の差。
威力の大きい術ならとんでもない差になるわね。
そう言う事なの。
「“ファイアーボール”」
バン!
「トッシュ! いきなり術を使わないでよ! 」
「ナナ、すまんすまん。……ククル……どうだ」
全く……っと怒っているのは私だけ。
ククルと忠凶は走って行って具に検分していたわ。
その結果は……。
「ハァ〜、ハァ〜、ハァ〜〜」
「失礼いたします。僕が見た限りですが。ロク様の“ファイアーボール”とトッシュ様の“ファイアーボール”に違いはございません。有るとすれば、その範囲だけでございます」
「ハァ〜〜。その通りじゃ。Sランクとは言え、一魔獣が龍神と同じ威力の術を使えるなぞ、信じられぬわ」
「そんなに凄い事なの? 」
「そりゃ〜、凄いとかのレベルじゃないぜ。確かに俺は元だが、腐っても龍神だ。術の力と魔力量だけは自身がある。その俺と同等の力が、ロクには有るって事だ。SSランクが正しいのかもなぁ」
トッシュの口から出たSSランク。
この言葉に、反応したのがルバー様とお父様。
「SSランクですか。……ハチくん、今度は僕を取り込んでくれませんか? そうですね。……取り込んで整理する事 ?……血の巡りを良くする事? ……巡り……回る……循環」
「サーキュレーション」
「さすがナナくんです。良いですね。ちょっと待っていてください」
そう言うと、瞑想しだしたルバー様。
瞑想して、この世界に生まれた術やスキルを感じ登録しているみたいなの。
毎日の日課なんですって。
視覚を閉ざし、聴覚を消して、味覚を忘れる。
無の状態だと、感じやすいようなの。
と! 言うことは、毎朝何かしらの魔術やスキルが登録されて行ってるのよね。
喜んでいるのは、イン様、フル様、エンサー様。
小躍りしている姿が容易に想像できるわね。
そんな事をトッシュが言っていたわ。
あくまでもトッシュが、よ。
「……魔術“フリーザ・サーキュレーション”……」
「あ ! ! 魔術欄にあるワン! 相変わらず面白いワン」
「さぁ、ハチくん。私を取り込んで術を発動してみたください」
「馬鹿者! ! 」
バチン ! !
見事なハリセンがルバー様の頭にヒットしたわ。
たたらを踏むルバー様。
支えるお父様。
「馬鹿者。落ち着かぬか。冷静ならぬか。……馬鹿者。落ち着かぬか。ルバー」
「も、も、申し訳ありません。まさか僕にまだ伸び代があるとは思ってもいなかったもので、興奮して我を忘れていました」
「理解しているのなら、良い。まずは、ロクの実査と“未来予想図”の実査が残っておる。1つ1つ丁寧に対処せぬと、取り返しの付かぬ事が起こるかも知れぬ。そのことを肝に命じて、事に当たるんじゃ」
「「「「「「はっ」」」」」」
なぜかルバー様だけでは無く、ネズミ隊まで頭を下げているわ。
なぜ? ? と、言いたくなったけれど何も言えなかった。
だって真剣なんですもの。
それにしても、導線を整理するだけでこんなにも変わるのね。
その事に気が付いたハチは凄いわ。
確かに、この魔術だったらルバー様も飛躍的に伸びるわね。
そして、目の前には嬉々として自身の魔術&スキルの実査をしているロクと、仕方ないなぁ〜の言葉とは裏腹に、尻尾ブンブンのハチが実査と称した試合を繰り広げているわ。
思いのほか激しいわね。
まぁ〜、当たり前と言えばその通り。
だって、ハチもロクもSランクの魔獣ですもの。
ロクに至っては、SSランクとか言われちゃったんですものね。
張り切って、テンションアゲアゲにもなるわ。
ものすごく楽しそう。
ハチも、自分の考査が大正解だった事で意気軒昂なんですもの。
そればかりか、ルバー様もソワソワしているし。
何でしょうね。
この混沌としたカオス状態わ。
「ねぇ、忠大。ロクの“未来予想図”の実査はしなくて良いの?」
私の近くに居たので聞いてみたの。
本来の考査と実査は刀祢に対応するために、ロクの“未来予想図”考査だったはずよ。
それが、こんな事に。
ククルでも、忠凶でも、ルバー様でも、誰でも詳しく知っていそうな人なら良かったんでしょうけどね。
それでも、私より詳しいわ。
ちなみに、私はお父様に抱っこされいているわ。
私の足は、今、土属性の中級術“サンダーストーム”を発動している。
砂嵐が3本。
この子もきっと、SSランク認定ね。
「それは、俺も聞きたい。忠大どうなんだ?」
「はっ。姫様、ガロス様。ハチ様による導線の整理“サーキュレーション”で、ロク様の魔術やスキル、思い出やそれぞれの記憶を整理し、管理しやすいように改変した模様です。その甲斐あり、ロク様の魔術スキル発動余白が格段に増え、発動しやすくなり威力も向上した模様。ですが、魔術“フリーザ・サーキュレーション”はあくまでも整理・循環の向上を目的としています。術、自体をどうこうする魔術ではないです。はたまた、記憶を消す術でもありません。整理し魔力の流れを良くしただけなのです。私が考査いたしますに。属性を複数保有している様方は、絶対に受けた方が良いと考査いたします。私もここまで改善されるとは、夢にも思っておりません! 素晴らしい発見です! 」
「じゃ、記憶や術を無くした訳では無いのね」
「はっ、その様に考査いたします」
「……。なるほど。ルバーが狂喜乱舞するはずだな。今、魔術・スキルの数が凄い事になっているんだ。これまでは、申請してルバーが使用し、登録だった。それが、ルバーが一方的に感じ理解し登録できる。それにより爆発的に増えたんだ。スアノースでは、新たに魔術・スキル登録ギルドを検討中だ。
ハァ〜〜〜、それに、だ。複数属性を持っている者も多数いる。定説として、そう言った者は魔力の総量が低く、魔術の伸びも悪い。広く浅くの術者決定なんだ。ところが……」
「ハチの“フリーザ・サーキュレーション”」
「そうだ。その術の出現で、さらなる飛躍が望める。ハァ〜〜〜、ハチの保有している“フリーザ”は劇薬だな」
「そうね。その通りだわ。お父様。でも、刀祢からこの世界を守るためには必要な劇薬よ」
「ハァ〜〜〜。分かってる」
お父様の深い深い深〜〜〜い、ため息がドンパチしている訓練場に響いたわ。
お父様、私も同じ気持ちです。
お察し致します。
「「ハァ〜〜〜〜」」
2人のため息が、お昼の鐘をかき消したわ。
あぁ〜〜〜あ、お腹すいた。
アレから2年。
本当にあ! っという間だったわ。
何が1番大きく変わったのか?
それは……。
「ルバー様! 早く支度をして下さい。本日はギルドにて、先月の魔術リストを製作していただく予定になっております。午後からは卒業試験の引率。夜には祝賀会となっております。お時間もありませんから、早くしてください」
「オットー、厳しいですよ。もう少し優しくしてください」
「無理です。早くしてください」
「……」
そうなの。
本当に出来たのよ。
登録を専門にするギルドが、ね。
その名もレジストレーションギルド。
みんなはレジストギルドと言っているわ。
長いですものね。
次に変わった? 成長した? のがロク。
『ウゲ! 』
『アハハハ! ハマった、ハマったぞ! 落とし穴にドンピシャだ! ! 』
『こんな事に、特殊スキル“未来予想図”を使うなワン』
ロクは、この2年間で大きな成長を遂げたの。
やりきったのよ。
苦辛しながら、頑張っていたわ。
そこで、手に入れたのが、完全版の特殊魔術スキル“未来予想図”なの。
この術の特徴は、その言葉通りの未来を視る力。
元は、龍神が身に付けるはずだった力を北岡真理亜へと渡したのよね。
彼女は手違いでこの世界に来てしまた渡来者。
悪い子では無かったから、マリアに託したみたい。
実はハチの特殊魔術スキル“フリーザ”も同じ理由で、楽満俊哉に渡された魔術だったの。
ところが暴走してマンプクごと、ハチに吸収されて“フリーザ”へと変貌した経緯があるわ。
まぁ〜、ハチは楽しそうに自分の術やスキルで遊んでいた為に、自分のモノにするのも早かったのね。
でも、ロクは違ったのよ。
それでも、頑張ったの!
あの必死な姿に涙したわ。
「それにしても、不思議ね。未だに理解できないわ」
『確かに難しいね。あたしでも理解してないよ。アハハハ! 』
『笑い事ではございません。ロク様。重要な未来はございましたか? 』
『う〜ん……対して無いね』
凄いのよ。
ロクの“未来予想図”は!
ブレーキランプ5回点滅するだけじゃ無いのよ。
この世界に、起こる全ての現象の未来を視ることが出来るの。
それを、ライブラリーとして保管するのよ。
ロクの記憶に、ね。
まるで図書館の様な感じかしら?
その保管した未来視は、1日の終わりにロク自身で消すの。
毎日、寝る前に瞑想しているわ。
アレでリセットしているのね。
で、朝眼が覚めるとまた瞑想して、その日の起こる未来視を数冊に纏めて保管するの。
本当はどんな先の未来でも視れるらしいのだけれど、キリがないからその日の未来視だけに限定しているみたい。
でも日曜の夜に、1時間かけて瞑想しているわ。
ザックリ1週間分を視ているみたい。
本人曰く『絵に描いた紙をパラパラ見ている感じ』らしいわ。
気になった絵を保管したり、掘り下げて視たりもできるみたい。
コレはあくまもでもスキル。
常時発動型のスキルなのね。
そしてロクが最も苦労していたのが、未来を変える術“未来予想図II”の方。
使いどきが難しかったみたいなの。
自身に起きることのみ! ではなく、全ての現象に干渉できるの。
もしよ !
もしも、私が階段落ちをしている姿をスキル“未来予想図”で視たとするわね。
ロクは詳しく視て、私が落ちる寸前に魔術“未来予想図II”を使う、すると私の階段落ちの未来は書き換えられ、落ちなくてすむの。
この術の発動するタイミングが鍵になるのね。
早すぎてもダメだし、遅すぎるのは意味が無いわ。
何度も何度も、実査を繰り返していたもの。
スキル“未来予想図”は楽しい様だけど、魔術“未来予想図II”は大変だったみたい。
それでも、2年をかけて完璧に使い熟せる様になったわ。
ロクの努力に結晶ね。
『ナナ、今日で卒業だにゃ。ナナの晴れ舞台は快晴だったよ』
「え! 本当に? 雨降っているみたいだけれど……? 」
『アハハハ! ナナが試験に臨む、2時間前には上がるんだよ』
『僕は反対ワン! 足である僕が一緒ではダメなんて変ワン! 』
『まだ言ってる。大丈夫なんだよ! 泥まみれでもナナはやり遂げるんだ。あたしが保証するよ。頑張ったナナを褒めてやるんだ。あたしが1番にね! 』
『でも ! 』
『あぁ ! ! ! 執拗いよ。未来視できる、あたしが大丈夫と太鼓判を押したんだ。このあたしを信じな』
「ウフフ、ハチもロクもありがとう。私は平気よ。自分の足で歩いてみたいわ。みんなが私のために作ってくれた足ですもの。1人で頑張ってみるつもりよ。でも……とっても痛いから……試験が終わったらハチに乗せてね」
『もちろんワン! !』
と、言ったものの不安は拭えないわね。
さて、私の足で行きますか!
少し遅れてすいません。
さらに、2年の歳月をさらりと書いてしまいました。
同じような事を何度も書くのもウザいですからね。
話は最後の刀祢戦に突入かしら? ……多分? ?
それではまた来週会いましょう。




