135話 あらあら、NEW未来予想図? ですって
「ロク様をもう一度、解析してみてもよろしいでしょうか? どうも気になるところがございます。もう少し、時間をかけてじっくり解析してみたいのです。えぇ、えぇ、分かっております。そんな事をすれば、私が壊れる可能性がある事は、重々承知しております。それでも、ロク様の力になりたいのです。ひいては姫様のためでもあります。どうか、私に使用の許可を下さい」
忠大のこの言葉から始まったわ。
この台詞からは、ロクのため! 引いては私のため! な〜んて言っているけれど、本心は魔術“フリーザ・解析”の性能を実査したかっただけよね。
その証拠に嬉々として術を発動していたもの。
でも、とても危険な行為だったのよ。
だって、1度ロクに術を試行していたんですもの。
2度目の意味は?
「どうしても、確認したい事がございます。情報として不十分な箇所がございまして。それに……ロク様にはいくつかの未知なる扉があるように思います」
そうなの、忠大はロクの中に居るシャルルとマリアの想いが魔力障壁となっているのではないかと考査した様なの。
ロクにとって、元の飼い主だったシャルルとの思い出は大切なモノ。
それを悪いと言われたのよ。
誰だって頭に来るわ。
本当に、本当に、珍しく忠大に噛み付いたの。
リアルにでは無いわよ。
「どうして、そう考査する? 2人の想いを捨てろと?」
詰め寄るロク。
たじろく忠大。
仲裁に入ったのは、ククルだったわ。
「良い良い。ロク、想いとは計り知れない重たいもの。妾とて、アークに対する想いを捨てきれずにこの場に居る。しかし、前に進むためには、大切な者を守るためには、葬り去らなければならぬ。無くせとは言わぬが……」
それではダメよ!
誰も納得しないわ!
そう感じた、私が乱入したの。
「ククル、無理を言ってはダメ。ロク、貴女の想いは貴女のモノよ。大切にしなさい。そうね。忠大、もう一度“解析”してちょうだい。その壁にはきっと扉が付いているはずだわ。もちろん、鍵もあるはずよ。ロクを愛していた人が貴女を裏切るわけ無いわ」
そうなのよ。
誰だって、大切な思い出はあるわ。
その、大切なモノを忘れるなんて、出来ないもの。
悲しくなるわ。
私の言葉で理解してくれたロクは、もう1度、魔術“フリーザ・解析”を受けることを承諾したの。
「ハァ〜、ハァ〜。……姫様……だ、だ、大丈夫です。ハァ〜〜、スゥ〜〜、ハァ〜〜〜〜」
仰向けに倒れた忠大。
息も絶え絶え、声を発したわ。
「詳しい事は明日、報告させていただきます。ですが、これだけは言わせて下さい。ロク様、愛したお人は誰も裏切っておりませんでしたよ。扉も鍵もございます」
「……あたり前ニャ」
嬉しそうに声を上げたロク。
そして朝一番に言った事が……。
「はっ。特殊スキル“未来予想図”は、ロク様に降りかかる厄災を頭の中でビジョンとして見せるスキル。特殊魔術“未来予想図II”は、その見せた未来を変える術。と、思われておりましたが間違っていた模様です。
特殊スキル“未来予想図”ですが、ロク様に降りかかる厄災では無く、全ての厄災を見ることが可能です。ですが、それだとオーバーヒートを起こしてしまいます。そこで、機能停止を防ぐためにロク様の身に起こる事だけを見せているのだと考査いたします。本来の“未来予想図”の10分の1も使用しておりません。そこで、ハチ様がなさった様に演算に長けております私や忠凶、ククル様やルバー様にスキルの一端を渡してみてはいかがですか? もしくは、記憶の貯蔵だけハチ様に譲渡し、事の重大差をロク様が判断する? なども考査できます。
次に、特殊魔術“未来予想図II”ですが、こちらは概ね合っています。ただ……規模が少しだけ違います。ロク様の事のみではなく、全ての現象に関与できる術の様です。さすが、龍神様が使用する力です。感服いたします。私たち、魔獣の身でも使える様に、制限をかけたと思われます。……聞いておりますか? ロク様? ハチ様? ククル様? ……姫様? ? ? 」
フリ〜〜〜ズ! !
そりゃ〜固まるわよ。
貴女の使い方が間違っています! って言われたのよ。
パニックにもなるわね。
とりあえず、朝食を食べてから執務室で改めて聞くことにしたの。
美味しいはずのご飯が、初めて味がしなかったわ。
私の……卵焼き……クスン。
「「……? !」」
早々に戻ってきた為に徹夜のお父様と、比較的ゆっくり起きてきたルバー様。
げっそりと疲労の顔と、たっぷり寝た涼やかな顔。
天と地ほどの落差がある。
そんな2人の顔は今、同じ顔をしているわ。
「じゃ、じゃ、聞くが、ロクの特殊スキル魔術“未来予想図”も、ハチの特殊スキル“フリーザ”の様に誰かに分割するのか?」
また、スアノース城へと走らなければならないのか? そんな声が聞こえた様な気がしたわ。
その言葉を受けたのは……ハチ。
執務室に入った途端、ククルが魔術“ヘルシャフト”を発動させたの。
素早かったわ。
そして、忠大がハチにロクの情報を送ったの。
「なるほどワンね。で、忠大の意見は?」
「はっ。私はこのまま、実査と研磨を繰り返しで十分かと存じます。下手に手を出すより、ロク様自身の力で致します方がよろしいかと思います」
「……僕に手を出すな! と言いたいんだな」
「い、い、いやいやそうではなくてですね。ロク様なら、ロク様の性格を鑑みて、ロク様の……」
「もう、いいニャ。ハチはどうしたいだい?」
オロオロしていた忠大を制して、ロクがハチを見据えたわ。
あ! 今、火花が見えた! ! ……様な気がする。
「僕は……時間がかかるやり方より、簡単にできる方法があると、言っているだけだ」
「う〜ん。ハチ、忠大はロクの事を思ってそんな事を言ったんだと思うわ。誰だって、優しい想い出は捨てられないと思うの。貴方だってそうでしょう。データーだけが全てでは無いのよ。頭でっかちにならないで」
「アハハハ、ハチ。ナナに1本取られたのぉ」
豪快な笑いと共に割り込んで来たのはククル。
さらに……。
「ククル様、仕方がないですよ。僕だって初めての魔術は嬉しさと、もっと出来る! 僕ならもっと出来る! そんな想いに駆られ、色んな物を壊しました。先生にどれだけ怒られた事か……。今のハチくんの気持ち、良く良く理解できますよ」
ルバー様が茶々を入れたわ。
私は、少し違うと思うんだけれど?
話を軌道修正しないとダメみたい。
忠大がすごい顔をしているわ。
私が言いたかった事と違います! 姫様! 的な表情ね。
「ルバー様。ご自身の思い出に浸らないでください。忠大が言いたかった事は、ロクが大切にしている想い出を壊して欲しくないだろうと、思ったからだと思います。ね、そうでしょう」
私の言葉に大きく頷く忠大。
そんな私の言葉に、ハチが噛み付いたの。
本当に、本当に、珍しい事。
「ナナ、強くなる為に必要なら、僕は壊しても良いと思うんだ」
「……じゃ、お兄さんとの想い出だったら同じ事が言える?」
「言えるよ。ナナを守る為なら、捨てる事なんて簡単な事」
私はこの言葉に戦慄を覚えたわ。
何も言えずに固まっていると、思いもよらない人から声をかけられたの。
「ハチちゃん、それは良くないわ」
「お母様!」
「ナナちゃん、ごめんなさいね。お茶を出したら退席するつもりだったのよ。あまりにも悲しい言葉を聞いたものだから、つい言ってしまったわ。ごめんなさい、貴方」
お父様の方を見たお母様。
お母様は、仕事に関しては何も言わない人。
自分の領分を理解している人。
自分の立場も把握している人。
そんな人なの。
決して、しゃしゃり出る人では無いのよ。
そんなお母様が、初めて口を挟んだの。
「ソノア、思った事があったのなら言いなさい」
「ありがとうございます」
そう言うと、ハチに向き合ったの。
まるで諭す様な感じで、話し出したわ。
「ハチちゃん。貴方の大切な想い出を捨ててしまってはダメ」
「でも、それで強くなるなら僕は構わない」
「それがダメなの! メ! ……強さに囚われないでハチちゃん。ナナの心も守ってくれるんでしょう? 貴方が悲しむ様な事をすればナナが辛いわ。それに、想い出を捨てれば強くなるだなんて変だわ。人の想いは力になるのよ。たとえ負の感情でも、生きる支えになるわ。優しい想い出ならなおさら捨ててはダメ。わたくしだって、悲しい想い出はたくさんあるわ。でもね。その悲しい想い出も、大切な想い出。わたくしの生きる支えなの。ハチちゃん、ロクちゃんの想い出も生きる支えになっているはずよ。大切にしてあげなさい。ウフフ、わたくしの1番は旦那さまがコロシアムでプロポーズしてくれたことかしら……ね?」
「……」
真っ赤な顔をしたお父様。
楽しそうに覗き込むお母様。
幸せそうで何よりです。
「お父様、お母様、イチャイチャするならお外でどうぞ。そんなことより。お母様の言う通りよ。私は、ちっとも嬉しく無いわ。あなた達が悲しい思いをするのなら、強くなくっても平気よ。その分、私が強くなるもの。それに、何かを捨ててまでして何を得るのよ。対価を払わなければ得られないモノなんて、高が知れているわ。私は自分の力を信じているし、ハチやロク、ネズミ隊の事も信じている。私自身だもの、ね」
私史上最高の笑顔と、サムズアップをしたわ。
どんな想い出も、私だけのモノだもの。
誰にも汚されたくは無いわ。
貶されもしたくない。
たとえ、優しい想い出じゃなくても。
お母様は本当に凄いわ。
言うべき言葉の重みが違うもの。
それに、言うタイミングもバッチリ。
私が言ってもみんなの心には、届かなかったと思う。
お母様が言うから響いたの。
感謝ね。
「理解したワン。ロクの……」
「ハチ! あたしを取り込んで、余計なモノを全て消しな。今はナナを、この世界を、守る事が最優先だよ。シャルルもその事を望んでいるはず。あたしには分かるんだ。マリアにしても、竜を愛していた。その愛する者を助けたいに決まっている。あたしは、やるよ! これまで以上にやるよ! 気が変わらないうちに、景気良くやりな! ! 」
威勢の良い啖呵を切ったロク。
ハチは、このままで、と言いたかったはずなのに、言葉を飲み込まざるおえなかったわ。
この子は、私とお母様の話を聞いていたのかしら?
ため息交じりで再度、同じことを言おうとしたの。
そこに、笑いながら割り込んで来たわ。
ククルが、ね。
「アハハハ、良いのぉ、良いのぉ。ナナ、ロクはしっかり理解した上で言ったんじゃよ。優しい想い出より、ナナの未来を取ったんじゃ。それが、ロクの飼い主であったシャルルの願いなんじゃろう。その気持ちを汲んでやるんじゃ」
「ククル……」
私はロクを抱きしめた。
「無理してない?」
「してないニャ。あたしはナナの為に強くなるよ」
「私のため?」
「もちろん、それだけじゃないニャ」
ニヤリとハチを見ながら、含み笑いを顔に貼り付けたロク。
ハァ〜、その笑顔には……ハチをコテンパンにのしてやるニャ〜……の意味が見え隠れしているのよね。
最近、ハチに押され気味だったから。
私はハチを見たわ。
「どうするの?」
「考えがあるワン。ロクを取り込んで試してみたい事があるんだ」
「……」
ハチを睨みつけるロク。
上から目線でロクを見下ろすハチ。
あ! また火花が! !
これで仲が良いんだもの不思議よね。
「……とっととやりな」
あんたの意見に乗ってやるよ的な顔したわ。
なんでこんなに偉そうなのかしらね。
ロクもロクなら、ハチもハチなのよ。
ハァ〜、どうなる事やら?
魔術“ヘルシャフト”を一度解除して、訓練場へと移動したわ。
今度もククルが魔術を発動して、“ヘルシャフト”を展開したの。
ハチはロクを取り込んむ為に、どれだけの魔力が必要になるか分からなかったので無理。
忠凶では魔力い心もとない。
やっぱり、ククルしか魔術“ヘルシャフト”を発動出来る人がいなかったのよ。
まぁ〜、本人は嬉々として楽しそうだから良いんだけれどね。
中央にはハチとロクが対峙しているわ。
少し離れて、私を抱っこしているお父様。
その横に、ルバー様とククルが並んでいるわ。
ネズミ隊は……。
「私たちはここにおります」
「危ないからあっちへ行きな」
「ロク様! ハチ様! 私たちは皆で1つです。姫様をお守りする使命を持った仲間です。私たちも側に居てもよろしいでしょうか? イイヤ! 居ます! 私たちは! ! 」
「あぁぁ、分かった、分かったから。もう、何も言わなくていい」
「ロク様、ありがとうございます。それでは、ハチ様。魔術を発動してください。皆、つぶさに観察するのだ! 瞬き1つも見逃すなよ!」
「「「「はっ」」」」
そうなの、ハチとロクの間に鎮座していたのは忠大を中心にしたネズミ隊。
審判の位置よね。
しかも、観察なんて言ってるし。
ハァ〜、どうなるのかしら?
そんな事を思っている内に、ハチが魔術を発動したの。
「魔術“フリーザ”」
ハチの声と共に出現したのは……しないの? ?
なんと! ハチが魔獣化したぐらいの、大きさになったわ。
そして……パック! と食べたの。
実際には、食べてはいないんだけれど、ビジュアル的にそう見えてしまったわ。
ゾッとしない光景だったわね。
心臓に悪い。
……、……、…………え? !
まだ……なの? ?
そうなの、なんと大きくなったまま微動だにしないハチ。
目を閉じて、動かなかったの。
もちろん、ネズミ隊も動かないわ。
私たちも? 動かないの? ? と思いたくなる時間が過ぎたわ。
朝だったはずなのに、昼を迎えようとしていたのよ。
そこに、救世主が現れたの。
「いや〜、悪い悪い。竜とソノアが約束をしていたんだ。それがさぁ。魔石の鑑定だったんだぜ。竜よりルバーの方が適任なのによぉ〜。変だなぁ〜と俺は思ったワケ。実は……魔石の鑑定は口実で……竜の渡来前の記憶に要があったんだ。ソノアは、ナナの転生前の鐡ナナの話を聞きたかったんだなぁ。ナナ、覚悟した方がいいぜ。竜のヤツ、ベラベラと喋っていたぜェ〜。ウフフフ……。ナナ……本当は……猫派だったんだなぁ! ! アハハハ! ! って……何してんだ? お前ら? ? 」
「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜ァ。トッシュありがとう。ちなみに、私は猫派でも犬派でも無いわ」
取り止めのない話が笑いで終わった直後、異変に気が付いたトッシュが目をまん丸にして私たちを見たの。
やっとよ! 長いわ! !
そんな時、トッシュに説明する暇もなく、ハチの口から光の玉が飛び出した。
あまりの眩しさに、目を閉じてしまったわ。
それは、みんな同じだったみたい。
強い光をまともに見てしまって、ボーッとした輪郭しか見えていない目を擦りながら、視界を確保したの。
そこに現れたのは……ロク?
いつもの可愛い黒猫のロク?
尻尾が2本のロク? ? ?
何か……変わった? ? ? ? ? ? ?
みんなの頭にハテナマークが綺麗に並んだわ。
トッシュだけ矢鱈と多いんだけれど。
「何も変わって無いやんけー! ! ! ! !」
ロクの絶叫が木霊したわ。
それにしても、気になるのが満足気のハチの立ち姿。
そして、尊敬の眼差しをハチに向けるネズミ隊。
何なの? このカオス的光景は?
1番理解しているはずの、ククルとルバー様は今も固まったまま。
お父様と状況が飲み込めていないトッシュは、ハテナマークが点滅しているわ。
あぁ〜、私は目眩がしそうよ。
まずは、何がどうなったのかハチに聞くべきよね。
それとも、忠大に聞く方が早いのかしら?
どうなっているのやら。
ハァ〜〜〜。
説明を聞くのもある種の勇者よね。
ハァ〜〜〜。
私に理解できる?
ハァ〜〜〜。
ハァ〜〜〜。
ハァ〜〜〜。
ロクのどこが変わったんでしょうかね?
私は体……どこでしょう?
それではまた来週会いましょう。




