127話 あらあら、まだまだ考究ですって
まさかこんな事になるなんて、思いもしなかったわ。
私の特殊スキルが重要な情報を齎したのよ。
北岡真理亜や、楽満俊哉の裏にいた、人物の影を認識したの。
刀根昌利。
彼が黒幕。
マリアに呪いの刻印をした張本人よ。
そして、マンプクと岩城秀幸の心を壊した人。
さらに、地田幹夫を取り込み、特殊スキルを会得した人でもあるわ。
その事を伝えたかったミッチーの想いが、私を呼び寄せたのね。
私の特殊スキル“獣の声”が、想いの詰まった物からも聞くことが出来るから。
でも、物凄く大変だったのよ。
集中に集中を高めて、聞くことに成功したの。
その時、刀根の声を聞いたのわ。
冷徹そのもの。
優しそうな声色で、人を値踏みし、踏みつけて行く。
人の感情のカケラも持ち合わせていない様な声だったわ。
それでも、知らないよりは知っている方がいいに決まっている。
ククルは早速、対策を講じたわ。
ミッチーが……せめて、マンプクの“冷蔵庫”があれば対抗できたかもしれねぇ……この言葉を信じ、ハチの中にある“冷蔵庫”の進化版“フリーザ”を考査する事にしたの。
「……楽満俊哉様は、スキルに取り込まれた様です。そして、ハチ様にスキルごと飲み込まれたのです。“冷蔵庫”から“フリーザ”へと、ハチ様の中で進化を遂げます。
属性は無属性で、どんなものでも飲み込み貯蔵する事が出来ます。呑み込んだモノはハチ様の意志で、操作でき。種を飲み込めば発芽させ、実を付ける事も出来ますし、種の状態で永久に保存しておく事も可能です。また、体内に取り込んだモノに、自身の魔力や貯蔵した魔力を付与する事が可能です。もちろん、自分以外の者に与える事により、その者又は物のHPまたはMPを回復する事が出来ます。
意志ある者、スキル“闘気功・纏”を使用し1分以上息止めが出来るの者なら取り込め、その者に魔力・属性・スキルを与える事も可能です。ただし、意志ある者は長時間取り込んだままだと死を迎えます。ご注意を! さらに、取り込んだモノの時も操れます。人なら若返る事も、年をとる事も可能です。
無尽蔵に取り込める、大規模倉庫。それが特殊スキル“フリーザ”なのです。
何より素晴らしいのが属性の付与です。ボク達で実査済みです。ボクは白属性をいただきましたよ。なんの問題も無く今を生きております」
と、忠凶が意気揚々と説明してくれたわ。
黙って聞いていたククルがたった一言。
「……問題はあるみたいじゃのぉ」
驚いたわよ。
だって、なんの問題も無いと思っていたんですもの。
みんなの頭に、はてなマークが乱舞したわ。
でも、忠凶だけは異変を感じていたみたいなの。
「フム。その通りじゃ。と、言いたいところじゃが……馬鹿者! !
まぁ、熟練度の問題では無い事に気が付いたのは良しとする。そもそも、初めから問題がある事になぜ気が付かんのじゃ。人であろうが、魔獣であろうが、関係ない。
魔力単体では存在は出来ぬ。器が必要になるじゃ。妾、龍神はなぜ青を必要とした? トッシュでさえ、竜と言う存在を不可欠と感じたんじゃ? そして、なぜ器がいる。その答えに辿り着いて見せよ」
喝を入れながらヒントをくれたの。
ククルの優しさよね。
でも、この答えにたどり着いたのが、ルバー様たった1人。
さらに、ヒントを要求したら……。
「ナナくん。ヒントなんか無いですよ。ククル様が言った事、そのままが答えです」
ルバー様の意地悪なヒントに、反応したのが忠大だったわ。
そして正解は……。
「なるほど! そうだったのですね。忠凶、私たちは初めから間違っていたんだ」
「「「「?」」」」
「ウムムム……。なぜ理解できないんだ! ククル様もルバー様も答えを言っていたんだ。
器だ! 器だったんだ! 器には上限がある。魔力を受け入れる器が無ければ、属性を付与しても、使いこなす事など出来ない。私たちとハチ様、ロク様とでは、器の大きさが違たんだ。私たちはすでに雷龍神様の魔力も取り込んでいた。そこに、風属性の魔力など入る余地など無かったんだ。それでも、付与が出来たのは私たちが魔獣だからだ。
アァァァァ! これほどの重要案件を見抜けぬとは……不覚でした。この様な不始末、どの様な処分でも! !」
大騒ぎする忠大。
笑いながら、褒めていたのがククル。
答えにたどり着くことが重要だったみたいね。
私なんて、答えを聞いてなるほど、と理解したわ。
それはそうよね。
当たり前だわ。
だって、持っているコップ一杯にジュースをなみなみと注いでしまえば次を入れる事は出来ないもの。
コップ以上のジュースは入らなくて当然。
それは、魔力を有する人属でも魔族でも魔獣でも、同じ事。
ネズミ隊の器とハチの器。
ハチの方が大きかった。
これが答えだったのよ。
さらに、ククルの話だとハチとロクとルバー様は、神の器だったみたい。
龍神を取り込めるほどの大きさと言う意味ね。
それは多分、刀根にも言える事。
恐ろしいわね。
さて、ハチの特殊スキル“フリーザ”の再考査が始まったわ。
「特殊スキル“フリーザ”の性能は理解したぞ。良く考査されておる。感心じゃ。良い良い。それにしても、ハチの器は高性能じゃのぉ。どれどれ……」
そう言いながら、ハチを覗き込むククル。
身体の隅々を覗き見られている、居心地の悪さを感じて、身震いをし出してしまったハチ。
耳の中から足の裏まで見られている感じがしたのよね。
当のククルは、フムフム、フンフン、とリズム良く言いながら、楽しそうなんですもの。
困っちゃうわ。
私は、逃げ出しそうになるハチをなだめながら、待つ事5分。
満足したククルは、ハチから視線を離し話し出したわ。
「フム〜。なんとかなりそうじゃ」
「そうなのか?」
「トッシュ! 貴方、どこに行っていたのよ! !」
ひょっこり現れた彼は、何事もなかった様に会話に乱入したわ。
さも当たり前の様に、ね。
「イヤ〜悪い悪い。ちょっとそこまで……。調べ物を……しててだなぁ〜」
「要領の得ない言い方ね。あとで、きっちり聞くからいいわ」
朝、起きた時からトッシュの姿が見えなかったの。
どこにも居なかったの。
いろいろ聞きたい事があるけれど、後回しね。
今は、ククルの考査が先決よ。
私はひと睨みして、ククルに向き直ったわ。
「わ、わ、わかったよ。後から言うから、そんな顔をすんなよ」
「フン。で、ククルなんとかなりそうなの?」
「それは、こやつ次第じゃ」
「ロク……次第? !」
「え! あたしかい? ?」
そうなの。
ククルは、ハチではなくロクを名指ししたわ。
驚いたのは言うまでもなく、ロクよ。
「そなたの特殊スキル・魔術“未来予想図”がキーになるはずじゃ」
「ククルどう言う事なの?」
「フム……」
その内容は、二手三手先を見据えた作戦だったの。
そうなの、作戦だったの。
ククルは忠凶の話を聞き、特殊スキル“フリーザ”の特性と有用性を理解して、次の一手を考査していたわ。
それを踏まえての、発言だったみたい。
「ハチ、融合・隔離・混合まで、考査し実査まで行き着いた事は褒めてやるぞ。ただ、隔離の次まで行って欲しかったのぉ」
「隔離の次……ワン?」
「そうじゃ。隔離の次じゃ」
「……?」
悩むハチ。
私も同じ気持ちよ! ハチ! 頑張れ!
ここで、思いもしない所からヒントをもらえたの。
ヒントと言うより、思考の道筋を見つけてくれたと言う方が正しいわね。
「ハチ、ナナ。分からないのかい?」
「お父様! お父様は、何なのか知っていますの?」
私とハチとロクは、話しかけられ先に居たお父様を見たわ。
少し、嬉しそうね。
「だったら、こう考えたらどうだ。融合しているネズミ隊の忠凶を隔離した」
唐突に話し出したお父様。
そこまで言って、忠凶を呼び寄せたの。
抱きかかえたお父様。
瞬時に理解した忠凶は、頭を下げお父様の腕の中で静かにしているわ。
可愛いじゃなの。
「ガロス様、失礼いたします」
「イヤイヤ、君はとても軽いよ。ナナの方が重たいぞ」
「え! !」
そんな事を言いつつ私を見たわ。
その光景を黙って見つめていたハチが、叫び声を上げたの。
「あ! ! 分かったワン! 隔離したら、逃げ出さない様にロープで縛っとかないといけないワン」
「ハァ? ?」
「アハハハ! ナナ、顔が面白いのぉ!」
暴れ出すハチ。
惚ける私。
笑うククル。
三者三様ね。
「ナナはピンと来ぬか?」
「ムゥ〜」
「隔離するだけでは、忠凶はネズミ隊に戻ってしまうな」
「あ! ! そう言う事ね!」
こんな簡単な事だったの。
隔離はあくまでも融合したものを離すだけ。
私はてっきり、別の場所に幽閉するみたいな感じで捉えていたわ。
引き離すだけだったのよ。
だから、ハチがロープで縛るの単語が出てきたのね。
う〜ん、納得。
「理解しましたわ。でも、どうやって束縛するロープをハチの中で作るんですか?」
「そこが問題じゃのぉ〜」
「簡単ワン! 僕の“フリーザ”は僕のモノ。僕が想い想像すれば……出来る……ワン」
なんだか怪しい雰囲気になってきたわね。
本人は、楽しそうにしているから……まぁ〜、いいかぁ!
私がハチの事を見て見ぬ振りをする事に決めたその時、ククルがハチに質問したわ。
「して、上手く行きそうか?」
「う〜ん。難しいワン。ナナ、ミッチーの想いのカケラを見てく欲しいワン」
「なんで?」
「アレなら強そうワン」
「アレはね。編み物の鎖編みって言う編み方なの。L字のカギ針を使うのね。毛糸をこんな風に持って、かぎ針を毛糸の向こう側にあてて、こうやってかぎ針を一回転させて毛糸を巻きつけるの。2本の毛糸の交点を親指と中指で押さえて、こんな風に針先を動かして毛糸をかけるのよ。輪の中から毛糸を引き出して、毛糸の端を引き締めるの。これを繰り返し、繰り返し、繰り返し……なのよ。簡単でしょう。鎖編みは基本中の基本の編み方なの。だから、いろんな所で応用か効くのよ」
私は、実践しながら説明したわ。
なぜ私が、かぎ針を持っていたかと言うとね。
マノアに出してもらっていたの。
いろんなサイズの物をね。
得意ではないのだけれど、好きなのよ。
コツコツ作業が。
時間がある時は、手袋だったりマフラーを編んでいるわ。
思いのほか好評なのよ。
「ナナもう一回してワン。僕がいいよ! と、言うまでしてワン」
「良いわよ」
私は、少し大きめのかぎ針を出して編み出したわ。
ハチが分かりやすい様にゆっくり、ゆっくり、ゆ〜っくり。
本当なら、しながら編んで行くとすぐに理解できるんだけれど、犬のハチでは無理ですものね。
気がすむまで編んで上げたわ。
みんなの分の、マフラーが出来上がったわね。
「ククル、魔術を使ってもいいワンかぁ?」
「もちろん良いぞ」
集中するハチ。
10分も目を瞑り、ブツブツ言っていたの。
大きく頷き、口を開けたわ。
「魔術“フリーザ・鎖”」
そう言い放つと、大玉のスイカより大きな玉を出したの。
色は真っ黒。
浮き出る様な模様があるわ。
アレは……。
「鎖編みの玉?」
「そうワン。こうして……こうやって……こう捕まえるワン」
実践してくれたハチ。
球体と思っていたソレは、ニョロニョロと動き出したの。
ハチの、こうやっての言葉と合わせてね。
あまり気持ちいいいものではないわ。
だって、蛇そのものなんですもの。
その蛇ちゃんが、忠凶に巻き付いた。
そのまま、ズルズルとハチが用意した魔術“フリーザ”の中に引きずり込もうとしているわ。
もちろん、忠凶はあらぬ力を振り絞り、もがいているわ。
それでも、引く力は衰えない。
それだけではないわ。
だんだん、忠凶が暴れなくなり出したの。
「“戻”」
ククルの一言で、ハチが魔術を発動する前に戻ったわ。
何がどうなたのか、私にはさっぱり。
説明を求める様に、ハチを見たんだけれど……。
その前に雷が落ちたの。
「この戯けが! ! 仲間を見殺しにするつもりか! 反論は許さぬ」
ハチを睨み付ける目に、怒りがこもっていたわ。
ククルが、そこまで怒る理由が分からない。
私は、忠凶を見たわ。
そこにはいつもの姿の彼女がいたの。
いつもの忠凶よ、ね。
でも、次の言葉を聞いて青ざめたわ。
「ククル様、ボクは大丈夫です。たとえ、取り込まれ半永久的に出てこれなくなったとしても、ハチ様の力に変わるのであれば、本望です」
「ハァ? ハチ! どう言う事なの?」
「簡単な事じゃ。ハチは忠凶に魔術“フリーザ・鎖”を放ったんじゃ。その術の特性は……捕獲・隔離・解析……じゃろう?」
説明してくれたのはククル。
やはり理解できないわ
。私が頭をひねっていると、お父様が助けてくれたの。
「ナナ。言葉1つ1つに意味があるんだ。その意味を口に出して言ってごらん」
「はい、お父様。捕獲は、捕まえる事や拘束する事。隔離は、あるものを他と隔てる事。解析は……事物の構成要素を細かく理論的に調べる事……。ハチ! 貴方、忠凶を解析するつもりだったの?」
「……」
「沈黙は肯定と捉えるわよ」
「術がちゃんと発動するか実査して見た、だけワン。たとえ解析した後、ボクが吸収しても平気だよ。ボクの力で元に戻せるから」
「たしかにその通りよ。ハチ……ククルが怒った理由は理解できる?」
「……理解できる。仲間を危険に晒した……から……ワン」
「それだけじゃないぞ。ククルは、ハチの魔術“フリーザ”でも、ククルの“ヘルシャフト”でも、どちらでも、元に戻せるから考査をしないでいきなり実査をしても平気だよね! の、お前の心を見抜いての怒りだったんだぜ。
考査に考査を重ねてから、実査はするもんだ。もし! もしも、だ。実査の最中に、術が暴走して取り返しがつかない事が起こったらどうする。それを予見できるのか? それとも何か? ……失敗しても平気だよ。ボクが前より凄い忠凶にしてあげる……とでも言うつもりか。それこそ馬鹿野郎だ。ククルは、考査に考査を重ねてからじゃないと実査はしねぇ。たとえ、急いでいたとしても、石橋は叩いて渡るんだぜ。ハチ、“フリーザ”に心を喰われ始めたんじゃねぇのか。前のお前なら、そんな言葉、出てこなかったぜ。驕りは油断を呼ぶぜ」
「……」
黙って、事の成り行きを見ていたトッシュがククルの想いを代弁したわ。
図星を突かれ、沈黙したハチ。
徐々に項垂れ、ションボリしてしまった。
でも、私たちにかける言葉を持ち合わせてはいなかったの。
「“ウォーターボール”」
ボコ、ドコ、バシャ〜。
突然のウォーターボールがハチを直撃したわ。
下からアッパーパンチを食らう形で受けたものだから、中に浮いて地面に叩きつけられたの。
もちろん放ったのは、彼女。
「ハチ。情けないね。何やってんのさぁ。目を覚ましな」
ロクのキツ〜イ、一言が放たれたわ。
どんな魔術より、強力ね。
でも、ハチには良いカンフル剤になったみたい。
晴れ晴れとした顔をしていたもの。
何かを想い、決意した男の表情ね。
素敵だわ。
内容には驚かされたけどね。
「決めたワン。ボクの魔術“フリーザ”の能力を、ネズミ隊に上げるワン」
「「「「「ハァ?」」」」」
「「「「「ハッ! ……エッ?」」」」」
最初のハァ? は、私とククルとトッシュとお父様とルバー様。
次のエッ? は、ネズミ隊。
満足な顔をしてるのは、ハチとロクだけ。
混乱と混迷が辺りを支配していたわ。
ハチが壊れた見たいね。
ハァ〜〜〜〜。
どうして〜、そ、なるの!
ハァ?
なんでハチはネズミ隊に上げるの?
ナナよ、私も同意見だ。
なんでこんな事になったんでしょうね。
それではまた来週会いましょう。




