125話 あらあら、紡がれた想いですって
ロクの尻尾にくっ付いていた糸。
白色の鎖編みのカケラ。
このカケラが、思いもしない情報と感情を紡いていたの。
でも、その声を聴くことが出来るのは私だけ。
そう、私の特殊スキル“獣の声”だけだったの。
「……。……。……、……。ダァーーー! 無理! どうしても頭から離れないわ。いろんなことが! 人って108の煩悩があるのよ。そう簡単に捨てられないのよぉ〜〜〜〜」
そうなの。
私には、出来なかったのよ。
どうしても、声なきモノから聞くことが出来なかったの。
そりゃ〜、少しだけサボりましたよ! 難しいんですもの。
モノに宿った想いの声を聞くのよ。
普通に考えても、無理ゲーでしょう。
そもそも、竜の中にいたトッシュの声を聞こえたのが最初。
その次に、マリアの中に居たシャルルの声も聞いたわ。
だったら、モノに宿る想いの声も聞く事が出来るのでわ? で、始めた事なの。
ね! 土台無理な話でしょう。
それをヤレと強制するのよ。
ハァ〜。
でも、でも、でもでもでも!
もし、本当に聞く事が出来たのなら!
ロクの中に眠るマリアとハチの中に眠るマンプクの想いを知る事が出来る。
ここが私の正念場ね。
と、意気込むけれど……ハァ〜、無理だわ。
ここで、助け舟が登場したの。
『姫様、無心になるために真言を唱えてみてはいかがでしょう』
そう、話しかけて来たのは忠大。
確かに、集中するにはいい方法だわ。
私にだって、スキル“闘気功”ぐらい使えるのよ。
だった……一心不乱に集中しなければ発動しないんだけれどね。
その集中の仕方が、般若心経を唱える事なの。
不思議と心が落ち着き、体がシャンとするのよ。
忠大は私に、雑ごとを忘れさせようと言ったのね。
この時の私は、藁をも掴む思いだったわ。
この鎖編みの糸から、想いのカケラを聞かないといけなかったから。
「まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう
かんじーざいぼーさーつー
ぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー
しょうけんごーうんかいくう
どーいっさいくーやく
しゃーりーしー
しきふーいーくう
くうふーいーしき
しきそくぜーくう
くうそくぜーしき
じゅーそうぎょうしき
やくぷーにょーぜー
しゃーりーしー
ぜーしょーほうくうそう
ふーしょうふーめつ
ふーくーふーじょう
ふーぞうふーげん
ぜーこーくうちゅうむーしき…………」
結局、2回も唱えてしまったの。
そこで、漸くスイッチか入ったわ。
想いのカケラを聞くことに成功したの。
でも……。
『誰でもいい。オレの話を聞いてくれ! ……我ながら無理な事を思ったぜ。
もう一度……。違う! 北岡真理亜と楽満俊哉に伝えて欲しい。オレは何を言ってんだろうなぁ。
この想いが届くなら! バカだ。本当に馬鹿野郎だ。自分で追い込んで置いて、今更マリアとマンプクに何を言うつもりだったんだ。ごめん、かぁ! 刀根の野郎に取り込まれない様に逃したんだ、かぁ! そんなの嘘っぱちだろう! !
あの野郎は、次元を超える術を手に入れた。オレの能力“裁縫師”を取り込み、ヒデの能力“硬化軟化”も手に入れている。どうすることも出来ねぇ。すまない……フッ、フッ、フフフフフフ……アハハハハ! ! 本当に、本当に、本当に! 馬鹿だ! ! 想いだけでは、誰にも伝わらない。誰かに言いたい。
刀根の能力は黒だ。本当は違う。能力は“死の宣告”だ。でも、黒い勾玉を飲み込んでから変質しやがった。“死の宣告”はそのままに、新しい力に目覚めたんだ。オレはそれを能力“黒”と命名したい。って、オレは馬鹿だな。誰が聞いてくれんだよ。せめて、メモにでも書いとけばよかったぜ。そうか! 文字を刺繍にすれば良いんだ! ! だったら、コレは絶対書かないといけないぞ。
刀根の新しい能力“黒”は、その名の通り黒を統べる王みたいな力なんだ。黒色を通じて行き来が出来るし、見ることも聞くことも話す事も出来る。さらに、同化も出来る。黒いところは刀根の力が及ぶ所だと考えて良い。そもそも、持っている“死の宣告”もやばい。マリアなら分かるよな。それが“黒”と合わさるんだ。核爆弾より癖が悪いぜ。せめて、マンプクの“冷蔵庫”があれば対抗できたかもしれねぇ。それが、怖いからマリアとマンプクを最初に切り離した様に思う。それくらい悪知恵が働く奴なんだ。くれぐれも気をつけてくれよ。……違うな。最後は、こう書こう。……またな! だな。
マリア、マンプク……無事でいてくれ……」
私は、涙する事しか出来なかった。
……助けてあげたかったわ……。
ウフフ、私はバカね。
マリアとマンプクを助けた気でいたわ。
アレで助けたことになるの?
思い上がりも甚だしわ!
私は……誰も……助けていない。
泣くことしか出来ないなんて、本当に嫌だわ。
顔を上げると、ロクとハチも光の道を作っていたの。
跡だけれど、ね。
この子達の涙は、マリアとマンプクの想い。
巻き込まれた哀しみの涙だわ。
なんだか、腹ただしくなって来たわね。
ますば、刀根をなんとかしないとダメみたい。
そう、結論を出した私に対して、トッシュとククルは意外な反応を示したの。
「ククル、変だ。本当にアークの野郎なのか?」
「……」
「たしかに、アークは黒龍神だ。地獄を管理する者。白龍神のお前が、天国を管理する者。ククルが命と魔力を司り、アークが時を司る。時を操るのはアークの専売特許だ……が、次元は俺たちの管轄外だ。それに、あいつに悪意は似合わない。善意の塊がアークだろ。違うか、ククル」
「……」
「何とか言えよ! 」
「妾には……分からぬ! 妾の知るアークは、優しく仲間思いじゃった。……とても……信じられぬ。アークでは無い! ! 」
ククルの叫びが、真実味を帯びていたわ。
不思議に思った、私はトッシュに話しかけたの。
「ねぇ。アークってどんな人なの?」
「まぁ〜、人じゃねぇけど。ナナ、この世界の属性の特性を覚えているか?」
なんと!
質問に質問で返されたわ。
しかも、子供でも知っている事を聞いたの。
少しネガティブな思考に陥りそうになっていた私の心に違った火を着けたわ。
怒りと言う炎をね。
だって、私を子供扱いしたのよ!
怒るでしょう……あら、嫌だわ!
私、子供だったわね。
「も、も、もちろん知っているわよ。
火属性は攻撃性が高い。この属性の持ち主は、熱血で猪突猛進な人が多いわ。
次に、水属性。水属性は貫通性の高い攻撃が多い。この属性の持ち主は、理論で物事をねじ伏せる人が多いわね。
次は、風属性。風属性は攻守とバランスのとれた攻撃が多いわ。この属性の持ち主は、そのままコミニュケーションのバランサー。調和のとれた人が多いわ。その為かどうかは不明だけれど、王族に多い属性よね。
次は、土属性。土属性は防御のスペシャリスト。この属性の持ち主は、ガードが固いく、無口な人が多いように思うわ。
次に、白属性。白属性は回復に特化した属性。この属性の持ち主は、優しく聡明な人が多いわね。
最後に黒属性。黒属性は変な術が多いわ。多彩な術の宝庫。そして、この属性の持ち主は、変な人が多いわ。
……こんなところでいいかしら?」
「当たりだ。そして、その性格診断そのものが俺たち龍神の性格だ。ただ……白属性の聡明な人は大きく違うがな」
「ホッ、ホウ〜。妾は正解じゃと思うぞ。あと付け足すとすれば……火属性は、乱暴で粗暴。短気で熟慮など無縁の人……と、するのが良かろう」
「ハァ? それは、俺に対する意見か? 喧嘩売ってんのか?」
また、始まったわ。
少しだけ辟易するわね。
「まぁ〜、いいやぁ。ここでお前とやり合う暇はねぇ」
「フン。分かっておるわ」
ですって。
だったら言わなければ良いのに……は、飲み込んだわ。
また、喧嘩になっても面倒ですからね。
一息ついていたその時、私の耳に掠れた声が聞こえてきたの。
『……良い……。なる……、面……。眠……、……?ボク……。……です』
「? ! ハチ、なんか言った?」
『何も言ってないワン』
「だって、ボクって言ったじゃない」
『……何も言ってないワン』
「え? !」
私が不思議がっていると、異変んに気が付いたククルが聞いてきたわ。
「どうしたんじゃ」
「それが……。ボクって声が聞こえてきたの。私は、てっきりハチかと思ったのよ。でも……」
「違ったんじゃな。……ナナ。もう一度、聞いてみたらどうじゃ。聞き逃している事があるやも知れぬ」
「でも……。そうね。そうするわ! もう少しだけ集中させて」
私は、ソファーに胡座をかいてリラックスしたわ。
そして、般若心経を3回も唱えたの。
フゥ〜。
3回も唱えないと、何も聞こえなかったのよ。
それだけ、微かな声だったの。
『便利が良いですね。なるほど、なるほど、面白いです。使いがてが良い様です。それにしても、眠たいのは、何故でしょうか? ボクの中でまだ消化しきれていないのかもしれませんね。色々と飲み込み過ぎたようです』
背筋が凍るほどの冷たい声。
それだけでは無いわ。
冷徹の中に、自嘲が含まれていた。
共に次元を渡って来た仲間を、笑いながら飲み込んだんだわ。
恐ろしいほど冷静に、ね。
声を聞いただけで、恐怖に震えそうよ。
私は、通訳をするのを忘れて聞き入っていたみたい。
心配顔のロクとハチが、すり寄って来たわ。
優しく撫でながら、人心地ついたの。
柔らかいロクとハチの毛並みを堪能してから話したわ。
今、聞いた事そのまま。
声の感じから、私が受けた印象まで、事細かに話したの。
沈黙がみんなの思考を加速しているのがわかった。
そして、言ってはいけない禁句を言ってしまいそうな私がいたわ。
勝てるの?
アークすでに消えて居ないんじゃ無いの?
と、ね。
でも、言えないわ。
言ってしまえば、本当のことになりそうだもの。
言いたく無いわ。
伏し目がちに下を向いた私。
そんな私の肩に、手をそっと置いたククル。
「何も言うで無いぞ。言葉は言霊。特に毒気のある言霊には、現実にする威力がある。悪い事を言うでない」
「ククル、でも! !」
「分かっておるわ。今ナナが言った内容は、妾が知りうる知識を鑑みても異質じゃ。ナナは実際の声を聞いたのじゃろう」
私が大きく頷くのを確認したククル。
特進を得て話し出したの。
「ナナ、よくぞ声なき声を聞いてくれた。感謝するぞ。そなたが居らなんだら、訳もわからず近づき取り込まれておったじゃろう。竜の巫女よ。感謝する」
そう言って、私に頭を下げたククルとトッシュ。
なぜトッシュまで? そう思ったけれど、自分たちが振り撒いてしまった不祥事の後始末をしているのだから同然と言えばそうよね。
ククルとトッシュがいがみ合っているのは、やり場の無いお互いの怒りが他の人に行かない様にしているのかも知れないわ。
水臭いわね。
「どうして、謝る必要があるのか甚だ疑問だわ。私は私の出来る事をしただけよ。ククル、トッシュ。自分を責めるのはやめてちょうだい。もう、2人の手を離れてしまっているの。この世界、全ての問題よ。私たちにも戦わせてくれるかしら?」
「「……」」
沈黙する2人。
2人が顔を上げたわ。
その表情は、晴れやかと美しかった。
「すまぬ、ナナよ。そなたには、怒られてばかりじゃのぉ〜」
「違いねぇ〜」
「ウフフ、私は100歳まで生きた強者よ。龍神と言えど、敵わないでしょう」
少しだけ偉そうに踏ん反り返ってあげたわ。
「アハハハ、そうじゃ、そうじゃ、その通りじゃ。のぉ、トッシュ」
「あぁ、だな」
笑顔が戻って良かったわ。
それに、何かが吹っ切れた様にも見えるわね。
膝をポンと叩き、勢いよく話し出したククル。
「トッシュ! 泣き言は終わりじゃ。反撃に転じるぞ。
奴は今、取り込みすぎてオーバーヒート気味なんじゃろう。当たり前じゃ。龍神を丸々飲み込み、さらに岩城秀幸と地田幹夫の2人も取り込んだんじゃ。そうそう処理されて、たまるものでは無いわ! おそらく奴は、処理する為に眠りにつくじゃろう。しかも、そうやすやすと起きられまい。その間に、戦況を整えるぞ。今回の事で、2つの情報がもたらされた。1つは、奴が眠りにつく事。もう1つは地田が言った……せめて、マンプクの“冷蔵庫”があれば対抗できたかもしれねぇ……この言葉から、ハチの特殊スキル“フリーザ”が鍵を握るのであろう。ただ、懸念もある。それは……」
「“刻渡り”」
「トッシュ。その通りじゃ。そもそも、この術を使えるのは神の中の神、神王しかおらぬはず。真似事とは言え、それをやってのけるとは恐ろしい事よ。しかし、原理なら妾とて理解しておる。恐るるに足らずじゃ。トッシュ!」
「分かっている。俺は俺が出来る事をする。ナナがそうした様に!」
「良しなに。そして、ハチじゃ。そなたには、妾も参加して“フリーザ”の考査のやり直しじゃ。すまぬがナナも加勢してもらうぞ」
「もちろんよ」
『まかしてワン』
「オホホホ! 良い返事じゃ。時間が無いぞ。ホレ、ルバー! すぐに準備に取り掛からぬか!」
「は、はい。すぐに!」
元気よく立ち上がったルバー様。
バタバタと慌てて、ルジーゼ城の執務室を出て行ったわ。
王様に報告とこれからの事を話に行ったの。
ここでもスキル“意思疎通”で、出来るのにね。
これから大事になりそう。
ククルもトッシュも本腰を入れて戦う気なんだわ。
でも……。
ククル、トッシュ。
アークの事を棚上げにしている。
気持ちは分かるけれど、ね。
私は、そこにこそキーになりそうな気がするの。
本当に、死んだのかしら?
アークは?
「フゥ〜、やはりここが良いですね。ジメジメした空間。この暗さが安心します。
なんだか、眠いです。前のボクなら3日ほど寝なくても平気だったのですが……歳ですかね。フッフフフ。バカな事を言ってますね。それにしても、面白いですね。この“次元縫い”。ボクなら……“次元渡り”……が妥当ですね。フッフフフ。独り言が多いのは今も昔も変わらない様です。よくいじめられましたね。ブツブツとキモイや、何を考えているのか分からないで、殴られていましたっけ。遠い昔の話です。
さぁ、一眠りしましょう。この闇の中で寝ましょうか。居心地が良さそうです。それでは、おやすみなさい。……ナナ」
祠の中に吸い込まれる様にして、闇の中に消えた刀根。
辺りは暗く、虫の声すらしない。
そこにあるのは漆黒の闇だけ。
哀しみを糧に広がり続ける闇黒。
黒いシミがジワジワと……浸食し始める。
話しがやっと佳境に入りそうです。
まぁ〜刀根がお寝坊さんならもう少しかかりますけどね。
それではまた来週会いましょう。




