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120話 あらあら、積年の恨みですって

 

「勝者、ククル! 」


 ククルが、発動していた魔術“ヘルシャフト”内に響いたわ。

 ハァ〜。

 龍神の力って、本当に凄いのね。

 私なんて、圧倒されっぱなしだったわ。

 魔術にしても体術にしても、軽く人を凌駕するの。

 人族なんて軽く、ね。


 そもそも話し。

 ククルが、トッシュを挑発したのが事の発端。

 それに乗っかたのが、王様とルバー様。

 王様にしたら、龍神の力を知りたかったみたいなの。

 あの山脈の向こうには、変わり果てた龍神か居るのよ。

 どんな力を秘めているのか、知りたいと思うのは当然の事だと思うわ。

 ただ……ルバー様しかり、お父様しかり、ロク、ハチ、ネズミ隊しかり、本心は違っていたのよね。

 要は……神の魔術を見て見たかった……に尽きる見たい。

 所詮、男よ!

 獣の本能と男の性が、この馬鹿げたバトルを盛り上げさせたの。

 で・も・ね!

 ルバー様ほとでは無いにしろ、バトルは凄かったわ。

 何より、龍神の真の姿に度肝を抜いたわね。

 何時もは明るくて気の良いお兄ちゃんのトッシュが、クリムゾンレッドの西洋風ドラゴンの姿で怒り狂っていたんですもの。

 震え上がったちゃったわ。

 そして、おかっぱ頭の座敷わらしだったククルは、トッシュと同じ西洋風のドラゴン姿。

 でも、トッシュと違って細身で月白色をしていたの。

 冷静な雰囲気があったけれど、負ける事を考えていない目つきをしていたわ。

 どちらも、威厳を携えた風貌に言葉が出てこなかったわね。

 そんな2匹? 2柱? のバトルは、魔術と体術の応酬だった。

 トッシュが放った魔術“ファイアボール”を、ククルの魔術“ホワイトウイップ”で真っ二つにして躱したかと思ったら。

 ククルが放った魔術“ホワイトボール”を、トッシュの魔術“ファイアランス”で相殺したの。

 それを同時にやってのける2柱の魔術センスに、ルバー様が脱帽していた。

 特にククル。

 バトルが始まる数分前に、マジックアイテム“恭順の首輪”を着けて魔術なるモノを初めて知ったのよ。

 それなのに、白属性最強の魔術“ヘルシャフト”まで、完璧に使いこなしてみせたわ。


『オホホホホ! 妾を誰と心得ておるか。馬鹿者め。妾は、魔力を統治する者ぞ。こんな中途半端な魔術を把握するのは、朝飯前の戯言よ。しかし、この“ヘルシャフト”は面白いのぉ〜。こんな事も可能じゃ。ホレ“小”、ついでに“言”じゃ』


 使いこなしている証拠とばかりに見せてくれたのは、大きかったドラゴントッシュがコンパクトサイズにしてしまったの。

 さらに……。


「なんだよ! なんでこの大きさなんだ! ふざけんな!」


 そうなの!

 ククルは、ドラゴン姿のトッシュの声を、みんなに聞こえる様にしたの。

 ドラゴンの姿のままで、話している内容がみんなに理解出来る様にしたのよ。

 まぁ、私にはどちらも同じように聞こえていたんだけれどね。

 でも、ルバー様にしてもお父様にしても、青天の霹靂だったようよ。

 もちろん、話をしていたトッシュにしても同じだったようね。

 おかしいのよ。

 あまりに簡単な事だったみたいで、ルバー様と忠凶が悔やむ事悔やむ事。

 忠凶なんて、改めて自己紹介までしてしまったんですもの。

 それに、気を良くしたのがククル。


「良い良い。そこに居る、魔獣たちは見所がありそうじゃ。妾が鍛えてやるぞ」


 上機嫌。

 そんな彼女から勝利宣言をせがまれて、私がしたの。

 ククルの勝ち〜〜〜と、ね。


「ククル、元に戻せ。この姿では、竜に変われねぇ」

「その姿の方が可愛げがあるのにのぉ」

「うるせ!」


 ウフフ、確かに可愛いわね。

 小型犬のチワワぐらいのサイズで、抱っこするにはちょうどいいわ。

 ただ、悪態ばかりついて態度最悪ですけど。

 本当に、喋らなければいいのに。


「ホレ“戻”。ついでに“解”じゃ」


 ククルの一言で、魔術が解けたわ。

 トッシュは元の人型へと変わっていたの。


「『解』」


 ルバー様とハチの声が重なったわ。

 その言葉と共に、リングを形成していた鉄の塊が綺麗さっぱりと無くなったの。


「そなたが竜一か」

「はい。僕はくろがね 竜一りゅういちと言います。僕は異世界人の渡来者です」

「そなたの役儀は何じゃ」

「役儀……ですか?」


 竜が始めて相見えるククルに自己紹介をしたわ。

 私は、あまり聞き慣れない言葉に記憶のライブラリーを紐解いたの。


「竜、役儀とは役目やつとめの事よ。貴方にも私にも、何かしらの役割があるのね。もちろん、トッシュにもよ。でしょう、ククル」

「ウム、その通りじゃ、ナナ。竜の中に居る、口ばかりの木偶の坊にもあるぞ」

『ククル! 余計な事を言うなよ! っと言っても聞こえないのか』

「そうね。私にしか聞こえないわね。ククル、余計な事を言うな! ですって」

「フン」


 あらあら、そっぽ向いてしまったわ。

 少し言い過ぎたと思っているのね。

 ウフフ、話を戻しましょうか。

 私も気になるし。


「ねぇ、ククル。私たちの役儀って何?」

「そなた達、異世界からの来た者の役儀は……魔術促進にある。元々、この世界に人族は居らんのじゃ。獣だけ。そこに異世界からの叡智の種を蒔くことで、人族が芽吹くんじゃ。人とは面白き生き物じゃからな。妾には思いもつかない魔力の使い方を考える。特にこの“ヘルシャフト”は面白いのぉ。なんでも出来そうで、法則があるようじゃ。その他にも面白そうな魔術が有るようじゃ。これは楽しみじゃのぉ」

「アハハハ………」


 笑うしかないわね。

 ここで、不思議に思った事を話したわ。


「ククル。マノアやホゼなら分かるのよ。生産性のスキル出し、この世界に役に立ちそうじゃない。でも、私や青は生産性のスキルでは無いわ。役に立たない、自分だけのスキルだわ。それでも、この世界の役に立っているの?」


 少しだけ間があり、答えてくれたわ。

 トッシュが、ね。


「ナナや青、竜やルバーは、俺たち龍神とこの世界を繋ぐ役割を持っているんだ。又は、代りわりやくだな。今回のルバーはまさにククルの代役だった訳だ」

「なぜ、其方が答えるんじゃ?」

「お前さぁ〜。根に持ち過ぎじゃねぇか? 確かに、悪かったと思ってる。すまなかったよ。謝るから許せ。いや……許してください。2度と熟れた桃に手は出さない。特に白い札の付いた桃には、近寄らねぇ〜。コレで機嫌を直せよ」


 そう言って、ポケットから取り出したのはバナナ?


「それは……なんじゃ?」

「バナナって言う果物だ。この間さぁ、えっ〜と浪漫飛行だったけ? ランデブ〜だっけ? そんな感じで、夜の散歩に出かけていたんだ。帰って来て、冷蔵庫を見たら何本もあったんだ。そしたら竜が、バナナだ! とか何とか言い出して、食ったんだよ。俺も食ってみたけど、意外に美味くて驚いたぜ。この黒い点々が美味しさの秘訣らしいぜ。こうやって、向いて食う果物らしい、ホラ」

「こんな……、こんな……、こんな!!あの桃は……妾の……大切な……妾の……ウゥゥゥ〜」


 トッシュの手からバナナを奪い取ったククル。


「こんな物で誤魔化されぬぞ! こんな物で……! ! ! ! ! !」


 眼を見開き驚きながらも、1本ペロリと食べたの。

 その眼がみるみる喜びへと変貌したわ。


「うまいのじゃ! この、蕩けるような甘さはなんじゃ! 喉の奥に張り付く、甘さが堪らぬ! バナナとな! バナナ……バナナ……バナナ……」


 壊れてしまったククル。

 もう、どこからツッコミを入れていいか悩むわね。

 あまりの展開に、誰も何も口を開こうとしないの。

 収集不可能よね。

 ハァ〜。


「お父様、執務室をお借りして良いですか?」

「あぁ、そうしてくれ。王様、後日、説明に伺います。本日の所はお戻り下さい」

「いや、ここに残ろう。このまま戻っても、気になって仕事にならないだろう」

「……わかりました。こちらへお越しください。トッシュ様、ククル様もこちらへ」


 そう言って、みんなを執務室へと案内したお父様。

 そこに、ルバー様が冷えたミルクティーを用意してくれたわ。

 なぜか、お茶受けのお菓子が無かったの。


「ルバー様、ミルクティーだけですか? 忘れていませんか?」

「ナナくん。君も知っていますよね。先程、ククル様が食べていた物を」

「もちろんですわ。見間違うはずありません。バナナです。しかも、シュガースポットだらけの完熟バナナ。1番美味しい熟れどきの1本でしたわ」

「僕は、もう少し硬い方が好きだけれど」

「竜はお子様だね。私は、アレぐらいが好きだね」

「私も竜さんと同意見です。甘さがイマイチな物を天ぷらにすると、甘さが増しますよ。私は良く、弟や妹のおやつに作っていましたね」

「へぇ〜。青の家ではハイカラだったんだね」

「ばあちゃん、ハイカラはないよ」

「アハハハ! ごめんごめん。ついついね。竜坊は居るし、バナナもあるし、ね。昔を思い出してしまったんだよ」


 私と竜と青の会話を、黙って聞いていたルバー様。

 テーブルには、話のネタに1本だけ出してあったの。

 それを手に取り、まじまじと見つめながら話し出したわ。


「やはり、知っていましたね。私は見たことも聞いたこともありません。それがなぜ、寮の冷蔵庫に入っていたのでしょう? 王様はご存知でしたか?」


 首を振る寮父の王様。

 う〜ん。

 ルバー様にとってククルの怒りの原因より、未知なる食べ物の方が優先されるのね。

 何かが違うわ。

 ここは、私が軌道修正するしかないわね。

 ハァ〜。


「ルバー様。確かに未知なる食べ物に興味があるようですが、その前に確認したい事があります。良いですか?」

「……」


 握っていたバナナを、静かにテーブルに置いたルバー様。

 少しあきれ返りながらも、話を続けたわ。


「トッシュ、説明してくれる? ククルの怒りの発端は、貴方の盗み食いなの? どこでそんな事をしたのよ」


 竜からトッシュへと姿を変えたわ。

 なぜか、青までククルに変わっていたの。

 そして、険悪なムード。


「喧嘩しないでよ。こんな所で暴れられても困るからね」


 頷く2人。

 ハァ〜。

 手綱を握るのも、楽では無いわね。


「トッシュ……どうなの?」

「この世界が定まる前の話だ。大地を創るのに、ある程度かかるんだよ、時間が。その間に、龍王を決めたり異世界人を選定したり、色々やる事があるんだ。その時……だな」

「そうじゃ。桃は龍神が唯一食する事が出来る食物なんじゃ。妾は、一等美味しそうな桃を大切に育てておった。それを、此奴が食ってしまったんじゃ」

「ハァ〜、トッシュが悪いわ。焼肉をする時のルールでもあるでしょう。自分好みに焼いている肉には手を出さない。唐揚げにレモンをかける時はみんなに聞く。コレ常識よ! 大切なモノに手を出してはダメ!」

「だ・か・ら! 悪かったて謝ってんだろう。それなのに、いつまでも、いつまでも、いつまでも! 恨みがましいわ。良い加減にしろ」

『ナナちゃん、その喩えは……どうかしら?』

「え? 青、何か言った?」

『だ、大丈夫です! 話を続けて』


 青からの横槍をスルーして、話を進めたわ。


「謝れば済む問題でも無いわ」

「だ・か・ら! このバナナを出しただろう。コレで怒りを鎮めて欲しい」

「……だって」


 私はククルを見たわ。


「仕方ない、許してやる」


 手には、テーブルのバナナを握っているけどね。

 まずは、問題の1つが解決したわ。

 次は、このバナナの出どころよね。


「このバナナは、寮の冷蔵庫に入っていたのよね」

「あぁ、そうだ」

「いつの話?」

「いつ? ……いつ? ……うん? ? ?」

『半年ぐらい前だよ。暑かったから、夜の海に行ったんだ。帰ってきて、小腹が減ったから冷蔵庫を見たら入っていたんだ。一房。1本、食べたら美味しかったから……ごめん。全部、僕の食料庫に入れちゃった。そのあと誰も何も言われなかったから、僕もすっかり忘れていたよ。アハハハ〜、ごめんなさい』


 竜の告白に、絶句したわ。

 このバナナの出どころは、判明したわね。

 ここで、私の頭に1つの疑問が生まれたの。


「ルバー様。バナナはご存知ありませんでしたね」

「……無いですね。コレならば知っているのですが」


 そう言って取り出したのは……?


「枇杷?」

「日本からの異世界人の方は、そう言いますね。ですが、コレはロワと言います。今は、品種改良でこの大きさと甘さですが、原種は食べれるモノではありませんでしたよ。僕も食べるモノに関してはうるさい方ですが、種子から改造をするほど食への渇望をありません。日本の方々は凄いですね」


 少しあきれ返りながらも、話してくれたルバー様。

 確かに、その通りね。

 異世界人だからだと思うわ。

 食べられないと思うと、無性に食べたくなる。

 慣れ親しんだ味は、思い出の味。

 戻れない、前世の味ですもの。

 忘れる事など出来ないわ。

 ここで、1つの仮説が成立した。

 私は確認するために、とある人に連絡を入れたの。


<「マノア? マノア? 今、話せる?」>

<「ナナ? 良いわよ」>

<「半年ぐらい前に、バナナを特殊スキル“絵師”で出した?」>

<「ハァ? 半年前……バナナ……半年前……バナナ……半年……前? あ! あたしのバナナ! ! !>

<「ちょっと! マノア? マノア! !」>

<「……」>


 反応が無いわ。

 3分後、今度はマノアから連絡が入ったの。


<「ナナ。あたしのバナナしらない?」>

<「やっぱり、貴女が出したのね。バナナ、一房」>

<「無性にバナナが食べたくなって。アクチュしたの。すっかり、忘れていた。で、なんでナナが知ってんの? ま〜さ〜か〜、犯人はナナ!」>

<「違うわよ。後で詳しく話わ」>

<「了解」>


 ハァ〜。

 マノアの特殊スキル“絵師”は、彼女の記憶にある物を絵に描くとその物が現実化するの。

 それを彼女は、アクチュと呼んでいるのね。

 コレで、問題は全て解決。

 私は、みんなに説明したわ。


「コレはバナナと言って、高さ数メートルからなるバナナの木から成りますが、実際には草木であり園芸学上では果物ではなく、野菜に分類される果物です。木に実らないので、この世界には無いのかもしれません。竜が所有しているバナナは、マノアの特殊スキル“絵師”によって現実化した物です。本人に確認をとりましたが……その本人はすっかり忘れていたようです。トッシュ、みんなに出してあげて」

「減るから嫌なんだが」

「後でマノアに頼んであげるから。それにそれ、ククルに献上するんでしょう」

「そうじゃな。皆に別けてやれ」

「分かったよ。ホレ、よ」


 目の前に熟したバナナが並んだわ。

 恐る恐る手に取るルバー様、お父様、王様。

 勢い良く向いて食べ始めたククル。

 苦笑いしつつゆっくり、向いているのがトッシュ。

 ハチやロクは、そのまま食べ始めたわ。

 ネズミ隊にも1本つづあったはずなのに、今は1本だけ。

 5人で分けて食べるようね。

 さて、私も食べてみましょうね。


「懐かしく、美味しい味ね。私の小さい頃は、高級品だったのよ。栄養価も高くて、甘くて、手軽に食べれて、消化も良くて、パワーフードとしてしばらく君臨していたわね。あぁ、美味しいわ」


 私の、誰に言うでも無い言葉を静かに聞いていた王様。


「ナナ、このバナナと言う果物はそんなに栄養価が高いのか?」

「そのように聞いています」

「そうか、消化も良いのか?」

「は……い……。なぜ、そのような事を聞くのですか?」

「戦いにとって何が1番必要だと思う?」

「え?」


 質問に質問が返ってきたわ。


「力だ」

「トッシュ、違うわ。人数よ。多い方が負けないもの」

「どちらも違うのぉ。答えは、兵糧じゃ。兵士が多ければ多いほど、食料か最大の課題になる。それに、腹が減っては力も出ぬ。そうじゃろう。人の王よ」

「流石に、ございます。栄養価も高く、消化も良いなら使えます」

「ですが、王様。長持ちしませんよ。この黒い点々はシュガースポットと言って、美味しサインなんですが腐れる一歩手前の状態です。早く食べてね! の合図なんです」

「ナナ、そこは何の問題もない。マジックバック改がある。輸送の時間は計算に入れなくて良い。それにしても、美味いな。何とか生産できないモノか?」

「お父様……」

「このバナナはどの様な環境で生育しているのか?」

「王様……」

「生産には妾も力を貸そう」

「ククル……」

『僕も!』

『あたしも!』

『『『『『我らもお貸し致します』』』』』

「ハチ、ロク、ネズミ隊……」

「とりあえず、マノアくんにアクチュアルしていただきましょう」

「そうしてくれ」

「妾の分も良しなに」

「俺の分も」

「ナナくん、頼みます。ナナくん? 聞いていますか? ナナくん? ?」


 だけだこりゃ〜。

 みんな好き勝手に話し出して、私でも収集が出来ないほどのカオスだわ。

 ガックリと項垂れてしまった。

 何で、こんな事になったのかしら?

 きっとバナナが悪いのよ。

 バナナの呪いよ! ! !

 誰か、助けて! ! !

食べ物の恨みは恐ろしいのです!

皆様も気をつけましょう。


それではまた来週会いましょう!

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