102話 あらあら、神なる魔術ですって
トッシュからこの世界の起源を聞いてしまったの。
「神のゆりかご……フン、この言葉かピッタリだな。そのゆりかごの管理者が俺たち龍神。火龍の俺。水龍のゴーゲン。風龍のポコ。土龍のイーガ。雷龍のチョンピ。黒龍のアーク。白龍のククル。……みんなで神のゆりかごを創り管理していた。上手く行っていたんだ。なんの問題もなくなぁ。
ハァ〜、あまりにも上手くいきすぎていたのが、仇になったと思う。
ハァ〜、俺の知らないところで、静かに想いが揺れ動いていたんだ。
アークのが、密かに想いを寄せいた奴がいた。そしてもう1人、ククルにも想い人がいた。相思相愛のはずだったんだ。あいつら、側から見ていて分かるくらいの態度だったしな。でも、想いはすれ違う。感情は嘘をつく。愛は苦しい。
……ククルが……逃げたんだ。……仕事に……逃げたんだ。
もとから、アークには仄暗い感情を隠し持っていた。黒龍だったしな。……その黒い情動に火を付けちぃまった。あっという間に加速し暴走した。それが100年前に起こった騒動のあらましだ。アークの野郎が、自我を崩壊させ全てを壊し始めた。それを食い止める為に、俺たちの奔走した。アークを、黒龍を、祠に封印することに成功したが……、神のゆりかごは跡形もなく壊れかけていた。責務を全うするには、俺たちの魔力を礎に創り直すしかなかった。その後が、あちらこちらにある龍の祠だ。あの祠は……俺の仲間達の成れの果て。アハハハ! ウケるだろう! あいつら力を使い果たし、眠るしか無かったんだ。誰も居なくなる訳にはいけないから、俺が残った。眠ると行っても、起きるわけじゃない。起きるのはククルだけだ。あいつは俺たちのまとめ役だったし、タカが外れた黒龍を止める役割も担っていた。アークの野郎は真面目で真剣で内気な性格だった。1度走り出すとなかなか止まらない暴走機関車。本当に暴走機関車だったなぁ。
黒龍を封印した事で、解かれる事を危惧した白龍が自分も眠りに着くと言い出した。12年に1度、目を覚まし封印が解かれてないかを確認してまた眠る。それを繰り返してんだ」
まさに、開いた口が塞がらないのことわざ通りね。
だって、100年前の戦いを魔族と人族の領地争い、とお伽話でも有名な逸話よ。
それが……ねェ。
好きなのに…伝わらない、言えない……ひと夏の思い出……あばんちゅ〜る。
・・・・ごめんなさい。
あまりの出来事に、くだらない事を言ってしまったわ。
でも、それくらいの衝撃だったのよね。
さらなる事実は、その白龍ククルが眠る龍の祠が、学園の卒業試験に使われているスアノースビーチの海蝕洞窟だったこと。
なんとも、ご近所さんなことですわ。
ハァ〜、さらに、さらに、トッシュは気になる事を言っていたわね。
「そのままの意味だ。随分前にルバーが言っていただろう。……神龍の柱は海になり、空になり、大地になり、風になり、そして、魔獣の王になった……だったかな。あの一文は間違いではない。そうしなければいけなかったんだ。追い込まれた末の選択だった。その原因になったのが……ハァ〜。神よ! もう少し喋らせろ! こいつらは当事者だ。知る権利ぐらいはある。何より、神なる魔術を持つ者には、秩序を保つ義務と権利が与えられる。その為にも知るべきだ! !」
と、ね。
気になる箇所は……神なる魔術。
この一言だわ。
問いただす前に、トッシュったら暴れたのよ。
「俺たち龍神は12年に1度、生まれ変わる。肉体を再構築し、魔力を補充する。俺はその年に代替わりをする。……ハァ〜、ただ分からないのが、封印が解かれたのに手を打たなかった事だ。ククルのやつは、アークの封印が解かれたのに何もしなかったんだ! なんでなんだ! 神よ! お前だって見ていただろう! !」
そう叫んで、私の部屋の窓を破壊したのよ。
お父様が、すっ飛んで来たもの。
当たり前よね。
娘の部屋から咆哮が聴こえ、パッリンと割れる音がしたんですもの。
でも、ハチとロクに罪を被せてしまったわ。
まさか、龍王が暴れたなんて言えば、大事になること請け合いですものね。
仕方がなかったのよ。
そんな顔をしないでよ! ごめんてば!
そんな気持ちで、頭を撫でることで誤魔化したわ。
しょうがないねぇ〜。
みたいな表情たっだから、許してくれたみたい。
ありがたいわね。
何も語らなくても、通じるって素敵だわ。
少し厚手のベニア板で、窓を塞いで話を続けたの。
「少し風通りが良くなったわね。……トッシュ……暴れないでちょうだい」
「悪りぃ〜。エキサイトしちぃまったわぁ。自重する。なんでも聞いてくれ。俺が全て話す! 誰も文句は言わせんぞ! !」
また、空に向かって言っているみたい。
天に誰か、いるのかしらね。
「ま、まぁ〜、いいわ。まず、聞きたいのは竜の特殊スキル“暴食之王”とハチの特殊スキル“フリーザ”がとても似ていると思うの?」
「……確かに似てはいるが……大きな違いがある」
「違い?」
「そうだ。竜が持っている“暴食之王”は保存が主なスキルだ」
「え?保存だけ?」
「あぁ、そうだ」
「違うでしょう。捕食、保存、分離、融合、隔離……よね?」
「それは間違いだ。確かに、捕食と保存と隔離は出来る。しかし、分離と融合は出来ない。竜の特殊スキルは保管だ」
「え? ! そうなの? だって竜が……あれ? 誰から聞いたんだっけ?」
「多分だが、ハチの“フリーザ”とごちゃ混ぜになったんじゃ〜ないのか? “フリーザ”は分離と隔離、さらに付与と混合が特徴だと思うぞ」
「ハァ? 混合ってなに? 混合と何が違うの? どちらも混ぜて1つにする事でしょう? 知ってる? みんな」
私は側で、ワクワク顔の忠凶に話を振ったわ。
すると首をフルフル。
次にハチを見てもフルフル。
みんなでフルフルして、トッシュを見たわ。
「マジでかぁ! 忠凶、スキル“走破”で診たんだろ?」
『確かに拝見して……混ぜる……そうか! 僕は混同していたんだ! 融合と混合は違う。融合は溶け合って1つになる事。混合は異なったモノが混じり合う事。融合は同質なモノ。混合は異質なモノ。融合は同じ属性、同じ形状のモノ。混合は違う属性、違う形状のモノ。凄いです! !』
「当たりなの?」
「その通り! 沢山の情報に見落としていたんだろ。本質的に言えば“暴食之王”と“フリーザ”は同じ能力だ。保管だなぁ。違いとしては、“暴食之王”の方は生きているモノも、保存が出来るし収納も可能だ。その一方で、“フリーザ”は生きているモノはダメだが、それ以外の事は全て出来る。魔力の融合から隔離。属性の混合から化合まで出来る。新しい属性や魔術を開発することも容易いはずだ。そして……新しい魔獣も生み出すことが出来る」
「ハァ?」
『キメラだワン』
突然ハチが口を挟んだの。
驚いて凝視してしまったわ。
「キメラって、あのキメラ?」
「そうだ。魔獣や獣を混合し、この世ならざる魔獣を誕生させることも……出来る。まさに……」
「神様ね」
「ナナ……その通りだ」
私もそうだけれど、トッシュもハチを見つめたわ。
この子の持っているポテンシャルが、天井知らずなのなんですもの。
今更ながらに、怖い気がしたから。
でも、そのあどけない顔を見ていると癒されるのよね。
罪だわ。
「ハァ〜。ハチ、キメラなんて創らないでよ」
『……分かった……ワン』
あらあら、しょげちゃったわね。
でも、しっかり釘を刺しておかないと、とんでもない魔獣を創りかねないわ。
倫理的に見てもダメよ。
それでも、創りそうよね。
しかも、ルバー様と一緒にね。
タチ悪いわ!
「トッシュ、次の質問をしてもいいかしら?」
「あぁ、いいぞ」
「神なる魔術って何?」
「正確には、神なる魔術を持つ者、だな」
「者? という事は人族なの?」
「そうだ。人族だけとは限らないがな。要は、神と同等の魔術を持っているヤツの事だ。もっと簡単に言うと……ハチの特殊スキル“フリーザ”とルバーのスキル“全能”だ」
「え? ! ルバー様?」
「そうだ。新しい現象を、世界に認めさせる行為は神の領域。人族であろうが、魔獣であろうがやってはいけない事なんだ。もちろん俺たち龍神にも、許されてはいない」
「だったら何故、ルバー様が使えるのですか?」
「良い質問だ。答えは簡単」
私たちを見回したの。
生唾をゴクリ。
「答えは……神のみぞ知る……だ」
ズコー! !
盛大にコケたわ。
「トッシュ! ちゃんと答えてよ!」
「知らん。分からないんだ。時々、そんな能力を持って生まれてくる者がいる。でも、大抵そんなヤツは、早死にするんだ。訳の分からない、魔術やスキルを持った者は狂っているヤツが大半だからな。きみ悪がられ、野垂れ死するのが関の山だろう。仕方がないと思うぜ。自分の力に酔いしれるヤツだっているだろうし、小さな頃から抑圧されて育てば精神がおかしくなるもんだろう。ところが、ルバーは生きている。死ぬような目に何度も直面したはずだ。それを掻い潜って、今を生きてる。コレがどれほど大変なのか、想像を絶するよ」
知らなかったわ。
ルバー様に、そんな過去があったなんて。
そう言えば、お父様に言っていたわね。
「あぁ、分からないね。だったら、お前に最大級の魔力を持って生まれてきてしまった、僕の気持ちが分かるのかよ! 常に狙われ、恐れられ、怖がられる。手を繋いだたけで、悲鳴を上げられた事があるか? 目を合わせただけで、殺さないでくれと言われた事があるか? 祖父に、地下牢へと閉じ込められた事があるか?
それでも僕が生きてこれたのは、何も無いながらも、ひた向きに己と向き合い、持っているものを最大限に活かす方法を編み出すしながら、愛する者を守り通したルジーゼ・ロタ・ガロスと出会えたからだ。
ガロス……頼むよ。目の前のまやかしに惑わされるな。その真理に目を向けろ!」
と、ね。
この言葉の意味を今、理解したわ。
ルバー様こそ、魔力を捨てたかった事でしょうね。
何度も、自分の魔力をお父様に上げることが出来ないかと、考えたでしょう。
そう思うと、自然と涙がこみ上げて来たわ。
「その、ハチとルバー様が神の魔術を持つ者で、何が問題でもあるのですか?」
トッシュは、ミルクティーを飲み干し、一呼吸してから話し出したわ。
「フウ〜。今、言いたよなぁ。神なる魔術や魔力を持っている者は大抵、狂ってんだ。利用されるだけして、殺されるのがオチなんだよ。それでも生き残るヤツはいる。国に保護されるパターンもある。そんなヤツは、この世界の秩序を護る義務が生じるんんだ。神と同じ能力なんだぜ。そいつがわがままで自分勝手なヤツなら、この世の終わりだろ。そう言ったヤツには、俺たち龍神が保護するのが慣例なんだ」
「だったら、どうしてルバー様は放って置かれたの?」
「……すまん! それに関しては、全面的に俺たちが悪い。そもそも、俺たち龍神はたくさん居るんだ。しかし、生まれたばかりの神が、幼すぎて手がかかりやがる。そのため、俺たち七柱に神のゆりかご創りを託されたんだ。ところが……」
「色恋沙汰をしてしまった訳ね」
「ナナ、……面目無い。俺たちが自分のことにかまけている間に、本来しなければいけない仕事を放棄した。そのせいで、保護しなければならないルバーを放置した。そのせいで、護らなければならない命を見殺しにした。そのせいで……神のゆりかごを……ぶっ壊した。俺たちが悪いんだ」
男泣きをしたトッシュ。
膝をついて泣き崩れたわ。
歴史の真実ね。
人なら、失敗は成功の近道! と、言えるのだけれど龍神がそれをしてはダメよね。
だって神なんですもの。
間違いでした、すいません。
では済まないわよ。
許されるはずないわ。
でも、龍神と言えども心も持つ者ですもの。
失敗もすれば、間違いもする。
男と女が居れば、恋にも落ちる。
誰にも責められるべき事では無いわ。
それでも彼らは責任を持って、自らを犠牲にして今の世界を保って居るのよ。
せつないわ。
私は泣き崩れて居る、トッシュの背中を思いっきり喝を入れたの。
ここは気合よ入れるのが一番よ!
バチン! !
「しっかりしなさい! 男でしょう! あなた達は頑張ったわ。私たち、人族も魔族も魔獣も獣たちも植物も、みんな生きているわ!」
「仕事を放り出した事は事実だ」
「確かにそうね。でも、神のゆりかごを修復したじゃない」
「……4柱の命を犠牲にしてな」
私の中で何かが壊れた。
バチン! !
もう一度、背中を大きく叩いた。
赤く腫れ上がった背中。
それを痛がる素振りも見せずに、私を睨んできたわ。
挑んできたわね。
でも、ちっとも怖くないわ。
だって、私も怒っているからね。
「いい加減にしなさい。龍神と言えでも、心がある! 生きている者だわ。恋もすれば、失敗もする。泣ける心がある人間だわ! 目を背けていたのは貴方だわ。そして、空にいる方たちよ」
私は天井を見て言い放った。
『煩い! 小娘! ! お前に何が分かる? 神のおもちゃのクセに、出しゃばるでは無いわ! 火龍よ。そこに居る犬神とスアノース・ルバーを連れて参れ。保たれている世界が崩れる』
頭の中に直接、響いた言葉。
気持ち悪いわ。
脳幹を揺るがす、酔いが私を襲ったの。
「キ、キ、キモチワルイ」
『『ナナ!』』
「ハチとロク。だ、だ、大丈夫よ」
その光景を黙って見ていたトッシュ。
うずくまる私の頭の上で、柏手を2回打ったの。
パン! パン!
甲高い音が、部屋中に響き渡ったわ。
すると、あら不思議!
クラクラと目が回っていた感覚が無くなり、吐き気も治ったわ。
なんでなの?
「トッシュが、何をしたの?」
「悪い。音による結界だ。今のは、もう1つ意味があったんだ。柏手は、神に話を聞いてもらうための合図なんだよ。アハハハ! ざま〜みろ! 幼い神を起こしてやったぜ。これで少しは時間が稼げるはずだ」
「でも……ハチを連れて行くの?」
「まだ分からない。ククルに相談だな」
「でも、その龍神様は寝ているんでしょう? そんな、時間があるの?」
「うん? 神を起こしたんだぞ! 2年は安心していいぞ」
「ハァ? 2年? ? ?」
「この世の神だぞ。いくら幼いと言っても神は神だ。柏手には反応する。起きちまうんだ。そうなれば、なかなか寝てくれない。今頃、上では大騒ぎだろうよ」
「そんない酷いの?」
「まぁ〜、な。その間に、ククルが目覚める。……2年後だ」
「2年」
思わず呟いた私。
ため息しか出てこないわ。
私に何が出来るのかしら?
神に、対抗するには何が必要なの?
私とトッシュが思い悩んでいる影で、とんでも無いことが進行中だったのよ。
『ナナ! 成功したよ! なんちゃってコカトリス』
「え? !」
ハチが、そい言って私の目の前に差し出したのは……コカトリス? ? ?
「そんな訳あるかい!」
思わずツッコミを入れてしまったわ。
だって、どう見ても私の目には、雀の体にミミズの尻尾。
得体の知れない物体が鎮座していたんですもの。
絶対にコカトリスでは無いわ。
……恐れていたことをしたの。
私は静かに怒りをあらわにしたわ。
「ハチ。元に戻しなさい。貴方ならできるわね。すぐにしなさい」
『え……でも……』
「……ハチ。命を弄ぶなんて、絶対に許さない。貴方にどんな権限があるの? 神にでもなったつもり。遊ぶぐらいなら、ここから出て行きなさい。ロク、背中を貸してちょうだい。トッシュでもいいわ。抱っこしてちょうだい。ハチから降りる。下ろして。そして、もう2度と乗らない。貴方とはお別れよ」
『え? ! ……な、なんで?』
私は無言で、トッシュの腕へと移ったわ。
惚けているハチを残してね。
ハチには、私が怒った理由が理解できないみたい。
今だにポカーンと、しているもの。
私の怒りは収まらないわ!
「ハチ、私が言った言葉が理解出来ないのなら……本当のお別れよ」
そい言い放ち目をそらした。
私の怒りは……沸点に達したわ。
神なる魔術……“フリーザ”様は神なるスキルです!
ハチはどうなるんでしょうかね?
それでは、また来週会いましょう!




