95話 あらあら、バーサー化ですって
あけましておめでとう御座います。
今年もよろしくお願いします。
『『ナナ!!』』
私は手を合わせる事しか、出来なかった。
状態を説明するとこんな感じね。
ルジーゼ城に、敵が迫ってきていたの。
お父様は、私とお母様とカムイちゃんをスアノース城へと逃したわ。
護衛は、ハチとハンナとリルラの3人。
お父様はルジーゼ城に残り、最終防衛に就いたの。
ルバー様とロクが、先発隊として敵に突撃したわ。
その敵とは……マンプクこと楽満俊哉の! 成れの果て。
今では、黒い球体になっていたわ。
彼の質の悪さは、特殊スキルにあったみたい。
“冷蔵庫”これがスキルの名前。
その名の通り、何でも入るようなのよね。
そして、出来上がったのが……。
『チクショー! 何なんだよ! コイツは! !』
ロクの叫びが、ここまで聞こえてくる様だわ。
私が実物を見ても、似た事を言うかもね。
ものすごく大きい、泥団子がゴロゴロなんですもの。
でもそれは最初だけで、後から後から吸い込み膨らみ続けて、今ではお父様の背丈はある泥団子に成長していたわ。
すでに、人外だわね。
その彼がルバー様の攻撃で、大きくリバウンドをしたの。
まさに、飛んで〜飛んで〜飛んで〜飛んで〜、回って、回って、回るぅ〜ぅ〜〜〜。
で、軽くルジーゼ城を飛び越え、スアノース城へと向かう私の上に……落ちてきたの。
はぁ〜、笑えない冗談ね。
私は般若心経を唱えるしか道がなかったわ。
そうなの!
大切な事をだからもう一度言うわね。
私は般若心経を唱えたの。
「まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう
かんじーざいぼーさーつー
ぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー
しょうけんごーうんかいくう
どーいっさいくーやく
しゃーりーしー
しきふーいーくう
くうふーいーしき
しきそくぜーくう
くうそくぜーしき
じゅーそうぎょうしき
やくぷーにょーぜー
しゃーりーしー
ぜーしょーほうくうそう
ふーしょうふーめつ
ふーくーふーじょう
ふーぞうふーげん
ぜーこーくうちゅうむーしき」
私が唯一できるスキル“闘気功”のワザは、この纏しかないわ。
はてさて、困ったものね。
これもそう長くは持たないの。
私はコレで終わりね。
ルジーゼ・ロタ・ナナとして、産まれて初めてのピンチだわ。
しかも、最大のね。
そう言えば……カムイちゃんは無事かしら?
ウフフ、私って駄目ね。
自分が死にそうなのに、突き飛ばしたカムイの事を心配するなんて。
自分の心配しろって、ね。
外ではどんな事になっているのかしら?
『ナナ!』
『ナナ! チキショー! 何でナナの上に落ちるんだよ! ルバー! てめぇ〜の責任だぞ! !』
あらあら、ロクったら口が悪いわね。
もちろん、後から忠大に事細かく聞いた話を、その場で見ていたかのように話すわよ。
『何でナナの上に落ちるんだよ! 誰か! 何とか、言えよー! 忠大! 答えろ!』
『私では無理です。忠凶! 説明しろ』
ルバー様の魔術“スプリングボード”上に居た、忠凶めがけて大声を上げたわ。
忠大にしては珍しいわね。
いつも穏やかで、好奇心旺盛で、ニコニコ顔の彼なのよ。
声を荒らげる事など、あまり記憶に無いわ。
そのことをよく知っている忠凶が、駆け寄りこれまでの経緯を話したの。
『ルバー様に状況を説明する為、ロク様は色んなタイプの攻撃をして見せ、全てが吸収される事を体感で話された訳です。それを見たルバー様が、ご自身でも試したい事があると仰り、魔術“ヘルシャフト”を放ち試されましたが、コレはすぐに吸収される事は無かったのです。気を良くしたルバー様は、“ヘルシャフト・潰”を試行され、握り潰そうとされたのですが……。さらに、“アイアンウォール”で囲み、蓋までして完全に閉じ込める事に成功したのです。ところが、“ヘルシャフト・潰”は吸収され、“アイアンウォール”突破され……さらに、さらに……大きくリバウンドした球体は“アイアンウォール”の鉄の壁面に引っかかり、方向を真上から左側45度の角度と速で飛んで行き。すぐさま追いかけた次第。……姫、姫様! ボクは、ボクは! どうすれば良かったのですか! 忠大! 答えてよ!』
『落ち着きなさい。フゥ〜私も落ち着こう』
『落ち着いてなどいられるかぁ! ナナが、ナナが!』
『ロク様。落ち着いて下さい。姫様は、取り込まれる瞬間、スキル“闘気功・纏”を発動された様子です。すぐに吸収された訳ではないようです。まず、状況を分析し。有効打を編みだんだ。どんな情報でも良い、見つけ出せ! 粗を探すんだ!』
『『『『はっ』』』』
『ロク様、ハチ様と少しでも足止めをして下さい。ハチ様? ……ハチ様? 聞いておりますか? ハチ様?』
『ナナ、ナナ、ナナ、ナナナナナナナナナナナナ……ウゥゥアァァー! !』
『ハチ!』
『ハチ様!』
忠大を残し、忠吉、忠中、忠末、忠凶は散開してバウンドしている球体を取り囲んだわ。
ロクがアワアワしながらも、忠大の支持に従う素振りを見せたとき、ハチに異変が起こったの。
焦点が合わず、口からは涎が落ち。
獣のような唸り超えを上げるばかりで、会話は成り立たなくなっていた。
何より、膨れ上がる魔力。
体も3倍以上になり。
手がつけられなく、なりはじめたの。
何が、何が起こっているのよ!
「……バーサー化……。ハンナ! リルラ! ソノア様とカムイくんの避難を早く! ネズミ隊! ロクくん! その球体は放置だ! ハチくんが魔獣化のまま暴走した。Cランクの彼が暴れれば誰も止められないぞ!」
『ハチの馬鹿野郎! バーサー化じゃがって。あんたが正気を無くして、どうするのさぁ。ナナを助けなきゃいけないのに……。ネズミ隊! そんな奴よりコイツを正気に戻すよ! 気合い入れて魔獣化しな』
『『『『『はっ。魔獣化』』』』』
私を内包した球体は捨て置かれて、ハチに集中したわ。そこに、激が飛んだの。
「忠凶くん! 触れるな! 今はハチくんだ。その球体は攻撃を仕掛けなければ、何もしない。ただ、何処にも行かないように見張っていてくれるだけでいい。忠大くん、頼めますか?」
『はっ』
忠大が輪の中から抜けて、スカイツリー程の高さをポヨンポヨンと跳ねている球体の側へと来たわ。
「忠大くん!くれぐれも触らないで下さいよ。攻撃もいけません。ナナくんは、スキル“闘気功・纏”を発動させ取り込まれた、と考えるからです。ならば、もう少し時間はあるはずです。まずは、バーサー化しているハチくんを正気に戻します。ネズミ隊の皆さん! ロクくん! 魔力全開です。ナナくんの事を思うなら。まず初めに、我を忘れている仲間を取り戻すのです!」
『……そうだね。あんたの言う通りだよ。あの馬鹿を起こすよ!』
『『『『『はっ』』』』』
気合を入れ直した、ルバー様とロク達。
完全に野生化してしまったハチを囲んだわ。
「ヴゥゥ……グァァ! !」
『ハチ! あたしの声が聞こえるかい? あたしだよ! ロクだよ!』
『『『『ハチ様!』』』』
「ヴゥゥ〜、ヴゥゥ〜、グァァー!」
完全に理性を失くしているわね。
ルバー様は、どうなさるつもりかしら?
続きが気になるところだけれど、それどころでは無くなったの。
私を取り込んでいるよう球体が、為を作り大きく跳ねたわ。
『ルバー様! 姫様が!』
「チィ! 動かないで下さいよ、と願っていたのですが。やはり、駄目ですかぁ。忠吉くん、忠中くん、忠末くん、忠凶くん。ハチくんの事は僕たちに任せて下さい。何とかして球体くんを、押しとどめといてください。けして、攻撃をしては駄目ですよ!」
ルバー様は、難しい注文をするわね。
攻撃はするな!
足止めだけをしろ!
ハードル上げすぎだわ。
ネズミ隊の面々はどうするのかしら?
無理なことだけはしないでほしいわ。
『忠凶。今こそアレを試すときだ。もう少し、考査をしたかったのですが……仕方ない。ぶっつけ本番ですが、やりますよ!』
『『『『おう!』』』』
この子達、何をするの?
球体を中心にして、均等に散開したわ。
両手を上げ。
そして、声を揃えて叫んだ。
『『『『『スパイダーライトニング』』』』』
何その技?
スパイダーと言ったらクモよね?
なるほど!
納得だわ。
バウンドしている球体の頭上に、大きな蜘蛛の巣が張られたの。
もちろん電気ビリビリよね。
ミカドイエローの稲光を糸状に紡ぎ、完成した巣に触れれば軽く感電しそう。
でも……綺麗ね。
バウンドの慣性を殺す事が出来ない球体は、もちろん捕らえられるわ。
それでも、ね。
この球体も学習するのよ。
ルバー様とロクの攻撃三昧で、吸収する物としない物に分ける事を覚えたの。
コレは食べれる物。
コレは食べられない物。
そんな風に学んだのね。
そして、この電気は吸収してはいけない物だと理解し、突破するため回転を上げたわ。
賢いわね。
そんな事を思っていると、ネズミ隊の技が新たに発動したの。
『『『『『スパイダーライトニング』』』』』
え? !
同じ技?
そうなの。
球体の頭上に出来た蜘蛛の巣を破く為、悪戦苦闘している下に同じ巣が出現。
仁王立ちでバンザイ状態のネズミ隊。
視線を合わせ、前屈をしたの。
するとあら不思議。
随分、高い処にあったはずの巣が地上に吸い寄せられるように重なったわ。
蜘蛛の巣でサンドしたのね。
嘘でしょう!
どういう事なの?
微動だにしなくなった球体ちゃん。
いや、違うわね。
動きたくても動け無い。
微弱な電流が流れ、動きを阻害しているのね。
魔術に関しては、素晴らしいセンスを持っているわ。
感嘆するわね。でも、私だけではなかったようよ。
ルバー様もロクも自分たちのやるべき事を放り出し、ネズミ隊に刮目しているんですもの。
何やってんのよ!
そうなの。
そのすきにバーサー化したハチが高く跳躍し雷の蜘蛛の巣、目掛けて突撃した。
……魔術“スパイダーライトニング”ごと。
……繋ぎ止めていた大地ごと。
……球体に取り込まれていた私ごと。
…………呑み込んだ。
『ハチ! あんた何やってんのよ! 』
「まずいですよ! あの球体は、魔族マンプクの成れの果てだったはずです。それを飲みこんだとなれば……ハチくん自身にどんな影響が出てくるか、想像も出来ません。皆さん! 離れて下さい」
ロクの声とルバー様の声が重なったわ。
長い沈黙が、時間を支配したの。
そして、大地が揺れ出した。
グラグラ、グラグラ。
ガタガタ、ガタガタ。
バキバキ、バキバキ。
バサバサ、バサバサ。
カーカー、カーカー。
鳥が飛び立ち。
獣が飛びたし、何処かへと逃げて行く。
森が悲鳴を上げ始めたわ。
「ル、ル、ルバー様!」
「ハンナ! ソノア様とカムイくんを安全な場所へ、避難させるんだ! は、早く、行け!」
「し、し、キャ!」
「ハンナ!」
揺れが一層激しくなったわ。
立つことか困難になるほどにね。
「ヤバイぞ! 本格的にヤバイですよ」
ウフフ、ルバー様の言葉使いがおかしな事になり始めましたわ。
それ程の動揺と先が見えない不安が、心を支配している証ですわね。
こんな時でも、ハンナの腕の中で寝ていたカムイ。
ある意味、大物ね。
その太い神経はお母様、譲りだわ。
だって、お母様も楽しそうに大地と一緒に揺れていたんですもの。
「あらあら、意外に揺れるわね。体幹ダイエットになるかしら」
「ソ、ソノア様?」
「ハンナ! 考えては駄目よ。この方は、こんな方なの。そ、それよりハチは? キャ!」
リルラがお母様に寄り添いながら取り扱いを話していた時、いよいよ立てなくなりしゃがみこんだ。
ルバー様が揺れながらも、お母様とカムイの所まできて魔術“アイアンウォール”をかけ、安全をはかったわ。
その中には、ハンナとリルラも一緒みたい。
術をかけ終わった直後、大地を噛んだままの姿勢で硬直していたハチが、動いた。
ブチブチ。
バキバキ。
……ゴックン。
「ワォォォーーーン!」
飲み込む音がリアルで怖いわね。
そしてハチは、犬が背伸びをする動作で遠吠えをしたの。
世界が目を覚したみたいに、ね。
そして、もう一声。
「ワォォォーーーン!」
みんなの注目がハチに集まったわ。
最初の一声でね。
次の声で、世界が静止した。
みんなは初めて、正面を向いたの。
固まったわ。
だって、球体のせいで木々は倒れ、道なき道が出来ていたからよ。
穴だらけの大地が、無残な屍を晒していたわ。
実はこの球体。
人族領と魔族領を隔てていた山を、ゴッソリ削り取っていたのよ。
何より心胆を寒からめた事は、ルジーゼ城も無くなっていた事なの。
こいつは跳びながら、自分の影を使い捕食していたのよ!
影からも取り込めるなんて……気味が悪いわ。
たった1人に、ボロボロにされたルジーゼ領。
涙が出そうね。
ルジーゼ城にはお父様も兵士も平民も、まだまだ沢山の人がいたから。
その全ての人の命が、呆気なく失われたのよ。
生き残った者は、ルバー様、お母様、ハンナ、リルラ……だけ。
思考が停止しても、仕方が無い事なのかもしれないわね。
そんなみんなを他所に、ハチは最後の遠吠えをしたの。
「ワォォォーーーン!」
そして、世界が目覚めた。
「ナナくん?……嘘……だろう」
「「「! ! !」」」
『『『『『『! ! !』』』』』』
『うん! 寸分の狂いは無いワン。完璧だワン。少し眠いや。ナナの影に入るね。おやすみワン』
「え? あ! うん」
あまりの展開に、誰もついてこれなかったわ。
それも、当たり前の事なの!
だって、目の前に屍を晒していた大地が元の姿に戻っていたのよ!
もちろんルジーゼ城も、ゲーム風の砦そのままの姿で!
そして、私も日の光を浴びたわ。
『ナナ!』
『『『『『姫様!』』』』』
「ロク! ネズミ隊! みんな! 私は大丈夫よ。あなた達は?」
『はっ。よく分かりません。ハチ様がバーサー化してしまい……そこから先は、ハチ様に聞かなければなりません。現段階では、何も申せません。みんな、疲れているところ済まないが、ルジーゼ城とルジーゼ山を調べてきくれますか』
『『『『はっ』』』』
ネズミ隊が忠大を残し、散ったわ。
私は深呼吸した。
すると突然、視界が上がったわ。
「ルバー様!」
「本物のナナくんですか?」
「はい。私はルジーゼ・ロタ・ナナ。7歳ですわ」
「ナナくんで、間違いないようですね。で、説明をお願い出来ますか?」
「無理です。私だって知りたいですわ。ずっ〜と、真っ黒い空間の中に居たんですもの。分かりっ子ありません。そんな事より、お母様とカムイは?」
「え! あ! ……解」
ルバー様は、私に言われて気が付いたみたいね。
慌てて、魔術“アイアンウォール”を解除したの。
飛び出してきたのは、ハンナだったわ。
抱かれている私を見て駆け寄り、ルバー様の腕から奪われた。
怪我が無いかを隈無く調べられたわ。
「無傷です」
「ナナ!」
今度は、お母様に抱きしめられた。
左腕にはカムイを抱き、右腕には私。
膝を付き、抱きしめたままペチャンと座りこんでしまったの。
「ナナ!ウゥゥ……ナナ、ナナ、ナナちゃん!!」
泣き崩れてしまったお母様。
二度と手放すものか! そんな意気込みを感じる強さで、抱きしめられていたわ。
「お、お、お母様?」
「ナナくん、今は無理だよ。君にもハチくんにも話を聞きたい。できれば、調査に出ているネズミ隊の話も……聞きたい。とりあえず、ルジーゼ城に戻りましょう」
「そうして頂けますか」
『あたしが運ぶよ』
「頼めるかしら?」
『まかせな』
大きくなったロクが、お母様ごと乗せてくれたわ。
はぁ〜、この状況を知る人物は、ハチだけ。
その彼は……私の影の中。
もぉ〜、ハチったら!
放り出して寝ないでよ!
どうすりゃ〜良いのよ!
この状況!
ハチのバカ!
ハチの大バカ! ! !
今年も始まりました!
だいぶん遅い新年の挨拶でした事をお許しください。
次回予告
「「ナナ!」」
「父さんは出てこないでください」
「五月蝿いぞ! ガロス!お前では役不足だからだ!」
「何ですと!予告ぐらい俺でもできます!」
「だったら、やってみろ!」
「……。
ナナの危機はハチのバーサー化で窮地に追い詰められたかのように思われた。しかし! ハチが魔族マンプクを取り込むことで事態は急速に沈静化。訳のわからナナ達は、真実を求めて彷徨ってしまう。知るものはハチのみ!
……。いかがですか?」
「甘い! とくに最後がいただけない! やはり、最後は……知るものはハチのみ! ルバーの嫉妬が牙を向く!ナナ達に真実を知るすべは残されているのかぁ!……ぐらいの話を盛らなければ駄目だ」
「父さん。嘘はいけません。ルバーは嫉妬などしませんよ。自分も!自分も!と迫ってくるだけです」
「あいつそうなのか?」
「はい。めんどくさいです」
「お前も大変だなぁ」
「はい」
ガウラ、ガロス親子にして頂きました。
新しいネズミ隊の魔術とハチの進化。
その詳しい詳細を書けたらいいなぁ〜と。
今年の目標は……彼氏が欲しい!間違えました。
今年の目標は……ケモノノコエを最後まで書く事! 正確には、書けたらイイなぁ〜!
よろしくお願いします!
では、また来週会いましょう!




