94話 あらあら、止まらぬ漸進ですって
本当に困った事になったわ。
ルジーゼ地方に迫り来る驚異。
その正体は、魔族マンプクこと楽満俊哉の成れの果てだったらしいの。
実物を見ていなから何とも言えないわ。
忠凶の話では、お父様ほどの背丈の黒い球体。
その球体が、ゴロゴロとルジーゼ城へ迫ってきているらしいの。
何故に球体? と、思ったけれど。
今はそれどころでは無いわ。
お父様の決断で、私とお母様とカムイはハチを護衛にルジーゼ城を出てスアノース城へ。
ルバー様は、先行して戦っているロクの元へと馳せ参じ撃退に参加。
お父様はルジーゼ城に残り、最後の防衛ラインに就いたわ。
私は……私は……ロクの元へと行きかった。
『チクショー! 何なんだよ! コイツは! !』
あたしは忠凶に頼まれて、スキル“影法師”を駆使し山を駆けたのさぁ。
他の奴らなら、丸一日かけて行くところを半日もかからず走破してやったわよ。
流石、あたしよね。
などと言ってられない光景が広がっていたわ。
あたしらがルジーゼ側から様子を覗いつつ、木の影から見ていたのさぁ。
そしたら、おぞましいモノを見た。
丸い球体が、山を削りならが進んでいたんだよ。
触れるもの全てを、真っ黒い球体に取り込んでいるようだったね。
分かるかい?
めちゃめちゃデカイ泥団子がゴロゴロ転がりながら、行く手を阻む物すべてをその身に吸収して行くんだよ。
怖いったらありゃ〜しない。
『忠凶。あれは何だね』
『分かりません。ボクが最初に見たときは、頭と手足が辛うじて御座いました。その顔は、黒髪黒目で、丸々とした輪郭。奥二重の細目に宿るのは、焦点の合っていない黒目で獅子鼻が鎮座しており、薄い唇からは涎が滴り落ちておりました。手足は短くパンパンに膨れ上がっており、歩くのでは無く既に転がって移動していました』
『……そうかい。……そういう事かい。忠凶、アレは魔族でも人族でも無いよ。アレは、マリアの仲間、マンプクの成れの果てだね。あたしのマリアの魔力がそう言ってるよ。どんな経緯でアレになったかは謎だけれど、間違いなく楽満俊哉だね。さて、どうしたものかねぇ〜。このまま行くと、まずいね。ナナが居るルジーゼ城へとまっしぐらじゃ無いか。あたしが足止めしとくから、この事を知らせに走りな』
『しかし、ロク様お一人では荷が重いかと』
『生意気な事を言うんじゃないよ! あたしを誰だと思っているんだい? とっとと行きな! 一刻も早く知らせるんだよ』
『はっ』
さぁ〜て、困ったね。
あんな怪物、どうやって足止めする?
あらら、今度は跳ね出したわよ。
どうなってんのかしら?
「ハンナ、リルラ。すまないが、ソノアとカムイの事を頼む」
「ガロス様。お一人では……」
「ハンナ。俺は大丈夫だ。この城まで敵が辿り着くときは、ルバーとロクがいるだろうし……。最終手段なら、ある! この城には、秘密があるだよ」
ニヤリと笑ったガロス様は、とても貴族では無く山賊の様な風貌でした。
「ハンナ、行くよ。では、ガロス様、御武運を」
「リルラも、後を頼む」
「「はっ」」
執務室を出て、私はリルラに聞いてみたわ。
最終手段を、ね。
「あぁ〜、アレね。……聞かない方がいいよ」
「そんな前フリはいいわ。言いなさい」
「分かったわよ。この城には、攻め込まれたときの為に、自爆して城が崩壊する仕掛けがしてあるの。発動スイッチの方法や在処は、ガロス様とガウラ様の2人しか知らないわ」
「嘘でしょう! そのスイッチを押すと言う事は……死ぬ事と同義語じゃ無い! すぐに戻るわ!」
「待ちな。ガロス様は、最終手段として! と言ってんだ。死ぬ気では無いよ。その為のルバー様が先行しているんだ。何よりも最優先すべき事は、ソノア様、カムイ様、ナナ様を守ること。あたいだって、残りたいさぁ。この城には、思い出がたくさんある。ハンナ以上にね」
「……ごめん。そうだったわ。私のすべき事はソノア様とカムイ様とナナ様を守る事。リルラ、ありがとう」
リルラのニッコリ笑った顔が、こんなにも頼もしく思った事は初めてだわ。
人って成長するのね。
いじめられて泣いていた子が、私を叱責して励ましてくれる存在になるだなんて。
本当に嬉しいわ!
さぁ!
気を引き締めて役目を果たす時よ!
「ニャー!」(ダァー!)
「チュウ!」(ロク様!)
「ニャ! ニャニャニャ。ニャニャニャ?」(忠凶! 戻って来たんだね。ルバーを連れてきたのかい?)
「忠凶くん。早いよ! もう少し待ってくれ。……」
「チュウ! チュウチュチュウチュウ」(はっ! ガロス様がお決めになりました)
「ニャ。ニャニャ」(そう。助かるね)
「……う〜ん。困ったなぁ。ナナくんがいないから、意志の疎通が出来ない」
「ニャ、ニャ。ニャニャニャニャニャニャニャニャ?」(確かに、困ったね。あんた達はナナ無しで話せるんじゃなかったけ?)
「チュウ。チュウチュ、チュチュウチュウチュウ」(簡単な単語でしたら。プラカードなる物を作り、見せる事で意志の疎通を経っております)
「ニャ、ニャニャ?」(今、できるかい?)
「チュウチュチュウ。チュウチュチュウチュウ、チュウチュチュウ」(忠大がいなければ難しかと。彼が文字も担当しておりますので、居ないと無理です)
「ニャ。ニャニャ、ニャニャニャニャニャ」(そうかい。だったら、現物を見せて理解してもらうしかないね)
「はぁ〜、ニャとチュウしか分からない」
まいったなぁ。
ガロスの支持で来たのは良かったが……。
状況の説明をしてくれるはずの者が、ロクくんなんだよね。
2匹が喋っている内容が、全く分からない。
困ったぞ。
ルジーゼ城から忠凶くんを乗せて来た。
魔術“スプリングボート”の上で、チュウ! チュウ! と行く先を案内してくれてここまで来たんだ。
そのさい、上空から見た惨劇に言葉を失ったよ。
はぁ〜、何が起こっているんだ!
木々が密集していたはずの山には、削って出来たような道ができていたし。
落とし穴の様な穴が、ボコボコとあった。
あれ? 切り倒した木は?
あれ? 穴を掘った後の砂は?
どこに行ったんだ! !
はぁ〜、はぁ〜、はぁ〜。
おや?
ロクが攻撃する様ですよ。
「ニャン」(魔術“ファイアボール”)
鬼火の様な青白い炎が、ロクくんのファイアボールなんだ。
これは北岡真理亜くんを取り込んだとき、別れていた氷炎の魔族シャルルの魔力が1つになり、ロクくんの属性が変異した。
火属性に鬼火がついたんだ。
普通の火属性の炎は朱色なのだが、ロクくんの場合はオリエンタルブルーの色をしているんだよ。
それはそれは、美しい色なんだ。
何より不思議なのが、ロクくんの意志で炎の温度を変えることが出来る。
凄いよ! 本当に凄い!
流石Sランクだね。
シュ!
思わず目を見張ってしまった。
だってだよ!
ロクくんの放った魔術が、黒い物体に吸い込まれんだ。
「ニャン」(魔術“ウォーターボール”)
シュ!
またまた、目を見張ったよ。
おそらくウォーターボールが、黒い物体に吸い込まれた。
「ニャン」(魔術“ダークボール”)
シュ!
今度はダークボール? 又はブラックホール? が黒い物体に吸いこまれた。
ロクくんは何がしたいんだ?
「ニャ〜ン」(ソォ〜レ)
シュ!
はぁ? 近くにあった石を投げた。
もちろん、吸い込まれる。
そうかぁ。そういう事かぁ。
「ロクくん。君が言いたい事が理解できたぞ。魔術であろうが、物理攻撃であろうが、何でも吸い込まれる。そう言いたいんだね」
「ニャン」(そうニャ)
「その笑顔は当たりだ。だったら、困るぞ。コレならどうかなぁ? 魔術“アイアンウォール”」
僕は黒い球体の正面に、鉄の壁を出現させてみた。
すると、本当に吸い込まれていた。
ストローで水を吸い込むみたいに、スルスルスル〜と。
「なるほど、なるほど。厄介極まりない。そう言えば、ナナくんから君達の魔獣化の許可を聞いているよ。今回だけは特別、僕が見届け人として許すよ」
「ニャ! ニャニャンニャニャニャニャ。ニャ! ニャンニャ!」(やった! コレで本領発揮が出来るってもんだね。忠凶! 本気を出すよ!)
「チュウ!」(はっ)
「ニャン!」(魔獣化!)
「チュウ!」(魔獣化!)
派手に姿が変わったね。
なんど見ても、素晴らしい。
ロクくんの、筋肉質で美しいボディ。
惚れ惚れするよ。
そして、忠凶くんも良いね。
大きく無い。
しかし、漲る雷属性特有の静電気が綺麗だ。
2匹とも絶佳で感無量だよ。
いけない、いけない、見とれてしまった。
何度見ても、うっとりしてしまうね。
「ニャン! ニャ“ニャニャニャン”」(奪ってやる! 魔術“ブラックホール”)
ムムム、あれはブラックホール?……間違いない! ブラックホールだ。
なるほど、なるほど。
魔力を奪う算段なんだね。
しかし、うまく行かなかったようだ。
そのまま吸い込まれていたよ。
なんの変化もなし。
アハハハ! 地団駄を踏んでるよ。
可愛いね。次
は、忠凶が何かするようだ。
「チュ“チュウ・チュ”」(魔術“雷楽・強”)
おぉ! 雷だね。
魔術“雷楽”シリーズの中でも最強の威力を放つ技。
な、な、なんだとぉ! ……ダメかぁ。
コレは本腰を入れなければ本気で、ヤ・バ・イ。
「ロクくん、忠凶くん。何をしても無意味のようですね。最後に1つだけさせて下さい。魔術“ヘルシャフト”」
おや?
コレは行けるかもしれませんね。
どうもあの球体は、攻撃をされない受け身の攻撃には対処できないようです。
流石、白属性最強の技です。
この“ヘルシャフト”は、受け身の最終形態の技なのかもしれませんね。
僕はこの魔術が一番好きです。
さて、動きが止まりましたね。
少しだけ観察しましょうか。
「まずは、“ヘルシャフト・縛・禁・停”。これで、動けまい。
フムフム。属性は……なんと! 白属性と無属性? どんな属性なんですか。それに、真っ黒いボディをしている癖に白属性って、ありなんですか。もう1つ不思議なのが、体内から色んな属性の魔力を感じる。それらが、そのまま存在しているようですね。面白い。実に愉快だ」
「チュウチュウ。チュウチュチュチュチュウ、チュチュウチュ」(流石ルバー様です。魔力察知でそこまで解明されるとは、お見逸れいたします)
「ニャンニャニャ! ニャニャニャンニャン。ニャンニャニャニャンニャ」(馬鹿な事を言ってんじゃないよ! アレは敵で倒すべき相手なんだ。ナナが危険に晒される前にぶっ飛ばすよ)
「チュウ」(はっ)
「やっぱり、何を言っているのか分からない。何となくだが、ロクくんが忠凶くんを叱責したのは理解できたぞ。と、言うことは……次の行動を起こせ! な・ん・だ・ね」
「ニャン」(正解)
当たりのようだね。
一度やってみたい事をしてみよう。
「“ヘルシャフト・潰”」
僕は両手を前に突き出し、すり潰すように握り拳をゆっくり握った。
その行動に反応したのか定かではないが、敵を内包した魔術“ヘルシャフト”が握り拳に合わせるように萎んで行く。
それと同時に、もう1つの魔術を発動させた。
「魔術“アイアンウォール”☓4」
ふぅ〜、“ヘルシャフト”の上から鉄の壁で囲ってやったぞ。
ムムム! “ヘルシャフト”の魔力が消えた。
やはり、接触するものを取り込むようだね。
それがたとえ物理であれ魔力であれ、体内に取り入れる。
本当にどうなっているんだろうね。
……知りたい。
こんな魔術、僕は知らない。
……知らない……知らない……知らない……知りたい。
一瞬、考え事をしていたすきに事態は動いた。
「嘘だろ。忠凶くん! 離れるんだ! 飛びでるぞ! !」
様子を見るために忠凶くんが近づいていた。
魔術“アイアンウォール”の弱点は、壁の内側を見る事ができない事。
でも、最強の矛である事には変わり無い。
僕の知る中での最強だ。
その天板がボコボコになり始めた。
中で敵の球体が跳ねているのだ。
何故? 今回に限り吸収しない? 取り込まない?
訳がわからない。
そして……。
バギー! !
派手に天井が吹き飛んだ。
勢いには凄まじく、黒い球体は天高く舞い上がった。
「まずい! 飛び出した瞬間、“アイアンウォール”の端に引っかかり角度がついてしまったようだ。回転しているし……飛んで行った方向は……ルジーゼだ! !」
僕達はお互いの顔を見合わせ、硬直した。
「魔術“スプリングボート”。乗りなさい! 跡を追いかける!」
「ナナ、急ぎますよ」
「お母様。ハチに乗って下さい」
「あらあら、これぐらい平気ですわ。わたくしだって、戦うことは出来ませんが体力はありますのよ」
お母様には困っちゃうわね。
私達は、慌ててルジーゼ城をあとにしたの。
敵が迫ってきているからね。
お父様の采配で城を脱出したわ。
私、お母様、カムイをね。
護衛に、ハンナ、リルラ、ハチで出たのだけれど……本当に敵って来るのかしら?
いまいち実感が無いのよね。
「キャハ! しゅごい! キャハハ!」
「カムイ、暴れないで」
もお!
子供って高い所と動物は好きよね。
今もワンワン! ワンワン! と、ハチに触れようと騒いでいるのよ。
この状況を全く理解していないカムイちゃん。
2才児ですもの。
仕方が無いのは認めるわ。
でも、じっとしといてくれないかしら?
はぁ〜、先が思いやられるわね。
「ウフフ、ナナ様もきかん坊でしたよ」
「え? そうだったの?」
「ソノア様、そうだったんですよ。ちょっと目を離すと何処かへ隠れて仕舞われますから、探すのに時間と手間がかかって大変でした。ですが、私には心強い味方がいましたから。ハチとロクが、ナナ様の側にずっといてくれました。あなた達がいてくれたから、とっても安心できたのよ。……ハチ、貴方も心配よね。ロクなら平気よ」
『心配なんかしてないワン』
「心配はしていないみたいよ。少しだけ強がりに聞こえたけれどね」
『ナナ!』
「アハハハ! 私だって心配しているんですもの。ハチが心配する気持ち、よく分かるわ。しかも、どんな敵か分からないし。どこまで迫ってきているかも知らされないんですもの。憂虞するのも仕方がないことだわ。
忠大、そこら辺はどうなっているの? 忠凶からの連絡は無いのよね」
『今の所はございません。何も無い事は、吉報の印とも言います』
「だといいのどけれど」
私は不安を隠せなかったわ。
ロクのこともお、父様のことも気がかりだけれど、1番の問題は敵よ。
忠凶の話しでは、マンプクこと楽満俊哉だと言ったのよね。
動けるデブ。
動ける……デブ。
はぁ〜、どのくらい動けるのかしら?
〈『姫様! 危のう御座います!』〉
〈『ナナ! 逃げるんだよ!』〉
「え! なに?」
突然、頭の中で響いた言葉に辺りを見回したわ。
そのすきにカムイちゃんが、スキル“闘気功・纏”を発動させ、ハチを触ろうと歩き始めたの。
……私達は知らなかったのよ。
敵が空から降ってきていることに。
……私達は知らなかったのよ。
スキル“闘気功・纏”とスキル“闘気功・纏”には相性があることを。
……私達は知らなかったのよ。
「しゅきる“とうちきよう・まちょい”わんわん」
「カムイ!」
ハチの背中から弾き飛ばされた、カムイの手を取りハンナに投げた。
咄嗟にスキル“闘気功・纏”を解いたハチ。
反動でじゃり道に放り出された私。
その上から……。
『『ナナ! !』』
ハチとロクの絶叫が木々を揺らした。
私は手を合わせ南無三と祈ることしか出来なかった。
更新がまたまた遅くなってごめんなさい。
クリスマスの馬鹿野郎!
忙しかった……ものすごい忙しかったのです!
ごめんなさい。
不徳の致すところです。
さて、いつもの語り部はナナを中心に書くことが多いのですが、今回は色んな人が語り部となります。
読み難かったらごめんなさい。
次回予告
『『『姫様が!』』』
『忠吉、忠中、忠末。落ち着きなさい』
『『『忠大が出てくるな!』』』
『……すまない。予告を頼む』
『『『ナナが暴走した魔族マンプクに飲まれてしまった。無事なのか?そして、マンプクの目的とは何か?ナナにとって引く事のできない哀しみと対面する。無事にみんなの元へと戻ることが出来るのか!刮目して待て!』』』
『……すまない』
『『『忠大!』』』
残りのネズミ隊メンバーにしてもらいました。
ナナは助かるんですかね?
次回の更新は2018年1月12日です。
みなさま良い年を! 明るい未来が降り注ぎますように!
それではまた会いましょう!




