93話 あらあら、迫る憂懼ですって
『姫様……姫様。朝早くから申し訳ございません。火急にお知らせしなければいけない、案件がございます。姫様……姫様! 起きてください!』
忠大の悲鳴にも近い声が、目覚まし時計となり目が覚めたわ。
私達は2年ぶりに、我が家へと帰ってきたの。
お父様は参勤交代を守って、半年交代で行き来はしていたのだけれどね。
私は勉強の為を盾にして、帰らなかったの。
ハチたちが考査と実査に夢中で帰れなかった、が正解ね。
それと言うのも、ロクが魔族の北岡真理亜をその身に取り込んだ事で、Sランクへと進化してしまった為なの。
ルバー様もお父様も大ハッスルして、考査の海へと飛び込んでしまったわ。
もちろん、ハチたちも一緒にね。
通訳である私を、道連れにしてよ。
はぁ〜、やっとの思いで、私の願いをハチとロクが聞き入れてくれたの。
はぁ〜、愛する弟カムイちゃんに会えるのが楽しみ……の、はずだったのに!
もちろん、会えたわよ。
可愛いカムイちゃんにね!
でも、屋根の上で楽しそうに転げまわっていたの。
お母様も、さも当たり前のような対応で驚いたわ。
どうも、お母様の話では。
「もう、カムイちゃんったら。お父様にスキル“闘気功・纏”を教えてもらってから、いつもこんなんですよ。始めは、椅子の上だったから、凄い凄い! と、褒めてしまったのがいけなかったのかしら? テーブルから箪笥に変わって、外に出したら木に登り出して、慌てて止めたの。でも、気が付けば屋根の上に……はぁ〜。貴方、どうすれば止めてくれるのですか?」
開いた口が塞がらないとは、この事ね。
今は、楽しそうにハンナの腕の中に落ち着いているけれどね。
教えたお爺様もお爺様だわ。
どんな教え方をしたのかしら?
それとも、お父様の血が色濃くでた?
どちらにしても、2歳にしてはもの凄い才能ね。
はぁ〜。
「忠大、何かしら? まだお日様も顔を出していないわよ」
『申し訳ございません。……忠凶!どうだった?』
私は忠大と話していたのよ。
フカフカの布団の上でね。
サイドテーブルの明かりを、忠大が着けたの。
その影から、忠凶が出て来たのね。
その顔が青ざめていたわ。
「忠凶? 大丈夫?」
『はっ。ロク様、申し訳ありませが、付いてきて頂けませんか? ボクの魔力感知では、計りかねます』
『フゥ〜ニャ。……あたしが行けば分かるのかい』
『分かりません。ですが、ボクでは感知不能だったので、ロク様の力をお貸しください』
『分かったニャ。運動がてら行ってくるよ』
「ロクも忠凶も、ちょっと待ってよ。私にも分かる範囲で良いから、話してしてちょうだい。お父様やルバー様にも話すから」
『忠凶、ロク様と先に行ってくれ。姫様には私から話しておく。無茶はするなよ』
『もちろん』
話は、私を置き去りにして進むわ。
忠凶がロクと一緒に、何処かへと行ったの。
目の前には忠大。
私はハチを起こし、2人で話を聞くことにしたわ。
何だか、怖かったの。
とんでもない事が起こりそうで。
「ハチ。ねぇ、ハチ。起きてちょうだい。嫌な予感がするわ。貴方も話を聞いて」
『起きてるワン。何かあった? 』
『はっ。私達は、各地に存在するねずみ達に話を聞いて、情報を得ていますが。ルジーゼ地方は念入りに調査を致しておりました。その中で聞き捨てならない情報を得ました。それは……魔族らしき者がこちらへと向かって来ているらしい……と。そこで、私達は実際に見に行くことにいたしました。ところが、険しい山を越える向こう側だったので行くことが叶わず。気配だけでも探れないかと、スキル“気配察知”をフル稼働させたのですが。あまりにも異質な魔力に胸焼け症状を起こしてしまい断念いたしました。そこで、Sランクのロク様に見て頂こうかと思い立った次第。その……』
どうしたのかしら?
明瞭簡潔を旨に話している忠大なのに、要領の得ない説明だわ。
「忠大! 落ち着きなさい。何を見たの? 異質な魔力となに?水でも飲んでちょうだい」
『しかし!』
「はぁ〜。要点が見えないわ。冷静になりなさい。はい、飲んで」
私はネズミ隊用のコップに、水を入れて渡したわ。
水面に映る顔を凝視した忠大。
意を決した彼は、一気に飲み干した。
『申し訳ありません。あまりの事に、感情が先走ってしまいました。ふぅ〜。……すいません。落ち着きました。では、改めて説明いたしますがよろしいですか?』
私も自分のコップに水を注ぎ、飲み干したわ。
そして頷きたの。
ハチは眠そうに欠伸をしてきたけれどね。
「良いわよ」
『はい。遠くから砂埃が舞うのを発見しました。そして、よくよく観察し状況を把握し、戦慄した次第。それと言うのも、その砂塵の後ろに見えていたはずの山が跡形もなく消えていたからで。朧気ながらに垣間見えた姿は人ではありませんでした。魔術“ブラックホール”の様な、黒の球体がゴロゴロと音を立てながら動いておりました。その玉から、……マリア〜、マリア〜……と、うめき声が響いてきておりました。その時、初めて魔族ではないかと思いに至りました。次に、何よりも大問題だったのが魔力にございました。あまりにも、異質で気持ち悪い代物で。色んなモノが、ないまぜとなりグチャグチャで、どの属性かも分かりかねるほどの混ざり方でした。それに、マリアと言えば北岡真理亜。ロク様になら、何か分るのではないかと思い、お呼びしたしだい。ここまでが今、分かっている事でございました』
「嘘でしょう! ハ、ハチ、どのくらいでルジーゼに?」
『難しいワン』
「そ、そうね。ごめんなさい。私も、泡を吹いていたみたいね。ルジーゼに攻めてくる者がいると聞いて混乱したわ。ハチに聞いても仕方が無いのにね。忠大、どんな感じ?」
『はっ。けして速くはありません。成人男性が引く、大八車程度のスピードかと感じました』
『だったら、明後日の昼頃ワン』
『いえ、もう少し速いかと。なんと言っても、山を超えるのではなく、山を飲みこんで進むため、何の障害もなくここまで……明後日の朝には、姿を表すのではないかと思います』
言葉が出てこなかったわ。
一刻でも早く、お父様とルバー様に知らせないと!
ここが戦場になる! !
その思いに至ったわ。
頭の中で何かが爆ぜた。
飛び起き、パジャマのままお父様の元へと急いだの。
「お父様! 寝ている場合ではありませんわ! お父様! ! ……駄目ね。忠大、起こしてあげなさい」
『はっ』
私はノックもせずに、お父様とお母様の寝室に飛び込み、声をかけたわ。
これで起きてくれれば良かったのに。
目覚めてくれなかったの。
キングサイズのベッドにはカムイちゃんも寝ているわ。
この子は寝てて良いのよね。
私は、そっと抱き寄せた。
忠大に目配せをして、必ず起きる目覚ましをしてもらったの。
『魔術“雷楽・中”』
ビリリリ!
「ナァ!」
「キャ!」
雷属性の魔術“雷楽”はカミナリなの。
この技をこの子達は、弱・中・強の3段階仕立てにしたのよ。
凄いでしょう!
で、この弱は、程よい刺激で筋肉を解してくれるの。
中は目覚ましね。
一瞬、心臓がキュンってするけれど、起きるのよ。
お目々バッチリ。
強は……人なら軽く感電死できるわね。
もちろん、ルバー様に登録してもらったわ。
早業でしょう。
「ナナ! 何をするんだ! 危ないだろう」
「お父様! 何を悠長に寝ているんですか! ルジーゼ最大の危機です! お母様もすぐに支度をしてください」
「何か……あったのか?」
掻い摘んで説明をしたわ。
だんだん青ざめていくお父様。
カムイを抱き寄せ、震えているお母様。
少しだけ黙り込んでしまったの。
そして、出てきた言葉にクラクラしたわ。
「その話は本当なのか?」
「ネズミ隊の情報では不満ですか?」
「そうかぁ。しかし!」
「今、ロクに行ってもらっています。より正確な情報をお持ち致しますわ。そんな事より、お母様とカムイの避難が先です。事は一刻の猶予もありませんわ」
「分かった。ソノア、済まないがすぐに準備をしてくれ」
「は、はい。リルラ! リルラ! 貴方、こちらの事はわたくしに任してください」
「すまない。ナナ、今の話をルバーしてくれないか」
「分かりました」
今度はルバー様が寝ている客室で、魔術“雷楽・中”が火花を散らしたわ。
「ウゥワァ! な、なんだ!」
文字通り、飛び起きたルバー様。
普段なら大笑いする場面ではあるのどけれど、そんな余裕は無いわね。
「ルバー、起きろ。父さんの言っていたことが現実になったぞ。それどころか、事態は最悪だ」
「……何があった? 」
「ナナ、頼む」
お父様に促され、分かっている事を話したわ。
目を見開き固まるルバー様。
次に出てきた言葉は、あるまじき発言だったけれどね。
「どんな魔術なんだ」
「はぁ? ! ルバー! ! ルジーゼの危機に、魔術もヘチマもあるかぁ! スアノースの最終兵器であるお前がなんてことを言うんだ!」
「僕は兵器ではない」
「す、すまない。未知なるものが迫ってきているんだ。混乱した。すまない」
「……。今はそれどころでは無い、かぁ。ふぅ〜。ナナくん、さらなる情報は無いのか」
平静を取り戻したルバー様とお父様。
サクッと着替え、執務室へと移動したわ。
するとそこにはハンナが待っていたの。
「ナナ様。そのお姿では風邪を引きますよ。こちらに着替えて下さい」
「そう……ね。ありがとう。お父様、少し席を外します」
「あぁ。何か食べてきなさい。腹が減っては戦は出来ぬからな」
「はい、そうします」
お父様に背中を押され、しぶしぶ部屋を出たわ。
食事なんて喉を通らないわよ。
わけの分からないモノが迫ってきているのよ。
落ち着いてなんていられないわ。
でも、お父様には逆らえないわね。
はぁ〜、とりあえず着替えましょう。
「ナナ様、何かあったのですか? リルラが慌てて遠出の準備をしています」
「魔族だと思うわ。その魔族が山の向こうから攻めてくるみたいなの。今、ロクと忠凶が詳しく調べているわ」
「そうですか。ナナ様はこれに着替えて下さい。お食事はおにぎりを3個、用意しています。絶対、食べて下さい」
「分かったわよ」
差し出されたのは、初代勇者が身につけていたとされているマント聖女の祈りをお母様の愛で切り、作ったマントとパンツ。
私の正装。
「ハンナ。どこから持って来たの?」
「忠大に出していただきました。お食事もしっかり食べて下さい。中身はこちらから、梅、生姜の佃煮、塩ですよ。生姜の佃煮は少しだけ辛いかもしれません。違うモノをお持ちしますか?」
「大丈夫よ。生姜は大好きだもの。平気よ。ウフフ、ありがとう」
焦っても仕方が無いわね。
まずは、腹ごしらえからよ。
あら?
生姜の佃煮が美味しいわ!
「ハンナ! 生姜の佃煮が美味しいわ! 」
「はい、生姜の栽培に成功いたしました。なかなか難しかったのですが、ピリリとした舌触りと爽やかな辛味が食欲を増幅させますよね」
「アハハハ! そんなに好きなの?」
「はい」
「私も好きよ。……ありがとう」
ハンナの優しが、私の中に湧き上がる恐怖を消し去ってくれたわ。
得体のしれない敵に憂懼していたのよね。
はぁ〜、流石、歴戦の勇者だわ。
少しだけホッコリしていた私に、忠凶が飛び込んできたの。
『姫様! 大変でございます! 今すぐにでも対策を講じなければ、ルジーゼだけでは無くスアノースまで、及ぶかもしれません! ハァ〜ハァ〜ハァ〜』
「忠凶、少し落ち着きなさい。事の重大差は認識しています。事の子細を知っている貴女が慌てていては、説明できないでしょう。水でも飲んで」
『はい、申し訳ございません』
私は並々に注いだ、ネズミ隊用のコップを手渡したわ。
飲み干し、深呼吸をした忠凶。
改めて、話し出す前に私が質問したの。
「ロクは?」
『ロク様はすでに戦っております。少しでもいいから足止めするよ! と、仰って残られましたが、心配です。すぐにでも加勢に行かなければ! 』
「なんですって! ! すぐに呼び戻します! !」
『姫様! お待ちください。敵は予想に反したスピードで進んでおります。本日中にはルジーゼ城へと到達する恐れが』
「……嘘……でしょう!」
「ナナ様?」
「ハチ! 急いで執務室に戻るわよ。ハンナ、リルラも執務室に来るように連絡して」
「え? あ! はい、すぐにいたします」
「お願いね。忠凶、説明はお父様とルバー様の前でするわ。行きましょう」
『はっ』
ロク。
無事でいてね。
「お父様! たった今、忠凶が戻ったんですが。想定していた以上の最悪な事態……ロクが! ロクが1人で戦っています」
執務室に入るなり、そう叫んでしまった私。
「ナナ。落ち着きなさい。すぐに報告を頼む」
「……はい」
ローテーブルの上には地図を広げ、作戦会議の真っ最中だったわ。
まず、上座にお父様、正面にルバー様。
その後ろに立っている人は、最初にお父様の右側に居た大剣を帯刀した人。
ルジーゼ兵を統率する隊長タロクスさん。
お父様の腹心の1人。
筋骨隆々で、ダンディーなおじ様。
なんと!
お爺様の頃から、タロ家を支えてくれた人みたいなの。
「お父様。ごめんなさい。忠凶、報告してもらっていいかしら?」
「ナナ様、お待ちください。リルラが……」
コンコン。
「誰だ」
「わたくしですわ」
「ソノア?」
扉を開けた先には、お母様とリルラの姿があったの。
「どうした? 何かあったのか」
「ハンナからリルラに連絡をもらいました。わたくしも聞く権利はありますわ。知らない事こそが恐怖ですもの」
「……分かった。口出しは禁止だ」
「はい」
お父様の隣に座ったお母様。
その後ろにリルラ。
ルバー様の隣に私が座り、後ろにはハンナが立っていた。
そんな感じで作戦会議が始まったの。
「忠凶、よろしく。貴女が話した通りに言うわ。お父様もお母様もルバー様も、心して聞いてください」
皆が頷いた。
『それでは、報告いたします。
謎の黒い球体の正体は、魔族マンプクこと楽満俊哉です。マリア様の魔力の記憶にあったようです。ただ、姿は人の成りをしておりません。ガロス様ほどの大きさの球体が、スピードを増しながら進行しつつ、向かっております。このままで行くと本日中には、ここまで到着する恐れがあります。そのため、ロク様が足止めをしております。無理はしないよ、と言っておられましたが……。そして、楽満俊哉ですが、特殊スキル“冷蔵庫”との事でしたので、蓄積型のスキルと考査していたのです。ところが、変なのです。手当たりしだい吸い込むばかりで吐き出すことも無く。魔力だけが、増大していき、膨れ上がり続けています。ロク様の話だと、冷蔵庫では無く本物のブラックホールだよ! と言っておられます』
「……」
『姫様? 聞いておられますか? 』
「え! ご、ごめんなさい。お父様……」
最後の1行を話しそびれていたのを不審に思った忠凶が、声をかけてきた。
私は慌てて通訳をしたわ。
すると、沈黙が執務室を支配したの。
その目には、不安が張り付いていた。
「お父様。私は今すぐにでもロクの側に駆けつけたいです」
「しかし、貴族であるナナを行かせるわけにはいかぬ」
「ルジーゼの一大事に貴族も平民も無いでしょう! 私達の為に戦っているんです! 一緒に戦うのが仲間です! お父様、行かせてください! 」
「……ハチの意見を聞きたい」
「え? ! ハチのですか? 」
「この中で冷静に分析ができ、ナナを守る事を1番に考え、仲間の力を知り尽くしている、ハチなら良い答えが聞けるような気がする。ルバー、どうだ」
「その意見に賛成だ。僕なら貴族だろうが勇者だろうが、仲間の為に行くと言っている者を止めない。守るべき人がいる者は、守る事を最優先に考える。この場で、その判断を下せるのはハチくんだけだろう」
「ルバー様、違いますわ。お父様にだって守るべき人がいます」
「確かにいる。しかし、ガロスは貴族だ。人も土地も守る義務がある」
「だったら、お父様はどちらを選ぶのですか? 」
お父様に視線が集まったわ。
身動ぎもせず、目を閉じ黙って話を聞いていたの。
目を見開き告げた言葉に、当主としての決意がみえたわ。
「ハンナ、リルラ。お前たち2人はソノアとカムイ、ナナを連れてここを離れろ。ハチにはその護衛をしてもらいたい。ルバー、お前は今すぐにロクの元へ行き敵を迎撃してもらいたい。俺はここに残りルジーゼ城を守る」
眉間に皺を寄せた表情は、決心の意を感じられたわ。
でも、私は言わずにはいられなかったの。
「お父様! 私はロクと一緒に戦います! 」
『ナナ。ガロスの言う通りにするワン』
それなのに、私の味方になってくれるはずのハチがこんな事を言い出したの。
驚いたわ。
「ハチ、ロクが心配ではないの? 」
『心配ないワン。Sランクは伊達じゃないよ』
「でも」
『僕達が行くほうがダメだよ。邪魔になるワン』
「……分かったわ。お父様、ハチと一緒に行きます。ネズミ隊の皆。逐一、知らせて」
『『『『『はっ』』』』』
結局、お父様の言った通りにしわ。
ハチにまで説得されちゃったもの。
従うしかないじゃない。
本当に大丈夫なのかしら?
私は心配で仕方がないわ。
ロク、無事でいてね!
更新が遅くなってすいませんでした。
リアル仕事が繁盛期に差し掛かり忙しかったのと、病欠で働ける人数が減った為の残業で更新が2日も遅れてしまいました。
次回予告
「ぼ、ぼ、僕の名前だけ……出た?
次回予告
ロクとは別行動になってしまったナナ。この行動が思いもよらない結果を生む。マンプクの進行を止める事が出来るのか! ナナの身に危険が迫る!
名前……だけ……出た。名前だけ……」
彼とはマンプクの事でした。
来週は何とか金曜日に更新したいと思います!
頑張ります!
それではまた来週会いましょう!




