10話 あらあら、スキル闘気功ですって
目の前には大きな熊が迫ってきているわ。
周りにはお父様やハンナ、ハチやロクにネズミ達。
もちろん兵士さん達もいるのよね。
私は……。
「ナナ様は馬車の中にお戻りください。初めて見る怖い獣です。私達がいるからと言っても予断はいけません」
「ハンナ、大丈夫よ!お父様にハンナにハチにロク、さらに兵士さんまでいるのよ。予断なんてある訳ないじゃないの!それに私はハチに乗っているのよ!平気のへいこちゃんよ」
「はぁ~向こう見ずなのはガロス様譲りですね。それではハチ、ロク、ナナ様を守るのですよ」
「ワン!」
「ニャー!」
ハチとロクが返事をすると、お父様が嬉しそうに腰を落したの。
そして、おにぎりを握るような真似をしだした。
その時、前の道から巨大な熊が猛スピードでこちらに向かってくるのが見えたわ。
前の世界でも最強の部類に入るヒグマの倍はあるような大きさと揺れる巨体。
思わずハチの背中を強く握りしめてしまったわ。
『ナナ……大丈夫ワンよ。アレくらいならロクだけでも倒せるワン』
『あら?言ってくれるくれるじゃないの。まぁ~確かにアレくらいならあたし1人でも楽勝ニャ』
私はその話を聞いて安心したのよね。
本当にありがたいわ。
心静かに改めて熊を見ると……そんなに大きくなかった。
お父様の頭1つ上ぐらいかしら?
体格は流石に倍ぐらいはあるけれど、おかしな事にお父様の体も熊と同じくらいの大きさに変わっていたわ。
「ハンナ!お父様が大きくなってる!」
「はい。気を巡らし集め、両手に集約し、圧縮。本来なら体に纏わしたりして防御として使います。ガロス様はそれを押し出す事ができるのです。もちろんコレくらい小さいものならスキル闘気功を覚えている私にでもできますが、流石にアレを練り圧縮し、撃ちだす事など普通の人なら出来ません。ナナ様、そろそろ……来ますよ」
その言葉通り、お父様の手の中には大玉のスイカ程の青い玉を熊に向けて撃ちだした。
「むむ!!ふん、む!はっ!」
お父様の奇妙な掛け声で撃ちだされたスイカ玉。
直前まで迫り、振り上げた手を下ろせば屠れる距離に来ていた熊。
その土手っ腹を貫いた。
全く気が付かない熊は、お父様に鋭い爪を振り下ろした……が下ろせる訳もなく仰向けに倒れて微動だにしなくなった。
私もハチもロクも開いた口が塞がらなくて呆けた面を見せていたの。
だって驚くじゃない!
本当は魔力があるのかも?
でもまず私がする事は……。
「お父様!素敵です!!」
「むむ!そうであろう。えへへ、そうであろう」
ダメだわ。
顔が崩れきってる。
その崩壊したお父様のお顔が一瞬にして、元に戻った言葉をハンナが放ったの。
さっきのスイカ玉と同じくらいの威力があったわね。
「ガロス様!!なぜ、あんな大きさの“むむ玉”を作ったのですか!道に大穴が開いていますよ。誰が直すと思っているのですか!」
「木は無事であったろうが……少し上に上げるタイミングが遅かっただけなにの……俺がわるいのかぁ?」
「悪いです!全く、みんなここまでの強行軍で疲れているのですから。仕事を増やさないで下さい。誰か、この熊を解体して!」
「待て待て、俺が解体しょう」
「え!お父様が!!」
「ナナ様はご存じない事ですが。ガロス様は、近衛隊長の前は料理番をしておられました。お料理の腕はソノア様より美味しいですよ。あ!この事は内緒にしてくださいね」
「え!そうなの。うふふ、楽しみ」
するとハチがもぞもぞしだした。
『ナナ、どこか安全な場所に降ろしてもいいワンか?』
「もちろんよ。でも何をするの?」
『僕も闘気功の練習がしたいんだワン』
『考えていることはあたしと同じなようだニャ』
「え!ハチもロクもどういう事?」
『ハチ様もロク様も私達も、闘気功が使えれば魔力を使用出来ない、この姿でも姫様をお守りする事が可能です。私達も訓練をするぞ』
『『『『はっ』』』』
「だったら私も……」
『ナナは駄目ニャ』
「なんでよ」
『危ないワン』
「危ないって……大丈夫なのに……」
「うふふ。ナナ様。今の会話は何となく理解出来ましたよ」
そう言うとハンナが私を抱き上げた。
そのまま後ろに下り、馬車の扉を開けて床の上にクッションを敷いて私を座らせてくれたわ。
そこからだと解体して調理しているお父様と、闘気功の練習をしているハチ達の姿がよく見えたの。
もちろん側にはハンナが居てくれたわ。
「ナナ様。闘気功は誰でも使えるスキルですが、誰にでも使えるスキルではありません。少し難しい言い方ですね。闘気功は身体の気を理解し、感覚的にとらえ外に出す。コレがまた難しい!時間をかければナナ様でも使えるようになるでしょう。ですが、ナナ様には闘気功より優れた能力を持っていますよ。あの子達を見てください。ナナ様を護ろうと必死に訓練をしています。ハチは足になろうと、ロクは魔力になろうと、ネズミ達は目になろうと、頑張っています。
ナナ様……上に立つ者は護られる覚悟も必要なのではないでしょうか。それに貴女様にしか出来ない守り方もあると思いませんか?」
「私しか?」
「そうですよ。ナナ様はこれから冒険者となりあの子達、魔獣を従える存在として注目を浴びるでしょう。そうなると、よからぬ心根の者や魔獣に悪意を抱く者がいると思います。そんな者からあの子達を守るのはナナ様しかおりません。スキルを使い、信用の出来る仲間、私のような者を増やさないといけませんね」
「ハンナ……ありがとう!大好き!!」
「まぁ!嬉しいです」
『ハチ!!』
ハンナから冒険者になる心得と、これから待ち受けている洗礼、魔獣を従えている事に対する敵意について教えてもらった。
そんな時、ロクから焦りの声が私の耳に飛び込んだ。
声がした方を見ると、ハチの口には晩白柚ほどの大きさの玉が牙と牙の間にプルプルと震えながら浮いていたの。
どうしていいのか分からず、尻尾を垂直に伸ばし足を踏ん張るハチの姿があった。
私は力の限り叫んだ。
「キャ!ハチ!!」
この声でハンナとお父様が気が付いてくれたの。
するとお父様がハチに向かって大声を張り上げたわ。
「ハチよ!俺に向かって吠えろ!!」
「え!お父様!!」
「ガオォォォ……」
ハチは迷う事なくお父様に向けて吠えた。
「キャ!お父様!!」
「ナナ様、大丈夫ですよ。アレが本来の闘気功の使い方です」
「え?」
ハンナや兵士達は安心して見ていた。
騒いでいるのは私だけ。
あ!と思う間にハチから放たれた晩白柚の玉はお父様に向かって行く。
凄いスピードで発射されたわ。
ぶつかる!と思った瞬間、上に弾き飛ばされ、小さいレモンぐらいの玉が当たり爆砕したの。
あまりの速さに少しだけ着いてこれなかったのは秘密にしたいわね。
だって私だけみたいだったもの!
ロクもネズミ達も、当のハチでさえ目で追っていたから見えていたんだわ。
お父様は大丈夫……よね?
そう思って腰を浮かそうと動かしたらハンナが制しながら話しだしたの。
「ナナ様。平気のへいこちゃんですよ。そんな事よりもハチ、ロク、ネズミ達。よく見ていましたね。アレは闘気功を腕に纏わせ正面から飛んでくる“むむ玉”の軌道を上に変えるやり方です。弾き飛ばしているように見えますが、纏わせた気で飛んでくる物の道筋に干渉します。なので、こちらに向かってくる物体に腕を合わせ上へと誘います。そして10センチほどの“むむ玉”を出して破裂させます。そもそも10センチほどの大きさが適度。その方が気を集めやすいですし、練のも容易です。高圧縮も出来ますしね。あの姿が正解なんですよ!皆さん分かりましたね」
「ワン!」
「ニャ!」
「「「「「チュウ!」」」」」
元気よく返事をしたハチ達。
さっきから気になっていた事を口に出してみた。
他にもあるけれど1番は………。
「ねぇ。ハンナ。さっきから気になっていたんだけれど“むむ玉”って何?」
「“むむ玉”ですか。それはガロス様やハチが出した闘気功を練った玉の事です」
「で、何で“むむ玉”なの?」
「アレはガロス様しか使えない技です。そのさいに必ず“むむ!”と言いながら出すのでいつの間にか“むむ玉”と言われるようになったみたいです」
「俺はその呼び名は嫌いだ!カッコ悪い!」
「確かに……カッコ悪いかも……」
「ハンナ!ナナにカッコ悪いと言われてしまったぞ!どうしてくれるのだ!」
「お父様!!怪我などしていませんか?」
「俺は平気だ!それよりも今、強い衝撃を受けた……カッコ悪い……カッコ悪い……」
お父様は私を抱きしめてプルプル震えだしたのよ。
何よりも驚いたのは、怪我1つ付いていない身体と遠くにいたはずのお父様がいつの間にか私を抱きしめている事実。
速すぎでしょう!
「お、お父様!私はお父様の事をカッコ悪いと言ったのではありません。呼び名が……ねぇ。ハンナ……ねぇ」
「ナナ様……それは言わぬが花……ですよ」
「やはり!お前たちもそう思っていたんだなぁ!まぁ~いいわ。そのうちカッコイイ呼び名をナナが考えてくれるわ!なぁ、ナナ」
「え!!私が考えるの?えぇぇ……じゃ……無砕玉?無闘玉?無限玉?無元玉?お父様はどれがいいですか?」
「いっぱいだしたのぉ~。俺なら……無元玉がいいなぁ。元気があって良いように思うぞ」
「ですが、ガロス様。“むむ玉”は元気が出る技ではなくて無に帰す技です。私なら無砕玉が良いように思います」
「だったらハンナよ。元々はスキル闘気功なのだから無闘玉が合っとるのかぁ?」
「お父様もハンナも……どちらでもいいように……」
「ナナ様。少しだけ面倒くさくなりましたね!」
「え!え……っと……」
「まぁ、今ここでは決めることが出来ないので、スアノースに着き次第ルバー様に決めてもらいましょう」
「なんで決められないの?」
「それはですね、ナナ様。この手の事は冒険者ギルドマスターであり、魔術やスキルの研究者であるルバー様に一任されております。新しい魔術やスキルや名称などは無法地帯になりやすいのですからね。しっかりした方が管理したほうが後々楽ですので、ルバー様がなされております。ちなみにマジックアイテムの管理者は……」
「むむ!ハンナ!そ、そ、それにしてもハチはすごいなぁ~」
「後でわかることなのに……。そうですね。ガロス様」
なぜ話を逸らしたのかは聞かないであげるのが優しさよね。
話の中心はハチに移ったわ。
まさにその時、ロクがキレたのよ。
プチッとね。
『あ!!やっぱりこの姿だと限界があるニャ。こっちの姿でやるニャ!!』
そう叫ぶとロクは宙返りをして、化け猫スタイルに変化した。
驚いたのはお父様とハンナ。
「な、な、ナナ様!」
「あれね。化け猫スタイルなの。ロクは……話しても大丈夫よね?」
『もちろんいいニャ。ハンナはナナの味方になってくれる大切な仲間でしょう。あたしは平気よ。ハチもネズミ達も……ねぇ!』
化け猫スタイルになったロクは紅い目でウインクしてくれた。
もちろんハチもネズミ達も、話すことに異論は無いみたい。
私の方をチラッと見て頷いたのよね。
そして闘気功の練習を始めてしまったわ。
「ハンナ。お父様。私は魔力の事も魔獣の事も何も知りません。ハチは白と風の魔術で、ネズミ達は黒魔術で、ロクは火と水と黒の魔術を使うらしいの……これって常識的にはどうなの?」
「ナナ様……」
「ナナ……。その話は本当なのか?」
「お父様。私には魔力を感知する事が出来ません。ですがロクを見てください。ロク!おいで」
『なにニャ』
化け猫スタイルのロクがお父様の足元に来た。
ハンナがロクを抱き上げたの。
「お父様。ロクを見てください。左目はクリムゾン色で右目は水色。さらに尻尾は2本。ねぇ、ハンナ。ロクは魔力が上がっているの?」
「はい……上がっています。ですが先ほどの熊と同じか少し上ぐらいです」
『あたしの実力はもっと上なのニャ』
「まぁ、まぁ、ロク、落ち着いて。もともとは火と黒の魔術だけだったらしいのね。この間の呪い騒動で、水の魔力を取り込んでしまって。それでこの、化け猫スタイルに変化出来るようになったようなの。ハンナ……お父様……世間ではどんな感じなのですか?」
ハンナはロクを下ろして、お父様と一言二言はなしてから私に向き直ったわ。
「ナナ様。魔獣もランクで表します。主に魔力の量で決まるようです。1番、魔力の種類が多いのはロクなのですか?」
「そうよ」
「だったらロクが1番ランクが上です。私の見た感じだと、Cランクの魔獣になります」
「ハンナ……それは本当か」
「はい。ガロス様。ナナ様の話とロクの様子から推測して、CランクもしくはDランクになります」
「ナナ」
「はい、お父様」
「ハチもロクもネズミ達もナナの配下にするまで、魔獣の姿になってはならぬ。こちらで出現する魔獣で最高ランクはEだったはず。Cランクの魔獣など見たことないぞ。これがどういう事か分かるか?」
「はい、お父様。ハチ達を守るためですね」
「そうだ。何としても恭順の首輪を成功させる。それだけでは弱いかもしれん」
「ガロス様……確かに不安ですね。スキル隠匿を取得すれば、なんとかなるかも知れません」
「そうだなぁ。ルバーに相談だなぁ」
「さぁ!話も纏まったところで、ロクは私が教えます。同じ火を使う者同士、気が合うと思います」
「ニャ」
「むむ!だったらハチよ!お前には俺が教えてやるぞ」
「ワン」
「我らはネズミ達を教えます!誰か闘気功を使える者はいないかぁ」
「チュウ」
何ということでしょう!
いつの間にかネズミ達は、兵士さんの魂を鷲掴みにしていたようなの。
一生懸命、取り組んでいる姿に心が震えたのね。
ネズミ達は本当に真剣だもの、見ているこちらも励まされるのよ。
結局、10日ほどを費やして闘気功を訓練していたの。
この世界のお勉強はどこに行ったのでしょうね。
ハンナも俗に言われる脳筋なのかしら?
それに、いつの間にかハチとロクの首輪は外されていたわ。
大きさが微妙に変わるから、邪魔になったのね。
勉強は……明日、明日、明日……からね!うふふ!
スキル闘気功の話でした。
ちなみに私は“むむ玉”で良いような気がしますね。
咳喘息が治まって、嬉しさのあまり2話、更新してみました。
ただ心配なのは2月が苦しくて全く話が進んでいない事……止まらないように頑張って書きますね。
それではまた来週会いましょう!!




