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〈五〉 落下


 絨毯に足を下ろした場所が、一度柔く沈む。

 バランスを取るためにウィルの手に力を込める。絨毯の階段を踏むように下ろした足は、沈んだあとに反発するようにすこし持ち上がるから、上がるタイミングが難しい。何度か下を向いて時期を見計らっていると、上からじれたようなウィルの声が響く。


「あ~~~、ちょっと力抜いてて」

「え?」


 わたしが頷くよりも先に、風が再びわたしの身体を押した。背中から、というよりも下から持ち上げるような突風が吹くと同時に、ウィルの手が繋がったままの腕を引き上げ、未だ地面についたままのわたしの靴底が浮き上がる。脇の下にもう片方の手が差し込まれ、抱き上げるような形でわたしは絨毯の上に落ち着いた。

 両足をつけてみると、存外立てないほどではない。風の波は緩やかで、穏やかな海によく似ていた。

 ありがとう、と礼を言うと、わたしが大丈夫なことを察したのだろう、ウィルはそそくさと手を離した。

 思わずその手を引きとめる。


「あ、手はこのままがいい」

「……はっ、はあぁあっ?!」

「ウィル、うるさい……。わたし、補助魔法が得意だっていったでしょ。使い手の力に合わせるのに、力の源というか……肌に触れてるほうが都合がいいの」

「ふっ、――~~服とかじゃダメなのかよ!」


 戸惑いを隠せていないウィルの反応には、わたしもしょうがないと思う。

 随分と打ち解けてはきているし、情もかけてもらったけれど、それはウィルの心根のよさがあってこそだ。数時間前に知り合ったばかりの人間から手を握られたままでいる、というのはいかんせん居心地が悪いだろうと、わたしだって想像することはできる。

 しかし、だ。


「できなくはないけど、ウィルも浮遊魔法初めてでしょ? 二人分の体重に荷物もあるし、アズライト・パレスまで無事に到着したいなら確実なほうがいいと思う。まあ、慣れれば平気だと思うけど……最初はわたしも模索するから、少なくとも最初はこのままでいてほしい」

「………………」

「だめ?」

「………………」

「ウィル、時間ないよ」

「………………………わかってるよ……」


 赤毛をわしゃわしゃと掻き毟って、ウィルはしばらく不機嫌な表情をしていたけれど、結局は最初に巻き込まれたときのように諦めてくれたらしい。わたしの手を不器用な指先で握り返すと、そのまま絨毯に腰を下ろして胡坐をかいた。わたしもそれに倣って座り込む。荷物が吹き飛ばされないように、ベルトや紐で身体に固定した。お互いに準備が整うと、わたしはウィルに出発の合図も兼ねて視線を向けた。

 地図と照合するにはまず空に上がった方がいい。ウィルも頷いて、静かに目を閉じた。集中するためだ。わたしも、指先から感じる力の波に意識を傾ける。



 そして、宙に浮いたままの絨毯が、徐々に動きはじめた。

 空気の上を滑るように最初はゆったりと、旋回するようにぐるりと円を描くごとに高度は上がり、見えない螺旋階段を昇っているかのようにみるみる内に地面が遠くなってゆく。そしてそれに比例して、絨毯の速度も、すこしずつ、すこしずつ増してゆく。



 積み上げられたがらくたよりも高くなり、袋小路の壁が抜けて青い空が見えたとき。

 ウィルの掌に力がこもるのを感じて、わたしははっとウィルを見た。



 それと同時に、ウィルが瞼を開く。

 途端に背後から追い風が吹き、わたしたちを乗せた絨毯という名の船を空の海へと押し出していった。



「……っ……」


 まだ荒々しい風は嵐のようだ。思わず絨毯とウィルの手を握りしめてしまう。気を抜くと飛ばされてしまいそうだった。隣のウィルを見ると、コントロールにやや難儀しているのだろう、顔を歪めて舌打ちをした。

 わたしは荒波のなか、ウィルの力の波動にわたしの力を寄り添わせた。不安定にうごめく力を捕らえるために、ちいさく唇を開いて語りかける。


「――――〈ウェントゥス〉」


 落とした声で力の波を調えるように。胸の中でも呟く。語りかける。彼の力に。

 程なくして、暴れ馬のようだった絨毯は速度を落とし、いつの間にか痛いほど強く握りしめていたウィルの掌から、ほうっと力が抜けてゆくのを感じた。

 のろのろとした速度でもなければ、速すぎるほどでもない。わたしも絨毯から手を離し、やや皺になったそこを撫でる。


 視線を戻すと、目をまんまるに見開いたウィルの顔と対面した。


「どうしたの?」

「いや……すげえな、って」

「なにが」

「ロゼッタがだよ。全然上手く舵取れなかったのに、ロゼッタが呪文唱えたらすぐ収まっただろ。どうやったんだ?」

「別に大したことしてないよ。呪文でもないし。それに、この絨毯を動かしてるのはウィルの力でしょ」

「だけど……」

「ほら。見て」


 金色の瞳を指先で周囲に誘うと、大きく開いた瞳いっぱいに景色が映るのが見えた。

 遮るものなどひとつもない、どこまでも続く青い空。

 はるか下に広がる街並みや緑の中を、線のように走る道と線路。



 鞄に眠ったままの地図をより色鮮やかにしたような景色が、眼下には広がっていた。

 それはすべて、彼の〈風〉が為したこと。



「すっっっっっっげえ………………」


 身を乗り出しかねないウィルを引き戻す意味合いで繋がったままの手に力を込めると、ウィルがはっとわたしの方を向いたので、わたしはほんのすこし唇の端に力を込めた。


「あなたの力よ。ウィル」

「オレの……」

「ザカライアに呼ばれるだけのことはあるみたいね。こんなにすごい力を持つひとなんて、なかなかいないよ」


 ウィルは照れ臭そうに空いた手で赤毛を捏ね繰り回したあとで、「当然だろ」と言葉に反して控えめな声で紡ぐ。その矛盾がおかしくて、わたしは素直に息を吐き出した。笑ったのだ。

 地図を取り出すために恐る恐る手を離すと、一度がくんと高度が下がったものの、先ほどより荒々しくはない。横を見るとこめかみに汗が滲んでいるから、ウィルがなんとか制御しているのだろう。慣れるまでが大変そうだけれど、きっとコツを掴めば早いはずだ。わたしは地図を取り出して膝の下に広げると、再びウィルの指先に触れ、そのまま一緒に地図を押さえるよう掌で誘った。


 広げた地図と、景色とを見比べる。

 今わたしたちは風の流れに乗って東へと向かっている。地図によるとアズライト・パレスはやや北だ。目で景色の中を探すと、木々の繁る林を抜けた辺りに、この辺りではいっとう大きな建物が見えた。視界を左右に散らすと、建物からぐんぐん離れてゆく列車も見える。


「あそこね」

「ああ。今出たのは特急かな?」

「速さが違う。鈍行ね」

「じゃあ次の特急には間に合いそうだな。スピード上げるけど」

「大丈夫」


 地図が飛ばされないよう仕舞い込む。すこし手を離しても、今度は高度が下がることなく、増したスピードもウィルが宣告したように意図的なものだろう。わずかな時間なのに、慣れるのが早い。これも神に愛されたものの力だろうか。

 ただ、ウィルの力がどれほど残ってるかがわからない。わたしの力でもうすこし補助を続けたほうが、彼の負担も軽減できるはずだ。そう思って手を伸ばすと、ウィルはわたしの指先が触れる前に「もう補助はいいから、時刻表で次に来るのが何分後か確認してみてよ」と声が落とされる。

 迷ったものの、空を飛んで一直線に進めることを思えば、アズライト・パレスまでの距離はそれほどでもない。既に目の前に見えてはいるのだ。それに、コツは掴んでいるようだし、時刻表で次の特急が出発する時間を確かめれば、その結果如何で調整もできるはずだ。



 そう楽観的に捉えながら、わたしはすっかり忘れてしまっていた。

 ウィルは、既にこの短い時間のなかで、陣移動を二度もこなしているということを。



 時刻表とウィルの懐中時計を借りて照らし合わせると、これから来る鈍行と鈍行の合間に、既に停車している特急が出発するらしい。ぐんぐん駅は近付いているから、これ以上スピードを上げずとも間に合うことは可能だろう。しかし荷物や安全な降車場所を探すことを思うと、このまま一定の速度は保ったほうが良さそうだ。

 そう考えながら時刻表を仕舞っていると、ふと、ウィルの指が絨毯の上に投げ出されているのが見える。先ほどまではぎゅうっと握り締めていたのに。こうも余裕が出るとは。


 けれど、程なくして異変に気がついた。指先が、驚くほどに白いのだ。


 はっ、として視線を持ち上げた。映るウィルの横顔は指先同様蒼白で、汗だけが異質にこめかみから顎へと伝い、絨毯を濡らしている。目は虚ろに、瞬きばかりを繰り返していた。



 ――――力を使いすぎている。



「ウィル! しっかりして!」


 慌てて指先を絡めるけれど、そもそもわたしが整えるほどの力はもう残っていない。これ以上わたしが操縦しようと思ったら、わたしはウィルの力を根こそぎ奪うことになってしまう。


 どうしよう。わたしのせいだ。わたしが。わたしの。


 混乱に一瞬のあいだ動けないでいると、絡んだ指先に、僅かに力が篭った。


「ウィル?」

「大丈……夫、アズ……までは、持たせられる……」

「だめ。使いすぎたら枯渇してしまう」

「……ヘー、キだって、食って寝たら、治るから…………ただ、着地は、ロゼッタ……」

「っ、ウィル!」


 ぎゅう、っと力が篭ると同時に、絨毯の速度が増した。その代わりに方向や高度は目標を失ったかのように意図しない方向へと進むから、わたしは慌てて波長を合わせる。きっと今、ウィルは残った魔力を前進にだけ充てているのだ。調節はできない。わたしの役目だろう。

 増してゆく速度と、高度と、残りの距離を計算する。この際安全な着地場所でなくてもいい。駅のホームを覆うように設けられている屋根の上に着地すればどうだろう。直線上に降りれば、速度の調節がうまくできなくとも、一番向こう側の屋根の終わりまでにはこの絨毯を停めることが出来そうだ。


 ウィルの耳許で、「わたしが合図したら、力の放出を止めて」と囁く。軽く首が揺れたのを頷きと取っていいかは定かでないものの、この際希望的に受け取る以外の選択肢は用意されていない。

 駅のホームの屋根を滑走路に見立て、ウィルの力を補助するようにして風向きを変えながら回り込む。アズライト・パレスの駅はもうすぐそこだけれど、今の高度だと風を止めた場合屋根に到着できない。


 あとすこし。

 もうすこし。



 ―――――――――今!



 絡まる手に力を込めた。途端にウィルの力が抜けて前傾に倒れ込み、同時に絨毯を後押ししていた風の力が止んだ。吹いているのは自然の風だけだ。

 わたしは自分の耳に嵌めた白い宝石のピアスに触れ、両手でウィルの手を握り締めた。そしてもう一度名を呼ぶ。掠れた声のせいか、それともわたしの力のせいか、前から吹いた風はすこし頼りない。


 滑るようにはいかなかった。

 屋根が絨毯に触れると、ダン! と大きな音が鳴る。失敗したかと思ったけれど、断続的に鳴る音はどうやらわたしたちの背後にある荷物が、跳ねた絨毯に上下させられて立てた音らしい。

 衝撃から身を守るために、ウィルの頭を抱え込むと、やや荒い呼吸が胸に当たる。目が覚めたのだろうか。この先待ち受けるかもしれない痛みを思うと、まだもう少し気を失っていたほうが都合が良さそうだけれど。


 速度は順調に落ち、この分だと屋根の終わりまでには止まりそうだった。

 ただひとつ問題があるとすれば、着地の位置がまずかったらしい。屋根と屋根の隙間に、このままだと確実に落ちる。ここから落ちるとしても駅のホームか列車の上だろうけれど、少なくとも予想以上の衝撃にはなるだろう。願わくば、わたしが下敷きになって落ちれればいい。

 その願いが届いたのか、わたしの側の絨毯が地面を失くし、そのままわたしの身体から宙に投げ出される。わたしは来る衝撃に備えて、固く目を瞑った。次にこの瞼を開けるときは、衝撃がこの身を襲ったときだと決めて。



 けれど、しばらくの間、その衝撃が訪れることはなかった。



 寧ろ、宙に漂っているかのような。投げ出されたまま、時計の針が進むのを止めたかのような感覚。

 わたしは瞼を持ち上げた。途端に視界に入るのは、ややぼやけた膜の向こう側にある、屋根。


 やはり時計の針の進みが遅いのか? それにしては景色が。


 そう不思議に思って視線を動かすと、ぼやけた膜の向こう側に、数人のひとが見える。シンプルなグレーのスーツに身を包んだ男性が数人。驚きに目を見開いたカップル。にこやかに微笑む初老の女性。

 その中でもいっとう目を惹いたのが、ひとりの少年だった。


 プラチナブロンドの巻き毛。眠たそうな蒼い瞳は、果たしてわたしたちを映しているのかもわからない。

 けれど彼が使い手であるということはすぐにわかった。

 なぜなら、わたしたちを乗せた膜――どうやら球体をしているらしい――がホームに程近い場所で停止すると、彼はわたしたちに近付き、中のわたしたちをじろじろと観察してから口を開いたからだ。


「何者?」


 水を通すかのようにくぐもった声が響く。単語ひとつきりの、シンプルな問いかけだ。

 すこし悩むが、ここで偽る必要は何もない。わたしは答えた。


「ザカライアの新入生」

「名前は?」

「ロゼッタ・アリソン」

「そっちは?」


 ウィルはまだわたしの腕の中で沈黙している。

 別段隠すような理由はウィルにはないだろうけれど、勝手に名を明かすのも、と思ったわたしは、正直にそれを告げた。


「勝手に彼の名は明かせない」


 すると、何を思ったのか、彼はほんの少し――――ほんとうに少しだけ目を見開くと、すぐさま眠そうな眼へと戻り、言った。


「じゃあ聞こう」

「は」


 言うが早いか、少年は腕を持ち上げた。手に持っているのは高級そうな黒い紳士傘だ。その切っ先をこちらに向けて突き破るように押してゆくと、そのまま意に反さず膜は破れる。

 パチン! と音が鳴ったかと思うと、そのまま水がどしゃぶりの雨のように落ちてきて、おまけにわずかに宙に浮いていた球体が割れたせいだろう、わたしたちは地に落ちた。鈍い音が鳴って、ウィルの呻き声が聞こえた。

 大丈夫、と声を掛けると、濡れた頭を押さえながらウィルは起き上がる。呼吸は荒いし顔色は悪いが、魔力の枯渇までは至らなかったらしい。わたしは安堵した。

 しかし息を吐く暇もなく、少年はいつの間に広げたのか、開いた傘を再び閉じ、それを剣にする。地に座り込むわたしとウィルに向けたのだ。


「名前は?」


 身体を起こしたウィルは、その先端を見つめてから視線を上へ――つまりは持ち主の少年へと移した。水膜が無くなり鮮明になった少年を、わたしたちは今や見上げている。もっとも、彼の背丈はさほど高いわけじゃあない。おそらく立ち上がりさえすれば、ウィルのほうが高いはずだ。

 けれど、他人を威圧するような雰囲気がそこにあった。向けられているのも傘なのに、鋭く磨き抜かれた剣のように錯覚するほどの威圧感。


 驚いたのは、ウィルが彼を見上げて、怯えを欠片も見せなかったことだ。むしろ睨みつけるように黄金の瞳には徐々に力が戻り、未だやや白い腕はわたしの身体を隠すように、少年との間に塞がった。

 今はわたしのほうが元気なはずなのに。ウィルはやっぱり、正義感が強いのだ。

 そして、わたしはもうひとつ驚いた。ウィルの行動を、少年が図りかねているらしいということだ。不快に思うというよりも、なぜそういった行動に出るのかわからない、とでも言いたげな、純粋な疑問が変化の乏しい目許に浮かぶ。


「なぜ?」

「なにが」

「なぜ、ミス・アリソンを隠す?」

「はあ?」


 こちらもまったくもって意味がわからない、と言いたげなウィルが、不機嫌な様子で返した。

 視線は少年から、一瞬だけ手許の傘に移る。指先の代わりに、それを指し示すかのように。


「お前がこんな物騒なもん向けてきてっからだろ」

「私は攻撃はしない」

「だったらなんでそんなもん向けんだよ」

「守るためだ。己の身を」

「はぁあ? オレたちだって攻撃なんかしねーよ!」

「だが、落ちてきた。上から」

「それはっ、…………」

「……着地に失敗したの。わたしのせいよ。このひとのせいじゃない。それに、わたしたちはあなたが誰かも知らないし」

「嘘なら誰でも吐ける。むしろ嘘を吐く人間の方が多い」


 たしかに。わたしも、そしてウィルも、ここに来るまでに既に嘘を吐いてきている。

 反論ができないまま見上げていると、ウィルがわたしの身体を押す腕に力を込め、そして大袈裟にため息を吐いた。


「お前が身を守るためにオレたちを信用しないのは勝手だ。別に信用されたいとも思ってない。だけど、オレたちこの特急に乗りたいんだ。そのためにギリギリまで〈魔法〉だって飛ばしてきた」

「それで?」

「――わかんない? お前のせいで乗り逃すことになったら、それこそお前の希望通りお前をどうにかしたくなるから、身を守りたいならさっさとその物騒なもんを退けてオレたちを解放すんのが一番シンプルで早い解決法だっつってんだけど?」


 今まで間髪入れずに問いを投げ掛けていた少年の反応が、止まる。

 ウィルの言葉が気に障ったわけではなく、純粋に考え込んでいるらしい。幾許かの間が要されたあと、彼はあっけなくその傘を下ろした。


「言えている」

「わかってもらえたみたいでよかったよ」と、やや皮肉をこめてウィルが言った。わたしの身体を隠していた腕から力が抜けて、上体はやや後ろに傾ぐ。

「まあ、君たちが私をどうこうしようとしたところで、返り討ちにする自信もある」


 ウィルが再び苦々しい表情を浮かべた。ウィルは自分の〈魔力〉と体力がへとへとになっていることを指されたのだと思っているのだろう。ただ、わたしはそれだけではないと思った。それほどの実力が、彼にはあるのだろう。

 彼が背を向けると、わたしたちから隠すようにグレーのスーツの男性たちが後に続いた。そのまま列車の中に消えようとするので、わたしは立ち上がりながら声を掛けた。


「待って。言い忘れたことがあるの」


 列車のステップに乗り上がった身体が、半分だけこちらを向く。瞳は相変わらず眠そうだ。




「助けてくれて、ありがとう」




 すぐに身を翻して、彼は列車の中に消えていく。去り際にたったひとつの、シンプルな返答だけを残して。




「どういたしまして」






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