【ニコ生企画短編】ゲット・ザ・ランカー【お題:ランキング】
残念ながら、釣りの話ではない。
世の中、様々な競技活動がある。スポーツが頭に浮かぶが、それに限らない。大食い早食い、囲碁将棋、あるいは暗算などもあるだろう。
私の趣味は、そういった競技活動のランカーを探すことだ。
別に彼らにインタビューもしなければ、記事も書かない。ただ見つけて楽しむ。インターネットで探したり、本で探したり、実際何かの大会に行ってランカーをこの目で見たり…ジャンルは問わない。その人がランカーであるというだけで憧れの眼差しを向けられるのだ。
彼らは同じ趣味嗜好を持つ者たちの間でもてはやされる。大会の場では優勝者に惜しみない賞賛が送られ、その場にいる彼らは気持ちを共有し、そこに生きることを喜びさえするのだ。どんなジャンルでもその渦中に参加できるのが私の特技と言える。
さて今回は、スキー場で偶然見つけた早食い大会の場にお邪魔した。
一緒に来ていた友人は「またかい」という顔で勝手に滑りに行ったが、私はその「寒中早食い大会」という看板にすっかり魅せられてしまっていた。友人の声も耳に入ったかどうか、「うん」と生返事をして、大会の様子に見入った。
「優勝はこちらの方です!」
拍手。賞賛。
優勝者は、いかにも早食い大食いに慣れていそうな良い体格の男性だった。
彼と彼を囲う環境を見ているだけで、私は幸せな気持ちになる。満面の笑みの男性、沸き立つ観衆、興奮気味に優勝者へインタビューをする司会者…場はいわゆる「テンションが上がっている」という状態で、私は途中から見ていたにもかかわらず、その中に溶け込んでいた。
その時、司会者が言った。
「今回は、この後に飛び入りの参加者を受け付けて更に早食い大会を開催いたします。午後からの開催になりますので、参加希望の方はお昼ご飯を我慢していらしてください!」
なんと、嬉しい。一日に二度もこの状況を体感できるとは。
ざわつきを残した会場から、私はうきうきした気分で離れた。さて、友達を探さなければ。
「おまえ、ほんと好きだな。」
昼時、食堂で友人が言う。彼は軽めにサンドイッチを、私はスキー場の醍醐味とも言えるカレーライスを食べながら。少食だなぁ、と思いつつ言葉を返す。
「ほんと好きだよ。テンション上がるもの。」
「男とスキー場に来て早食い大会見る女なかなかいないぜ。」
「相手してもらえなくてがっかりしてる?」
ちょっとにやついて言うと、「馬鹿か」と照れたような返答が返った。
調子に乗った私は、ひとつうかつな発言をしてしまう。
「例えば君がランカーなら、私は君を誰より愛してしまうのかもしれない。」
その発言に、彼の表情が変わる。驚きのような、「その手があったか」みたいな顔だった。
「なるほど…ああ、なるほど。午後もそれあるって言ったな?」
「ん?うん。早食いね。飛び入り参加オッケーらしいよ。」
「わかった。見てろよ。」
「言われなくても見るし、参加しなくても見るよ。」
安易な考えをする男だ。ため息混じりに、私はカレーライスに集中することにした。
………
「優勝は、こちらの方です!」
彼は壇上の真ん中にいた。
テンションの上がる自分を感じる。いつにも増して。
なぜ彼が、あんなに早食いができるんだろう。私を目的とすることで、火事場のなんとやらが出たのか。
すごい。かっこいい。さえない彼が、あんなに賞賛を浴びている。
「優勝者の方、早食いの秘訣なんかあれば…今回はカツ丼でしたが?」
「そうですね。丼ものの早食いのコツは、中心でなく周囲から食べていくことになります。中心よりも丼に接している部分の方が早く冷めるんですよ。ですから、周囲を片付けてから崩しながら…。」
詳しい!え、なんだ?得意だったのか?
「それと、こちらは大食いのコツになりますが…お腹をカラにしておかないことですね。胃は収縮してしまいますから、事前に多少食べておいた方がいいんです。先に入っていた分は消化されて落ちますから、その分の容量に関しては気にせず…。」
語っている。どうした、かっこいいぞ!大食いも得意なのか!
「では、この優勝を誰に伝えたいですか?」
「あそこの、彼女に。」
彼が手で示し、その場の全員が私を見る。さっと心が冷えたように思った。
え?私がなぜ見られているんだろう。私はただ、勝手にその場にいて熱気だけを感じるためにいるのに。
「俺たちが世界の中心でも、俺の愛は冷めないぞー!カツ丼じゃないけどなー!」
馬鹿なことを言っている。全員が笑う。
しかし私は、なんだか涙が溢れそうになるのを感じた。
彼のことを、相当好きになった。今までランカー探しをしてきたが、その場の熱気は偽りだったのだろう。本当に中心にあると、この熱は形容もできないほどなのだ。それを教えてくれた彼に、大いなる感謝と限りない愛しさを感じた。
「かっこいいぞー!」
私はなりふり構わず叫び返した。拍手が起こる。
こうして、私のランカー探しという趣味は終わった。
誰より身近な存在がランカーそのものになったから。
その後は、彼を連れていろんなところで大食い・早食いのイベントに参加している。毎回「こんなデートあるか」なんて彼は言うが、まんざらでもないように見える。そして得意分野だけあって、彼はよく壇上から「やったぜ」という顔でこっちを見てくれるのだ。
ランカー探しをしていなければ、彼のこんな姿を見ることもなかったのだろう。
そう思うと、私が感謝する先はひとつしかない。
ランカーという存在を生む、ランキングというシステム…それ自体へ。