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指先の魔法


○月×日 曇りのち晴れ



 今日ね、ふと、思い出したんだけど、昔、おばあちゃんに魔法を教えてもらったことがあるんだ。魔法て言っても、おばあちゃんがそう呼んでただけでおまじないみたいなもの。人差し指の魔法って言うんだ。どうしても叶えたい願いがあるとき、ピンチを切り抜けたいときなんかに使う。


 やり方は、まず右手の人差し指を左手でぎゅっと握って祈りを込める。自分の願いが、強い想いが指先にたまっていくのを頭の中でイメージしながらね。これはかなり重要なんだって。じゅうぶん祈りをこめられたら、右手の人差し指をくるくるって2回まわして指先を空に向ける。魔法をかけるみたいにね。そうすると願いが叶ったり、悪いことがいい方向に向かったりするんだよ。


 ただし、この魔法は、なかなかに力を使うから1日1回しか使えないし、本気で祈らなきゃ効果は現れない。それに悪い願いを叶えるために使うと、大変なことになるんだ。嘘だと思うかもしれないけどね、僕はこれでけっこう助けられてるんだよ。


 例えば宿題をやって来るのを忘れちゃった時、先生に怒られませんようにってお願いしたり、テストで悪い点をとっちゃった時、お母さんに怒られませんようにってお願いしたり。


 宿題を忘れたときは、先生が1日出張で事なきを得たし、テストで悪い点をとったときは、僕よりもいっちゃんやジュリーの方が点数が悪くて、僕は怒られずにすんだんだ。効果抜群でしょ? 情けない話ではあるけどね。


 僕はこの魔法気に入ってたんだけどね、ある時から使うのをやめたんだ。ちょっとした事件……なんて、大げさなものじゃないんだけど、気になることがあったから。


 もう今では、すっかりお付き合いなくなっちゃったけど……リエちゃんのことを覚えてる?


 幼馴染みのリエちゃん。気が強くて力も強くて頭がよくて口が達者で。一部の男子からは「オトコオンナ」なんて言われておそれられてたけど、女子からは慕われててさ。僕なんかは幼稚園から小学校4年まで、なぜかずーっと同じクラスだったからさ、リエちゃんとその取り巻き(て言い方は失礼かな?)に目の敵にされてたよ。


 通学中も学校でも、ちょっとしたことで怒られてた。もちろん、怒られるようなことをする僕が悪いんだけどさ。でもね、先生に指名されて算数の問題を解いたら「黒板の字が小さくて汚くて何書いてあるんだかわからない」とか、音楽の時間に「歌が下手すぎて聞いてられないから歌うな」とかさ。思ってもわざわざ口にして言わないでしょ? てことを平気で言ってきて、それがとんでもなく悪いことのように責められたんだよ。


 「ごめんね」って謝っても、「声が小さい」とか「謝ってすむなら警察はいらない」とか言われて。むちゃくちゃだよね。そんなのが何年も続いたんだもの、僕がリエちゃんを苦手に思うのは仕方のないことじゃない? なのに、リエちゃんは、僕が良く思ってないことが面白くなかったんだろうね。小4になってから、ますます風当たり強くなったもん。


 その頃、僕はいつもリエちゃんと取り巻きの女の子たちに学校帰り待ち伏せされて、追いかけ回されてた。理由なんてなかったんじゃないかな。ただ、気にくわないとか、そんなことだと思う。


 その日も、いつものようにリエちゃんグループの女の子たちにつかまっちゃって。その場で取り囲まれて、くだらないことで、さんざんなじられた。


 いつもなら言いたいだけ言わせておくんだけど、その日は何か用事があって、早く帰りたいなと思ってたんだよね。だから、無視して帰ろうとしたんだよ。取り囲まれてたから、「ちょっと通して」って意味でリエちゃんの体を押したら、「なにすんのよ!」って、思いっきりビンタされた。その勢いで僕は地面に倒れちゃった。


 びっくりして、何がなんだかワケがわからなくて、ぽかんと、リエちゃんを見上げた。リエちゃんは怒ったみたいに怖い顔してたけど、周りの女の子たちは僕と同じようにびっくりして固まってた。頬がじーん、て痛くなってきて、その時ようやく、叩かれたんだって気づいたんだ。そしたら涙が出てきて。痛かったのとびっくりしたのと怖かったのと。何だか色んな想いがぐちゃぐちゃになった涙だったんだよね。


 リエちゃんは、そんな僕を見て、「女の子に叩かれて泣くなんて、だっさーい」て笑った。それはそれは楽しそうに。固まってた女の子たちも、リエちゃんの言葉で笑った。一緒になって笑ったんだ……自分で書いてて、あの頃の自分が可哀想になってきた。


 リエちゃん、ひどいよね。その後はどうしたんだか。リエちゃんたちが先に帰ったのか、リエちゃんたちを振り切って逃げ帰ったのか覚えてないけど、気付いたら家の前にいた。


 ただいまも言わないで、2階にかけあがって、押し入れの布団の間に顔突っ込んで、声が漏れないように泣いたんだ。悲しくて悔しくて惨めでね。リエちゃんなんていなくなっちゃえばいいんだって、思った。あんなことされた後だから、そう思っちゃうのはしょうがないよ。ね?


 お察しの通り、僕はあの魔法を使ったんだ。リエちゃんがいなくなりますようにって。悪い願いを叶えるために使っちゃいけないって言われていたのに。そうしたら次の日、リエちゃんは熱を出して学校を休んだんだ。リエちゃんは丈夫な子だったから、僕が知ってる限りでは、ずっと皆勤賞だったんだよ。


 小心者の僕は、きっと僕が魔法を使ったからリエちゃんが熱を出したんだ、このままいったらリエちゃんの体はどんどん弱っていって、最後には死んでしまうんだって、怖くなった。


 その日、学校が終わると僕は急いで家に帰って、おばあちゃんに電話をしたんだ。悪いことに魔法を使ってしまったことを謝って、なんとかリエちゃんを助けたいって泣きながら訴えた。


 おばあちゃんは、「だから悪いことに使うなと言ったでしょう」て、ちょっと怒ったけど、「心から反省をして、リエちゃんを助けてくださいって魔法でお願いしなさい。おばあちゃんも祈ってあげるから」って言ってくれた。


 僕はその日、一晩中、リエちゃんをの無事を願って、指先に祈りをこめてた。明け方頃に、指先をくるくるってして、リエちゃんに届くように祈りながら魔法をかけた。そのおかげかリエちゃん、次の日からちゃんと学校に来たんだって。ちょっと元気はなかったみたいだけど、熱はすっかり下がったって聞いた。その代わりに、今度は僕が熱を出して3日も学校を休むはめになったんだけど。それは自業自得だよね、きっと。


 そんなことがあって以来、僕はあの魔法を使うのをやめた。怖くなっちゃったんだ。魔法の力と、リエちゃんの不幸を願った僕自身の心が。


 それにね、あれ以来、リエちゃんも僕に構わなくなったんだ。必要最低限のこと以外は喋らなくて、通学班でも学校でも、あからさまに避けるようになった。意地悪されなくなったのはよかったけど、仲の良かったレンたちまで、リエちゃんと交流なくなっちゃって、それも僕が悪いことに魔法を使った代償だと思ったら悲しかったから。


 ちなみになんでこんなこと思い出したかっていうと、今日、久しぶりにリエちゃんを見たからなんだ。駅前のコンビニに行ったら、ドアのとこでぶつかりそうになってね。向こうも気づいたみたいで、一瞬、あっ、て顔して、すぐにそっぽむかれちゃったけど。リエちゃん変わらないなあって思った。


 なんだか暗い話になっちゃったかな?





「気付いてなかったみたいだけど、リエちゃんはずっと豹雅のことが好きだったんだよ」


「うっそだー! だって全然そんな素振り見せなかったよ?」


「気を引くために好きな子をいじめちゃうタイプだったの。あの子、意地っ張りで素直じゃないから」


「なにそれ。好きだったら何してもいいってわけ? 意地っ張りで素直じゃなかったら意地悪しても許されるわけ?」


「そうは言わないけど」


「けど、なに? 絶対的にあいつが悪いじゃん。なのに、れんれんはあいつのこと庇うの?」


「誰もそんなこと言ってないでしょ」


「伊吹は何をムキになってるんだ?」


「俺、あいつ大っ嫌い」


「ごめんね、僕があんなことしたから。昔はいっちゃんもリエちゃんと仲良かったのに」


「リエが学校休んだのに豹くんは関係ない。あんな女のために豹くんが謝る必要ない。豹くんはなんも悪くない」


「あんな女なんて言ったら失礼でしょ」


「俺も、リエが休んだのは別に豹雅が悪いわけじゃないと思う。本当に熱が出たんだとしても、ただの偶然か」


「てゆーか、あいつ熱なんて出してないって。あれはほっぺたとデコの腫れがひかなかったから、恥ずかしいから休んだに決まってるって」


「……それ、どういうこと?」


「なんで伊吹がそんなこと知ってるの?」


「……あのー、さっきから気になってたんだけど、関係ないかもしれないけど、なんか今日、ジュリーおとなしいよね」


「あたしは関係ない。あたしはなんも知らない」


「嘘つけ。往復ビンタお見舞いしたのはじゅりじゅりじゃんか」


「往復ビンタって、」


「そういうことか」


「まさか、伊吹、」


「殴っちゃいないよ。女殴る男は最低だって、れんれんが言うから、俺は殴ったりしてない」


「だから、こいつは頭突きしたの」


「手も足も使ってない。いい案でしょ?」


「威張って言うことじゃないでしょっ……リエちゃんが私たちを避けるようになった理由がようやくわかったわ」


「まあ、もう時効でしょ」


「悪いのはあっちだしねー」


「時効だったとしても、事実確認のため次回の日記に事の真相を書くように」


「何であたしに言うのよ」


「伊吹だと自分の都合のいいようにしか書かないから」


「信用ないねえ」


「そういえば、今思いだしたんけど、俺もけっこうリエには意地悪されてたな」


「小さい頃は、よく豹雅と一緒に行動してたからね。きっと、リエちゃんにとって兄さんは目障りな存在だったのよ」


「そう、か」


「残念そうだね」


「いや、別に」



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