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三浦さんの話。

○月×日 どんより曇り



 さっきねー、変な人に会ったのさ。顔はいいんだけど、なんか変な人。変な人って言っても、変質者的な危険人物って意味じゃなくて、なんかあ、変なの。


 ちなみに今何してるのかって言うと、もちろんこれ、日記書いてんだけど、明日の英語の小テストの勉強してたんだー。

 

 真面目だねー、えらいよねー、俺……とかいって、実はこの小テスト、追試なんだけどさ。七十点はとらないと、早朝と放課後のダブルで一週間の補習受けなきゃなんないから、気合い入れて勉強しないと。


 かと言って、家だとなかなか集中できないしー、勉強してるとこマザーに見られて怪しまれるのもやなんでね、ファミレスにきてまーす。勉強の息抜きに、これを書いてるってわけさ。


 で、今から書くことは、つい今しがたまで隣の席に座ってた顔はいいけど変な兄さんから聞いた、だいぶ変な話。


 題して『三浦さんの話』、とでもしとこうかね。


 席に案内されたとき、隣には二人の男がいた。手前の席のヤツは、俺と同じかもう少し上くらい。たぶんいっても二十歳くらい。どこにでもいる、ありふれた平凡な大学生って感じ。おまけつけて、平凡な「貧乏」大学生でもいいよ。


 こっち側向いてたヤツは、パッと見中学生くらい。きっと女の子からかっわいい~なんて言われるタイプ。アイドルみたいな、可愛いけど、イケメンってーのかなー? そんな感じの顔してんの。雰囲気がちょっと豹くんに似てた。


 あ、でも髪の毛は明るい茶色だし、ピアスつけてたから、やっぱ高校生くらい? なんて考えてたら、茶髪の少年と目があって、ニコっと笑いかけられたんだー。つられて笑顔を返したくなるような、人懐っこくて愛くるしい感じの笑い方。ファストフードなんかの店員だったら、無駄にスマイル頼みたくなる、いい笑顔だったよー。


 で、俺は二人の隣の席に座って、英語の小テストのお勉強を始めました。店内はそんなに客もいなくてうるさくなかったから、一人の時はいつもしているヘッドホンも、その時はしないで。だから、別にそのつもりはなかったんだけどー、二人の会話が耳に入ってきちゃってね。


 それはおまえの集中力が足りないからだなんて、意地悪は言わないで。一度、耳に入っちゃうと、聞かないようにしようと思ってもなかなか難しくて、結局、ずっと話に耳を傾けることになって、今の時点であんま勉強出来てないんだから。


 ま、それはさておき、ちょっとびっくりしたんだけど、二人の男、俺の認識では貧乏大学生とアイドル高校生ね、話を聞いてたら実はアイドル高校生の方が貧乏大学生より歳上だったみたいで。


 その証拠に貧乏大学生がアイドル高校生のことを「三浦さん」て呼んで、敬語で喋ってた。アイドル高校生は貧乏大学生を「岬くん」て呼んで、タメ口だったし。岬くんとやらは「お仕事は順調ですか?」なんて言ってたし。


 アイドル高校生は、アイドル社会人だったんだよ。絶対年下だと思ってたのに!


 中卒で就職した? って考えも浮かんだけど、三浦さんとやらが高校の同窓会の話を始めたから、それもないみたい。


 俺と豹くんが二人でいると、俺が兄貴で豹くんが弟に間違えられることがあるけど、なんとなく、間違える方の気持ちがわかった気がする。見た目で年齢判断するのって、難しいのな。俺らの場合はあんまり関係ないかもだけどー。


 で、本題。俺が書きたかったのは、三浦さんの高校の思い出話なんだ。


 三浦さん、本人いわく、特殊な性格ゆえに幼い頃から友達がいなかったんだって。これまでの人生で出来た友達は二人だけ。


 一人は、目の前に座る貧乏大学生の岬くん。ちなみにこの二人は同じアパートの住人らしいよ。


 もう一人は、高2の時のクラスメイトの女の子。「やまだはなこ」さんという、陰気で地味な女子だったって。


 銀行の振り込み用紙とか何かの申込書とか、名前の記入例に「山田花子」とか「山田太郎」とか書かれてることがあるけど、その山田さんは「花子」じゃなくて「華子」って名前だったって。


 その山田さん、地味で暗いわりにやることは大胆で、なんと、飛び降り自殺の常習犯だったんだって。いつでもどこでも、とにかく高いとこを見つければ飛び降りて、でも死に至るまでにはいかず、いつも未遂に終わってた、だから常習犯。


 酷いときは意識不明の重態で、1ヶ月くらい昏睡状態のときもあったって。それでも彼女は最後まで飛び降りることをやめなかったっていうからすごい根性だよねー。


 同じ学校の生徒は彼女のことを、狂ってるって言ってたって。悪いけど、俺もそう思った。の反面、何度飛び降りても死なない(死ねない?)なんてゴ◯ブリ並みな生命力に感心もした。


 三浦さんが彼女にあったのは、高2の4月、例の昏睡状態から回復した時。


 3月に飛び降りて、新学期が始まってからようやく目が覚めた彼女を、新クラスの生徒が毎日交代で見舞いにいってたらしいんだ。


 その日は三浦さんの番で、三浦さんは小さな花束と学校で配られたプリントを持ってお見舞いにいった。病室の彼女は、本当はすでに死んでるんじゃないかと思うくらいに静かに眠ってたって。三浦さんが近づくと、彼女はうっすらと目をあけ、刺々しい声で「誰?」と訊ねた。


「はじめまして。クラスメイトの三浦です。お見舞いにきました」


「そう」


 彼女は目を閉じて「プリントならその辺に置いといて」って、そっけなく言ったって。


 「用がすんだらさっさと帰れ」って意味だったんだろうけど、三浦さんはプリントをベッド脇の戸棚の上に置くと、近くの丸椅子を持ってきて座り込んだらしい。


「あのさ、」


 気配に気付いたのか、めんどくさそうに目を開いた彼女に、言ったって。


「何で飛び降りるの?」


 そりゃ気になるよね。失敗してもめげずに、何度も何度も挑戦して、何でそんなに死にたがるのか。


「何だっていいでしょ。あんたには関係ない」


 やっぱり彼女の答えは素っ気なかった。


「でも興味がある」


「他の奴らも同じこと聞きたがったわよ。あんたと違って、自分の好奇心を正当化するように『死んじゃ駄目だよ』『悩みでもあるの?』なんて、さも心配してますみたいなふりして、心にもないことほざいてやがったけど」


 山田さんてけっこうキっツい性格だよねー。まるで誰かさんみたい。


「誤解しないで、俺は別に君の心配をしてるわけじゃないよ。お節介かもしれないけど、やり方変えた方がいいんじゃないかなって思って」


「何言ってんの?」


 俺も、この人何言ってんのー? って思った。たぶん三浦さんの話を目の前で聞いてた、岬くんも同じこと考えたと思う。


「一番失敗しない自殺の方法って、拳銃で延髄ぶち抜くことなんだって。知ってた? あとは水気のいっさいないとこで焼身自殺とか。練炭なんかを使った集団自殺なんかもニュースで聞くよね。線路に飛び込むってのもありだし」


「だから何?」


 ベッドから半身を起こし、山田さんはイライラした口調で再度訊ねた。


「だからさ、死にたいなら方法なんていくらでもあるじゃん。何で飛び降りにこだわるのさ? 飛び降りては失敗して、飛び降りては失敗しての繰り返し。言っちゃ悪いけど、ただでさえよくない容姿が、飛び降りのしすぎで、ますますひどい、目も当てられない顔になっちゃうよ?」


 そんなことを女の子に(しかも初対面で)平気で言えちゃう三浦さんはある意味すごいなーと思う。


 そんな暴言を吐かれながら、怒りもせず、「あんた面白いね」って妙に感心したように頷いたっていう山田さんもかなりの大物だけど。


「別に死にたいわけじゃないのよ」


「じゃあ、飛び降りが好きなの?」


「違う」


「理由もなく飛び降りてるわけ?」


「理由はある」


 山田さんは布団のカバーをぎゅっと両手で握りしめ、そっぽを向いて、


「でも、言ったってきっと信じない」


「そんなの言ってみないとわかんないじゃん」


「さっきも言ったけど、昨日まであたしの病室に来てた連中は、『どうして飛び降り自殺なんてするんだ』ってみんな同じこと聞きたがった。『言ったって信じないよ』っていうのに、『そんなことない、信じる』って。だから教えてやったのに、結局、誰一人として信じなかった」


 「信じる、て言葉を信じたあたしが馬鹿なんだろうけどね」と山田さんはめんどくさそうに言って、三浦さんに目を向けた。


「自分の中で区切りをつけたの。十三人に話して、信じてもらえなかったら話すのやめようって」


「じゃあ、俺は十四人目なんだ?」


「そういうこと」


 三浦さんが残念そうに肩をすくめると、山田さんは少し考える素振りを見せた。


「……でも、もう一人くらいになら話してもいいかって、気持ちになってきた。あんた面白いから、もしかしたら昨日までの奴らとは違う反応が見れるかもね」


 山田さんはそこではじめて、表情を和らげ、微笑んだらしい。


 でも、山田さん、飛び降りの理由をすぐには教えてくれなかったって。


「条件がある」


「条件?」


「あたし、明日で退院するの。だから明後日から一週間でいい。あたしと友達になってよ」


 期間限定の友達とはまた妙なこと言う、山田さん。


 「どうしてそれが条件なの?」とか「何で一週間だけ?」とか、訊ねることは色々あると思うんだけど、三浦さんは、


「いいけど、俺、今まで友達っていたことないから、具体的に何すればいいのかよくわかんないんだけど」


 だってさ。


「友達って、何するの?」


「……そりゃ、一緒に行動したり、色々話したり、遊んだりするんでしょ、たぶん」


 その時の山田さん、少し自信なさげだったっていうから、山田さんも友達いたことないのかもねー。


「色々話すって何を? 遊ぶって何処で?」


「それは、ほら、昨日見たテレビのこととか、自分の趣味とか、好きな人のこととか。遊ぶのだって、学校帰りに公園とかカフェとかカラオケとか買い物とか、寄り道したり、色々あるじゃない」


「俺、テレビとかあんまり見ないんだ。趣味っていう趣味もないし、好きな子もいない。カフェとかカラオケなんか行ったことないし、買い物だって滅多にしない。ああ、でも公園は犬の散歩でよく行くな……そうだ、じゃあ一緒に犬の散歩でもする?」


 山田さんはなんだか疲れたようにため息をついて「何でもいいよ」って少し投げやり気味に言ったそうだ。


 山田さんが退院してから、三浦さんは約束通り山田さんの「友達」になったつもりで一緒に行動し始めた。


 朝は待ち合わせをして一緒に学校に行き、移動教室の時は一緒に動き、昼休みは一緒にご飯を食べ、帰りはもちろん一緒に帰ったって。


 二人は連れ立って三浦さんの家に行き、三浦さんちの犬の散歩を兼ねて公園に行った。共通の話題がないから、会話に困った時は山田さんお手製のくじを引いて、そこに書かれていたお題に沿って話をしたって。


 冗談みたいだけど、三浦さんがそう懐かしそうに話していたから、本当のことなんだろうねー。


 日が暮れるまで公園で過ごすと、三浦さんは山田さんを家まで送り、「それじゃあ、また明日」と挨拶を交わして別れ、二人の一日が終了するらしい。 


 なんていうか……なーんか……なんかだよねー、うん。


 うまい言葉が見つからないんだけどさ、二人はそれで楽しかったのかね?


 山田さんがどういうつもりで三浦さんに友達になってって言ったのかは知らないけど、それで満足だったのか?


 と思ったら、


「でも、そんなことしてたのも最初の二日だけで、残りの五日は山田さんのリクエストであちこち遊びに行くようになったんだよ」


 ああ、やっぱり山田さんつまらなかったんだ。


「まぁどこに行っても、結局会話は弾まないから、カフェに行って四時間ぐらい○×ゲームやったり、カラオケに行って歌も歌わずにしりとりしたりして時間潰してたんだけどさ」


 それって遊びに行く意味あるのかね?


 山田さんと三浦さんがどんな話をしたのかは、あまりわからなかった。向かいの岬くんが「お二人はいつもどんな話をされてたんですか?」と聞いてくれたんだけど、「さぁね、記憶に残らないようなほんっとにくだらないことだよ」って言ってた。


 まあ、そんな何年も前に一週間だけ過ごした友達と何を話してたかなんて、いちいち覚えてるわけないよねー。


「一つだけ印象深いことがあってね。七日目、友達期間の最後の日。二人でデパートの屋上にある小さな遊園地みたいなとこに行ったんだ。俺が山田さんの姿を見た最後の日なんだけどね」


 三浦さんの話によると、その日は薄曇りの肌寒い日だった、ような気がするって。


 自分から行きたいって言ったのに、山田さんは乗り物に乗るでもなく、ベンチに腰掛け、ただぼーっと人気のないミニ遊園地の遊具たちを眺めていたそうだ。


「今日で友達期間も終わりだね」


 三浦さんがそう言うと、山田さんは無言で頷き、おもむろに、


「あたしはここに落されたのよ」


 と静かに口を開いたって。


 いつも俯きがちな山田さんが、この時初めて、三浦さんの目を真っすぐ見たと言っていた。


 それから山田さんは、三浦さんに言ったそうな。


 自分は天使なんだと。


 でこの時俺は、思わず飲んでたジュース吹き出しそうになって、慌てて飲み込んだら、変なとこに入っちゃって、さらに焦った。


 あそこでむせなかったのは、奇跡だといっても過言じゃないね。人様の変な思い出話を聞いてる時に、ドクターペッパーなんて飲むもんじゃない、勉強になったよー。


 平日の夕方、人気のないデパートの屋上のミニ遊園地で山田さんが三浦さんに聞かせた話。


 山田さんは元・天使だったらしい。


 だけど、何か問題を起こして神の怒りを買い、天使としての力を封じ込められた上、人間の身体に閉じ込められ、地上に落とされたんだって。


 それから三年、謹慎もとけて天界に帰ってもよいとお許しが出たんだけど、迎えが来るわけでもなく、自力で戻ってこいと言い渡された。


 自力。それがすなわち飛び降り。高いところから飛び降りて、身体が地面に到達する直前、その一瞬のタイミングで、人間の肉体を捨て、本来の姿へ戻らなくてはいけない。


 イメージ的には脱皮みたいなものなのかなって思ってたんだけどー、三浦さんの話を聞いてると、どうもそんな単純な問題じゃないみたいで。


 人間の体を捨てるってことは、人間の自分、「山田華子」っていう自分をまず殺さなきゃいけないんだって。


 次に目を覚ました時、目の前に自分の……自分だった人間の死体があれば、人間の肉体と天使である自分をうまく切り離せたことになるそうだ。


 ――ごめんね、なんかわかりにくいよね。俺も自分で書いてて何が何やら意味がわかんない。話が全然理解できてないんだわ。


 で、天界に戻るには期限があるらしくて、だから山田さんはところかまわず飛び降りて、なんとか空へ帰ろうとしてたってわけ。


 そんでもって、一週間限定の友達っていうのは、天界に戻る前の、最後の思い出作りだったんだってさ……これが本当の話だって、誰が信じるってねぇ?


「頭のおかしな女だと思ったでしょ?」


 山田さんは口元にうっすらと笑みを浮かべ、自分で自分のことを嘲笑うみたいに言ったって。


「信じられないよね、こんな話」


 視線をそらし、山田さんは三浦さんをもう見ようとはしなかった。


「信じるよ」


 それでも三浦さんは山田さんのことをじっと見つめて言葉を返した。


「ていうか、何でもっと早く言ってくれなかったのさ! 君が天使だってわかってたらもっと色んな話を聞きたかったのに。それに期限のことだってちゃんと説明してくれれば、思い出作りにもうちょっと楽しいとこ連れていってあげられたのにさぁ」


 残念だった、ひじょーに残念だった、と三浦さんはため息をつきながら言ってたよ。


「三浦くんにとって初めてできた友達がこんな頭のおかしな女だなんて、なんだか申し訳ないね」


 山田さんは相変わらず自嘲気味な口調だった。


「そんなことないって。むしろ光栄だよ。初めてできた友達が飛び降り自殺未遂常習犯な女子高生、その正体が天使様だったなんてね。まさか自分の人生で天使様に会える日が来るなんて思わなかったよ」


 「それ以外の者ならけっこう頻繁に会うんだけど」と三浦さんはなにやら怪しげなことを口にしていたような気がするけど、それはまぁ置いといて。


「ねぇ、山田さん。一週間なんて言わないでずっと友達でいようよ」


 この発言には山田さんもびっくりしたみたいだ。


 俯きながらも三浦さんの方を見て、


「あたしが言ったこと、本気で信じてるの?」


「信じるよ」


「何で?」


「何でって。だって山田さんが言うんだから本当の話だろ? 十三人に話して信じてもらえなかった話。もう話すのやめようと思ってたところで、十四番目に現れた俺にだけ別の話して嘘ついたって仕方ないじゃん」


「そうかもしれないけど」


「俺は山田さんの話を信じる。でも、もし、それが嘘だったとしても、そんなぶっ飛んだこと思いつける人ってなかなかいないと思うし、面白いと思うよ。それにさ、せっかく知り合ったのに一週間で友達やめちゃうの、やっぱりもったいないじゃないか。山田さんは郷里に帰っちゃうけど、会おうと思えば会えないことはないんだろう?」


 山田さんは一瞬哀しそうな目で、三浦さんを見たけど、またすぐに目をそらした。


「三浦くんて、面白い人だと思ったけど、どっちかって言うと、変な人だね」


「よく言われる」


「でも、いい人だよ」


「それは言われたことないな」


「ありがとね。一週間付き合ってくれて」


 山田さんは鞄を取ると、「先に帰る」と言って足早に歩き出した。


「山田さん。もし出来ればだけど、俺、人間じゃない君も見てみたい。もし無事に天使に戻れたら、会いに来てよ。あっちの世界に戻る前に、もう一度」


 屋上のドアを出るまで一度も、山田さんは振り返らず、立ち止まることもしなかった。


 そしてその翌日、三浦さんは、朝のHRで山田さんが亡くなったことを知ったそうだ。


「期限の最終日だったからね。きっと帰り道の何処か手頃な陸橋とかから飛び降りたんじゃないかと思うんだよ」


「……初めて出来たお友達が亡くなられたとあっては、三浦さんもさぞお辛かったでしょうね」


 重々しく喋る岬くんと対照的に、三浦さんは、


「ぜーんぜんっ。彼女、山田華子さんの肉体はなくなってしまったけど、彼女は天使なんだから、死ぬわけないじゃない?」


 なんて、てんで軽い調子でけらけら笑いながら話すもんだから、思わず顔をしかめちゃったよ。


 だってさー、いくら一週間とはいえ初めて出来た友達が会ったその日を最後に亡くなったんだよ? 悲しみに打ちひしがれるまではいかなくとも、なーんか心に感じることくらいあんじゃないの? って思った。


「それにね、山田さん、一応、俺のリクエストにこたえてくれたんだよ」


 山田さんの告別式にはクラス全員で行ったそうだ。


 でも、三浦さんはお線香をあげる気になんてなれなくて、一人でそっと抜け出したって。


 最後に山田さんと話をしたデパートの屋上のベンチに座って、ぼーっとしていたら、ふいに影が落ちた。


「お線香くらいあげてくれたっていいじゃない」


 後ろから声がして、三浦さんはゆっくりと首を回した。


「見ないで」


 鋭く言われて、また前を向いた。


「人間に姿を見せるわけにはいかないの。だから声だけで我慢して」


 つい昨日まで聞いていたんだから間違えっこない。それは山田さんの声だったって。


「山田さん」


「その呼び方は正しくないわね。今の私は人間・山田華子じゃないの。彼女は死んだのだから」


「でも俺は、君の本当の名前を知らないから」


「そうか。なら仕方ない」


 天使はクスクス笑ってた。


「約束が違うじゃないか」


「約束はしてない。三浦くんが一方的に、見せてって言っただけでしょ。でもこうして会いに来たんだから、半分は守ったじゃない」


 それもそうかって、三浦さんは納得して、


「おめでとう。見えないけど、元の姿に戻れたみだいね」


「ありがとう。かなりギリギリだったけど、なんとか間に合った」


「天使の姿はきっと綺麗なんだろうね、地味で陰気な山田さんとは大違いな」


「やめてよ。私だって好きであんな姿をしていたわけじゃないんだから」


 天使はムッとした口調で言って、後ろから手を差し出した。白くて綺麗だったけど、普通の人間の手と変わらなかったって。わざとそう見せていただけかもしれないって。


「三浦くんとは、これでお別れだよ」


 三浦さんは頷いて、前を見たまま、天使の手を握った。


「一週間、お世話になりました。本当にありがとう」


「どういたしまして。あっちに戻っても頑張ってね」


「うん」


 天使の手に力がこめられる。


「……本当のこと言うと、私、自分からここに降りてきたようなものなんだ」


 神の怒りをかい、地上に落された話は嘘だということ。


「かっこわるいから言えなかったんだけど、私、暇つぶしに下界を見ているときにある人間の男の子に恋をしたの。だから神の目を盗んで何度も地上に降りようとしたんだけど、その度に見つかって連れ戻されて。とうとう3年前、お怒りになった神に天界を追い出されちゃったんだ。よりにもよって地味で陰気な人間の肉体に閉じ込められて」


 人間に恋をした天使。ありがちな話だよねって三浦さんは笑っていたけど、本当にそうかな?


「それで、その男の子とはどうなったの?」


「もちろん玉砕よ。というか、上で見ているときはとても素敵に思えたのに、いざ近くで見たら想像してたのと全然違って、幻滅しちゃったんだ」


「そんなもんだよ」


「そんなもんだね。この世界も。上で見ているときはとても綺麗で楽しそうに見えた。でも実際はそんなにいいもんじゃなかった。遠くから眺めるのと近くで見るのじゃ全然違う……って思ってたのになぁ」


 ふぅーとため息を吐き天使はうなだれる。


「皮肉なものよね。この三年間、早く帰りたくて仕方なかったはずなのに、最後の思い出作りをしたせいで、やっぱりもう少しここにいたいなって思うだなんて」


 「あの時、山田さんはきっと切なそうな顔で俺のこと見てたと思うんだよね」、と三浦さんは言ってた。


「もう少し早く、三浦くんに会えればよかったのに」


「そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」


 三浦さんはそんな彼女に諭すようにゆっくりと語り掛けたって。


「でも君は天使なんだから。人間じゃないんだから。ここにいちゃいけないんだろう?」


 手に力をこめて、


「空へおかえりよ。三年越しの願いを、一時の気の迷いで無駄にしちゃあ駄目だよ。大丈夫。離れてたって僕らはずっと友達さ」


 三浦さんの心からの言葉。


 天使は手を離して、息を吐いた。


「初めて出来た人間の友達が三浦くんでよかったよ」


「俺も初めて出来た友達が天使で光栄だよ」


 「さようなら。元気でね」の言葉を最後に、山田さんの声は聞こえなくなった。


 そっと後ろを振り返ったけど、もうそこには誰もいなかったって。


「とまぁ、これで俺の昔話は終わりなんだけども、どうだった?」


 三浦さんの質問に、岬くんは答えない。


 本気なんだか冗談なんだかよくわからない、本物のおとぎ話みたいな思い出話に感想を求められても、なんて言っていいのかわかんないよねー。


「日記のネタにはなったかな?」


 え、と思って、ストローくわえたまま首を隣の席に向けたら、何故だか頬杖をついた三浦さんが目を細めて、楽しそうにこっちを見てた。


 予想外の展開に口に含んだドクターペッパーを三浦さんの顔面に吹きかけるとこだったよ! まじで!


「兄弟で交換日記だなんて素敵だね」


 素敵というなら三浦さんの笑顔の方がずっと素敵だったけど。


「いつまでも仲良くね。さあ、もう行こうか」


 後半は、俺と同じように、展開についていけず口を半開きでポカンとしてる岬くんに対して言った言葉だった。


「縁があればまた会おうね。それじゃ」


 ひらひらと手を振りながら三浦さんはさっさと歩いていく。


 一歩遅れた岬くんは、我に返るとあたふたと荷物をまとめ、何でか俺に軽く頭を下げてから、三浦さんを追い掛けていった。


 一応書いとくけど、この日記を書いてる『今』は、三浦さんと岬くんが帰ったあとのこと。


 ぶっちゃけると、俺、三浦さんに言われるまで交換日記のことすっかり忘れてたんだー。


 三浦さんの話だって、偶然聞こえただけだし、日記のネタにしようだなんて考えもしなかった。


 それなのに、あの人、三浦さん、なーんで俺らが交換日記をしてること知ってたんだろうねー?


 また会おうとか言ってたけど、どういう意味だったんだろう?


 何だか変な人に関わっちゃった気がするなー。


 そんな、今日の出来事でした。はい、おしまい。


 勉強は全然出来なかったけど、日記は書けたから、よしとして。


 腹減ったから、今日はもう帰る。


 夕飯なんだろなー?





「三浦さんは、声を聞いただけで、天使の山田さんの姿は見てないんだよね?」


「そうみたいだね」


「じゃあ、山田さんが本当に天使だったかどうかは、わからずじまいなんだね」


「そもそも、その三浦って人の話が本当かどうかもわかんないじゃん。胡散臭いよ」


「気になるわね」


「確かに気になるな」


「変な人に興味持たないでよ。とくにお姉は」


「だって伊吹の話だと、三浦さんてとても素敵な方だそうじゃない。会ってみたいと思うのは乙女として当然のことでしょ」


「俺は三浦さんよりも、ドリンクメニューにドクターペッパーが入ってる、その店が気になる」


「そっちかい」


「さすが、ハツ。目のつけどころが違うよね」


「じゃあ、今度みんなで行こうよ。もしかしたら三浦さんに会えるかもしれないしー」


「楽しみね」


「楽しみだな」


「ドクターペッパーって、そんなおいしいとは思わないけどな」


「あたしはごめんだわ。なんかめんどくさいことになりそ」


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