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日常小話・リーダーは誰だ⁉︎

萬屋家・日常の一コマ。


長男のストライキに慌てる(?)四人。


日曜日の朝8時。


休みの日はいつも昼近くまで寝てるハツが珍しく早起きしてきた。


みんなびっくりし過ぎて、ご飯を食べる手を止めたくらい。


ハツの顔は、爽やかな秋晴れの朝に似合わず、疲れた色をしてた。


「おはよう、初亥。こんなに早くどうしたの? 具合でも悪い?」


レンがハツを隣に座らせる。顔を覗き込んだり、額に手を当てて熱を測ったり。


「昨日、よく、眠れなくて」


寝起き特有の低い声で、ボソボソっとハツは言った。


「ご飯食べる? 食べられる?」


「食べる」


ハツはこっくり頷いて、そのまま座卓の上、自分の腕を枕にして顔を伏せる。レンは心配そうな様子を見せながらも、台所へ向かった。


ハツとレンのやり取りは、まるで小さな子どもとお母さんみたい。


というか、寝不足気味ならこんな早く起きなきゃよかったのに。


「はっちゃんがこんな早く起きるなんてさ、今日は槍が降るかもしんないねー」


いっちゃんが、ケラケラ笑いながら言った。


「お椀持ったままふざけんな」


お行儀の悪いいっちゃんを、ジュリーが咎める。でも、そう言うジュリーも、いっちゃんに箸の先を向けているけど、それってどうなんだろ。


「つーか、槍なんて降るわけねーし」


「冗談に決まってんじゃん。本気にしたの? バカだねー、じゅりじゅり」


「そいつは失礼。伊吹は救いようのないお馬鹿さんだから、本気で槍が降ってくるって信じてんじゃないかと思った」


ジュリーの嫌味に、いっちゃんはムッとしたように眉を寄せる。でもすぐに、作ったようなか弱い声で、


「はっちゃーん、じゅりじゅりがいじめるー。叱ってやってよー」


「いじめてねーし。告げ口すんなし」


「いじめじゃん。俺、何も悪いことしてないのに」


「何にも悪いことしてないだなんて、よく言えたもんだな」


テーブルに箸を叩きつけるように置いて、ジュリーはいっちゃんを睨み付ける。


「昨日のこともう忘れたのか、鳥頭」


「昨日? 何かあったっけ?」


本当に忘れてしまったのか、いっちゃんはキョトンとしてる。


そんないっちゃんの態度に、ジュリーの怒りは増幅された。舌打ちして、口を開きかけたところ、僕は慌てて、


「ほら、いっちゃん、昨日、ジュリーと喧嘩したでしょ? コップのことで。それだよ」


と、口を挟んだ。


昨日の夕方の話。ジュリーが女子部屋でくつろいでるときに、いっちゃんが突然入っていって、畳の上に置いてあったコップを蹴飛ばすという事件(?)があった。


ジュリーはノックもなく勝手に部屋に入ってきたことと、コップを蹴飛ばしてお茶を溢したことを怒った。


いっちゃんは、部屋にジュリーがいるなんて思ってなかったし、コップを畳の上に置いてあったのだって知らなかった、大体にして、開閉式のドアじゃないのに(男子部屋も女子部屋も障子)ノックするなんて変だし、コップを下に置いとく方が悪いんだよ、と反論した。


頭に血が上りやすいジュリーはいっちゃんにくってかかり、いっちゃんもいっちゃんで応戦したから、いつものくっだらない姉弟喧嘩が勃発。


なんとかかんとかおさまって、二人まとめてレンに怒られてたけど、ジュリーは納得いかないって顔をしてた。


さっきからやけにいっちゃんに突っかかるのも、昨日のことを引きずってるからなんだろう。


「えー、それなら昨日、ごめんね、って言ったじゃん」


「言ったんじゃない、お姉に言わされたんだろ」


「でも、じゅりじゅりだって、俺に、ごめんね、したじゃん。言ったんだか言わされたんだか知らないけど、お互いに謝ったんだから、それで済んだ話」


「済んでない。あたしは悪くないのに、何であたしがおまえに謝らなきゃなんないんだよ。ワケわかんない」


「ちっさいなー、本当にちっさい。体ばっかりでっかくなっちゃって、全然中身がともなってないなー、じゅりじゅりは」


「おまえに言われたくねーよっ!」


ジュリーが拳でドン! と座卓を叩く。今にも胸ぐらつかみ合って激しい殴りあいが始まるんじゃと、ヒヤヒヤしていたら。


「あのさ、」


ゆっくりとハツが顔を上げて、ボソッと低い声で言った。


ジュリーもいっちゃんも、口を閉ざし、動きを止めて、ハツに注目する。


「俺、お兄ちゃんやめることにしたから」


「え?」


「は?」


「なに?」


「そういうことで」と、それだけ言って、ハツは今度は畳の上にコロンと横になった。


僕らに背中を向けて、胎児みたいに身体を丸める。


ハツの突然の、しかも謎の発言に、僕らはどうしていいかわからず、しばし固まった。


で、こういう時、一番早いのはやっぱりいっちゃんだ。


くるっと体を反転させると、台所へ向かって、


「はっちゃんご乱心! 殿中でござる!」


と叫んだもんだから、ジュリーの表情が、「どうしよう」という困惑したものから、「何言ってんだ、こいつ」という白けたものに変わっていった。


たぶん、僕も同じような顔になってたと思う。


しばらく待っても反応がないと、いっちゃんは「あれ?」と独りごちながら、もう一度、


「殿中でござる!」


と、さっきよりも大きな声で叫んだ。


それでも反応がないと、台所へ向かっていって、


「はっちゃんご乱心! 殿中でござる! て言ってんじゃん。何ですぐ来てくんないの?」


「だってお味噌汁温めてるんだもの。火を使ってる時に離れるわけにいかないでしょう。それに、殿中でござる、て、ここは、殿中じゃありません。言葉の使い方間違ってる」


なんて会話が聞こえてきたから、レンといっちゃんが戻るまでにはまだ時間がかかりそうだ。




温め直した味噌汁と、ご飯とおかずをお盆にのせて、レンが戻ってきた。


「それで、初亥がご乱心て、どうしたの?」


食事を並べてやりながら、本人に直接訊ねるも、ハツは横になったまま動かない。


代わりにジュリーが説明をする。


「初兄が、急にお兄ちゃんやめるとか言い出して」


「急に?」


「急に」


「何のきっかけもなく、本当に、急になの?」


レンの真ん丸い目に見つめられ、ジュリーはたじろぎながら、


「……その前に、伊吹と、ほんのちょっとだけ、言い争いしてたけど」


「ほんのちょっとだけ」がポイントらしく、ジュリーはそこを強めに言った。


でも、レンにはそんなの通用しない。眉をひそめて、「また」と険しい顔をする。


「言っとくけどー、俺は悪くないからね」


「そう言う場合は、大抵伊吹が悪いことが多いけれど?」


「そんなことはないよ。ね?」


「なーにが、ね、だよ。おまえが悪くないことなんてねーだろ」


「何かその言い方だと、いつも喧嘩吹っ掛けるのは俺みたいなー、俺が全部悪いみたいなふうに聞こえるんですけどー」


「事実、その通りだろ」


「そんなんいちいち覚えてないし。でも、今日のは、本当に俺、悪くないからね。昨日のこと、うだうだ言って、突っ掛かってきたのじゅりじゅりなんだからさ」


「はぁ? あたしがうだうだ言う原因作ったのはおまえだろうがよっ」


「やめなさい。何なの日曜日の朝から、ましてや食事中に喧嘩なんかして」


「「だって、こいつが!」」


ジュリーといっちゃんのユニゾンに、レンと一緒に関係ない僕までため息をついてしまう。高二にもなって何なんだろうこの幼稚さは。いや、それはとりあえず置いておいて、


「ねえ、今はハツの話をしてたんじゃないの?」


僕の言葉に、睨みあってたジュリーといっちゃん、呆れ顔のレンがハッとして、寝転がるハツの側へ集まる。


「それで、初亥はどうしちゃったの?」


「何か悩んでんの?」


「あたしらでよけりゃ、話聞くから」


三人にそう言われ、ハツは緩慢な動きでこちらに身体を向けた。


「……前々から思ってたんだけど、俺らの間に上とか下、『兄』『姉』とか『弟』『妹』って、必要なのか?」


目だけ動かして、順々に僕らを見る。


「みんな同じ年の同じ日に産まれたのに」


正確に言うと、ハツ・レンの上ニ人と、僕・ジュリー・いっちゃんの下三人は誕生日が違う。日付を跨いで産まれたから。


「お兄ちゃんやめる、ていうのは、初亥はお兄さん扱いするのをやめてほしいって言いたかったの?」


「お兄さん扱い、というか、リーダー扱いをやめてほしい」


これにはレンもびっくりしたみたい。元々大きな目を更に大きくしてた。


個性が強くて、自己主張が激しい、まとまりのない僕らをいつもまとめてきたのは、長男のハツだ。


誰が決めたわけでもないのに、いつからか自然と「どんなことでも、ハツが言うなら絶対」ていう暗黙のルールが出来てたから。


実際、ハツの言うことに間違いはなかったし、時々ハツの忠告を無視して痛い目を見ることがあったし(特にいっちゃんが)。


ハツの「何となく」は僕らにとっての「絶対」「確実」「100パーセント」。


だから、僕らはハツをリーダーとして、ハツの言葉を信じて、道標として生きてきた。それなのに、そんなことを急に言われたら、どうしたらいいかわからない。


「何か、気に入らないことでもあったの?」


レンは心配そうに訊ねる。


ハツは目線をそらし、わざとらしい拗ねた口調で、


「蓮花が」


「私? 何かした?」


「昨日の夜、樹里と伊吹がいつものくだらない喧嘩をしただろ」


突然名前を出され、ジュリーもいっちゃんもドキッとしただろう。


「蓮花が間に入って、ニ人まとめて説教した。そこまではいい」


その後、何があったっけ?


「騒がしいなと思って様子を見に来た俺に、ちょうどいいとばかりに、『初亥からも何か言ってやって』って言ったよな」


「言ったけど?」


レンは訝しげに首を傾げて、それがどうしたの? って顔してる。


「俺が『ニ人が喧嘩するなんていつものことだろ』って言ったら、おまえ、怒って、『それじゃあダメなの。初亥はお兄ちゃんなんだからもっと毅然とした態度でいてくれなきゃ』って返したよな」


「確かに言ったけど」


レン、今度は、でも、そんなことで? って顔してる。


「夕飯の時にも、豹雅が、おかずのレバニラ炒め残したのを俺が食ってやったら、『お兄ちゃんなんだから、そう言うときは、残さず全部自分で食べなきゃダメって言ってくれなきゃ。豹雅のためにならないでしょ』って言ったよな」


「言ったけど、」


レンの表情が曇ってきた。まさか自分に原因があるなんて思ってなかったから、どうしようって顔。


「それに寝る前に、わざわざ俺のとこに来て、『長兄として、リーダーとして、自覚を持って。何でも黙って見過ごせばいいってものじゃないの』なんてことも言ってたよな」


レンは完全に沈黙した。


指をいじりながら、しょんぼりしちゃってる。


「なら、れんれんが悪いんじゃん。れんれんが、はっちゃんに謝って、それで終わり。それでいいんでしょ?」


しれっと言ういっちゃんを、ハツはギロリと音がしそうな勢いで睨みつける。


「……俺は別に蓮花一人に原因があるなんて言うつもりはない。日頃のおまえたちの行動を見ているとな、俺のことをリーダーだからって頼りすぎなんじゃないかと思って……宿題が終わらなきゃ俺を頼り、テスト勉強が間に合わなさそうなら俺に山を張れと言い、嫌いな食べ物は俺に押し付け、図書館に行くなら方向が同じだからついでにDVD返してきてと申付ける……言い方が悪いが、おまえたちは、俺を都合のいいように利用してないか? ついさっきだって樹里と言い争いになった伊吹が、俺に助けを求めてきたしな。もう少し自分のことは自分でなんとかしようとかは思わないのか?」


「あれはそんなつもりじゃなかったんだけどー」


いっちゃんは口を尖らせる。でもすぐに気を取り直したように、


「ま、いいじゃん。はっちゃんがお兄ちゃん、てか、リーダーやめたいって言うなら代わりのリーダーたてれば」


「ちょっと待ってよ、これ、そういう問題じゃないでしょ」


僕の言葉も何のその、いっちゃんは、「リーダーやりたいひとー。はーい!」と自分で呼び掛けて、自分で挙手している。


「誰も立候補しないなら、俺がリーダーになっちゃうよ?」


「何言ってんだよ、アホの末っ子のくせに」


ジュリーはいっちゃんの腕をつかんで無理やり降ろした。


「じゅりじゅり、はっちゃんの話聞いてた? はっちゃんは、『姉』とか『弟』なんて、みんな同い年なんだから必要ないだろうって言ったんだよ。だったら、今は末っ子扱いの俺が、今日から長兄になって、そんでもってリーダーやったっていいってことじゃん……てか、アホは余計」


「いいわけねーだろ。産まれてこの方十七年、あたしは初兄、お姉、豹兄のことを『兄』『姉』と思って、伊吹のことを『頭の悪い弟』だと思って生きてきたんだ。今更、伊吹のことを『伊吹兄』なんて呼べるわけねーっての」


「だから、頭の悪いは余計だってば」


ジュリーは心底嫌そうにいっちゃんを見るし、いっちゃんはむくれてジュリーを睨む。


「伊吹には悪いけど、あなたじゃ初亥の代わりは務まらない」


黙って二人のやりとりを見ていたレンが、静かに、でもばっさりと言い切った。


「何で?」


「末っ子だから」


「だから、それはぁ、」


いっちゃんが喋ろうとするのは手で制し、レンは言葉を続ける。


「あなたはずーっと『末っ子』の伊吹として生きてきたでしょ。だからその末っ子としての生き方が染み付いちゃってるのよ。甘えるのが上手、人に取り入るのが上手、自由気ままで無邪気、何かやらかしても大抵のことは笑って許してもらえる。悪い言い方になるけど、あなたには、ワガママで自分勝手で自分一番、自分さえよければいいみたいなところがあるの。リーダーは何時如何なる時も、自分のことよりも、みんなのことを一番に考えなきゃいけない。初亥はそれが出来た。伊吹には出来る?」


的を射た指摘にいっちゃんは、ぐぅの音も出ない。


面白くなさそうな顔をしながらも、「出来ないけどー」と素直に認めた。


「でも、悪いところばかりじゃない。底無しの明るさと元気さ、素直すぎるくらいに素直なところ、無邪気なところ、それは伊吹の長所よね。伊吹がいると、家の中が明るくてにぎやかで、とっても楽しいもの」


「そう? そうかな」


さすが、長女。アメと鞭の使い方がうまい。むくれてたいっちゃんの顔が、ぐにゃあ、と、だらしなく歪む。褒められて喜ぶのはいいけど、ちょっと単純過ぎない?


ジュリーも同じことを思ったのか、うんざりしたように、


「伊吹のことはもういいから。話を戻すけど、伊吹にリーダーが務まらないのはわかりすぎるくらいわかってたけど、じゃあ誰ならいい? って考えたら誰がいいんだろ」


話戻ってないよ、ハツは別に「俺の代わりにリーダーを決めろ」なんて言ってないからね。


そんな僕の気持ちがみんなに届くはずなく、三人の代替えリーダー談義は続く。


「順番で言うと、れんれんなんじゃないの」


つい今しがたまでむくれてたのも忘れて、いっちゃんはレンをリーダーにおしてきた。


途端にジュリーから、「それは駄目」と待ったが入る。その提案に、思わず僕も「反対」と言っちゃった。


「何で? れんれんの何処が問題?」


レン本人よりも、いっちゃんの方が納得いかなさそうに訊ねてきた。


「レンはしっかりしたお姉ちゃんだけど、はっきり言って、口うるさすぎ」


朝は「早く起きなさい、起きたらすぐに顔を洗って食事の準備を手伝って、時間がないんだからせかせか動いて、学校に行くだけなのにめかしこむ必要なんてないでしょ、急がないと遅刻するわよ、忘れ物ないようにね、車に気を付けて行くのよ」。


帰ってからは「手荒いうがいはしたの、宿題はやったの、暇してるなら手伝って、ご飯はちゃんと食べなさい、好き嫌いしないの、早くお風呂に入って、夜更かししてると朝がつらいんだから早く寝なきゃダメじゃない、寝る前にちゃんと歯磨きしなさいね」。


他にもあげればキリがない。


僕はレンの子どもじゃないし、レンは僕のお母さんじゃない。


同じ年に生まれた兄弟なのに、何でそんなに口やかましく注意を受けなくちゃいけないのか。


「今だって朝から晩まで小言のオンパレードなのに、レンがリーダーなんかになったら、拍車がかかるに決まってるよ。終いには、『お姉ちゃんの言うことは絶対でしょ?』なんて言って、色んなこと強制してくるよ」


怒られるかなぁと思ったけど、レンは苦笑するだけだった。


「てーか、それは、れんれんにうるさく言われるようなことをしてる豹くんに問題があるんじゃないの?」


いっちゃんの正直すぎる疑問にちょっとだけたじろいだけど、負けてられない。


「いっちゃんだって、しょっちゅうレンにうるさく言われてるじゃないか」


「うん。でも、俺は『はーい』て良い返事だけして、基本全部スルーしてるから。れんれんの言うこと聞く気なんてさらさらないしー」


レンがいっちゃんの頭を叩く真似をしたのと同時に、ジュリーが口を挟んできた。


「それにお姉がリーダーになったら、絶対に今以上に伊吹贔屓になるもん。そんなの絶対嫌だからね」


ジュリーは僕とは別の理由でレンをリーダーにしたくないらしい。


いっちゃんとジュリーが喧嘩をすると、いっちゃんに原因があっても、100パーセントいっちゃんが悪くても、レンはジュリーのことも一緒に怒るし、ジュリーのことはいっちゃんよりも余計に怒る。


「あなたはお姉ちゃんなんだからもっと寛大な心を持たなきゃ」とか「女の子なんだから乱暴はしないの」とか。


だからジュリーは、いつもレンに怒られた後、ハツに泣きつく。


ハツはいつだって正当性を重視して、ジュリーの味方をしてくれるから。


そういう意味では、ジュリーが一番ハツをリーダーとして頼っていたはずだし、レンがリーダーになって一番嫌な思いをするのはジュリーかもしれない。


でもだからって、ジュリーはレンのことが嫌いなわけじゃない。


レンは良いところは良いと認めて褒めるし、姉として妹のジュリーを可愛がってる。ジュリーもジュリーで、レンのことを姉として尊敬していると思う。たぶん、ハツよりかは下だけど、いっちゃんよりかはずっと好きなんじゃないかと思う。僕がどの位置にいるのかは、よくわからないけど。


「ふーん。れんれんて、意外と人望ないね、嫌われてんね」


いっちゃんの悪気はないけど、心もない言葉に、レンはショックを受けたのか、両手で顔を覆って泣く素振りを見せた。


「馬鹿、おまえは余計なこと言うんじゃねーよ。あたしがお姉のこと嫌いなわけないじゃん、むしろ大好きだから」


ジュリーの大胆発言に、いっちゃんはニヤニヤ笑って「シスコンだー、ユリだー」と茶化す。


ジュリーは拳を振り上げ、いっちゃんを睨み付けた。


「樹里、私のために伊吹を叩くのはやめて」


気配を察したのか、レンは泣き真似をやめて、固い口調でジュリーに命じた。


でもすぐに笑顔を作って、


「人望がないのは仕方ないわね。普段の行いが宜しくないから。でも、樹里に大好きって言ってもらえたから、それで十分」


「良い子の樹里にはキャンディをあげる」とレンはエプロンのポケットから棒付きの赤いキャンディを取り出す。何でそんな物持ってんの。


「ガキじゃないんだから」


なんて呆れたように言いながら、ジュリーはキャンディを受け取る。


「俺も俺も! れんれん、超愛してるし!」


「うわぁ、いたよ、ガキが」


「じゃあ、伊吹にはメロン味のキャンディをあげる」


緑色のキャンディをもらったいっちゃんは、朝ごはんの途中だっていうのに、早速棒付きキャンディを口に含んでる。


そして、黄色のキャンディ(レモン味かな?)を手にしたレンは僕に目を向けた。


「僕は言わないからね」


「豹雅は言ってくれないの?」なんて訊かれたら、気持ち悪くて鳥肌たっちゃうから、先に言っとかないと。


レンは肩をすくめて、キャンディをポケットにしまった。


「私は兄さんみたいに器用じゃないから。皆のためを思ってしたことも、迷惑だったり、不興を買ったりする。みんなから信頼されてこそのリーダーだもの。今の時点で樹里や豹雅が不信感を抱いているなら、私にリーダーは務まらないわね」


「じゃあ、誰にする? じゅりじゅり?」


……別に良いんだけど、何でそこでジュリーの名前を先に出すんだろ。順番でいくと僕なのに。別に良いけど。


「樹里は、ある意味で一番初亥に近いわね。真面目、冷静、勉強はあまり得意じゃないみたいだけど、頭の回転は良いから、いざという時、瞬時に適切な判断が出来る。力もあるし、初亥の言いつけを一番良く聞くし、初亥のことを一番信頼してるし」


自分のことを言われて照れ臭いのか、ジュリーは頬をほんのり紅く染めながら、ぷいっとそっぽを向いた。


「でも、だからこそ心配な部分もあるの。樹里は責任感が強いから、初亥の代わりにリーダーを頑張ろうって一生懸命になって、なりすぎて、空回りして、疲れちゃうんじゃないかって」


「だいじょーぶ。じゅりじゅは、でっかく、図太く出来てるから。ちょっとやそっとのことじゃ折れないって」


褒めてるんだか貶してるんだかわからない、いっちゃんのあっけらかんとした物言いに、そっぽを向いていたジュリーが瞬時に振り返り、いっちゃんの背中を思い切り平手で叩いた。


「訂正。弟の背中をクソ力で引っ叩く、こんな狂暴なメスゴリラにリーダーなんか務まりっこないよ。ね?」


「誰がゴリラだ! あたしがゴリラならおまえは何だよ⁉︎ サルか⁉︎ チンパンジーか⁉︎」


「ゴリラの弟がサルやチンパンジーなわけないじゃーん。ゴリラの弟はゴリラだよ。そんなの幼稚園児だってわかるよ」


てことは、ゴリラの妹と弟を持つ僕もゴリラ?……いやいや、僕らは人間だよ、ゴリラじゃない。


レンは肩を落として、ため息をついた。


「……普段は冷静なのに、どうして伊吹がからむと、こう、すぐにカッカしちゃうのかしら」


「じゅりじゅりが短気だから」


「テメェがあたしの神経逆撫でするようなこと言うからだろっ!」


僕からしてみればどっちもどっちだと思う。


余計なこと言ういっちゃんが一番悪いけど、そんなの昔っからのことで、悪気はないってわかってるんだし、聞き流せばいいのに。


ジュリーが怒って、手を出したり、言い返したりするから、悪いことしてる気がない、いっちゃんが、「何で怒られなきゃいけないの⁉︎」て更に反論して、だからめんどくさくなるのに。


お互いにもっと大人になればいいのに。


「話を戻すけど、そうやって考えていくとー、残るのは豹くんだけだよね?」


いっちゃんの言葉に、三人そろって僕へ目を向ける。じっと見られるのはあんまりいい気持ちしないけど、とりあえずニッコリ笑ってみた。


「……いや、無理でしょ。豹兄には。威厳ないし。ヘラヘラ笑ってるし」


「おまけに優柔不断だしー、力ないしー、統率力もないしー、好き嫌い多いしー、ひょろいしー、頭もよくないしー……あ、でも顔は一番いいか」


「豹雅は我が家のマスコットキャラクターみたいなものだから。リーダーの器ではないわよね」


普段温厚な僕も、さすがにちょっとムッとした。随分と失礼なことを言ってくれるじゃない。


でも、すーはー、と深呼吸して、みんなに問いかける。


「あのさあ、僕、思ったんだけど……ていうか、さっきからずっと思ってたんだけど、そもそもハツは僕ら四人の中から新しいリーダーをたてて欲しいなんて望んでるのかな?」


僕の言葉にみんな目をまんまるくしてる。


「だって、はっちゃん、自分でリーダー辞めたいって言ったんだよ?」


「それって、あたしらの誰かが代わりにリーダーやれってことじゃないの?」


「でも、その前に、『上とか下とか関係あるのか』とか『リーダーだからって頼りすぎ』とも言ってたし、その後に『自分のことは自分で何とかしようと思わないのか』とも言ってたよ?」


いっちゃんとジュリーは意味がわからないらしく、難しい顔をしてる。


「つまり、みんな同い年なんだから、誰が上で下でなんかにこだわらないで、対等な立場で生きなさい、それに伴って、お兄ちゃんだからリーダーだからって、初亥に何でもかんでも頼るのはやめて、一人一人自立しなさい、てことが言いたかったのね」


さすがレンは物わかりがいい。でも、僕は「一人一人自立しなさい」なんて、ハツがそこまで考えてるなんて言ってない。


たぶん、ハツは「都合のいい時だけ、『長男だから』『リーダーだから』て言って、面倒ごと押し付けるのはやめろ。迷惑だ」て言いたいだけだと思う。


「……確かに反省すべき点は多々あるわね。初亥のことはすごく頼りにしてるし、初亥にしても樹里にしても、ついつい『お兄ちゃんなんだから』『お姉ちゃんなんだから』って言ってたもの」


ジュリーも思い当たる節が色々とあるのか、気まずそうにしてる。


いっちゃんはまだあんまりピンと来てなさそう。


「でもさー、はっちゃんを頼るのはしょーがなくない? だって、はっちゃんて本当に頼りになるんだもん。俺ら四人がどんなに頑張ったって、はっちゃん一人分にもならないじゃん」


具体的に何をどう頑張るのか、何を基準に考えて、僕ら四人がハツ一人分にならないのか。いっちゃんの例えはよくわからない。


「今はそうかもしれない。でもね、私たちだっていつまでもみんな一緒にいられるわけじゃないでしょ。いつか離れ離れになる日が来る、一人で生きていかなくちゃならない日が来る。その日のために、今のうちから初亥がいなくても大丈夫なように……それは大袈裟かしら。でも、初亥におんぶに抱っこはやめよう、初亥も辛いだろうし、私たちももっとしっかりしなきゃってことよ」


良いことを言ってるんだけど、ハツが言いたかったこととは、ちょっと違う気がするんだよな。


「それなら、その時に考えればいいじゃん」


行き当たりばったり。いっちゃんはこういうとこ適当で投げ槍だ。


「だって、今、みんなで一緒にいるのに、離れ離れになる日なんて、そんな先のこと考えたくないし、それに、れんれんの話聞いたら、やっぱりはっちゃんの存在って偉大だなあって思ったし」


寝転がったままピクリともしない、ハツに目をやって、


「やっぱ、俺らのリーダーは、はっちゃん以外ありえないよね……でも、俺、はっちゃんが辛いなら、もう少し負担軽減できるよう努力する」


「そう思うなら、まずは樹里との喧嘩の回数を減らさないと」


「ね?」と問われ、ジュリーも力強く頷いた。


「あたしも、努力する。喧嘩しないように、初兄に迷惑かけないように。初兄のこと支えてあげられるように、頑張る」


「豹雅は?」


突然こっちに話を振らないで欲しいな。なんかちょっと論点ズレてるし。でも、今それを言っても聞き入れてもらえなさそうだから、適当に話を合わせる。


「……僕もまあ努力するよ。でも、レンだって、そうだよ。初亥に頼りっぱなしもよくないけど、長女だから、二番目なんだから、お姉ちゃんなんだから、てあんまり偉そうにしないでよね」


「わかってます。何だかんだ言って、一番負担かけてるのは、私みたいだし、今後は気を付けます」


横になったハツの顔をレンが覗きこむ。


「そういうわけで、私たちはやっぱり初亥兄さんにリーダーを続けてもらいたいのだけど、どうかしら?」


ハツは答えない。レンは小さく笑って、振り向いた。


「寝ちゃったみたい」


慣れない早起きなんかしたせいだね。





ジュリーはアルバイトへ、いっちゃんは部活へ、レンは友達と遊びに行くと言って、出掛けたあと、ハツはようやく目を覚ました。


改めて用意した(僕が用意した)遅い朝食を食べるハツに、僕らの意向を伝えると、


「俺、リーダーやめるなんて言ったっけ?」


だって。


「は? なに? 寝ぼけてたの?」


「わからない。全然覚えてない」


「でも、昨日の夜、悩んで眠れなかったのは本当なんでしょ?」


「それは。何で俺が長兄だからって、関係ない奴らの喧嘩に巻き込まれて説教されなきゃならないんだろう。て、ちょっと悶々はしてた」


「ふーん」


じっとハツを見てたら、何となくバツが悪そうに「なんだよ」て言った。


「実際のところ、どうなの?」


「リーダーとして頼られることをどう思ってるかって?」


「うん」


「頼られる」て言った。さっきのハツは「利用される」て言ったのに。


「そうだな、時には厄介なこともあるけど」


味噌汁を一口呑んでから、


「……でも、やっぱり、頼られるのは嬉しいものだよな。信頼されてる証でもある。少なくとも今のところは、おまえたちのおかげで『誰からも必要とされてない』『自分の存在がわからない』なんて悩みとは無縁だしな」


「それは良いことだね」


僕は頼られることなんてまずないけど、そんなことで悩んだことも一回もないよ。


「でも、じゃあ、それなら、これからも僕らは長男のハツに頼っていいってことだよね?」


ニコッと笑うと、ハツは「まぁ」と曖昧に返事をした。


「出来れば嫌いなものは自分で食べてほしいし、宿題も自分で片付けてほしいし、頼るなら頼った分、もう少し俺のことを兄として敬ってほしいけれど」


「誰の話?」


「おまえの話」


「それは失礼」


「失礼、とか思ってない顔だな、それは」


「じゃあ、これから毎日、『いつも頼りになる初亥お兄様、心よりお慕い申し上げております』とでも言おうか?」


「気持ち悪いから、いい」


「遠慮しなくていいのに」


「それやったら兄弟の縁切るからな」


「ちなみに、それ、いっちゃんや、ジュリーが同じことしても、縁切りするの?」


「しないだろうな」


「ハツはなんか僕にだけひどいよね」


「おまえは弟として、可愛気がないから」


「なら仕方ないか。僕がハツを兄として敬えないのも似たような理由だからね」


「おまえもなかなかに辛辣だな」


「素直に生きてるんだよ。お互いにね」


一瞬の間ののち、お互いに、ふぅと息を吐いた。


これ以上続けたら不毛な言い争いから、不毛なつかみ合いになりそうだって、お互いに察知したから。無用な争いは避けないと、母さんに叱られる。


「まあ、でも、これからも頼りにしてますよ、リーダー」


僕が可愛げのあるところをアピールしようと、少し上目遣い意識して笑うと、ハツは眉寄せて「気持ち悪い」と感想を述べた。


……やっぱり、ここは男の子らしく、殴り合いの喧嘩でもふっかけるべきかな?





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