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ラムネの中の宝石

○月×日 薄曇り




今日、久々に飛んだ。


きっかけは、いっちゃんが買って来たおばけラムネ。


おばけラムネ、覚えてるかな?


僕らが小さい頃通ってた近所の駄菓子屋で、夏祭りの季節になると、1日1本限定で、1リットルも入ってる、大きなラムネの瓶がお店に並んだでしょ?


ラムネなのに1本600円もする高級なラムネ……て言っても、中身は普通のラムネと変わんないらしいね。


1度だけ、おじいちゃんに買ってもらって、飲んだことあるけど、あの時は、憧れのおばけラムネを飲めたっていう感動で、素晴らしく美味しく感じたなぁ。


で、その1リットル入りおばけラムネを、いっちゃんが駄菓子屋で見つけて、懐かしくなったからって買って来たんだって。


こんな時期にラムネが出てるのも珍しいし、懐かしさと嬉しさとあいまって、楽しくっなっちゃって、いっちゃんと2人、コタツに入りながら、1リットルのラムネを交代でラッパ飲みしたんだ。


飲み終わった後は、瓶……というか、瓶の形をしたペットボトルなんだけど、綺麗にゆすいで、カッターで2つに切り分けた。


もちろん、1番のお楽しみ、ラムネの中に入ってた、大きなビー玉を取り出すため。


直径5cmほどありそうなビー玉、あの頃、みんなこのビー玉が欲しくて、おばけラムネを買ってたんだよね。


僕らが、おじいちゃんに初めておばけラムネを買ってもらった時も、中のビー玉の取り合いで、すごい喧嘩になったよね。


そこでふと気になって、カッターを操るいっちゃんに、


「そういえばさ、あの時のビー玉は、結局誰のものになったんだっけ?」


て、訊ねたんだ。そしたら、いっちゃん、手は動かしながら、唇尖らせて、


「何言ってんのさ。豹くんがもらったんじゃん」


て。僕は全然覚えてない。


「そうだっけ?」


「そうだよー。本当はさー、ジャンケンで勝った俺が貰えるはずだったんだよー。なのにさあ、中のビー玉取り出そうて、瓶を割った時に、一番近くにいた豹くんがガラスの破片で怪我して。そんなの自分の不注意なのに、怪我して可哀想だからとかいうワケわかんない理由で、俺のビー玉、豹くんに譲ることになっちゃったんだかんね」


怖い顔で睨まれちゃったけど、でも覚えてないもんは覚えてないもん。しょーがないよね。


「じゃあ、押入れのガラクタ箱とか探せば入ってんのか」


「入ってなかったら、許さない」


「なんでよ」


「子供の頃の俺の気持ちが報われないから」


そう言いながら、いっちゃんは、ペットボトルの中からビー玉を取り出した。


「見せて」


「あげないよ」


「欲しいなんて言ってない。見るだけ」


渡されたビー玉を親指と人差し指で摘んで、顔の前にかざして見た。


電灯の光を受けたビー玉は、中の気泡が煌めいてるように見えて、とても綺麗だった。


「宝石みたいだね」


「こんな大きな宝石、売ったらどんだけの金になるんだろーねー」


いっちゃんと2人で、ビー玉のこっち側と向こう側から、まじまじとビー玉を眺めてたら、


「豹くんが持ってるビー玉さぁ、本当はおばけラムネのビー玉じゃないんだよねー」


て、いっちゃんが言い出した。


僕はビー玉から、ビー玉の向こうに見えるいっちゃんの顔に視線を移して、「おばけラムネのだよ? 今そこから出したじゃない」て言った。


いっちゃんも同じように、目だけ動かして、僕のことを見た。


「そーじゃなくてー、子どもの頃、豹くんに譲ったビー玉。あれ、おばけラムネのじゃないんだ」


「ん? どういうこと? あれもおばけラムネのだよね?」


「うん」といっちゃんは、歯切れ悪く頷いて、視線を落とした。


「……あのね、俺ね、豹くんにおばけラムネのビー玉譲ることになったの悔しくて。ちょー悔しくて。本当にこのビー玉、宝石みたいで、綺麗で、欲しくて欲しくてしょーがなかったから。ほんのちょっとの間だけでいいから、自分だけの宝物にしたいって思ってー、豹くんがお昼寝してる間にこっそり持ち出したんだよね。お菓子のカンカンを宝箱がわりにして、近所の公園に持ってって、遊んだんだー」


「ふーん。で?」


ふーん、が気に食わなかったのか、いっちゃんはまた少しむくれたような顔して、


「もうちょい、何かないの?」


「何かって?」


「何かは何か」


「話終わり?」


「豹くんて、時々すげぇやな感じになるよね」


て、嫌味ひとつ言ってから、


「でも途中で飽きて、ビー玉ほっぽって、1人で遊んだんだー。満足して帰ったら、豹くんお昼寝から起きてて。顔見たら、ビー玉のこと思い出して。ビー玉置きっ放しにして帰って来ちゃった! て。探しに行ったら、カンカンごとなくなってて。どーしよ⁉︎ て、思ってたら、そこに知らないにーちゃんが、どーしたのー、て声かけてきて」


て、いっちゃんがそこまで話した時、来たんだ。


顔の前にかざしてたビー玉に、吸い込まれそうな気がして、瞼を閉じた瞬間、ふわっと、体が宙に浮いたような、軽くなったような感じがして。


次の瞬間には、何かに引っ張られたみたいに、ジェットコースターに乗せられた時みたいに、すごい風と力を感じて。びっくりして、ぎゅっと、目を閉じた。


少しして、体が楽になったと思って、そっと瞼を持ち上げたら、僕は公園にいた。


家の近くの、昔、みんなでよく遊んだ、あの児童公園。


さっきまで居間でいっちゃんとおばけラムネ飲みながら駄弁ってたはずなのに、何で?


不思議に思って首をひねってたんだけど、考えるまでもなく、これは飛ばされたんだなって。


未だに僕もこれがなんなのかよくわかんない。タイムスリップていうのかなぁ? 僕の身体はそのまんまで、意識だけというか、魂だけというか、どこかの時間のどこかの世界に飛ばされる。


でも、飛ばされた世界の人にも、僕の姿は見えるし、会話も出来るから、やっぱり身体ごと飛ばされたことになるのかな?


でも、僕が生きてる世界では、僕の身体はちゃんと存在していて、居眠りしてるだけに見える、て、みんな言うよね?


何なんだか、よくわかんないね。


まあ、それはさておき、時間が経てばどーせ元に戻るんだからって、公園の中を歩いてみることにした。


手にはおばけラムネのビー玉を握ったままだったけど、邪魔だからポケットにしまって。


少し行くと、ブランコに誰か座ってるのに気づいた。小学生くらいの男の子。肩を落として、うなだれて、明らかに落ち込んでる。


気になって近づいてみると、ブランコの男の子も僕に気づいたのか、顔をあげたんだ。


目があって、ビックリ。ブランコに乗ってた男の子は、いっちゃんだったんだ。


小学校1、2年生くらいのいっちゃん。


半袖短パンのところを見ると、僕が飛ばされたのは小学校1年ないし2年の夏だったんだね。


僕が驚いたのと同じように、いっちゃんも僕の登場に驚いたみたい。


目を大きく、まん丸にして、まじまじと僕のことを見ていた。


僕は親しみを込めて、「いっちゃん」て呼んだんだけど、いっちゃんは眉を寄せて、ブランコから飛び降りるなり、地面に落ちてた小石を拾い、身構えた。


いっちゃんには僕が誰だかわからなかったんだ。しょーがないて言えば、しょーがないんだけど、子どもに警戒されるとちょっと悲しくなる。


「驚かせて、ごめんね。えと、君は伊吹くんだよね?……豹雅くんの弟の」


僕自身の名前を出したら、いっちゃんは益々眉を寄せた。手を振りかぶって、石を投げる体制に入る。


「ちょ! ちょっと待って! 僕はその、豹雅くん……それから、初亥くんのことを知ってるんだ……あの、図書館でアルバイトしててね、2人はよく図書館に来てくれるから」


しどろもどろになりながらそう言ったら、いっちゃんは、ようやく眉間の皺を緩めて、構えを解いた。


ハツの名前を出したのと、図書館で働いてるていう嘘が効いたんだね。


実際、あの頃からハツは図書館通いしてて、司書さんたちと仲が良かったから。


いっちゃんは、石を捨てて、僕に向き直った、


「にーちゃん、はっちゃんと、豹くんのお友達?」


「うん、そうだよ。お友達なんだ。だから君のことも知ってるんだよ」


本当はお友達じゃなくて、兄弟だし、豹くん本人なんだけど。


「いっちゃ……伊吹くんは、1人で遊んでるのかな? 今日はハツ……いくんと、豹雅くんは一緒じゃないの?」


僕の言葉に、いっちゃんは、また眉を寄せて、しょんぼりと肩を落とした。


「どうしたの? 初亥くんと、豹雅くんと、喧嘩でもした?」


「してないけど、」


いっちゃんは、シャツの裾を両手で握りしめて、言いよどむ。


「何か困ったことでもあるのかな? 僕で良ければお話聞くよ?」


いっちゃんは、上目遣いで僕を見て、不満そうに、拗ねたように、唇を尖らせて、言った。


「宝物、無くしちゃったぁ」


「宝物? どんなもの?」


「おばけラムネのビー玉」


「おばけラムネ」


いっちゃんの言葉を反芻して、ハッとした。ズボンのポケットを探ると、確かにそこにおばけラムネのビー玉の感触。


いっちゃんが買って来た、おばけラムネの、宝石のようなビー玉。


「本当は俺のなのに、豹くんのになっちゃって。だから少し遊ぼうと思って持って来たのに、忘れて帰っちゃって。すぐに戻って来たのに……」


「ビー玉は無くなっちゃってたんだ?」


僕の言葉にいっちゃんは、不服そうな顔のまま、こっくり頷く。


僕は、小学生いっちゃんの話を聞きながら、同時に、僕のいた時間のいっちゃんの話を思い返していた。


おばけラムネのビー玉を忘れたことに気づいたいっちゃんは、すぐに公園に戻るも、ビー玉はカンカンごと無くなってしまって、途方に暮れているところに、見知らぬお兄さんが来た……て言ってたはず。


なるほど。そーゆーことか。


「どーしよー」


唇を噛みしめるいっちゃんの目に、涙の粒がぷっくりと膨れ上がる。それこそ、宝石のような、とても綺麗な涙の雫だった。


「泣かないで」


「だってぇ、」


片手はシャツの裾を握ったまま、片手で目をゴシゴシと擦って、涙を隠そうとするいっちゃん……何といじらしいことだろう。


おばけラムネのビー玉を無くしたことを、僕が知ったら、きっとがっかりする、傷つけてしまう……そう思ったからこそ、いっちゃんは途方にくれて、涙まで流したんだね。さすが、僕のたった一人の弟は優しい子だ……て、思ったんだ、その時は。


したら、いっちゃん、鼻をぐすぐすさせながら、


「ビー玉無くしたの知れたら、はっちゃんとれんれんに怒られる。絶対に怒られる。すごい怒られる」


て。


思わず、「え、そっち?」て言っちゃったよ。


だってまさか、そんな答えが返ってくるとは思わないじゃない。


やっぱり、いっちゃんは、いつでも、どんな時でも、いっちゃんだよね。


「怒られるのやだぁ」てグズグズ言ういっちゃんに、呆れながらも、僕はビー玉を差し出した。


いっちゃんは、僕の手にのったビー玉にまた驚いて、僕とビー玉を交互に見た。


「これ、伊吹くんにあげるよ……あ、違うよ。これは僕の……てか正確にはいっちゃんのなんだけど、とにかく僕のビー玉で、決して君のビー玉を盗んで持ってたわけじゃないんだよ」


念のため、言っておかないと、いっちゃんの性格考えたら、「にーちゃんが俺のビー玉盗んだの⁉︎」て言いかねないからね。


いっちゃんは、ビー玉に手を伸ばし、でもすぐに引っ込めて、でもまたすぐにビー玉を取り上げた。


「貰っていーの?」


「いいんだよ」


「何で?」


「何で、」


何でって言われても……話の流れ的に、ここでビー玉を渡さないといけないような感じだから。


僕が生きてる時間のいっちゃんの話と、辻褄を合わせるためには、僕の持ってるおばけラムネのビー玉を渡さないといけないはず。


でもそんなこと言っても、このいっちゃんには意味がわからないだろうし、それにこれはもともと、僕が生きてる時間のいっちゃんが持ってたビー玉だし。


「……んーと、初亥くんや、豹雅くんには、よく図書館のお仕事お手伝いして貰ってるから、そのお礼。でも2人ともいないから、代わりに伊吹くんに受け取って欲しくて」


苦しい言い訳だなぁて思ったけど、そこは単純かつ素直ないっちゃんだから、「そっかぁ!」てすぐに破顔した。


「ありがとう! これで、はっちゃんたちに怒られないですむ!」


「それは良かったねえ」


良かったんだけどさ、ほんの少しくらい僕のこと気にしてくれても良くないかな?


もらえるもんもらったらあとは用無し。と思ったかどうかはわからないけど、いっちゃんは「本当にありがとー! じゃあねー!」と手を振りつつ、走って公園を出て行った。現金だなぁ。


いっちゃんの姿が見えなくなったところで、またすごい風、すごい力で引っ張られて、気づいたら僕は畳の上に寝転んでいた。


向かい側にいっちゃんはいなかったけど、コタツに入ってるてことは戻ってきたんだなって思って。


そしたら、障子が開いて、いっちゃんが居間に入ってきた。


「あれー、豹くん、起きたの?」


「あー、うん。僕、寝ちゃってたんだね」


「寝ちゃってた。てーか、気絶? ビー玉片手にグラってなって、そのまま後ろひっくり返ったから、ビックリしたー」


とか言って、そのまんまの態勢で放置してたんだから、本当は言うほどビックリしてなかったんだろうね。


「ね、見て見て! 豹くんが寝てる間に、押入れ漁って来たんだ!」


嬉々として言って、いっちゃんは、ビー玉を僕の目の前に突きつけた。


ビー玉の表面は細かい傷が少しついていたけど、それも一つの模様みたいで、綺麗だった。


手の中のビー玉をしげしげと眺めてみたけど、僕が小学生のいっちゃんに渡したものと同じかどうか、判別は難しかった。


「ところで、さっき、話途中だったけどさ、いっちゃんが会ったおにーさん、もしかして、いっちゃんにこのビー玉譲ってくれたんじゃない?」


いっちゃんはビー玉みたいに目をまん丸くして、


「そう! そのとーり! このビー玉、公園で会ったにーちゃんにもらったんだ。でも、何で、豹くんがそんなこと知ってんのー?」


「それはねえ、」と僕が口を開くよりも先に、いっちゃんは何かに気付いたかのように、目を輝かせて、身を乗り出し、ずいと顔を寄せて来た。


おでことおでこがごっつんこ、するのは痛いから、いっちゃんが近づいた分、僕は腕を引いて、上体を後ろに倒した。


「もしかしてー、俺が会ったにーちゃんてさあ……」


いっちゃんの目が僕を捉えた。目を反らすことはもちろん、瞬きすることさえも許されないような気がするくらい真剣な表情。至近距離でじっと見つめられて、蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなのかな? なんて考えちゃった。


「……豹くんがタイムスリップしたのかな。て、思ったけど、違うっぽいね」


残念そうに体制を戻すいっちゃんに、僕は拍子抜けして、そのまま後ろに倒れちゃった。


「俺が会ったにーちゃん、豹くんと同じ、綺麗な蜜柑色の髪してたんだけど、」


そこで言葉を切って、また僕のことをジロジロと見るから、気になって、


「だけど、何?」


「俺が会ったにーちゃんの方が、豹くんより、ずっとイケメンだった」


ほんっとに、いい性格してるよね、いっちゃんは。


そのあと、「ところで、俺が買ってきたラムネのビー玉どこやったの?」「ないよ」「は?」「諸事情で、ビー玉は僕の手を離れました」「何それ! 失くしたの⁉︎」「失くしてないよ、いっちゃんが、今持ってるやつがそうだよ」「何言ってんの⁉︎ ワケわかんねーし!」て、やりとりの末、事情説明のため、この日記を書いたんだ。


「ちゃんと説明してくれるまで、夕飯はお預け!」て、怖い顔したいっちゃんが、部屋の入り口に陣取ってたから……おかげで、まだ夕飯にありつけてない。


これを読んだで、いっちゃんが納得してくれることを祈る。お腹空いた。







「で、伊吹は納得したの?」


「した」


「なら、良かったわね」


「てか、豹兄は何で飛ぶの? どういう仕組みなの? 何か法則とか、きっかけとか、あんの?」


「ぜーんぜん、わかんない。飛ぶ時はランダムだし、物心ついた時には、当たり前にしてたから、仕組みとか考えたことないや」


「それ言うなら俺らだって、物心ついた時には、見えてたしー、聞こえてたしー、感じてたしー。それと同じじゃん?」


「あー、なるほど。わかんないけど、納得はした」


「考えてみたら、初亥と豹雅は真逆の特技を持ってるのね。何となく未来がわかっちゃう初亥と、突然過去に飛んじゃう豹雅」


「これ特技って言うの?」


「わかる、よりも、飛ぶ方が凄いだろう」


「そんなことない! 初兄の予知もすげぇから!」


「あのさ、話変わるけど、僕と、いっちゃんて、どっちが顔がいいのかな?」


「本当に、すんごい話が飛んだわね」


「豹くんだから仕方ないねー」


「どーゆー理屈だよ。顔の良さなら、断然豹兄でしょ」


「あら、伊吹だって、精悍な顔つきをしてるじゃない」


「票が割れたねー。じゃあ、はっちゃんは?」


「顔が可愛いのは豹雅。弟として可愛げがあるのは伊吹」


「いえーい! 俺の勝ちー!」


「いやいやいや、おかしいでしょ。今は顔の良さの話をしてたんだよ。可愛げがある・ないは聞いてない。いっちゃんが勝ち、てのはおかしい」


「だって見た目がいいよりも、中身がいい方がいいもん」


「あたし的には、中身の良さなら、初兄が一番だと思うんだけど」


「私もそう思う」


「俺もー!」


「そりゃ、内面ならハツには負けるよ」


「内面を褒めてもらえるのは嬉しいけど、誰も見た目の良さについては触れてくれないんだな」


「「「「え?」」」」


「……え?」

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