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飛んで火にいる

○月×日 晴れ(たぶん)



 今日、というか、もう昨日ね。12時過ぎたから。


 ちょっと不思議な人に会ったの。


 不思議な人、と言っても、その人自身は何処にでもいそうな平凡な人なんだけれども、状況が不思議というか、おかしいというかなんというか、いろいろ謎めいてるのね。


 昨日、学校で球技大会があったの。


 学期の終わりが近づくと、何処の学校でもやるんじゃないかな。


 と言っても、朝からあまり体調が良くなかったから、私は競技には参加しないで保健室で休んでいたんだけれど。


 ベッドに入ってから少ししたら、先生がちょっと職員室に行くけど、鍵をかけるし、すぐ戻るから大人しく寝ていなさい、とおっしゃって出ていったの。


 保健室には私以外誰もいなくて、ひっそりしていた。


 外からは球技大会で盛り上がる生徒たちの喚声と……遠くの方でサイレンが聞こえた気がしたかな。


 どれくらいたってからか、なんとなく、人の気配を感じて目が覚めたの。


 本当に眠っていた訳じゃなくて、ちょっとうとうとする程度だったから気付いたのね。


 誰かに見られてる、そんな気がしたのよ。


 先生が戻られたのかと、カーテンの隙間から向こうを覗いてみたけど、誰もいない。


 念のため、一度ベッドから降りて部屋を点検したんだけれど、やっぱり誰もいない。

 

 ついでにいうならドアにも窓にも鍵はかかっている。


 なのに何故か。

 私以外の誰かがこの部屋にいるような気がしてならない。


 さぁ、これはどういうことかしら。


 ベッドに座り直して、目を閉じて、神経を集中して、考えてみた。


 そうしたらね、ふと、昔聞いた都市伝説を思い出したのね。


 斧男って知ってる?


 パターンはいくつかあるんだけど、斧を持った男がベッドの下に隠れてるって話。


 怖い話だけど、気になったら調べてみて。


 まさかと思いつつも、そっと下を覗いてみたら……本当にいたの。幸いなことに斧男じゃなかったけど。


 だってその人、斧を持っていなかったから。


 その代わりに首からカメラを下げていた。


 小柄な男性。なぜだか土や埃にまみれて薄汚れた服を着て、ベッドの下、床の上に横向きに寝そべって、カメラ片手にはぁはぁ荒い息をしてたの。


 あんまり呼吸が荒いんで具合が悪いのかと思って、


「どうされました? 大丈夫ですか?」


 と声をかけてみた。


 男性はぎょっとしたように、


「え、自分ですか?」


 て言ったの。自分のこと、「私」でも「俺」でも「僕」でもなく、自分て言うの。面白い人。


「ええ、あなたに言っているんです」


「そうですか。それはお気遣いいただいて申し訳ないです」


「具合が悪いんですか?」


「あ、いえ。全然平気です。元気です」


「それはよかった。人間元気が一番ですものね」


 元気ならそれに越したことはないわね。


 だけど、こんなところで何をしているのか、気になってね、


「ところで、こんなところで何をなさってるんですか?」


 と尋ねてみたの。


「写真を撮っているんです」


「カメラマンさんなんですか?」


 男性は曖昧に微笑んで、「ええ、まあ」と頷いた。


「ああ、それで」


 ようやく合点が行った。


 きっとこの人は先生が呼んだカメラマンなんだ。


 学校新聞用だか卒業アルバム用だかの写真をとらせようと考えたのね。


 でなかったら、女子校に男性がいるなんておかしいものね。


 そう納得しかけたんだけれど、考えてみたら、球技大会の写真を撮るのが目的で来たなら、保健室の床で寝ているのは職務怠慢なのでは?


 私がそう思ったことに気付いたのか、ベッドの下の彼は申し訳なさそうに、


「あなたはしとやかで思慮深い方に見えるから正直に言いますが、実は自分、忍び込んだんです」


 なんて言い出したの。


「保健室にですか?」


「あ、はい。保健室もそうなんですが、学校に忍び込んだんです」


「球技大会の写真を撮りにいらしたんですよね?」


「目的はそうなんですが、趣味でカメラをやってるので、依頼されて来たわけじゃないんです。いずれはプロとして認められたいとは思っていますが」


「何故そんなことを?」


 わざわざ忍び込まなくても、学校に用事があるなら事務室で用件を伝え、来校者名簿に名前を書いて、来校者証を首から下げればすむだけの話なのに。


「だって、『写真を撮りたいんです』なんて正直に言っても通してもらえないでしょう?」


「あなたの夢と写真撮影の目的をきちんと説明すれば先生方も許してくださると思いますよ」


「無理ですよ。それに自分は既に忍び込んでしまったんです。誰の許可もなく。今更のこのこ事務室に行っても不審者扱いで警察につき出されるだけです」


「それはそうでしょうね」


 そう思うなら始めから事務室に寄ってくればよかったのに。おかしな人。


 偽りの来校理由なんて、いくらだって思い付くでしょうにねえ。


 そこまでして球技大会の写真が撮りたかったのかしら?


「こんなことになって非常に残念です。でも、憧れだった女子校に潜入することができたので後悔はしていません。ただ、」


 彼は横になったままカメラを構えて、私を見た。


「写真を一枚も撮れていないんです……もし宜しければ、記念にあなたの写真を一枚撮らせていただけませんか?」


「私なんかの写真でいいんですか?」


「あなただからいいんですよ。自分の理想の女子高生の姿です。是非」


 写真を撮らせてほしい、と言われて、悪い気はしなかった。


 むしろ嬉しかったくらい。


 はい喜んで! と答えたかったけど、何故か頭の中に渋い顔をする初亥と怒り狂う樹里の姿が浮かび上がってきてね。


 知らない人に写真を撮ってもらったなんてことが知れたら、絶対に怒られるだろうなぁ……と思ったら、すぐに返事が出来なかった。


 その間を、彼は逆の意味にとらえたみたい。


「やっぱり、こんな得体の知れないやつに写真なんて撮られたくないですよね」


 って寂しそうに呟いた。


「もうすぐ、本当にすぐに消えます。お騒がせしました。でも保健の先生がそろそろ戻ってくるので、少し時間をください」


 何でそんなことがわかるの? と尋ねる間もなく、本当に鍵を開ける音が聞こえたから、慌ててカーテンをしめて、ベッドから離れたの。


 戻られた先生に気分がよくなったから教室に帰る旨を伝え、よくお礼を言ってから外に出た。


 でもやっぱり、あの人のことが気になってしまってね、すぐにもう一度保健室に戻ったの。


 ハンカチを忘れたみたいだと嘘をついてね。


 私が保健室を出てまた戻ってくるまで、一分もかかってない。


 「失礼しました」と頭を下げ、ドアを閉めてから、二十歩ほど歩いて、やっぱりって戻ったんだもの。


 その間、保健室のドアが開閉される音は聞こえなかった。


 なのに、ベッドの下には誰もいなかったの。


 おかしいでしょ?


 先生に、


「私が出たあと誰か出ていきませんでしたか?」


 と聞いたんだけれど、先生は、


「あなた以外に休んでる人なんていなかったでしょ?」


 と、おっしゃってね。


 とても不思議。


 私が見たあの人は、いったい何者だったのかしらね。


 どこからどうやって出ていったのか。


 それとも……本当はベッドの下に男の人なんて隠れていなかったのかな?


 すべて私がうとうとしてる間に見た夢で、現実じゃなかった、とか。


 それから教室に戻ったんだけど、私が保健室で休んでる間に事故があったらしいの。


 学校のすぐ外で交通事故。


 私が保健室で聞いたような気がしたサイレンは、救急車の音だったみたい。


 30代くらいの男性だって話だったけど、ベッドの下に隠れてたあの人となにか関係あるのかしらね?


 みんなはどう思う?





「女子高生の写真をとるのが、彼の最期の願いだったのか」


「最期……かどうかはわからないけど、そうだったのかしらね?」


「てーかっなにこんな重大なこと何ともないみたいに書いてんのさ! 変な人と関わりあうなっていつも言ってんだろ!?」


「変な人だったけど、別に危ない人じゃなかったわよ? 写真だって撮らせなかったし」


「そーゆー問題じぇねーよっ! つーか女子校に忍び込んだ時点で十分危ない人だから!」


「もし、時写真撮られてたらどーなってたんだろーねー?」


「やっぱり、魂とられたんじゃないの?」


「魂は大袈裟な気がするが、なにか厄介なことにはなってたと思うぞ」


「初亥が言うならそうだったんでしょうね。よかった、喜んでなんて言わなくて」


「どーでもいーけど、その人、結局何者だったんだかね? 今、生きてんのかな?」


「やめようよ、考えるの。どっちにしても、いろいろ怖いから」





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